Sea Labyrinth Online

山外大河

9 自覚する心情

 翌日。眠い目を擦って部屋から出ると、隣の部屋から同じようにユカが出てきた。
 相変わらず暗い表情のままだが、それでも昨日よりかは幾分かはマシだと思った。

「昨日……眠れた?」

「まあ……ある程度は」

 ユカの問いのそう返す。
 なかなか寝付けなかったものの、それでも眠ることはできた。

「そっちはどうだ? その……チカの様子とか」

「大分と落ちついたよ。それでも……すごく辛そうなのは変わらないんだけど」

 そりゃそうだ……辛そうで当たり前。
 逆にこの状況で辛くない奴なんて、恐らくこのゲームに一人もいやしない。
 その状況を選んだのは……誰でも無い、俺だ。
 俺……なんだ。



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 その後、宿屋内で朝食を取り、俺達四人はチェックアウトを済ませて外に出た。
 本当はもう少し留まっていたい気持だったが、あくまで俺達はあの部屋を借りていただけであって、住んでいるわけじゃない。チェックアウトの時間が来れば出ていくのは当然の事だ。

「……これからどうする?」

 ヨウスケがそんな事を呟いた。
 そんなの誰だって決めていない。デスゲームとなった今、それを決める事は本当に難しい事だった。

「ホント……どうするんだよ」

 俺がそうぼやいた時だった。

「あ、キミ達!」

 左方から聞き覚えのある声が聞こえ、俺達はそちらを向く。
 そこに居たのは……昨日のハリスさんだった。
 何か紙の束の様な物を抱えたハリスさんは、俺達の方に小走りで走ってきた。

「どうしたんですか?」

「まあ、とりあえずコレを見てくれないか?」

 ハリスさんは俺に、その紙を手渡す。

「十五時、中央広場にて……ゲーム攻略者の会議を行う……その気がある者は集え……ですか」

「ああ。今コノゲームはデスゲームと化していて、ログアウトも不可。そして外からの救援の可能性も低い……となると、やっぱり攻略しなくちゃならいと思うんだ」

 まあ……そうしないと出られないしな。

「今現在ログインしている人数は約五万人。きっとコレだけ居れば、ある程度の攻略者は集まるはずなんだ」

 五万人……初回ロッドが十万人な事を考えれば、ログインする前にこの事態を知った人間が五万人近く居たわけだ。それと……既に亡くなった人達も。

「まあ強制はしない。だけどその気があればよろしく頼むよ」

 そう言ってハリスさんは、再びその紙を配りに走って行ってしまう。

「その気があれば……か」

 俺達はその紙を手にしたまま、暫くの間立ち尽くしていた。



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 俺達は結局何をするでもなく、街の中をぶらついていた。
 もう時刻は十四時半を回っている……つまりは、もう例の会議まで三十分を切ったという事だ。

「どうすりゃいいんだよ……ホント」

 俺はベンチに腰をおろして、先ほどの紙に再び目を通しながら呟く。

「……ユウキさんは、参加しますか?」

 今まで俺の言葉に何か返してくれたのは、ヨウスケとユカだったのだが、二人は今ジャンケンで負けて四人分の飲み物を買いに行っている。だから此処で珍しくチカが相槌を打ってきた。
 というか、名前を呼ばれた事自体が初めてかもしれない。
 元々口数が少ないうえに、弱者狩りの大骨の元へと向かう際も、ヨウスケがずっとチカに話しかけていたから、俺はずっとユカやリュークさんと話していたわけだし。
 リュークさん……か。
 俺は不意に、またリュークさんが砕け散る所を思い出してしまう。
 そして俺の選択のせいで……ああなる人が増えるんじゃないかと胸が痛む。
 そんな状態で俺は、チカの質問に答えた。

「……分からない」


 俺は静かにそう答えた。

「ギリギリになってみないと……分からねえよ」

 昨日の夜からずっと考えているのに、まだ決心は付かない。
 ログインしている人間に戦う道を示したのは俺なのに……その本人はとても臆病者だった。

「ヨウスケは、多分街から出ないって昨日言ってたよ」

「……そうですか」

「まあアイツを悪く言わないでくれよ……多分苦渋の選択なんだろうしさ」

 そして……それが一般的な考えなんだとも思う。

「分かってますよ……第一私は、ヨウスケさんがいなければ、弱者狩りの大骨に殺されていましたから……ヨウスケさんが根は臆病じゃないって事は、よく理解してます」

 確かにアイツは薄々嫌な予感をしながらも、ああしてチカを助けに入った。
 もしかすると……俺なんかよりよっぽど勇敢なのかもしれない。

「チカはどうするんだ?」

 俺は流れでそう尋ねる。
 すると、言いにくそうに予想通りの回答が返ってきた。

「私は……此処に残ります」

 自分の身内が殺されているんだ……敵討ちとして戦うものも居るだろうけど……多分チカはそういう選択をするんじゃないかと思っていた。

「おまたせ」

「わるい、ちょっと混んでてさ」

 二人が飲み物を手に、俺達の元へと戻ってきた。

「ありがと」

「……ありがとうございます」

 俺達はそれぞれ紙コップを受け取り、口にする。
 オレンジジュースの味が口に広がった。こういう食事の再現は、本当にすごいと思う。もしSLOがデスゲームと化していなかったら、案外食べ物巡りとかも楽しめたのかもしれない。聞いた話、上層階にはすごくうまいレストランも有ったって話だし、ソレ目当てに攻略する人間も出たはずだ。

「今何時だっけ」

 ヨウスケがジュースを一口飲んでから、俺達にそう尋ねる。

「二時三十六分だ」

「あと……二十四分か」

 そう言うヨウスケの表情は、迷いに満ちていた。
 自分はこのまま此処に留まっていいのだろうか。そういう表情だ。きっと俺もああいう表情をしているのだろう。

「ユウキ……結局お前はどうするんだ?」

 どうする……つまりは攻略に参加するのかどうか。
 さっきのチカと同じ質問だ。

「やっぱ……分かんねえよ」

 決めれない……俺はこれからどうするべきなのか……選択することも出来ない。
 ここでふと脳裏を過る事があった。
 ユカは……ユカはどう考えているのだろうか。攻略に参加するのだろうか。
 俺はそれが気になって、ユカの方に視線を向ける。
 するとユカは一度俺と目を合わせた後、こう言う。

「私は……攻略に参加するよ」

「ま、マジで、ユカちゃん!」

 驚いたようにヨウスケがそう声を上げる。

「もしモンスターに負けたら、死んじまうんだぞ! それでもやんのかよ!」

 ヨウスケからは……ユカに行ってほしくないという意思が溢れていた。
 昨日も言ってた……コイツは俺達の誰にも、危ない目に会ってほしくないんだろう。
 だけどそれでも……ユカは言う。

「それでもね……誰かがやらないといけないし、私は皆を助けたい……そう思うんだ」

 そう思う……きっとソレは間違っちゃいないんだろう。
 だけどこうとも思っている筈だ。
 自分がやらないといけない。自分が助けないといけない。
 自分が……責任を取らないといけない。
 きっとそう思っている筈だ。
 そして俺もそう思って……攻略に立候補すべきなんだ。
 それが解っていて……どうしてその言葉を口に出せない?

「……ッ」

 奥歯を噛みしめる。
 やっぱりこの事を自分に問うとき……毎回思う。
 自分が……情けなくて仕方がない。
 俺は顔を俯かせ、ため息を付く。
 そんな俺に……ユカが声を掛けた。

「ちょっと……いいかな」



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 俺はユカに連れられ、近くの木陰まで連れてこられた。
 どうやら二人に聞かれたくない話……つまりはユカがSLOのプログラムという立場をさらけ出してする話なんだろう。

「……どうしたんだ、ユカ」

「ユウキ君……街に残りたかったら、残ってもいいんだよ」

 ユカは……笑みを浮かべてそう言った。

「きっとユウキ君はこう考えてるんじゃないかな。私を殺さなかったから今の現状がある。攻略しないと出られないのは、自分の所為なんだって」

 まさに……確信を付く言葉だった。
 そしてユカはそのまま続ける。

「でもね。これだけは言わせて。ユウキ君……キミもね、被害者なんだよ。決して、今の状況を作り出した加害者なんかじゃない」

「でも……」

「でもじゃない。キミが背負わなくちゃいけない罪なんて何もないんだ。それにね……」

 ユカは一拍空けてから、俺の目を見て言う。

「私は……キミに死んでほしくない」

「……俺に? 皆にじゃなくてか?」

「皆は当然だよ。でもね、人一倍君には死んでほしくない」

「なんで……俺なんだ?」

 まるで分からないその事を、俺はユカに尋ねる。するとユカはすぐに答えてくれた。

「キミはね、私を殺さなかった」

「そんなの……当り前だろうが」

「でもね、私を作った人達だったら、間違いなく私を殺して終わらせていた」

「でもさ……確かに殺す奴もいるかもしれねえけど……大体の奴は殺さないと思うぞ」

「そうかもしれない……でもね、ソレは分からない事なんだ」

「……分からない事?」

「私はこの話をユウキ君にしかしていない。プログラムであることを……ユウキ君と製作者以外の人間に話していない。だからキミと製作者以外の反応なんて分からない。つまりね、ユウキ君。キミは私を助けようと……プログラムである事を知っても、人の様に扱ってくれた……たった一人の人間なんだ」

 だから……と再びユカは笑ってこう宣言する。

「今度はね、私が君を守る。無事に元の世界に送り返す。初めて友達だって言ってくれた……キミを死なせはしない」

「ユカ……」

 俺は……なんでまだ立ち止まっているんだろう。
 目の前で、こんなに俺を想った言葉を掛けてくれる女の子が居る。
 そんな子が今から死ぬかもしれない戦いに臨むというのに……同等の力を持っている俺は何故立ち上がれない?
 やっぱり決心が付かない俺は……両手を握りしめて、俯いてユカに言ってやる。

「絶対……死ぬなよ」

 死なせないじゃなく……死ぬな。
 つまりは、戦場の外から傍観する者の発言で……それは俺が無意識の内に口にした、戦いを放棄する発言だった。
 そう自覚してなお……俺はまだ偉そうに、ユカに言う。

「お前はもしかしたら、仮に自分がモンスターに負けても、それでゲームが終わるとか思ってっかもしれねえ……ハッピーエンドだと思ってっかも知れねえ。だけど、それは決してハッピーエンドじゃねえ。事情全部知ってる俺からしたらバッドエンド以外の何物でもねーからな……それだけは、忘れんなよ」

 たとえ忘れても……俺が死なないように守ってやればいいだけなのに。
 なんで俺は……こうして傍観者のまま、何も発言を変えない。何故自覚していながら、傍観者としての発言を続ける。
 もう……これ以上は言葉が出なかった。
 でもそれで良かったのかもしれない。
 これ以上喋ったら……どんどん自分がみじめになるから。

「じゃ、私はそろそろ行くね」

 ユカはジュースを飲みほしてそう言う。

「アイツらの所に一回戻らないのか?」

「まあきっと、今すぐ出発するって訳じゃないだろうし……後で戻ってくるよ」

「……そうか」

 俺は顔を俯かせたまま、そう相槌を打った。

「また後でね、ユウキ君」

「……おう」

 ユカが中央広場の方角に向かって走っていく。
 それを俺は眺めるだけだった。
 俺は……傍観者だ。
 ただの最悪な……ヘタレ野郎だった。 

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