Sea Labyrinth Online

山外大河

6 天秤

 俺達二人は立っているのも疲れ、少し離れた場所にあるベンチに腰掛けていた。
 とにかく落ち着こう……俺は一旦深呼吸する。
 一旦状況を整理しよう。そう思った。
 俺達はこのSLOからログアウトできなくなり、しかもHPが尽きたプレイヤーは、砕け散る様にSLOからいなくなる。
 いや、いなくなったというのは、まだ確定してはいない。だけど、本来戻ってくる筈の始まりの街に誰も帰ってこないということは……このゲームからいなくなった可能性が高い。
 まさかとは思うけど、あの男の冗談の様に、現実でも息絶えてしまっているとか……いや、考えるのはよそう。

「チカちゃん、リュークさんに会えたかな?」

 ヨウスケが、上に階層があるにも関わらず、しっかりと雲や夕日が移っている空を見上げてそう呟く。
 ……恐らく会えていないだろう。心の中でそう思ってしまう自分が居た。
 これで会えていたら……きっと他のプレイヤーも探し人に会えてる筈だった。
 だから俺は何も答えない。場の空気を余計に悪くしてしまいそうだし。
 だけど……俺はこうヨウスケに話を振った。

「お前さ、あの時よくチカの盾になれたな」

 先程の弱者狩りの大骨の放った拡散型のファイアボールを、自らが盾になって受け止めたことについてだ。

「お前さ、アクアシープとも碌に戦えなかったのに……急にどうしたんだよあの時」

「なんつーか……嫌な予感がしたんだ」

「嫌な予感?」

 ユカも言ってたけど……お前もかよ。

「昔さ、VRMMOが実用化される以前に、VRMMOがデスゲームになって、出られなるって漫画があったんだよ」

 そういえば……タイトルは覚えていないけど、そんなのあった気がする。確か打ち切られて全四巻だ。

「その漫画でさ……あの時のリュークさんみたいに、起こる筈の無い事がおこたんだよ。あの時ソレを思い出してさ……気がつけば前に出るのは怖いのに、チカの前に立っていた。倒れそうでも踏みとどまった。多分……俺は目の前で誰かが消えちまう事の方が怖かったんじゃないかな」

 逆に、もしその漫画と同じ現象が起こってしまうとしたら……最悪ヨウスケ、お前が消えていたんだぞ?
 それでも盾になったって言うことは……やっぱりコイツはただのヘタレじゃない。やるときはやるヘタレだ。

「とにかく……その漫画みたいな事が起こっていなきゃいいけどな」

「……ああ」

 そう静かに返して、ヨウスケはゆっくりと立ち上がる。

「どうした?」

「なあ、ユウキ。俺達もリュークさん探しにいかねえか? こうして何もしてないよりは、よっぽどいいだろ」

 ごもっともだった。こうして何もしないでいる程、無駄な事はない。
 第一始まりの街は広いんだ。チカ一人で探すには無理がある。

「そうだな。そうしよう」

 俺もヨウスケに続いて立ち上った。

「でもどうやって探す? 手がかりはゼロな訳だから、虱潰しか?」

「いや、まあ最終的にはそうなるだろうけど……少しは効率を上げよう」

 俺は指を操作してウインドウを開く。
 そしてフレンドの居場所を調べられる機能を使い、チカのおおまかな居場所を確認する。
 始まりのマップの北側に、チカの名前がポイントされていた。

「とりあえず、チカが探していない場所を探すのが、効率的にベストだろう。あとは手分けして探す。コレでいいだろ」

「おお。さっそくさっきのフレンド登録が役に立ったな」

「ああ」

 ホント、さっき登録しておいてよかったよ。

「で、チカちゃん何処にいる?」

「街の北側」

「北側か……じゃあ俺は西を探すよ。ユウキは東か南頼む」

 そう言い残して、さっさと走っていってしまう。なんだかんだで行動力あるなぁ……。

「まあとりあえず……俺はどうするか」

 東を探すか南を探すか……って、ん?
 先程の機能のままのマップを眺めていると、少々不可解な事があった。

「ユカの奴……こんな所で何してるんだ?」

 マップに移ったユカの居場所は、町の南東のとある地点だった。
 その場所は、言わば未開拓地。
 これからアップデートを重ねて、何かの施設ができるだろうエリアだった。
 何かを建設する陸地の為、海に面しておらず、釣りをするプレイヤーもいないだろうし、イベントのNPCもいないみたいだ。俺達みたいに誰かを探している奴ならともかく、他の奴はそんな所に行っても、何の意味もない。故に、誰も立ち寄らない。
 それなのに……ユカはその場所に居た。
 それがどういう事かは、全く持って分からない。

「……行ってみるか」

 リュークさんを探すついでだ。ユカの所に行ってみよう。
 俺は進路を南東に向けて走り出した。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「さて、この辺だな……」

 目的地周辺までたどり着いたので、俺は走るのを止めて歩き出す。
 マップを見る限り、ユカは同じ場所に留まっていた。まったく動く気配は無い。

「ホント、こんな誰もいない所で何やってんだ?」

 目的地に近くなればなるほど、人通りは少なくなり、ついにはゼロとなっていた。
 それ程、この場所には何もないんだ。

「……いた」

 遠目でだが、確かにユカの姿を目にする。
 何やってんだ? 必死に両手を動かして……なんというか、ただウインドウを操作しているようには見えない。
 いや、ウインドウ操作以外にあの動作は行わないんだけど……それでも何か違う気がする。

「ちょっと近づいてみるか」

 俺は別に悪いことを知っているわけでもないのに、足音を立てないようにしてユカに近づく。態々俺達の前から居なくなって、こんな所でやる事だ。もしかして俺が名前とかを呼んだら慌てて止めちまうかもしれないし……多分そうなったら、教えてもくれない。
 で、俺はアイツのやっている事が非常に気になるわけで……そうなると忍び足で近づくのがベストだ。どうやら、よっぽど集中しているのか、正面一点に視線を向けたまま動かないし。バレはしないだろう。
 俺は一歩、一歩とユカに近づいていく。
 そしてある程度距離を詰めた時だ。本来本人が許可しない限り見る事が出来ないウインドウが……ユカが視線を向けているウインドウが俺の目に映っ……いや、コレはそういう類の物じゃない!

「なんだ……コレ」

 俺は思わず感情を声に出してしまう。
 その声にユカが反応するが、それどころじゃない。
 ……なんなんだコレは。
 俺達の開くメニューウインドウより遥かに大きく……訳の分からない項目や、そもそもメニューボタンですらないプログラミング言語がひしめいていた。
 もちろん、こんなウインドウは表示することができない……それなのに、ユカそのウインドウを操作していた。

「なんで……こんな所にいるの……?」

 それはコッチのセリフだ。
 なんでそんな訳の分からないウインドウをいじっている。

「おい……ユカ」

 俺は分からないから……こんな状況で、訳のわからない事が連発した所為で……少しは相手の出方を見るという事もせず、すぐに聞いてしまう。

「お前……何やってるんだ?」

 しかしユカは答えない。ウインドウの操作を止め、俯く。
 まるで後ろめたい事でもやっていたかのように。
 つまりは言いたくないのだろう。それでも……俺は止まれなかった。

「何やってるんだよ、ユカ!」

 俺がもう一度、若干声を荒立ててそう言うと……今度は一拍空けて、俯いたままユカは答える。

「バグを直そうとしていたんだよ」

「バグを……直す?」

「うん……このゲームには今、深刻なバグが発生いしているの……だから私は直そうとしていたんだ」

 待てよ……確かにこのゲームに異常が起きているのは、今ログインしているプレイヤーは皆知っている。
 だけど……バグを直す? そんな事、一端のプレイヤーに出来る物なのか? 否、出来るはずがない。プレイヤーがデータをいじくれたら、ゲームがゲームとして成り立たなくなる。
 だけどユカはそれが出来ている……じゃあ。

 ユカは一体……何者なんだ?

 俺が一つの答えを聞いたことにより、新たな疑問を抱えた事を悟ってか……隠し通すのを諦める様に、ユカは自分語りを始める。

「私は……プログラムなんだ」

 プロ……グラム? ユカが?

「そ、それは……現実世界に居る人間が、ゲームの中に意識を投影して、プログラムとして動いているって事……だよな?」

「違うよ」

 ユカは首を振る。

「現実世界に、ユカという人間はいない。残念ながら……いないんだ」

 ユカは心底辛そうに……そう答える。
 どういうことだよ……本当に、何がどうなっていやがるんだ。

「私はね、このゲームを管理、維持する為のプログラムなんだ。だからこうして今SLOに起きているバグを直そうとしている」

「ちょっと待てよ……プログラム? 冗談だよな、オイ……」

 俺達と一緒に狩りにでたユカの言動は確かに人間そのもので……とてもじゃないが、プログラムだなんて信じられない。

「私も冗談であってほしいけど……コレが現実なんだ。私はプログラムで、ユウキ君は人間。そういう事」

 そう言われても、俺は状況をまるで把握できない。把握したくない。

「ねえ、ユウキ君。どうしてプログラムの私に人の感情があると思う?」

 唐突に、ユカがそう尋ねてきた。

「……ごめん。分からない」

 当然分かるはずもなく、俺はそう答えるしか無かった。
 だけど答えられなかった俺に、ユカは優しく答えを教えてくれる。

「答えは簡単。予め想定された状況下以外の自体が起こった際、自分の意思に問題を解決するため。つまりは、このゲームをうまく回す為だけに、私は感情を持たされているんだ。笑っちゃうよね。私の心は全部このSLOの為だけに作られ、それを持たされた私がどんな感情を抱くか……何もわかっちゃいない」

 そう語るユカはとても辛そうに……そして悔しそうで……目をそむけたくなるほどだった。

「βテストの前。開発者の人達が、何人もこのSLOにダイブしてきた。だけど皆例外なく……私をプログラムとして……物としてしか見てくれない。だから私はね、この冒険に混ざることにした。私がこの世界に対してできるのは、壊れないように繋ぎとめておく事と、綻びを直すことだけ。だけど自分に対してはある程度変えることができた。だから……私は冒険者になった」

 そう言ってユカは顔を上げる。右目からは一筋の涙が流れていた。

「私は……ちゃんと私を人として接してほしかったんだ」

 そうか……確かに冒険者。。プレイヤーとなれば、誰もユカの事をプログラムだとは思わない。

「今日がすごく楽しみだった。βテストでも沢山の人と触れ合ったのに……今日はそれを遥かに上回る人がやってくる。それがすごく楽しみだった」

 だけど……とユカは拳を握る。

「この大きなバグが発生した」

「さっきから言っているバグっていうのは……ログアウト不能とか……砕け散っていなくなる……って事だよな?」

 俺の問いに頷く。

「私はこのゲームを皆と一緒に楽しみたかった。だからバグが起こらないよう、完璧に仕事をこなした……それなのに。普通はどうやったって気がつくはずのバグが……こうして残っている」

「その……お前がバグチェックをしている最中、だれかがバグを引き起こした……とか?」

「それは違うよ……だってそんな事をする必要なんてどこにもないから。だからコレは私のありえない見落としで……そんな見落としの所為で、こんなバグが起こってしまっている……」

 ユカは再び俯いてしまう。
 そこからは何も言わなかった。
 暫しの静寂が俺達を包み込む。
 大体十秒程経過頃だろうか。俺はゆっくりと口を開いた。

「なあ……結局、今このゲームに起こっているバグって、一体何なんだ?」

 俺達が知っている情報は、あまりにも不明確だ。
 傷ついている所悪いけど……コレだけは聞いておきたい。
 俺の問いにユカは暫く答えようとしなかったが、やがて決心が着いたように答えを述べる。

「まず一つは……ログアウト不可」

 まずは俺達が皆把握している情報を答えた。
 そして今の答えで、バグが複数起きているという事も分かった。
 そして、本当に言い辛そうに……一拍空けてから、二つ目のバグを口にする。

「そしてもう一つは……HPがゼロになったプレイヤーのデリート」

「プレイヤーのデリート?」

 俺の復唱に、ユカは頷く。

「VR技術は、人の精神を電脳空間にダイブ……つまりはプログラム化されているんだ」

「ああ……聞いたことがある」

 昔、その手の雑誌で呼んだ記憶がある。

「プレイヤーのデリート……即ちその一度死んだだけで、そのプレイヤーの情報全てが失われてしまうバグ。つまり……プログラム化されている精神も……消されてしまう」

「……ッ!」

 それ……それはつまりだ。

「この世界で死んだ人間は……現実世界じゃ、精神が無い状態になっちまうのか?」

 ユカは再び頷き……俺は一瞬思考がフリーズした。
 精神が無い……それはつまり、肉体だけ生きた抜けがら。脳死の様な物じゃないのか。
 そこまで考えて、俺は脳裏に過った本来の目的を口にする。

「じゃ、じゃあリュークさんは! リュークさんはどうなってるんだよ!」

 聞かなくても……答えは分かっていた。
 きっと否定してほしかったのだ。自分の思考だけで導き出した結論を、、目の前の少女に否定してもらいたかったんだ。
 信じたくないから。信じてはいけない物だから。
 だけど……ユカは震えた声で言う。

「精神が……死んじゃったんだよ。私が見つけられなかったバグの所為で」

 そこまで言って……ユカの目から大粒の涙がこぼれ出し、その場に崩れ落ちる。

「嘘……だろ……」

「私も……誰にも見つからないこの場所に来て、バグの詳細を確認するまで……信じたくは無かった……でも、全部……全部現実なんだよ」

 現実……全部現実。
 つまり……つまりだ。
 俺は先程のヨウスケとの会話を思い出す。
 昔、デスゲームになって出られなくなったVRMMO物の漫画があった。
 今……俺達に、同じ自体が振りかかっている。
 SLOは……デスゲームになっている。

「な、なあ。そのバグってのは、直せねえのか……お前は一応そういう役回りだったんだよな」

 俺は縋る様に……ユカに尋ねる。
 だけどユカは早々と首を振った。

「無理だよ……もう手の着けようがない。もし修正出来ていれば、私は今きっと、少しは明るい顔をしている」

 相変わらず……ユカは見ていられない表情のまま。
 つまり……そういう事なんだ。

「そ、そうだ……外からの救援を待てば……」

「ゼロじゃないよ……でもきっと、限りなく薄い。このゲームの事を一番よく知っているのは私で……その私で、手も足も出なかった。そんなバグを乗り越えられる可能性なんて、一%にも満たないよ」

「で、でも外部からゲーム機を取り外せば……」

 VRゲームは、腕に装着するリング。VRリングを装着してプレイする。このリングさえ外してしまえばきっと……。

「……それも無理」

「どうしてだ?」

「この世界からログアウトできない……ソレは即ち、この世界から精神を出すことができないって事なんだよ。だから、VRリングを外しても脱出できない」

 嘘だろ……じゃあ、じゃあ……。

「じゃあ……俺達がこの世界から出る方法は……?」

「私の考察にすぎないけど……このゲームをクリアすれば、きっと終わるんだと思う。このゲームはゲームクリアした際に、色々と処理が起こるから、一旦ゲームからログアウトする仕組みになっているから……きっとそうだよ」

 つまり脱出できない事も無い。だけど……、

「それを達成するには……モンスターと戦い続けなくちゃいけないんだよな」

「バグの影響で……アルゴリズムが変わっちゃってるモンスターとね」

 あのモンスターと……弱者狩りの大骨よりも、遥かに強いフロアボスとも。
 しかも、死んだら終わり。そんな状態で……攻略なんて出来るのか?
 俺はあまりにも真っ暗すぎる未来に、思わず絶句する。
 そんな俺に、呟くようにユカはこう言った。

「でも、もう一つだけ……あるよ」

「……えッ」

 その言葉に思わずそんな声を漏らす。
 あるのか……他にも脱出する方法が。

「教えてくれ、ユカ! 一体どうすればいい!」

「……簡単だよ」

 ユカがとてもいい辛そうに……それでも勇気を振り絞る様に答えた。

「私を……殺してしまえば……それで全部終わるよ」

「……え」

 何を……言っているんだ。
 ユカは……一体何を言っているんだ。

「このゲームはね、すっごく繊細なんだ。そして私には此処に居るだけで、その世界を安定させるようなプログラムも組み込まれている。さっき言っていた維持って奴。つまり……私を殺してしまえば、世界の維持が出来なくなって、この世界は無くなる。そして強制ログアウトが発生する……モンスターに殺されたわけじゃないから、精神もデリートされない。めでたしめでたし……って感じ」

「全然……めでたしじゃねえよ」

「うん……めでたしじゃない。でもね……この世界がこうなった原因を作ったのは私で……その戦犯が一人消えるだけで皆助かるなら……きっとそれは、世間一般的にはハッピーエンドだよ」

 そう言ってユカは両腕を開いてこう言う。

「ユウキ君……こんな役を押し付けて御免。でもね、私の願いを聞いてくれるかな」

 止めろ……聞きたくない。
 そう思っていても……ユカは言葉を発する。俺への願いを述べてくる。

「私を殺してくれないかな」

 その言葉は……まるで俺の胸に突き刺さるようだった。
 俺がユカを殺す……そんな事……ッ。

「私ね……もし死ぬなら、誰か知っている人に殺してもらいたい。知らないプレイヤーじゃなく……モンスターでもなく……知っている人」

 止めろ……これ以上何も言うな。言わないでくれ。

「それにね……私は今死ぬ覚悟が、ちょっぴりだけど出来ているんだ。だけど、ソレはきっと長くは持たない。私は死にたくないから……きっと今を逃せば、死ぬことを自分で拒むことになる……だから、今しかないんだ」

 そう言って、作り笑いを浮かべたユカはもう一度こう言う。

「お願い……私を殺して」

 なんでこんな事になってしまったのだろう。
 今……きっと俺は、ログインしているプレイヤー全員の命を抱え込んでいる。
 そして……目の前の少女の命も。
 結論はそう簡単に出すことができない。でもださないといけない。
 大体一分ぐらい硬直時間があっただろうか。だけどそれでも……答えは決まった。
 俺は……その言葉をゆっくりと口にする。

「……俺は――」


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