《異世界の主人公共へ》

怠惰のあるま

《The Satan will know the truth》


時同じくして上への階段を登るパンドラは初代魔王と土の四天王の記憶を思い返していた。その記憶は目を背けたくなるような記憶がほとんどであった。
その全てが魔族によるものではなく人間の集団心理や歴史に刻まれた恐怖による結果が起こしたものばかりだ。
それが人間だった彼を魔王軍の最強生物にさせたのか、それともまた別に彼を歪ませた理由があるのかもしれない。ただ、どんなに過去の記憶を覗けようとパンドラにはどうすることもできないのが事実。
それでも彼女には知る権利があった。

「初代の...お兄...ちゃん?」
「その微妙に納得のいかない呼び方やめて。それで何かな?」
「土のお兄ちゃんのことを教えて」
「......聞くに耐えないよ?」
「それでもいい!! あたしは知りたいの!!」

パンドラの気迫に圧倒されたのか、初代魔王は自分の知る限りのことを語り始めた。
初代魔王である自分と魔王軍最強生物である土の四天王との出会いを






◇◆◇






そう...確かあいつと出会ったのは数百年前の魔界だった。
あの時の僕は人間を滅ぼすためだけに生きていたと言っても相違ないほど人間達を嫌っていた。
魔族を毛嫌いし、あたかも自分達が一番偉いと傲慢な態度をとり魔族に家畜同然の扱いを強いる奴らが嫌いだった。
だから僕は魔王となり人間達を殲滅しようと考えた。今になってそれが本当に自分の意思で考えたことではなかったと思ってる。その事については後で話すよ。
話を戻そう。魔族の進行が人間側を苦しめ始めた頃にあいつは現れたんだ。
何人かの仲間を連れた少数精鋭で僕の城に乗り込み、そして単身で僕に刃を向けた。
最初は拮抗した戦いだった。だけど、途中から僕の一方的な攻撃となっていったんだ。それでもあいつは倒れない。
どれだけ傷つこうと腕が吹き飛ぼうと足が折られようと内臓が破裂しようとあいつは立ち向かい、僕に語りかけてきたんだ。
思い出せば今でも笑いが止まらないよ。なんて言ったと思う?ーーーーーーーー


ーーーーーーーー数百年前の魔界...魔王の城。
銀色の髪を左にサイドテールで結び、床に付くほどの長い黒ローブ。その下には返り血がべったりと付いた鋼の鎧を纏っていた。血が滴るほど両手は血によって汚れていた。彼こそがこの時代の初代魔王ディア。
彼の目の前には骨肉が見えるほど殴り潰された男の死体が転がっていた。顔は原型をとどめておらず肋骨が突出。右腕は肘から下が千切れかけ、左腕はあらぬ方向に折り曲げられていた。
全身で呼吸をするほど息を荒くする初代魔王は動かぬはずの死体に語りかける。

「立てよ! 僕は冗談は嫌いだ!!」
「.....あと........13びょ...う....」

途切れ途切れに死体がそう呟くと千切れかけた腕は細胞がミチミチと動き結合し、あらぬ方向に曲がった腕はゴキバキと生々しい音を立てて元の方向に動き、突出した肋骨はズブズブと沈んで胸の中に戻り、顔は皮膚が溶けて骨だけになると筋肉が覆い皮膚がその上をさらに覆った。
完全に体が元に戻ると鼓動が動き、全身に血液の循環が始まった。
死体は何事もなかったように立ち上がり、腕を回したり首を動かしたりと全身を動かして調整を始めた。

「ん〜...やっぱりこの体は気持ちが悪いな」
「自分で手に入れた力だろ?それを否定するのか?」
「手に入れたくて入れたんじゃねえよ...」

その言葉に首を傾げる初代魔王は目の前の男の言葉の真意を理解する事はできなかった。

「まあいい...さっさと僕の前から消えてくれないか?正直、大嫌いな人間でも何度も殺せば後ろめたくもなる」
「なら俺の意見をもう少し考えてくれよ」
「絶対に嫌だね。第一、最初に君へ質問をしたが、その意見を叶えるとは言っていないし、さっきの話も全部を信用なんてしていない」

意味がわからない。そう言いたげな男に初代魔王は歩み寄る。そして、胸ぐらを掴んだ。
男は抵抗する事もなく自分よりも小さい魔王に持ち上げられた。それが気に食わなかった魔王は男の頭を床に叩きつけた。
その勢いは凄まじく水風船を叩き割ったかのように男の頭は血を床に撒き散らした。
頭を失った体はビクンビクンと痙攣を起こしたが数秒もせずに動かなくなった。とはいえ、頭を潰されたとしても男にとって意に介さないようだ。
平然と体は立ち上がり、先ほどと同じように頭蓋骨が生成され、筋肉、皮膚の順番に再生し元の男の頭が出来上がった。

「なんで頭ばっかり潰すかね」
「正直......君の精神には尊敬するよ。死なないとは言えあんなに死ぬような痛みを与えられて平然としてるなんてさ」
「何百回と死ねば慣れるよ。痛覚も麻痺してるしな。お前も試してみる?」
「好き好んでやるわけないだろ! 君はバカなのか!?」

少々口が悪くなっていく初代魔王に対し、男は冗談で言ったつもりらしく、つまらなそうに手をあげてやれやれと言いたそうにしている。

「冗談はこのぐらいで......こうゆうのはどうだ? お前らは本当は争いたくない。そうだろ?」
「......ああ、そうだ」
「なら俺がお前らは無害だと伝えてやるよ」
「......はぁ?」

初代魔王は思った。こいつはバカか? と。
そのあまりにも安直で、無謀で、純粋な意見に。
呆気にとられる初代魔王に追い打ちを与えるかのように、自分の考えた作戦を自慢げに話し始める。

「まず、君の意見とその証拠を持ち帰ります。そして、あの頑固なクソ大臣を納得させれば....これで万事解決だ!」
「待て...なぜ大臣なんだ。国王ではないのか?」
「父さーーー国王はどちらかというと平和主義者。俺にだけ教えてくれたがあの人はあんた達とも手を取り合いたいと願っていた」

正直、魅力的な提案でもあった。何故なら初代魔王が最初に成し得ようとしていた目標でもあったからだ。世界を破壊しようとしていたのも目標を達成できないことへの絶望と挫折によるものだ。
しかし、今。その目標を叶えるための第一歩が目の前の男からの提案だ。とはいえ、信用できる話かと言われれば皆無だ。

「信用できると思うか?」
「全然?」
「なら何故聞いた!?」
「いや、提案だし...そこまで怒るなよ...全く魔王ってのは短気なのか?」
「う、うるさい! だいたいお前は僕を目の前にして怒りや憎しみはないのか!?」

キョトンとした表情になった男は、すぐに大声で笑った。どこか馬鹿にされたような気がした初代魔王は顔を赤らめ、男に向けて怒鳴りつけた。

「な、何がおかしい!!」
「い、いや〜...分かりきったこと聞くな〜っと思ってさ...くく...!」
「ど、どうゆうことだ?」
「怒ってるに決まってるだろ!! こっちだって同胞が何百人と殺されてるんだよ!! けどな...目先の復讐に囚われたら同じことの繰り返しなんだよ!!」

さっきまでのお調子者の雰囲気は一切消え去り、どこか憤怒に満ちた表情を見せた。
流石の初代魔王もその怒気に気圧され後ずさりをした。そして、気づいた。この男は自分の感情を押し殺してまで平和を手に入れようとしていることに。
一時の復讐に呑まれることなく目の前の仇を殺したいと願う自分を抑え込み平和への一歩を踏み出そうとしていた。

「おまえは...何故そこまで強くいられる...?」
「約束したからだ。一時の感情に呑まれ後悔しないと」
「約束...?」

悲しそうに見上げ、首に下げていたブローチを手に取り強く握った。

「この約束がある限り俺は何度でも生き返る。その為ならどんな苦痛だろうと死だろうと受けてやる」

決意に満ちた男の瞳は真っ直ぐ初代魔王を見据えた。その気持ちが伝わったのか、はたまた気まぐれか。初代魔王の目の前いる男への見る目を改めた。

「......君が何百回と死んで廃人にならない理由がわかった気がするよ。そして、それは僕も見習うべきことだな...」

初代魔王もまた決意し、賭けることにした。

「いいだろう。君の考えに乗ってやる」
「本当か!!」
「ただし! もし一回でも僕を裏切るような事をしたら...」
「わかってるさ。この世界の支配でもなんでもしろ。俺は死なないからどうでもいい」
「ふん...無責任な勇者様・・・だな」






◇◆◇






「お兄ちゃんが元勇者...?」
「そう勇者だ。それと元じゃない。今も現在進行形であいつは勇者だ」
「で、でも! お兄ちゃんは四天王で...! ゾンビで...!」

戸惑いを見せながらも必死に整理しようとするパンドラを見てディアは少し考え込む。

「う〜ん...そこのところはあいつの記憶が壊れてるんだと思う。あいつがゾンビなのは僕のせいだ。けど、不老不死はあいつ自身の運命という名の呪いさ」
「じゃあ...お兄ちゃんは役目を終えるまで死ねないの...?」
「そうゆうことになるね」

いつもおちゃらけで死にたがりで能天気で鈍感の四天王からは想像できない重荷を彼が背負っていることをパンドラは感じた。
だが、ここで一つ疑問が生まれる。
なぜ彼は四天王となり本来守るべきである人間と敵対してしまったのか。

「お兄ちゃんはなんで四天王になったの?」
「それはーーーーーー」

ディアが話す途中で声は大きな爆発音によって掻き消されてしまった。
どうやら上の方で何か大きな戦いが始まってしまったようだ。この派手な爆発音にパンドラは目を輝かせる。

「お兄ちゃんだ!」
「そうみたいだね。あいつの気配を感じたよ」
「急がなくちゃ!」

土の四天王の元へ急ぐパンドラの後ろ姿をディアは悲しそうな目で見つめていた。

「なんど生まれ変わろうと僕達の運命の終わりは《無》へと進むみたいだね......何もできないが...せめて今回の旅路は上手くいくことを祈るよ」

誰に聞こえるわけもない語りを終えるとディアはパンドラの後を追った。




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