New Testament
最終話・急
オリジナルフォーズはフル・ヤタクミによって行動を停止した。
そしてトワイライトはオール・アイから心臓を引き抜かれその生涯を閉じた。
残された敵はオール・アイただひとりだった。
「まさに絶体絶命のピンチってやつかしら? まだまぁだ、物語を終わらせたくはないのよね。今ここで私が死ねば、この世界は観測者による被観測権限を失う。これがどういう意味なのか、考えたことがある? 観測者が見ない世界というのは観測者にとって価値のない世界なのよ」
「価値のあるなしを第三者の見ず知らずの連中に決められるなんてたまったもんじゃあない。虫酸が走る」
リニックはそう言葉を吐き捨てた。
「あなたたちはショーウインドウやTVショーやラジオ番組みたく、人々の娯楽となっているのよ。まぁ、この場合の『人々』とは紛れもなく私たち観測者のことを言うのだけれど」
この世界は観測者を楽しませるだけに存在する世界……オール・アイからそう言われてもなおリニックは信じられなかった。否、信じたくなかった。
自分が、自分たちが今まで生きてきた世界が、そんな紛い物のような世界なのだと信じたくなかったのだ。
「そんな睨み付けても、この世界の観測が無くなることはないわよ? 観測が無くなるときはその世界の価値が無くなるか観測者が居なくなるかのどっちかだもの」
「つまり……お前を倒せばいいということだな……!」
「そうね。それで条件はクリアする。でも正気? あなたは戦闘のためにろくに錬金術を使ったこともない人間じゃない。そんなあなたに世界を救うなんて仰々しい役目が務まるかしら?」
オール・アイは凡てを見通していたから、凡てを見透かしていたから知っている。
だからこそ、彼女はそう言ったのだ。そう言ってリニックを牽制さえすればよかったのであった。
「あなたに何が出来るのか、まったく想像が出来ないけれど、少なくともあなたがそれを倒すのは不可能。無駄な話よ」
オール・アイは再びリニックに向けて言った。精神力をじわじわと削っていき、あわよくば行動不能まで追い込むなどという小さい考えなのかは知らないが、少なくとも今のこの時点において、よい戦闘方法ではない。
リニックは未だそう思えるだけ余裕があるのだろうが、それも何時まで持つか解らなかった。
(どうする……? このままいけば確実にあっちの独壇場だ。だが、それまでに行える強力な一手が見つからない……!)
リニックは求めていた。この展開から打開出来る――千載一遇のチャンスを。
「私が時間を作ります」
そう言ったのは、リニックにとって予想外の人物だった。
「ガラムド……さま?」
「あなたは新しいカミサマになる素質を持っている。そんな人間はどんなことがあろうとも生きてもらわなくてはいけない。そうでないと、この世界を管理する人間が居なくなってしまうから」
「だとしても……そうだとしても、あなたはそれで……いいんですか」
ガラムドの口ぶりはまるで居なくなってしまうのではないか――そう思わせるほどだった。
ガラムドが消えてしまったら、この世界から『カミサマ』という概念が消失する。そうなった世界はどうなっていったのか……、リニックは何となくではあるが想像出来ていた。
「だからこそ、あなたを指定したのですよ。リニック」
ガラムドの声は決して悲しさを含んではいなかった。
寧ろ『私のことは心配するな』と言いたいようにも思えた。
リニックはここで漸くあの茶会の真実を理解した。
茶会でのことは決して間違ってなどいなかった。寧ろ正しいことだったのだ。
そして、リニックにカミサマの座を譲る――これも嘘偽りのデタラメなどではなかったのだ。
「……さあ、リニック。泣くんじゃない。物語はまだ終わっていない、いやこれから始まるというのに……何をめそめそと。あなたはそれでも次代のカミサマとなる人間ですか?」
それを聞いてオール・アイは失笑した。
「リニック・フィナンスをカミサマに……? ハハッ、ガラムドよ。とうとう死に行く決意が出来たということか!!」
「これを逃せばあなたを倒すのは暫く無理になる。だが、今ならば……駒を凡て失い、丸裸となった今ならば! あなたを倒す可能性は高い!!」
「何を言うか。……まあいい。もう私も疲れたよ。物語を終わらせるときが来たようだからな」
そう言ってオール・アイは右手を掲げた。
そして直ぐにその上に小さい球体が浮かび上がった。
「これが何だとか、今更言う必要もあるまい。世界を破壊し得ることの出来るエネルギー体だよ。何もかも破壊し、何もかもを無に帰す。まぁ、心配なことと言えば一つあるが……それを言う必要などまったくない」
そして。
「さようなら、予言の勇者御一行とその子孫たち。楽しかったよ。まさかここまで私の気持ちを昂らせるとは……予想外のことだ。あとで『機関』に報告せねばなるまい。私はさっさとそれを提出して、少し休暇をもらいたいところだ。……まぁ先ずは完膚なきまでにこの世界を破壊する方が大事だ」
そして。
その小さなエネルギー体は彼女の意志を汲み取ったかのように、巨大化していく。
そして。
それがオール・アイをすっぽりと覆うほどに、それが会場を覆うほどに成長していく。
「いやあ熱い。熱すぎるね。もう頃合いだ」
そして。
オール・アイは微笑んだ。
「よくここまでがんばったよ。これは私からのご褒美だ」
そのエネルギー体がリニックたち目掛けて発射された。
そして。
そして。
そして。
――世界は無になった
◇◇◇
「……ざまあないわね」
オール・アイはそう言って踵を返した。もはやそこに広がっているのはただの瓦礫である。人もロボットも建物も凡てがごちゃまぜになって存在している。その存在は、ただ『瓦礫』というカテゴリーにしか存在しないものである。
「……ん?」
だが。
そこで彼女は、オール・アイは油断してしまった。
油断してしまったのだ。
「……油断したわね、オール・アイ!!」
オール・アイはその声を聞いて、直ぐに身を翻した。
だが、すぐ目の前までそれが迫っていた。
それはオール・アイが放った、エネルギー体だった。
「どうして……どうしてこれが……!!」
「さすがのあなたもこう目の前でじゃあ避けることはできない!!」
マジック・エッグ。
ガラムドはそれを持っていた。
「そうか……マジック・エッグを使って……そうしてエネルギー体を吸収して……一気に開放を……」
そして――オール・アイはエネルギーに吸い込まれ、消えた。
◇◇◇
「終わ……ったのか?」
リニックが呟くと、ガラムドは膝から崩れ落ちた。
「ガラムドさん!!」
リニック、メアリー、レイビック、ジークルーネ、シルバ、マリアが彼女に駆け寄る。
ガラムドの身体はゆっくりと消えつつあった。
それはリニックの身体もだった。
「……これは、いったい?」
「あなたは違うけれど、私は力を使いすぎてしまった。だから……私の人生はここまで。長かったけれど、ここで漸く初代ガラムドは天へと昇るの」
「なんてことを言うんですか……!」
オール・アイを倒したのに。
オリジナルフォーズを倒したのに。
こんなところでお別れをしなくてはならないというのか。
「何を泣いているんだ、リニック・フィナンス。ただ私はあるべき場所へ向かうだけだ。なあに、ただ周りの人間よりも二千年以上向かうのが遅かっただけだ」
「それでも……あなたは……!」
「人間を一瞬でも疑った私は、もはやカミサマとは呼べぬよ。なら素質のある人間にさっさと未来を明け渡したほうがいい。私みたいな古い世代の人間が時代にしがみついていても、意味などないのだよ」
「意味はあります。探せばいいんです。あなたが生きている意味を! あなたがカミでいる意味を!」
「ふふっ……君くらいだよリニック。私のことをそこまで心配してくれた人は。最後に君のような人間と話すことができて……私は幸せだ。安心して君に世界を任せることができる」
「ガラムド――――――」
ここに、ひとつの大きな戦いが集結した。
死者ゼロ名。
行方不明者、一名。
古の伝説的存在として恐れられたオリジナルフォーズはもういない。
ずっと世界を監視し続けたオール・アイもいない。
そして、錬金魔術の論文を書いていたリニック・フィナンスという人間も、今日という日をもって行方が誰にも解らなくなった。
そしてトワイライトはオール・アイから心臓を引き抜かれその生涯を閉じた。
残された敵はオール・アイただひとりだった。
「まさに絶体絶命のピンチってやつかしら? まだまぁだ、物語を終わらせたくはないのよね。今ここで私が死ねば、この世界は観測者による被観測権限を失う。これがどういう意味なのか、考えたことがある? 観測者が見ない世界というのは観測者にとって価値のない世界なのよ」
「価値のあるなしを第三者の見ず知らずの連中に決められるなんてたまったもんじゃあない。虫酸が走る」
リニックはそう言葉を吐き捨てた。
「あなたたちはショーウインドウやTVショーやラジオ番組みたく、人々の娯楽となっているのよ。まぁ、この場合の『人々』とは紛れもなく私たち観測者のことを言うのだけれど」
この世界は観測者を楽しませるだけに存在する世界……オール・アイからそう言われてもなおリニックは信じられなかった。否、信じたくなかった。
自分が、自分たちが今まで生きてきた世界が、そんな紛い物のような世界なのだと信じたくなかったのだ。
「そんな睨み付けても、この世界の観測が無くなることはないわよ? 観測が無くなるときはその世界の価値が無くなるか観測者が居なくなるかのどっちかだもの」
「つまり……お前を倒せばいいということだな……!」
「そうね。それで条件はクリアする。でも正気? あなたは戦闘のためにろくに錬金術を使ったこともない人間じゃない。そんなあなたに世界を救うなんて仰々しい役目が務まるかしら?」
オール・アイは凡てを見通していたから、凡てを見透かしていたから知っている。
だからこそ、彼女はそう言ったのだ。そう言ってリニックを牽制さえすればよかったのであった。
「あなたに何が出来るのか、まったく想像が出来ないけれど、少なくともあなたがそれを倒すのは不可能。無駄な話よ」
オール・アイは再びリニックに向けて言った。精神力をじわじわと削っていき、あわよくば行動不能まで追い込むなどという小さい考えなのかは知らないが、少なくとも今のこの時点において、よい戦闘方法ではない。
リニックは未だそう思えるだけ余裕があるのだろうが、それも何時まで持つか解らなかった。
(どうする……? このままいけば確実にあっちの独壇場だ。だが、それまでに行える強力な一手が見つからない……!)
リニックは求めていた。この展開から打開出来る――千載一遇のチャンスを。
「私が時間を作ります」
そう言ったのは、リニックにとって予想外の人物だった。
「ガラムド……さま?」
「あなたは新しいカミサマになる素質を持っている。そんな人間はどんなことがあろうとも生きてもらわなくてはいけない。そうでないと、この世界を管理する人間が居なくなってしまうから」
「だとしても……そうだとしても、あなたはそれで……いいんですか」
ガラムドの口ぶりはまるで居なくなってしまうのではないか――そう思わせるほどだった。
ガラムドが消えてしまったら、この世界から『カミサマ』という概念が消失する。そうなった世界はどうなっていったのか……、リニックは何となくではあるが想像出来ていた。
「だからこそ、あなたを指定したのですよ。リニック」
ガラムドの声は決して悲しさを含んではいなかった。
寧ろ『私のことは心配するな』と言いたいようにも思えた。
リニックはここで漸くあの茶会の真実を理解した。
茶会でのことは決して間違ってなどいなかった。寧ろ正しいことだったのだ。
そして、リニックにカミサマの座を譲る――これも嘘偽りのデタラメなどではなかったのだ。
「……さあ、リニック。泣くんじゃない。物語はまだ終わっていない、いやこれから始まるというのに……何をめそめそと。あなたはそれでも次代のカミサマとなる人間ですか?」
それを聞いてオール・アイは失笑した。
「リニック・フィナンスをカミサマに……? ハハッ、ガラムドよ。とうとう死に行く決意が出来たということか!!」
「これを逃せばあなたを倒すのは暫く無理になる。だが、今ならば……駒を凡て失い、丸裸となった今ならば! あなたを倒す可能性は高い!!」
「何を言うか。……まあいい。もう私も疲れたよ。物語を終わらせるときが来たようだからな」
そう言ってオール・アイは右手を掲げた。
そして直ぐにその上に小さい球体が浮かび上がった。
「これが何だとか、今更言う必要もあるまい。世界を破壊し得ることの出来るエネルギー体だよ。何もかも破壊し、何もかもを無に帰す。まぁ、心配なことと言えば一つあるが……それを言う必要などまったくない」
そして。
「さようなら、予言の勇者御一行とその子孫たち。楽しかったよ。まさかここまで私の気持ちを昂らせるとは……予想外のことだ。あとで『機関』に報告せねばなるまい。私はさっさとそれを提出して、少し休暇をもらいたいところだ。……まぁ先ずは完膚なきまでにこの世界を破壊する方が大事だ」
そして。
その小さなエネルギー体は彼女の意志を汲み取ったかのように、巨大化していく。
そして。
それがオール・アイをすっぽりと覆うほどに、それが会場を覆うほどに成長していく。
「いやあ熱い。熱すぎるね。もう頃合いだ」
そして。
オール・アイは微笑んだ。
「よくここまでがんばったよ。これは私からのご褒美だ」
そのエネルギー体がリニックたち目掛けて発射された。
そして。
そして。
そして。
――世界は無になった
◇◇◇
「……ざまあないわね」
オール・アイはそう言って踵を返した。もはやそこに広がっているのはただの瓦礫である。人もロボットも建物も凡てがごちゃまぜになって存在している。その存在は、ただ『瓦礫』というカテゴリーにしか存在しないものである。
「……ん?」
だが。
そこで彼女は、オール・アイは油断してしまった。
油断してしまったのだ。
「……油断したわね、オール・アイ!!」
オール・アイはその声を聞いて、直ぐに身を翻した。
だが、すぐ目の前までそれが迫っていた。
それはオール・アイが放った、エネルギー体だった。
「どうして……どうしてこれが……!!」
「さすがのあなたもこう目の前でじゃあ避けることはできない!!」
マジック・エッグ。
ガラムドはそれを持っていた。
「そうか……マジック・エッグを使って……そうしてエネルギー体を吸収して……一気に開放を……」
そして――オール・アイはエネルギーに吸い込まれ、消えた。
◇◇◇
「終わ……ったのか?」
リニックが呟くと、ガラムドは膝から崩れ落ちた。
「ガラムドさん!!」
リニック、メアリー、レイビック、ジークルーネ、シルバ、マリアが彼女に駆け寄る。
ガラムドの身体はゆっくりと消えつつあった。
それはリニックの身体もだった。
「……これは、いったい?」
「あなたは違うけれど、私は力を使いすぎてしまった。だから……私の人生はここまで。長かったけれど、ここで漸く初代ガラムドは天へと昇るの」
「なんてことを言うんですか……!」
オール・アイを倒したのに。
オリジナルフォーズを倒したのに。
こんなところでお別れをしなくてはならないというのか。
「何を泣いているんだ、リニック・フィナンス。ただ私はあるべき場所へ向かうだけだ。なあに、ただ周りの人間よりも二千年以上向かうのが遅かっただけだ」
「それでも……あなたは……!」
「人間を一瞬でも疑った私は、もはやカミサマとは呼べぬよ。なら素質のある人間にさっさと未来を明け渡したほうがいい。私みたいな古い世代の人間が時代にしがみついていても、意味などないのだよ」
「意味はあります。探せばいいんです。あなたが生きている意味を! あなたがカミでいる意味を!」
「ふふっ……君くらいだよリニック。私のことをそこまで心配してくれた人は。最後に君のような人間と話すことができて……私は幸せだ。安心して君に世界を任せることができる」
「ガラムド――――――」
ここに、ひとつの大きな戦いが集結した。
死者ゼロ名。
行方不明者、一名。
古の伝説的存在として恐れられたオリジナルフォーズはもういない。
ずっと世界を監視し続けたオール・アイもいない。
そして、錬金魔術の論文を書いていたリニック・フィナンスという人間も、今日という日をもって行方が誰にも解らなくなった。
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