New Testament

巫夏希

エピローグ


 ハイダルクにオリジナルフォーズが再臨する。

 その仰々しい姿は憎悪すら感じさせるほどだった。

「……とうとうやりやがったわね、オール・アイ!」

「ガラムドさま! あのオール・アイはいったい何をしようと……!」

「先ずは過去に居る彼らを連れ戻しましょう」

 そう言って、ガラムドは目を瞑り、小さく念じた。


 ――戻れ


 その言葉とともに、ガラムドの目の前に二人の少年少女が姿を現した。

 それはシルバとマリアの姿だった。

「ここ、は……!」

「ここはあなたちが住んでいた世界ですよ、シルバ・ホークリッチ。そして、マリア・アドバリー」

 その言葉を聞いて、彼らは振り返った。彼らはガラムドの姿を真に見るのは初めてであったが――直ぐにそれが誰だか理解出来た。

「もしや……ガラムドさま……!」

「今そんな思いを抱いている暇などないわ。今はあれを何とかしなくてはなりません」

 そしてガラムドが指差した方角には、オリジナルフォーズが立っていた。

「あれは……なんて巨大な……!」

「あれは『オリジナルフォーズ』と言います。そして今、あの図体にはリニック・フィナンスが埋め込まれている」

 ガラムドはいとも簡単に彼らにオリジナルフォーズのことを説明した。

 マリアとシルバはそれを信じるしかなかった。何故ならばそれを言ったのは他でもない、ガラムドだからだ。

「……ガラムドさま、つまりいったいどういうことなのでしょうか?」

「簡単なことです。あのオリジナルフォーズを倒す。今度は封印などではない。今度こそ完膚なきまでに破壊する」

 ガラムドの言葉は簡潔で明確だった。

 しかし、それ以外の人間は不安でいっぱいだった。

 二千年前、そして百年前にもあったとされるオリジナルフォーズの襲撃は、二回ともオリジナルフォーズを封印するだけに留まった。

 その理由は簡単だ。――あまりにもオリジナルフォーズが強すぎたからである。ガラムドが知恵の木の実を用いてどうにかして封印されたそれが、百年前にリュージュによって解放され、世界が甚大な被害を受けた。

 最終的にオリジナルフォーズからのエネルギーは失われ、リュージュは死んだ――はずだった。

 にもかかわらず、今それはそこにいる。オリジナルフォーズという存在は三度人間に牙を向けたのだ。

「……どうした、ガラムド。怖じ気ついたか? 怖いだろうなぁ。何せ、あの時倒せずに何とか無理矢理封印にまで持ちこたえたそれが、再びお前の目の前にたっているのだからなぁ……!」

 オール・アイはそう言うと何処からか杖を取り出した。

 そして、小さくそれを振った。

 オリジナルフォーズが光の彷徨を放った。その攻撃はあまりにも単純な一撃だった。

 その攻撃は海を蒸発させ、大地を割った。割れた地面から溶岩が迸る。

 それを見て、ガラムドは思い出した。二千年前の『偉大なる戦い』、それとまったく同じであるということを。

 だが、不思議なことにガラムドは打ちひしがれてなどいなかった。

 それはカミサマとしての自信なのか、それとも一度戦ったことがあるからなのかは解らない。

 本人ですらもそれは解らなかった。

 そして、そして、そして、そして。

 最後の戦いの火蓋が、切って落とされた。


 ◇◇◇


 その頃。

 鷹岬はベッドで目を覚ました。

 その部屋は凡てが白で構成されていた。ベッドもテレビもテーブルも座布団も壁も床も、全部が白かった。

「……なんだここは?」

 凡てが同じ色だと、遠近感がおかしくなる――なんてことは学説で証明されているわけではないが、ここまで白に染まっていると輪郭すらもぼやけて見える。

「ここは……いったいどこなんだ? えーと確か……」

 そこで鷹岬は今までの自分の行動を思い起こす。

 そして『撃たれた』という事実を思い出すまでに、そう時間はかからなかった。

「……! そうだ、確かおれは」

「漸く目を覚ましたか」

 その声を聞いて、鷹岬はそちらを向いた。

 そこに居たのは彼の上司、乃木だった。乃木は黒いローブを羽織り、彼らしくない格好をしていた。

「……ど、どうしたんですか? そんなふざけた格好……!」

「特にふざけてなんていないさ。ただ、君に少し灸を据えなくてはいけないだろうが」

 そう言うと乃木は、ゆっくりと鷹岬の居るベッドへと近付いてきた。

「な、何をするつもりで……!」

「君がこれ以上あの出来事に首を突っ込めないようにする。……はじめは私だって良かれと思ってやってきたが、徐々にそれが明らかになるにつれ……警察でも『こちら側』でも対処しきれなくなったということだ。これについては私が今言ったことを鵜呑みにして君が了承してくれればいいが……今までの君を見た限りでは、そう簡単に了承してくれないだろうね」

「そりゃあそうです。間違っていることを間違っていると言えないで、何が警察ですか。何が国家ですか。滑稽ですよ。どうしてどいつもこいつも真実をひた隠しにするんですか、どうして自分の真実ばかり隠しておいて弱者の真実ばかり明らかにするんですか。そんなのおかしいじゃあないですか!」

 乃木は答えない。

 鷹岬の話はなおも続く。

「自由ってなんですか、権利ってなんですか! 全然解らない……だから知りたくなるのが人間……それでも隠したいものだってあるじゃあないですか! 隠すなら皆秘密を隠す、隠させないなら上から下まで全員が隠すことが出来ない……そんな世の中で、どうして暮らしていけと」

「……所詮子供が話す絵空事だ」

 そう言うと乃木はサングラスをかけ、ボールペンのような何かを取り出す。

「映画なんかで見たことがあるだろ? 記憶を消す装置、ってやつだ。アメリカで開発されて俺たちのような『影』の人間が使う。それでも安全面が心配だってことで、これを使わずに直接手を下す人間も居るがね」

 装置に付けられたダイヤルの操作を終え、乃木は改めてサングラスの位置を調整する。

「……最後に何か一言言い残すことは?」

 その言葉に、鷹岬は小さく微笑み、言った。

「最低だ、クソッタレ」

「そりゃどうも」

 ――そして、鷹岬の視界を強烈な光が支配した。





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