New Testament

巫夏希

11

「ガラムド……あなたが、知恵の木の実を食べて……!」

 ガラムドから聞いたその事実は、しかしそう簡単に信じることが出来ないものだった。リニックにとって伝説となっていた『知恵の木の実』が存在するという事実だけでも驚愕であるが、それを食べると神の境地に辿り着く――ということはもはや彼の理解が追い付かない事実だった。

 ガラムドは呟く。

「確かに信じられないかもしれませんね。これを言って『信じろ』という方がもしかしたら変わっているかもしれないですから。……ですが、これは紛れもない事実。そうでなければ、私のような『人間』がカミサマなどといった高尚な地位に立てるわけがありませんからね」

 知恵の木の実。

 『惑星の記憶エネルギー』の一部を切り取った、いわばエネルギーの塊。

 そのようなものを食べれば、確かに、人為らざるものへ変化するのも理解出来る。

「カミサマは一人しか必要としない……フォービデン・アップルはそうも考えていますが、実際には違います。古くには『八百万の神』などというようにたくさんのカミサマがいたケースもあったのです。別にカミサマが一柱だけなどという縛りも必要が無いでしょう? ……しかしながらフォービデン・アップルは無理にもその縛りを忠実に守ろうとしている。ただし、フォービデン・アップル側が用意した人材で、尚且つ彼らの言うことを聞く人間をカミサマに仕立てあげる……というかたちでね」

「もし、そうなった場合は……?」

「争って決めることもあれば、そのまま新しいカミサマにすげ替えられるケースもあります」

 争う。

 その単語を聞いてリニックは恐ろしい響きに思えた。カミサマ同士の争いとは、果たして、どのようなものなのか。そしてどのように決着を着けるというのだろうか。

「……いや、そうも話している場合じゃあ無くなったようね」

 ガラムドは不意に話題を変えた。

 そこでは律儀にリリーが待機していた。

「敵前において話す余裕があるとはな、ガラムドよ!!」

「それを律儀に待ってくれたのは、本当に嬉しいわね。小物感がぷんぷん臭ってくるわよ」

 お互いがお互いを貶し合う。それは何も産み出さない、無味乾燥としたものだった。

「……その減らず口、何時まで叩けるかな?」

 そして、リリーを守るようにたくさんのロボットが彼女の前に姿を現した。

「!!」

「行けぃっ!!」

 その言葉と共に、ロボットがガラムドたち目掛けて飛び掛かった。

 しかしガラムドはそれに臆する事などなかった。

 目を瞑り、ゆっくりと深呼吸をひとつする。

 そして。

「――――散れ!!」

 たった、その一言を言っただけだった。

 それだけだったにもかかわらず、ガラムドたちに飛び掛かったロボットは、まるで何かの壁にぶち当たったかのように飛散した。

「な……!」

「仮にも私はこの世界のカミサマとも呼べる存在だぞ? そこそこ人間らしからぬ能力を身につけていたとしてもそんなものが勝てるわけがない」

 少しだけリリーは驚いたような素振りを見せたが、直ぐに態勢を取り直した。

「ガラムド……あなたは確かに本物のカミだったようね。力が段違いだ。先ず私が勝つことは出来ないでしょう。……正攻法ならば、の話ですが」

 そう言って、リリーは奥にあるカーテンを思い切り引っ張った。そこにあったのは十字架だった。それも、カミの代わりに祈るためにあるのではなく、深い罪を犯した人間を磔にするものなのだろう。なぜかといえば先端に釘のようなものが刺さっていたからだ。あれは手足に刺し、身動きを取れないようにするためのもの……なのだろうか。

「これは断罪の十字架、罪を贖うものよ。はてさて、誰がこれに磔にされるのかしらね?」

 そう言ってリリーは指をパチンと鳴らした。

 すると舞台裏からロボットが数機出てきた。ロボットは誰かを抱えていた。そして、その誰かはそこに居る全員が知っている人間だった。

「メアリーさん!」

 そう、それは。

 メアリー・ホープキンだった。

 メアリーは傷ついていないこそ、ぐったりとしていた。どうやら、眠らされているらしい。

「……この娘を十字架へ!」

 リリーがそう声高々に言うと、ロボットたちはそれに従い、メアリーを十字架にくくりつけた。

 その間、何度もリニックたちはそれを止めようと、メアリーの場所へと駆け出そうと――した。

 しかし、出来なかった。まるで魔法で彼らが居る空間を固めているような……そんな雰囲気にも取れた。

 メアリーを十字架にくくりつけたのを確認して、改めてリリーはリニックたちの方を向いた。

「さあ……最高のショウタイムの始まりよ!」

 彼女はポケットからあるものを取り出した。

 それは見るものを圧倒させた。

 それを見ているうちに、それに吸い込まれそうになるほどの美しさだった。

 しかしながら、それは果たして自然に存在するものなのか……そんな疑問を抱いてしまうほどの、金色に輝いた林檎。

 それを見て、リニックは実物を見たことはなかったが、直ぐにそれが何だか確信した。

「『知恵の木の実』……!」

「あら、やはり知っていたようね。流石は私の息子……ね」

 リリーはわざとらしくそう言った。

「リニック、あなたが言ったようにこれは知恵の木の実という伝説の代物です。カミサマの主食となっている、とでも稀少な代物で、見たことがありませんがね……だが、今目の前にあるこれこそが本物だ」

「貴様……それをどこで手に入れた!!」

 ガラムドは激昂する。然れど見えない壁は壊れることなどないが、ビリビリと空気が強く振動した。

 それに対して、リリーはわざとらしく肩を竦める。

「おお、こわいこわい。そんな顔付きしてちゃ駄目ですよ」

「茶化しても無駄だ……! 答えろ、お前はその『知恵の木の実』を何処で手に入れた!」

「アース以外には普通に知恵の木の実が手に入れることが出来るのですよ。……まぁ、プライバシーの保護のために詳細は控えさせてもらいますが」

「アース以外……? 馬鹿な! あれはアースでしか手に入らないはずだ! だって……知恵の木の実は……!」

「あなたの墓から生えた木が原木であるということは、充分知っています。理解していますよ。……でもね、普通に考えれば解る話。莫大なエネルギーが手に入り、それこそ強い力となるそれを、どうしてみすみすアース以外の場所に持っていかないという保証があるんですか」

 リリーの言うことはその通りであった。知恵の木の実によって得られる力というのは恐ろしい。昔は、錬金術師の知識そのものを等価交換という形で、人工的に知恵の木の実が作られたこともあったが、今はそのようなことは非人道的行為だとして、特にアースでは禁止されている。

 だが、ほかの場所では――『喪失の一年』の出来事が風化されているのもあって――知恵の木の実が存在することが悪いことに即座に直結しない。

 だから、それに対する過大な規制も存在しないのであった。

「あなたは何故知恵の木の実に対し恐れを為しているのか……いいや、違う! 知恵の木の実に恐れを為しているのではなく、メアリー・ホープキンが知恵の木の実を使うことに恐れを為している! メアリー・ホープキンはあの『喪失の一年』ですら知恵の木の実を使うことは無かった。それは単なる偶然でも戦術によるものでもなく、あなたが操作した『必然』だった。だが今、あなたへの信仰心を人間は昔より持たなくなった。だからあなたも昔ほど人間に干渉することも出来なくなった。当然よね、カミサマは人間の信仰心あってこそ存在出来るのだから!」

「やはり目的は……メアリーを媒体にして」

「ええ、そうよ。新たなカミ、新たなガラムドを作り上げること! しかしながら、カミになる素質を持っているのは『神の血』を引き継いだ者のみ……そして自由に操ることが出来るのは、このメアリー・ホープキンのみ!」

 リニックはそれを聞いて思わず鳥肌が立った。

 自分の母親は、なんて恐ろしいことをしているのか。

 この行為は正しいとはいえない。間違った行為だ。

 ならば彼はどうすべきか。

 リリー・フィナンスの息子として、どういう選択肢を取るべきか。

 答えはもう決まっていた。

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