New Testament
6
「そんなこと……有り得ない!」
「どうして? ただ私は真実を言っているだけに過ぎないのですよ。まぁ、仕方がありません。時に真実は身を滅ぼします。知りたくもない真実だってあるでしょう。しかしながら、人はそれを知らねばならないのです。向き合わねばならないのです。乗り越えねばならないのです。そうして、人は強くなる。少なくとも……メアリー・ホープキンはそういう人間だった。何があっても逃げ出さずに受け止めた。そしてそれをどうすればいいのか自らで考えた。……まぁ、今のメアリーは言うならば選択に失敗してしまった。彼女の気持ちも解らないでもないですが、既に彼はこの世界に居る。彼は、この時代に居るのです。それをメアリーは知らずに彼と敵対した……。仕方がないことなのかもしれません、現に今、トワイライトの精神は恐らく極端な程のメアリーに対する愛情が殆どのパーセンテージを占めていることでしょう」
「……つまり、フル……トワイライトは、メアリーさんへの愛情だけでここまでの行動を取った。そう言いたいのか……?」
その言葉にガラムドは躊躇なく頷いた。
馬鹿げている。一人の愛する女性のためにここまでするということを、些かリニックには信じられなかった。
リニックの表情を観て、そのような雰囲気を何処と無く感じ取ったガラムドは小さくため息をついた。
「あなたも人を愛せば、或いは彼の気持ちが少し位は解るかもしれませんね。……まぁ、彼みたいな行動にまで発展するのは、『異常』と言っていいでしょうが……」
ガラムドは小さくため息をつき、さらに話を続ける。
「……さて、今まであなたにこの世界の歴史を、大雑把ではありますが話してきました。ここからが本題です、ここから話すことをよくよく聞いてください」
「つまり今までのは壮大な前座だった。……そう言いたいのか?」
「合っているようで間違っていますね、その解釈は。直ぐにそれは取っ払った方がいいですよ、あなたの理解のためにも」
「理解のため?」
リニックはガラムドに訊ねたが、ガラムドはその質問に対して答えるといったことはしなかった。
その時、ガラムドがリニックに小さな紙を差し出した。紙には何も書かれてはいなかった。
「私が今から言うことについて、了承を頂けるのであれば捺印していただきたいと思います。あぁ、何も血印というわけにも参りませんから。指紋を押し付けてくれれば勝手に認識される、そんな特別な紙を使っていますので」
「魔法を使った、特殊な紙?」
「ええ。では……始めます」
ガラムドは紅茶を一口啜って、話を始めた。
「私がこの世界の『カミサマ』となって約二千年の月日が経ちました。時に私を崇めたり、時に私を蔑んだりした人類でしたが、私がこの二千年以上もの間実体を保てていたのは、少なくとも人類は私の存在を信じていたから……ということになりましょう。たくさんのことがありました。人々が世界を二つに分けました。ちょっとした思いつきで世界全体を巻き込む戦争に発展したこともありました。私の存在について疑問を抱き、私をカミの座から引き摺り落とそうという考えの持ち主も居ました。……まぁ、結局はそんなこと失敗しちゃうんですけれどね、だって私はカミサマですから。どんな力を持っていようとこの世界を司るカミサマに敵うわけがない……のですがね、最近疲れちゃったんですよ。百年前にはもう、私はやること凡てやり終えたもんですからこの百年は消化試合に近い感じでしたよ。まぁ、だから私を信じずに蔑むことをするような人間も現れたのでしょうがね……。いいですか、リニック・フィナンス。カミは確かに偉い存在です。崇高な存在です。崇高な存在ですが、それに傲ってはいけないのです。かつて、世界の半分近くにて信じられていた宗教には『傲慢』は大罪の中の一つであると言われている。それほどに、傲慢というのは恐ろしいこと。決して傲ってはならない、これは当たり前のことです。残念ながらここ百年と私はそれを怠ってしまい、あんなことになってしまったのですがね……。それについては謝っても謝りきれません。カミは人が信じるからこそ神界に居る存在。カミは信心深い人間が居て、漸くカミとして認められる……。あなたには是非それを理解していただきたい」
「話がまったく見えて来ないんだが……」
ここまでガラムドの長台詞を聞いてきたリニックだったが、如何せん彼女が何を言いたいのか解らなかった。
対して、ガラムドは小さくため息をついた。話を一気に説明したためか疲れているのだろう。額には汗が浮かんでいた。
「私は話を最後までした、とは言っていません。重要な部分が未々(まだまだ)残っているのです」
「だったら先にそれを言ってくれ。そうじゃないとこの話の要点があまりにも掴みづらい」
「……解りました、リニック」
そして、ガラムドは大きく深呼吸をし、言った。
「リニック・フィナンス。私の仕事であるカミ、そして『ガラムド』の名を継いではもらえないでしょうか?」
「……え?」
リニックはガラムドが言ったことを理解するまでに少々の時間を要した。さらにその後の第一声も情けないほどに抜けた声だった。
対してガラムドは小さく微笑む。
「突然言われて訳が解らないかもしれません。それでいいのです……が、私が今言ったのは紛れもない事実です」
「何故……なんだ?」
リニックはどうして自分なのか訊ねた。
「何故なのか、って? それはですね……、あなたが一番『カミ』に適していた……ということでしょうか」
「適していた……カミ、に?」
それにガラムドは頷く。
リニックはふとこの舞台裏について考えた。そもそも、なぜ彼女はカミでなくなろうとしているのか――ということについて、だ。確かにカミに選ばれたとき、選択肢は二つに分かれる。
それを了承するか、断るか。
そしてリニックは了承したらどうなるのかも考えた。カミとなって現世から姿を消すことになってしまうのだろうか? それとも、そのままにカミの力を手にするのだろうか?
そんなことを考えていると、ガラムドは立ち上がり草原をゆっくりと歩き始める。
「カミサマも無限の命を持っているわけじゃあありません。いつかはその莫大なエネルギーを使い果たし、死に至るでしょう。カミの引き継ぎというのは、今居るカミが死んでから……その役割を果たします。つまり私が死んだらあなたはカミとなる……そういうことです」
「死ぬ……のか?」
「私は最後にけじめを付けねばなりません。それは私が遊び呆け、人々の信心を失った百年間についてです。今逃げても何れまたそれがやって来ましょうし、逃げる術もないでしょう。彼らが推し進める、その計画は何としてでも阻止せねばならないのです」
その言葉を言い放ったのと、ガラムドの身体から光が放たれ始めたのはちょうど同時だった。
リニックはずっとずっと考え、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
「……少し、考えさせてはもらえないだろうか? やはりカミサマになるというのは大変なんだろう?」
「ほぼ永遠の命を手にいれ、やることとすればモニターから人間界を眺め、奇跡を求めている人がいたら奇跡を与える。……あぁ、これはあくまでも一定の基準がありますが、ね」
「二千年ものあいだ、この空間に居た……ということか?」
「そうですよ? 来客者数はそんないってないと思いますから。まぁ、来客とはいえ、私が転移魔術で干渉したに過ぎないのですが」
ガラムドを見て、リニックは考える。二千年ものあいだほぼ一人で暮らしていた、という。恐らく暇でやることがない――なんてことはなくモニターにかじりついて『奇跡』を求める人を探し、奇跡を起こさせるという大事な仕事があるようだが、それでも一人ぼっちということには変わりはない。
ガラムドという存在は世界に浸透しているものの、それが誰の家族なのか……などといった詳細を事細かに述べることは難しいだろう。一体全世界の何割の人間が話すことが出来るだろうか?
特に最近は神殿協会によるガラムド派の攻撃が相次ぎ、さらにその人数は減っているはずだ。
これでは『平和な世界』などとは到底呼べないだろう。
彼女が望んだ平和な世界は、彼女が怠ったから衰退の一途を辿っていた。
奇跡など待っていたばかりではやって来る訳もなく、寧ろ進んで働くなど、きちんと努力をした人間に送られるべきものである。
だからこそ、彼女は。
身をもって、それを行う。奇跡を起こすために、今までのミスを凡て無かったことには出来ないだろうが、それを修復するために。
「……それでは話が長くなりました。あなたを、元の世界に戻したいと思います」
「そういえば時間についてはどうなんだろうか? 大分長いあいだここに居たような気もするんだが」
「それについては問題ありません。あなたがこの世界に来て、まだあちらの世界では数分も経っていないことでしょう」
そう、言って。
ガラムドは右手を高く掲げた。
「さあ……戻りましょう、元の世界に……!」
そして彼らは、光に包まれた。
「どうして? ただ私は真実を言っているだけに過ぎないのですよ。まぁ、仕方がありません。時に真実は身を滅ぼします。知りたくもない真実だってあるでしょう。しかしながら、人はそれを知らねばならないのです。向き合わねばならないのです。乗り越えねばならないのです。そうして、人は強くなる。少なくとも……メアリー・ホープキンはそういう人間だった。何があっても逃げ出さずに受け止めた。そしてそれをどうすればいいのか自らで考えた。……まぁ、今のメアリーは言うならば選択に失敗してしまった。彼女の気持ちも解らないでもないですが、既に彼はこの世界に居る。彼は、この時代に居るのです。それをメアリーは知らずに彼と敵対した……。仕方がないことなのかもしれません、現に今、トワイライトの精神は恐らく極端な程のメアリーに対する愛情が殆どのパーセンテージを占めていることでしょう」
「……つまり、フル……トワイライトは、メアリーさんへの愛情だけでここまでの行動を取った。そう言いたいのか……?」
その言葉にガラムドは躊躇なく頷いた。
馬鹿げている。一人の愛する女性のためにここまでするということを、些かリニックには信じられなかった。
リニックの表情を観て、そのような雰囲気を何処と無く感じ取ったガラムドは小さくため息をついた。
「あなたも人を愛せば、或いは彼の気持ちが少し位は解るかもしれませんね。……まぁ、彼みたいな行動にまで発展するのは、『異常』と言っていいでしょうが……」
ガラムドは小さくため息をつき、さらに話を続ける。
「……さて、今まであなたにこの世界の歴史を、大雑把ではありますが話してきました。ここからが本題です、ここから話すことをよくよく聞いてください」
「つまり今までのは壮大な前座だった。……そう言いたいのか?」
「合っているようで間違っていますね、その解釈は。直ぐにそれは取っ払った方がいいですよ、あなたの理解のためにも」
「理解のため?」
リニックはガラムドに訊ねたが、ガラムドはその質問に対して答えるといったことはしなかった。
その時、ガラムドがリニックに小さな紙を差し出した。紙には何も書かれてはいなかった。
「私が今から言うことについて、了承を頂けるのであれば捺印していただきたいと思います。あぁ、何も血印というわけにも参りませんから。指紋を押し付けてくれれば勝手に認識される、そんな特別な紙を使っていますので」
「魔法を使った、特殊な紙?」
「ええ。では……始めます」
ガラムドは紅茶を一口啜って、話を始めた。
「私がこの世界の『カミサマ』となって約二千年の月日が経ちました。時に私を崇めたり、時に私を蔑んだりした人類でしたが、私がこの二千年以上もの間実体を保てていたのは、少なくとも人類は私の存在を信じていたから……ということになりましょう。たくさんのことがありました。人々が世界を二つに分けました。ちょっとした思いつきで世界全体を巻き込む戦争に発展したこともありました。私の存在について疑問を抱き、私をカミの座から引き摺り落とそうという考えの持ち主も居ました。……まぁ、結局はそんなこと失敗しちゃうんですけれどね、だって私はカミサマですから。どんな力を持っていようとこの世界を司るカミサマに敵うわけがない……のですがね、最近疲れちゃったんですよ。百年前にはもう、私はやること凡てやり終えたもんですからこの百年は消化試合に近い感じでしたよ。まぁ、だから私を信じずに蔑むことをするような人間も現れたのでしょうがね……。いいですか、リニック・フィナンス。カミは確かに偉い存在です。崇高な存在です。崇高な存在ですが、それに傲ってはいけないのです。かつて、世界の半分近くにて信じられていた宗教には『傲慢』は大罪の中の一つであると言われている。それほどに、傲慢というのは恐ろしいこと。決して傲ってはならない、これは当たり前のことです。残念ながらここ百年と私はそれを怠ってしまい、あんなことになってしまったのですがね……。それについては謝っても謝りきれません。カミは人が信じるからこそ神界に居る存在。カミは信心深い人間が居て、漸くカミとして認められる……。あなたには是非それを理解していただきたい」
「話がまったく見えて来ないんだが……」
ここまでガラムドの長台詞を聞いてきたリニックだったが、如何せん彼女が何を言いたいのか解らなかった。
対して、ガラムドは小さくため息をついた。話を一気に説明したためか疲れているのだろう。額には汗が浮かんでいた。
「私は話を最後までした、とは言っていません。重要な部分が未々(まだまだ)残っているのです」
「だったら先にそれを言ってくれ。そうじゃないとこの話の要点があまりにも掴みづらい」
「……解りました、リニック」
そして、ガラムドは大きく深呼吸をし、言った。
「リニック・フィナンス。私の仕事であるカミ、そして『ガラムド』の名を継いではもらえないでしょうか?」
「……え?」
リニックはガラムドが言ったことを理解するまでに少々の時間を要した。さらにその後の第一声も情けないほどに抜けた声だった。
対してガラムドは小さく微笑む。
「突然言われて訳が解らないかもしれません。それでいいのです……が、私が今言ったのは紛れもない事実です」
「何故……なんだ?」
リニックはどうして自分なのか訊ねた。
「何故なのか、って? それはですね……、あなたが一番『カミ』に適していた……ということでしょうか」
「適していた……カミ、に?」
それにガラムドは頷く。
リニックはふとこの舞台裏について考えた。そもそも、なぜ彼女はカミでなくなろうとしているのか――ということについて、だ。確かにカミに選ばれたとき、選択肢は二つに分かれる。
それを了承するか、断るか。
そしてリニックは了承したらどうなるのかも考えた。カミとなって現世から姿を消すことになってしまうのだろうか? それとも、そのままにカミの力を手にするのだろうか?
そんなことを考えていると、ガラムドは立ち上がり草原をゆっくりと歩き始める。
「カミサマも無限の命を持っているわけじゃあありません。いつかはその莫大なエネルギーを使い果たし、死に至るでしょう。カミの引き継ぎというのは、今居るカミが死んでから……その役割を果たします。つまり私が死んだらあなたはカミとなる……そういうことです」
「死ぬ……のか?」
「私は最後にけじめを付けねばなりません。それは私が遊び呆け、人々の信心を失った百年間についてです。今逃げても何れまたそれがやって来ましょうし、逃げる術もないでしょう。彼らが推し進める、その計画は何としてでも阻止せねばならないのです」
その言葉を言い放ったのと、ガラムドの身体から光が放たれ始めたのはちょうど同時だった。
リニックはずっとずっと考え、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
「……少し、考えさせてはもらえないだろうか? やはりカミサマになるというのは大変なんだろう?」
「ほぼ永遠の命を手にいれ、やることとすればモニターから人間界を眺め、奇跡を求めている人がいたら奇跡を与える。……あぁ、これはあくまでも一定の基準がありますが、ね」
「二千年ものあいだ、この空間に居た……ということか?」
「そうですよ? 来客者数はそんないってないと思いますから。まぁ、来客とはいえ、私が転移魔術で干渉したに過ぎないのですが」
ガラムドを見て、リニックは考える。二千年ものあいだほぼ一人で暮らしていた、という。恐らく暇でやることがない――なんてことはなくモニターにかじりついて『奇跡』を求める人を探し、奇跡を起こさせるという大事な仕事があるようだが、それでも一人ぼっちということには変わりはない。
ガラムドという存在は世界に浸透しているものの、それが誰の家族なのか……などといった詳細を事細かに述べることは難しいだろう。一体全世界の何割の人間が話すことが出来るだろうか?
特に最近は神殿協会によるガラムド派の攻撃が相次ぎ、さらにその人数は減っているはずだ。
これでは『平和な世界』などとは到底呼べないだろう。
彼女が望んだ平和な世界は、彼女が怠ったから衰退の一途を辿っていた。
奇跡など待っていたばかりではやって来る訳もなく、寧ろ進んで働くなど、きちんと努力をした人間に送られるべきものである。
だからこそ、彼女は。
身をもって、それを行う。奇跡を起こすために、今までのミスを凡て無かったことには出来ないだろうが、それを修復するために。
「……それでは話が長くなりました。あなたを、元の世界に戻したいと思います」
「そういえば時間についてはどうなんだろうか? 大分長いあいだここに居たような気もするんだが」
「それについては問題ありません。あなたがこの世界に来て、まだあちらの世界では数分も経っていないことでしょう」
そう、言って。
ガラムドは右手を高く掲げた。
「さあ……戻りましょう、元の世界に……!」
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