New Testament

巫夏希

1

『西暦』2015年。

 サブカルチャーでは巨大ロボットが前年に完成していたりと、非常に高度な科学技術を想定している人間が多かった。

 しかしながら、そんなものは幻想に過ぎなかった。二度の政権交代により景気は横ばいだった。去年あたりから漸く景気が上向いたとはいえ、それが一労働者、ひいては一国民に実感させるには短すぎる時間である。

 にもかかわらずマスメディアはその思いを思う存分政府にぶちまける。この前消費税が増税した際にも、マスメディアは『悪徳政治』やら『愚の骨頂』やら散々な事をぶちまけていたが、結果として支持率低下には至らなかった。

 総理大臣が一年で早々に辞任する時代があまりにも長く続いたせいか、ここまで続く時代にはもはや崇拝の念を掲げる人間すらいた。

 それが西暦2015年と呼ばれる年である。

 西暦2015年も秋口にさしかかったある日のことである。警視庁・青少年犯罪対策課の鷹岬隼人はパソコンの作業に疲れたからか大きく伸びをした。

 鷹岬は今年入ったばかりの新人である。普通新人がここに入ることはあまり無いのだが、鷹岬たっての希望でここに入ることとなった。

「よう新人、頑張っているな」

 そう言って肩を叩いたのは八年目のベテラン乃木十三だった。乃木は鷹岬の直属の上司にあたる存在だ。

「あ、乃木さんお疲れ様です」

「まだ終わらねぇのか? もう十一時だぜ。仕事に精が入るのは解るが、この仕事は身体ありきだからな。身体を壊したら洒落にならないぞ」

「……そうですね」

 乃木はもう一度鷹岬の肩を叩き、鷹岬のパソコンの画面を覗いた。

「『青少年連続誘拐未遂事件並びに詐欺誘拐事件』……? これって一課が打ち切った事件じゃあなかったか?」

 青少年連続誘拐未遂事件並びに詐欺誘拐事件。

 秋葉原のとあるゲームショップを舞台にした事件だ。これまでに十七人の青少年が被害にあったが、驚くべきことに一人しか被害を受けていなかった。その誰もが数日後にひょっこりと姿を表すというものだったのだ。

 しかしながら、実被害が一名と確認されてから捜査本部の規模を縮小、現在は殆ど活動すらしていないのが現状だ。

「……で、それがどうかしたのか?」

 鷹岬が今までの話を要約して伝えると、乃木は小さく欠伸をしてそう答えた。

「良く良く考えてみると、おかしな話なんですよ」

 そう言って鷹岬はマウスを手に持ちパソコンを操作する。

 画面に浮かび上がったのは誘拐された後姿を現した十六人の戸籍だった。

「共通点はゼロ。即ちまったくの無作為で誘拐した……このような事態は非常に稀です。そして、未だに行方不明となっている唯一の人間」

 再び、マウスを操作し出てきたのは現時点で行方不明になっている『十七人目』の戸籍だった。

「行方不明になっている十七人目。その名前は古屋拓見。高校一年生です」

 そして、そこに浮かび上がっていた写真は――。


 ――予言の勇者、フル・ヤタクミだった。


「古屋拓見……見た限りじゃあ普通の人間に見えるがなぁ。妹が居ることと、その妹が宗教に入っていることか?」

「神道、ですよ」

 鷹岬の訂正が入り、乃木が頭を掻く。

「解っているよそれくらい。ただ、言いづらかっただけだ」

「……問題は、彼だけがどうして戻って来ないのか。それなんですよ」

「それなんですよ、とは言うが……それが解決しなかったから迷宮入りになりかけているんじゃあないのか?」

 鷹岬は再びパソコンの画面を見つめる。

 事件の被害者、その共通点は本当に見つからないのであった。無作為に選ばれている、としか解らないのである。

「……なぁ、一つ聞きたいんだがよ」

 乃木がそう言って、鷹岬の隣のデスクにある回転椅子を鷹岬の傍に持ってきて腰掛けた。

 乃木は古屋拓見の顔写真を指差し、さらに他の被害者の顔写真を一つ一つ指差した。

 最後の人間の顔写真を指差した後に、乃木は呟くように訊ねた。

「……なぁ、被害者全員ってまさか『記憶が消されていたり』はしないか? 凡ての記憶が、ではなくてある期間の記憶が」

「記憶。だったら被害者全員が記憶障害を訴えていますね。それも行方不明になったその期間だけ」

「そして被害にあっていたのは決まってゲームショップ。そうだったな?」

 その言葉に鷹岬は頷く。

 それを見て乃木もまた大きく頷いた。

「これはあくまでも俺の推論だ。専門知識もそれほどない人間の、な。だからとは言わないが、間違っているかもしれない。そうなった時は……まぁ、笑って見過ごしてくれ」

 そう前置きして、乃木は話を続けた。

「ゲームショップにあったのは催眠術か何かをかけるための装置だったんじゃあねえか。催眠術でなくてもいい。幻覚を見せるやつでもいい。ともかく、現実を現実だと思わせない何かがそこにあったんじゃあねえか……俺はそう考えている」

「催眠術か何かで騙した……と?」

「あぁ」

「何のために?」

「犯罪を表に出したくない、こすっからい奴らがやったんだろうよ」

 乃木の推論には若干無理が見られたが、それでもそう考えれば事件の謎を紐解くことが可能となる。

 ただし、問題となるのは――その理由。

 果たして犯人は少年少女に何をさせたのだろうか?

 どうして生かしておいたのだろうか?

 謎が謎を呼び、複雑に絡み合う。

 乃木・鷹岬両名はこの法則について、そもそも理解出来るはずがなかった。

「……解らん! 鷹岬、エスプレッソ入れてくれ!」

「解りました」

 そう言って鷹岬は立ち上がり、壁際のテーブルに置かれているコーヒーメーカーに二人のマグカップを置いた。

 二つのマグカップにエスプレッソが注がれ、コーヒーメーカーは停止する。それを乃木の待つデスクへと持って行った。

「悪いな」

「いえ」

 二人は短い会話を交わして、エスプレッソを一口啜った。

「……さて、話を戻すが、鷹岬、お前はどうして犯人がこのようなことをしたと思う? プロファイルでは快楽のためなどと書かれていたが、そんなことは先ず有り得ないだろう。そんな人間が快楽を求めるには、大抵殺人を犯しているからな……」

「そういう傾向がある、というだけで実際は異なるのですが……まぁ、今それについて論ずる必要もないですし、話を続けましょうか。僕が考えているのは概ね乃木さんの考えと一緒です」

「概ね?」

「要はだいたい一緒ってことです」

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