New Testament

巫夏希

23

 廊下を暫く進んでいると、一段と大きな扉が目に入った。扉自体にもきらびやかな装飾が施されており、この部屋が余程重要なものであることは説明が無くとも解る。

「こちらには城主リュージュ様がいらっしゃられます。粗相のないようにお願い致します」

 兵士の言葉を聞き、自然と彼らの背筋がぴんと伸びた。

 そしてゆっくりと扉が開いていった。

 完全に扉が開いたのに、凡そ三十秒ほどの時間を要した。それが長いと捉えるか短いと捉えるか。少なくともフルたちにとっては恐ろしい程に長い時間に感じただろう。

 人は極度の緊張において一般の時間感覚を忘れてしまう。そのパターンに組み込まれるのであれば、彼らもその型にはまってしまったのだ。

 扉が開かれた後は、兵士の先導により部屋へと入っていった。入る前は背筋を伸ばしていたものの、今は不思議とリラックスしていた。

 部屋の真ん中まで来て、兵士は停止した。

「こんな遠いところまでよく来てくれた」

 その声が降りかかり、彼らは跪き頭を下げた。

 対して、声の主は変わらずフランクな様子でフルたちに語りかける。

「そう仰仰しくしなくてもいい。顔を挙げてくれ。君たちの顔がみたいのだ」

 それを聞いて、彼らはゆっくりと顔を上げる。

 フルたちから、少しだけ距離が離れたところには小さな玉座があった。それはこのきらびやかな城の主が座るものとしては少々小さすぎるような気がした。

 玉座には一人の女性が座っていた。高さのある帽子を被り、袖が赤い糸で縫われた白い着物に近いゆったりとしたものを着ていて、かと思えば下は赤いスカートのようなもの(スカートにしては足がすっぽりと隠れており長過ぎる)を履いていた。

 言うならばメアリーたちにとって少々奇怪な格好をしていた。スノーフォグ全体がこういう服装なのかと思えば、よく考えれば町を歩く人はこんな格好をしていない(更に言うならフルたちと似たような格好)ので彼女だけがその格好なのかもしれなかった。

「私は、スノーフォグ国国王リュージュという。祈祷師という職の都合ゆえ苗字は明かせないので、これまでの紹介とさせていただく」

「あの……どうしてなのでしょうか?」

 リュージュの言葉に引っかかる点があったメアリーが彼女に訊ねた。

 対して、リュージュは立ち上がることもせず小さく微笑んだ。

「祈祷師というのは特殊な存在だ。何故なら未来を視認出来るからだ。だからこそ命を狙われやすい。こんな魔法があることを知っているだろうか? 名前を書いた紙を魔方陣の真ん中に置いた水瓶に入れ、水を入れながら『滅びよ』と唱えると書かれた名前の人間は苦しみながら死ぬ……そういう魔法がある。そういう魔法にかからないためにも苗字はあまり教えたくはないのだ。あぁ、しかし今教えたのは偽名ではないから安心してくれ」

「……なるほど、そうなのですか」

 フルたちはリュージュの言葉を鵜呑みにするように直ぐに頷いた。

「それで、ハイダルク国王から認められたあなたたちはこの国にはどのような理由で来たのかしら?」

「特には無いのですが、やはりはじめには王の下へ出向かねばならないと思いましたゆえ」

「ほほう。それはご苦労だった。……ということは、特に用事はないということか?」

 リュージュの予想外の質問に思わずメアリーは狼狽えてしまうが、しどろもどろになるのを堪えて何とか小さく頷くことで平静を保った。

 対してリュージュはそれを聞いたからか兵士を呼びつけて何かを持ってくるよう言った。

 あまりにも用意周到だったために、フルたちが来るのを解っているようだった。

 いや、もしかしたら解っていたのかもしれない。何故なら彼女は祈祷師、未来すら見える人間なのだから。

 兵士がそれを持ってくる迄にはそう時間はかからなかった。

 それは地図のようだった。そしてそれが地図だと解るのは実際に彼らに渡されてからだった。

「……突然で申し訳ないのだが、一つ頼み事がある。なに、だからといって何も与えないわけではない。この頼みを無事達成してくれれば君たちの旅に必ず役立つものをあげよう」

「その……それとは?」

 メアリーが訊ねると、リュージュは立ち上がり答える。

「最近この国は盗賊の被害が多発していてなぁ。そしてそいつらはとうとうあるものを盗むと予告した」

「……それは」

「私の、命だ」

「命」

「そう。敢えて言うなら奴らは『心臓』と予告していたがね。警備を厳重にしているのはそのせいだが……しかしここの兵士は魔術も錬金術も使えぬ輩ばかりだ。魔術と錬金術の高い技術力を持つ人間を育てるハイダルクとは違う」

「なるほど。それで私たちを……?」

 そういうことだ。そう言ってリュージュは頷いた。

 彼らはその話を聞いて最初に思ったのは歓喜にも近い感情だ。

 自分たちの力が求められているということ。自分たちにしか救えないということ。それを聞いて彼らの気持ちは自然と昂ってくる。

 そんな感情をフルたちは持っていた。未来から来た、シルバを除いて。

 逆にシルバは不安でしかなかった。自分がメアリーを救い、メアリーが拐われないルートにしてしまった。そんなことを悔いても、もう時には逆らえないというのに。

 メアリーが拐われない世界ルート。それは何れシルバが知らない展開がやって来ることを示唆していた。

 しかしそれはあまりにも早くやって来た。この先、彼が知る未来は『知恵の木の実を持ち出した科学者、タイソン・アルバを捕まえること』だった。その為フルとメアリーはリュージュから船を貰い、大海へと飛び出していくのだったが、それはもう叶わないルートとなった。

「……因みにやって来るのは二日後となっている」

 そこまでを聞いたところでシルバは我に返った。

 リュージュの話はまだ続いていた。詳しく話を聞いていなかったが、後でフルたちに聞けばいいだろう――シルバはそんなことを考えながら、再び話を聞くために集中した。

 リュージュの長い話を聞き終えたフルたちは暫く何も話すこともないまま城内を歩いていた。

 二日後ということで彼らにはそこまで泊まれる寝室が用意されていた。この城には寝室があまりにも多くある。だから彼らが一人一部屋使っても問題は無かったのだが、彼らにとってそれは少し心許ないし、それに防犯上の観点もある。それらにより彼らは四人一部屋とした。だからといって小さい部屋(城にある部屋の大きさからして、最大三人まで)に泊まるのは窮屈すぎる。そういうこともあって、今彼らはそれよりも少し広い部屋を借りることとした。

 部屋に入り、一息つく。

 今日はそれほど動いていないのに、酷く疲れているようだ。見れば彼らの目は殆ど開かれていない。

 そんな彼らなら特に考える事もなく共通した一つの結論を導いた。

 そして彼らは自然とベッドの中に潜り込み、そのまま微睡みの中に落ちていった。


 ◇◇◇


 小波が海岸に打ち付けられる。時折蟹が海岸に打ち付けられるが、それでも蟹はゆっくりと歩き続けていたのだった。

 それをじっと見ていたマリアだったが直ぐ傍でそれを眺める少女がため息をついた。

「……そろそろ、行きますよ」

 対してマリアは蟹をひょいと――描写こそされていないが蟹の大きさは凡そ手のひら大だ――摘まんでそれを確認していた。

 マリアたちは今、南国レガドールへと足を踏み入れていた。レガドールは全体的に暖かい気候であり、基本的にレガドールに住む人間は風邪を引かないと言われるほどだったが、今日は寒い空っ風が吹いていた。

「レガドールに本当にあるというの?」

 マリアはすっくと立ち上がり少女に訊ねた。少女はため息を交えた笑みで答えた。

「えぇ。確かにそうですよ。レガドールにはライトス銀が採掘されているライトス銀山があります。……そして、その奥には、『ガラムドの魔導書』がね」

「歴史が変わりそうで、このままだと予言の勇者一行がレガドールを通らないまま終わってしまう……そんな話が考えられるの?」

「現にあなたは信じているじゃあない。それだけで充分よ」

 マリアは少女に言われた言葉に何も返せなかった。

 少女から言われた言葉は、もはや予言の類いであったが、あまりにも突拍子過ぎて信じられないものだった。逆にそれを鵜呑みになど出来やしなかった。

 だけれど。

 今はどんなものでも良かった。たとえあまりにも信じられないものだとしても、彼女は信じてみたかった。

 そして、それを自ら検証するために彼女はここに居る。

 それは一種の賭けだった。

 それは一種の問いかけだった。

 ――この世界を改めて救うにはどうすれば良いのか?

 百年前、この世界は救われた。

 しかし、百年後の人間によって世界は滅ぼされようとしている。

 そのけじめは、百年後の人間が付けなければならないだろう。

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