New Testament
22
国属でない少数派や、人権保護団体などからは、時折魔術師の解放を訴えている。後者に至ってはそれによるデモ行動をしているくらいだ。
しかし、多数派の国属魔術師からすれば、そのような事態は一笑に付する。何故なら、彼らが居なければ、何とか保たれている均衡は崩れてしまう。
今ある平和は言うならば砂上の楼閣だ。いつ崩れるか解らない砂の上で、豪華絢爛な館を建てているその状態に等しい。
その砂上の楼閣の土台を補強しているのが魔術師だ。魔術師は裏の世界に生きている存在だ。だから、表舞台に上がるのは彼らには必要ないことだ。
でも、裏世界の存在は、大分昔に解ってしまった。場合によっては仕事が奪われるのではないかと不安になった。
そうして魔術師は魔術を使えない人間を嫌悪し、魔術を使えない人間は魔術師を畏怖した。それはお互いがお互いを知り得ないから起きたことで、今ではそれはある程度解消されていったが、それでもまだ魔術師を良く思わない人間も居るのは確かだった。
「アースみたいに魔術が人々の生活に親和し過ぎたケースもあるけれど、それは例外中の例外。今でも魔術師を畏怖している人間は居るし、人間を嫌う魔術師も居る。だが、徐々に減ってきているのも事実だけれどね」
「……どうして?」
「お互いに当時を知る人が居なくなってしまった……というのが通説だと言われている。そういうのを研究した論文もあったりするし、なかなかのものだよ」
「口伝で伝えられるものでは?」
「口伝にも限りはある。そういうものは気が付けば形が歪んでしまうものだし」
口伝が無かったのか、と言われれば嘘になる。確かに口伝によって伝えられる方法もある。
しかし、口伝はその内容が歪んでしまうのが常である。人間は完全に記憶は出来ない。そういうことは仕方ないことだ。
「……どうやら、もう着いたみたいだ」
リニックの言葉を聞いて、レイビックはリニックの顔を見て、リニックが向いている方向を見て、更にそちらを向いた。
そこには古びた木製の扉があった。そして、その上にはそれと対称的なきらびやかなネオンつきの看板があった。
その看板には――シルフィード・ブラザースとかかれていた。
それを見て、はじめレイビックはその勢いに飲み込まれそうになった。何ともいえない、おどろおどろしい雰囲気。それは果たして何によるものなのか。それは、今のリニックたちに解るはずもなかった。
「……入るぞ」
リニックの言葉は、不思議といつもより静かだった。いや、そうでなくてはなるまい。この雰囲気に飲み込まれないよう、確りと地に足を着けて耐えているのだ。
レイビックにもリニックの気持ちは伝わったのか、小さく、そして静かに頷いた。
◇◇◇
「魔術師から魔力を奪うことは、何もそう難しい話じゃあない」
「……何をするつもりよ」
一つの部屋で、トワイライトとジークルーネが話をしていた。とはいえ、ジークルーネが両手をロープで固く縛られており、両足もまた同様だった。
「つれないなぁ。こうして話をしているんだ。もう少し有意義な時間を送ろうじゃあないか」
そう言ってトワイライトはジークルーネの頬に顔を近付けると――それをゆっくりと舌で嘗め始めた。
ジークルーネには直接唾液の生暖かさが感じられる。そして、ジークルーネにはそれが気持ち悪くなって、それを何とか避けようとする。
しかし、トワイライトは彼女の抵抗を押さえ込み、そのまま押し倒した。
「……魔力はね、確かに自然から得られるのだけれど、それ以上に大事なものがある。それは、何だと思う?」
「……」
ジークルーネは、それには答えなかった。
「釣れないなぁ、ジークルーネ。僕が言った言葉の意味を理解しているかい?」
「……」
それでも、ジークルーネは答えない。
それを見て、トワイライトは小さくため息をついた。
「そいつはね、心なんだよ」
考える時間はジークルーネにはあまり与えられなかった。いや、もしかしたらジークルーネがそう思っているだけで、本当はそれなりに時間を与えていたのかもしれない。
そんなことは終わった今となっては知る由もないのだが、トワイライトが言ったその答えは、ジークルーネにとって耳を疑うものだった。
それをくつくつと笑いながら、トワイライトは話を続ける。
「心の状態が良くなければいい魔法は撃てない。ここでいう、『いい』とは量・質がともに安定して高い、ということだ。しかし、心の状態が悪い……よく腹の虫の居所が悪いなどと言うだろう? あぁいうのは決していい魔法を撃つとは考えられない。量は通常以上だろうが、質は最悪らしい。荒れている、といえばいいのかな」
そこで、トワイライトは話を区切り、壁際にかかっているカレンダーを見た。
それを見て一瞬強張った表情を浮かべたが、ジークルーネが眺めてみると、実際何も描かれていないので、直ぐにそれを見るのはやめた。
「完全に魔法が使えなくなった状態は、どんな状態だろうね? ……答えは簡単だ。『心を完全に破壊した』状態。立ち直ることも出来やしない、自分の思いを伝えることも出来ない廃人にさえすれば、魔法を使うことは出来ない。やり過ぎかもしれないが、ここまでしないと魔術師は魔術師という概念から外されることはないのだよ」
ジークルーネはトワイライトの話を聞いてはいたが、それが真実だとは思っていなかった。
時間稼ぎだと思っていた。戯言だと思っていた。
彼女はどうやってここから脱出するか――それしか考えていなかった。
だから。
「……なぁ、聞いているのか?」
トワイライトのしている行動に気付くのに、若干の時間を有してしまった。
トワイライトはゆっくりと――彼女の首を絞め始めた。
ジークルーネは抵抗を始めるが――時すでに遅し。トワイライトのかける力はゆっくりと強まっていく。
そして、ジークルーネはゆっくりと微睡みの中へと堕ちていった。
その直前、トワイライトはぽつり、こう呟いた。
「どうしてルーシーを選んだんだい、メアリー・ホープキン」
不思議と、トワイライトは泣いているようにも見えた。
◇◇◇
ガラムド暦、2015年。
フルたちはスノーフォグ国王リュージュに謁見するため、ヤンバイト城に訪れていた。
とはいえ、そう簡単に入れるとは思っていない。アポイントメントを取っていないからだ。つまりは予約を取っていない。そんな人間を国の政治的、権力の中心に入れるだろうか?
答えは否、だ。
ただの人間、それも子供を許可もなしに立ち入らせるなど有り得ない。
――それが本当にただの子供だとするなら、の話だが。
「……はい、ハイダルク国王からの勅書、確認いたしました。これより入城となります」
兵士にしては痩せ細った男が、そう丁寧に言い、メアリーに手紙を返却した。
勅書はリーガル城を出るときに国王から手渡されたものだ。内容は知らないのだが、王曰く「これを見せればフルたちの身分証明となる」ものだった。
「本当に入れたね……。この勅書っての、いったい何れ程の効力があるというのかしら……?」
メアリーの言葉にルーシーは首を傾げる。恐らく、この勅書の本当の価値に気付いているのは、この中ではシルバだけなのだろう。
勅書の中身はただ、これだけしか書かれていない。
『予言の勇者一行は、ハイダルクが認めるものである。』と。
ハイダルクは世界の権力を一手に担っている国家だ。それゆえ、世界への影響も計り知れない。
ハイダルクが認めるということは、世界公認となるその存在をそう簡単に否と言って拒否することが出来ないのだ。非常に有効なものではあるが、周りから見れば非常に厄介なものだ。
「……とりあえず、入城許可は頂いたことだし、挨拶は済ませておかなくてはいけないだろう?」
ルーシーの言葉にフルたちは頷く。
シルバはここで改めて、この世界は彼自身が経験したことのない、どの歴史書にも載っていない世界だということを認識した。
未来――つまるところ彼が元居た世界では、既に異変が起きているのだろうか? たとえ異変が起きていたとしても、それに関する細かい差分はリジェクトされてしまうため、異変を異変と気付けず、それが普通だと捉えてしまう。
「……お待たせしました。それでは、御案内いたします」
先程の兵士の言葉が聞こえ、シルバは我に返った。
そして彼らは、ヤンバイト城へと入っていった。
ヤンバイト城の中は豪華絢爛という言葉が似合うものだった。城の真ん中には庭園があり、色とりどりの花が咲いている。通路には巨大なシャンデリアが幾つもあり、その豪華さを引き立てる。
「すごいね……ヤンバイト城って」
道中、フルが小声で呟く。それに対して、メアリーは小さく頷いた。
流石は科学技術と魔法が混在する国である。ハイダルクのリーガル城のように厳かな雰囲気はそのままにして、シャンデリアや部屋に置かれているタイプライターなど新しい様子も混ぜ込まれていた。
しかし、多数派の国属魔術師からすれば、そのような事態は一笑に付する。何故なら、彼らが居なければ、何とか保たれている均衡は崩れてしまう。
今ある平和は言うならば砂上の楼閣だ。いつ崩れるか解らない砂の上で、豪華絢爛な館を建てているその状態に等しい。
その砂上の楼閣の土台を補強しているのが魔術師だ。魔術師は裏の世界に生きている存在だ。だから、表舞台に上がるのは彼らには必要ないことだ。
でも、裏世界の存在は、大分昔に解ってしまった。場合によっては仕事が奪われるのではないかと不安になった。
そうして魔術師は魔術を使えない人間を嫌悪し、魔術を使えない人間は魔術師を畏怖した。それはお互いがお互いを知り得ないから起きたことで、今ではそれはある程度解消されていったが、それでもまだ魔術師を良く思わない人間も居るのは確かだった。
「アースみたいに魔術が人々の生活に親和し過ぎたケースもあるけれど、それは例外中の例外。今でも魔術師を畏怖している人間は居るし、人間を嫌う魔術師も居る。だが、徐々に減ってきているのも事実だけれどね」
「……どうして?」
「お互いに当時を知る人が居なくなってしまった……というのが通説だと言われている。そういうのを研究した論文もあったりするし、なかなかのものだよ」
「口伝で伝えられるものでは?」
「口伝にも限りはある。そういうものは気が付けば形が歪んでしまうものだし」
口伝が無かったのか、と言われれば嘘になる。確かに口伝によって伝えられる方法もある。
しかし、口伝はその内容が歪んでしまうのが常である。人間は完全に記憶は出来ない。そういうことは仕方ないことだ。
「……どうやら、もう着いたみたいだ」
リニックの言葉を聞いて、レイビックはリニックの顔を見て、リニックが向いている方向を見て、更にそちらを向いた。
そこには古びた木製の扉があった。そして、その上にはそれと対称的なきらびやかなネオンつきの看板があった。
その看板には――シルフィード・ブラザースとかかれていた。
それを見て、はじめレイビックはその勢いに飲み込まれそうになった。何ともいえない、おどろおどろしい雰囲気。それは果たして何によるものなのか。それは、今のリニックたちに解るはずもなかった。
「……入るぞ」
リニックの言葉は、不思議といつもより静かだった。いや、そうでなくてはなるまい。この雰囲気に飲み込まれないよう、確りと地に足を着けて耐えているのだ。
レイビックにもリニックの気持ちは伝わったのか、小さく、そして静かに頷いた。
◇◇◇
「魔術師から魔力を奪うことは、何もそう難しい話じゃあない」
「……何をするつもりよ」
一つの部屋で、トワイライトとジークルーネが話をしていた。とはいえ、ジークルーネが両手をロープで固く縛られており、両足もまた同様だった。
「つれないなぁ。こうして話をしているんだ。もう少し有意義な時間を送ろうじゃあないか」
そう言ってトワイライトはジークルーネの頬に顔を近付けると――それをゆっくりと舌で嘗め始めた。
ジークルーネには直接唾液の生暖かさが感じられる。そして、ジークルーネにはそれが気持ち悪くなって、それを何とか避けようとする。
しかし、トワイライトは彼女の抵抗を押さえ込み、そのまま押し倒した。
「……魔力はね、確かに自然から得られるのだけれど、それ以上に大事なものがある。それは、何だと思う?」
「……」
ジークルーネは、それには答えなかった。
「釣れないなぁ、ジークルーネ。僕が言った言葉の意味を理解しているかい?」
「……」
それでも、ジークルーネは答えない。
それを見て、トワイライトは小さくため息をついた。
「そいつはね、心なんだよ」
考える時間はジークルーネにはあまり与えられなかった。いや、もしかしたらジークルーネがそう思っているだけで、本当はそれなりに時間を与えていたのかもしれない。
そんなことは終わった今となっては知る由もないのだが、トワイライトが言ったその答えは、ジークルーネにとって耳を疑うものだった。
それをくつくつと笑いながら、トワイライトは話を続ける。
「心の状態が良くなければいい魔法は撃てない。ここでいう、『いい』とは量・質がともに安定して高い、ということだ。しかし、心の状態が悪い……よく腹の虫の居所が悪いなどと言うだろう? あぁいうのは決していい魔法を撃つとは考えられない。量は通常以上だろうが、質は最悪らしい。荒れている、といえばいいのかな」
そこで、トワイライトは話を区切り、壁際にかかっているカレンダーを見た。
それを見て一瞬強張った表情を浮かべたが、ジークルーネが眺めてみると、実際何も描かれていないので、直ぐにそれを見るのはやめた。
「完全に魔法が使えなくなった状態は、どんな状態だろうね? ……答えは簡単だ。『心を完全に破壊した』状態。立ち直ることも出来やしない、自分の思いを伝えることも出来ない廃人にさえすれば、魔法を使うことは出来ない。やり過ぎかもしれないが、ここまでしないと魔術師は魔術師という概念から外されることはないのだよ」
ジークルーネはトワイライトの話を聞いてはいたが、それが真実だとは思っていなかった。
時間稼ぎだと思っていた。戯言だと思っていた。
彼女はどうやってここから脱出するか――それしか考えていなかった。
だから。
「……なぁ、聞いているのか?」
トワイライトのしている行動に気付くのに、若干の時間を有してしまった。
トワイライトはゆっくりと――彼女の首を絞め始めた。
ジークルーネは抵抗を始めるが――時すでに遅し。トワイライトのかける力はゆっくりと強まっていく。
そして、ジークルーネはゆっくりと微睡みの中へと堕ちていった。
その直前、トワイライトはぽつり、こう呟いた。
「どうしてルーシーを選んだんだい、メアリー・ホープキン」
不思議と、トワイライトは泣いているようにも見えた。
◇◇◇
ガラムド暦、2015年。
フルたちはスノーフォグ国王リュージュに謁見するため、ヤンバイト城に訪れていた。
とはいえ、そう簡単に入れるとは思っていない。アポイントメントを取っていないからだ。つまりは予約を取っていない。そんな人間を国の政治的、権力の中心に入れるだろうか?
答えは否、だ。
ただの人間、それも子供を許可もなしに立ち入らせるなど有り得ない。
――それが本当にただの子供だとするなら、の話だが。
「……はい、ハイダルク国王からの勅書、確認いたしました。これより入城となります」
兵士にしては痩せ細った男が、そう丁寧に言い、メアリーに手紙を返却した。
勅書はリーガル城を出るときに国王から手渡されたものだ。内容は知らないのだが、王曰く「これを見せればフルたちの身分証明となる」ものだった。
「本当に入れたね……。この勅書っての、いったい何れ程の効力があるというのかしら……?」
メアリーの言葉にルーシーは首を傾げる。恐らく、この勅書の本当の価値に気付いているのは、この中ではシルバだけなのだろう。
勅書の中身はただ、これだけしか書かれていない。
『予言の勇者一行は、ハイダルクが認めるものである。』と。
ハイダルクは世界の権力を一手に担っている国家だ。それゆえ、世界への影響も計り知れない。
ハイダルクが認めるということは、世界公認となるその存在をそう簡単に否と言って拒否することが出来ないのだ。非常に有効なものではあるが、周りから見れば非常に厄介なものだ。
「……とりあえず、入城許可は頂いたことだし、挨拶は済ませておかなくてはいけないだろう?」
ルーシーの言葉にフルたちは頷く。
シルバはここで改めて、この世界は彼自身が経験したことのない、どの歴史書にも載っていない世界だということを認識した。
未来――つまるところ彼が元居た世界では、既に異変が起きているのだろうか? たとえ異変が起きていたとしても、それに関する細かい差分はリジェクトされてしまうため、異変を異変と気付けず、それが普通だと捉えてしまう。
「……お待たせしました。それでは、御案内いたします」
先程の兵士の言葉が聞こえ、シルバは我に返った。
そして彼らは、ヤンバイト城へと入っていった。
ヤンバイト城の中は豪華絢爛という言葉が似合うものだった。城の真ん中には庭園があり、色とりどりの花が咲いている。通路には巨大なシャンデリアが幾つもあり、その豪華さを引き立てる。
「すごいね……ヤンバイト城って」
道中、フルが小声で呟く。それに対して、メアリーは小さく頷いた。
流石は科学技術と魔法が混在する国である。ハイダルクのリーガル城のように厳かな雰囲気はそのままにして、シャンデリアや部屋に置かれているタイプライターなど新しい様子も混ぜ込まれていた。
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