New Testament

巫夏希

11

 サンドイッチを平らげ、シルバたちは午後も瓦礫の撤去に尽力した。とはいえ、午前中には既に八割方終わっていることだったので、午後の分はそう時間もかからなかった。

「お疲れさん! 済まなかったなぁ、最後まで手伝わせて」

 瓦礫の撤去を仕切っていた大男は、その身体に似合わず(?)、温厚な性格の男である。その大男が白い歯を輝かせて笑みを浮かべる。

「いや、大丈夫ですよ。僕達だって急いでいる訳ではないので」

 答えたのはルーシーだった。ルーシーはこのような話の場に於いては、必ずといっていいほど話を自分が有利な方にもっていく。話の仕方がべらぼうに巧いのだろうか。

「そうもいかねえ。ここまで手伝ってもらったんだこちらも何かお礼をしなきゃなんねぇ、ってわけよ。確かお前さんたちは、スノーフォグに向かいたかったんだよな?」

 その言葉にフルは頷く。

「だったら、俺たちが船を出してやるよ。瓦礫の撤去を最後までやってくれた礼だ。まさかラドーム学院の学生さんが居るとは思いもしなかったよ」

 そう言って男は歯を輝かせて豪快に笑った。

 ラドーム学院は魔法、錬金術を主として学べる由緒正しい高等学校機関である。

 校長は学校名にもある通りラドームだ。彼が最高の魔術師・錬金術師を教育すると銘打って始められたこの学校は、今や名実ともに世界一の学校となっているのだ。

「……どうしようかしらね」

 メアリーは小さく呟いた。『どうしよう』というのは、先程提案された『礼』についてだった。

「やっぱりそういうのは素直に受け取った方がいいんじゃないか? それに僕たちはスノーフォグへ向かう、その方法を吟味していたじゃないか。どうすればいいか、船を買うとかしないといけないのか……とかね。だから、素直に受け取るべきだ。僕はそう思う」

 そう言ったのはフルだった。フルは筋をしっかりと通して話す人間らしく、彼の考えに破綻はなかった。

「やっぱり、そうだよね……」

 フルの意見を受け入れながらも、メアリーはさらにため息を一つついた。

 彼女の葛藤も、シルバにも何となく理解出来た。つまりは、街の人の好意をそのまま素直に受け取ってよいのか――ということだ。くどいことにはなるかもしれないが、彼女たちの旅は『世界を平和にするため』の旅だ。それが、誰を倒すことで成立するとかは彼女にも解らない。

 つまり、いつ予言の勇者であるフルを狙うために襲いかかってきてもおかしくはない。それをメアリーは危惧していたのだった。しかし当の本人はそれを気にする様子もなく、『好意を受けよう』などと言っているのだった。

 気持ちは解るが、フルは些か自分の立場を呑み込めていない。いや、呑み込めている方が珍しいかもしれない。

「……あー、もし気になるようならば、俺が援護しても構わない、ぞ?」

 最早、そうするしかなかった。

 シルバはそう、フルたちに提案した。

 それを聞いたフルは小さく微笑んで、

「いいね。何でもこの街を焼き付くしたという魔術師と対等で戦っていた……だなんてことはメアリーから聞いているし。百人力だよ」

 そう言った。

 ルーシーは最初訝しんだような表情を浮かべていたが、フルがそういうなら、という感じで何度も細かくうなずいていた。

 メアリーも頷いて、こうしてシルバが正式に予言の勇者パーティに入ることが決定した。


 ◇◇◇


 ガラムド暦2115年。

 ウォード・幸科研前でリニックたちは再びリリーに会うために許可を取ろうとしていた。

 しかし、幾らそれを言おうとしても「研究が忙しいため」「発表会が近いため」などと言われ門前払いを食らった。

 発表会が近いことは先程リリー本人から聞いていた。だからとはいえ、門前払いはあまりにも酷すぎるというものである。


「門前払いをするのもおかしすぎる。だってあの警備員、連絡する素振りも見せなかったぞ」

 リニックの問いに、レイビックは首を傾げる。

「あの警備員がそれほどの権力を握っている……とも考えられないもんね」

「だとするならば……やはり幸科研は何かを企んでいるのだろうか?」

「その考えの方が正しいだろうな。何を考えているのか、解ったもんじゃない。……母さんは、何か前と違っていた気がする」

 リニックの言葉は、誇張でなく、私情であり、使命でなく、主張であり、時期尚早ではなかった。

 最早それはただの戯言にしか過ぎない――ただの呟きのようにも思えた。

「ただ……やはり気になることはある」

「というと?」

「気になることだらけだったじゃないか。……あぁ、解らん。何か隠しているに違いないとは思うのだけれど」

 そう言って、リニックは舌打ちを一つし、幸科研を後にした。


 ◇◇◇


 メタモルフォーズは『カミサマの使い』とされる異形である。

 ガラムド暦が始まった年にあった巨大な戦争――『偉大なる戦い』で目撃されたのが一応文献上に見られる。しかし、それが始まりではないとも見る考古学者も居る。すっとんきょうな考えの学者の中には、ガラムド暦が始まった直後は以前から存在していた文明と混在していたため、ガラムド暦とは別の数字が刻まれた年があった――等ともいわれているが、証拠がまったくもって見つからないために、眉唾物と言われている。

 論ずることならば、言葉を発することが出来るならば、誰にだって出来ることだ。しかし、証拠に準じた論議ともなればそれは高等な知能を持った動物――例えば人間とか――しか出来ないことなのかもしれない。

 証拠がない論は、たとえそれが証拠が無いことが吹き飛ばされる程の魅力が無い限り、見向きもされないのが普通だろう。

 そんなメタモルフォーズは空想等ではなく、今現在でも何処かに姿をひそめている――。

「そしてあれが?」

 リリーが書類を眺めながら、隣に居る白衣を着たサングラスの男に訊ねる。

 リリーがいるフロアは三階である。吹き抜けになっていて、ここから一階まで眺めることが出来る。

 そして、その眺められる吹き抜けの下には、何かが横たわっていた。

 そこに横たわっていたのは人間にしては大きすぎるし、そもそもこのような生き物が生き物のカテゴリに入るかも怪しいものがあった。

 見てくれは非常に人間のそれに近い。肩には大きな棘があり、それに似たのが頭にもあった。しかし、一番特徴的なのは――三つの顔面がある頭部かもしれない。

「はい、メタモルフォーズで御座います」

 隣にいた男はもう一時間、媚を売るような恭しい笑みを浮かべている。それを見ていたリリーは内心「どうしてこんなろくでもないやつが……」という状態だった。

 階下では、メタモルフォーズに血管の如く取りついた管から情報を収集していた。

 幸科研が秘密裏に解析・研究・開発している代物は、それが無事に完成したら世界のパワーバランスが一気に崩れてしまうほどの代物だった。

「……『これ』の状況は順調?」

 最早形式化した言葉をリリーは投げ掛ける。男は恭しく浮かべる笑顔を消さないまま、答えた。

「現在、解析が八十五パーセント完了しています。さらに、同時に行っている『神軍兵』の体型テンプレートはほぼ製作完了しています」

 以前聞いた時よりも若干進んでいるようだった。そう考えるとリリーはため息をついた。

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