New Testament

巫夏希

9

「確かに誰も想像はつかないだろうな。……特にこの星に至っては」

「私とルークは形だけルーニー教に入信している。そうでもないとこの星では生きていけないのでね。しかし、私自信としては相変わらず無宗教のままだ。カミサマなんてくだらない。そんなの、居るわけがないよ。『お祈りをすればカミサマが助けてくれる』? 馬鹿馬鹿しい。そんなんで助かるなら、とっくに世界は平和になっているはずだ」

 ルーナは相当宗教に嫌悪感を抱いているらしい。リニックは、家族が神殿協会に入っているので、その流れで神殿協会に入っているが、彼自身もその実感は湧かない。

 果たして、カミサマはいるのだろうか。

 しかし、居ないとなれば各宗教で何万何千と祈りを続ける人たちは、果たして何に祈りを行っているのだろうか。

 偶像崇拝という考え方もあるし、ヒトがカミサマとなったケースも、おとぎ話の中でなら、リニックも聞いたことはある。

 しかし、それでも。そうだとしても。

 彼らの祈る先にカミサマが居ないのだとすれば――それは滑稽で、残虐で、残酷だ。

「……ともかく、これ以上はヤバイ。私たちはここまでということにさせてもらうよ」

 ルーナの言葉を聞いて、リニックは頷きながら、カバンから少し大きめの麻の巾着を取り出す。そして、それをそのままルーナに渡した。

「これが報酬だ。……一応確認してくれ」

 巾着を受け取り、開ける。中には大量の銀貨が入っていた。ざっと見て、ルーナは首を傾げて訊ねる。

「おかしいな。明らかに多くないか?」

「……それが、もう一つの依頼料と報酬だ」

 それを聞いて、ルーナの目が変わった。

「何がしたい?」

「ルーニー教の信者に見つからず、本部の側に行く方法が知りたい」

「……行くんだな」

「可能性があるというなら、行くさ」

 リニックの言葉に、ルーナは小さく頷き、ポケットにあった小さなメモをリニックに渡した。

「これは……?」

「この街に広がる『地下水脈』の地図だ。この街に豊富な水が流れているのは、凡てその地下水脈のおかげ、とも言われている」

「これを、伝っていけばいいのか?」

「この街に流れる水路の原点はルーニー教本部にある。この地図でいうところの……ここだ」

 メモは手書きの地図となっているようで、真ん中にある湖から放射状かつ同心円状に水路が広がっているのが、そのメモを見ると一目瞭然であった。

 そして、そのメモの中心にある湖。そこをルーナは指差した。

「この水路を使えば……確かに容易に侵入出来るわね」

 エスティがメモを見て頷く。他のメンバーも大体そんな感じだった。

「水路に入るにはどうすれば?」

 訊ねたのはレイビックだった。頭を掻きつつ、ルーナは言う。

「その辺は……まぁ、マンホールから入ればいい。例えば、うちの目の前にある。この街にあるマンホールはそこに凡て繋がっているよ」

「なるほど……ありがとう。それだけで十分だ。あとは此方だけで何とかするよ」

 リニックはそう言って扉の方へ歩き、何でも屋を後にした。

 背中に「またご贔屓に~」と手を振るルーナの声を聞きながら。

 マンホールは、何でも屋の直ぐ目の前にあった。蓮華の花が描かれているマンホールだ。街の中でもよく見たので、これがこの街共通のマンホールなのだろう。

 マンホールの蓋を開けると、ほの暗い穴があった。耳を済ますと水音が響いていた。恐らくこれが地下水脈の入口なのだろう。

「よし、入るぞ……!」

 そう言って、リニックたちはマンホールの中に入っていった。


 ◇◇◇


 その頃、ルーニー教の信者は誰かを探していた。

 誰を?

 それは、他ならないリニックたちだった。

 彼らは当てもなく、ただリニックたちを探していた。その行動は何れ何かに結びつくのだろうが、それにしては効率が悪すぎる。

 そして、そんな彼らを眺める一人の男――トワイライトがいた。トワイライトは小さく微笑むと、ゆっくりと立ち上がった。

 彼はある一点を眺めていた。それはなんかの根拠によるものなのか、はたまた偶然なのかは誰にも解らない。しかし、彼はただ一つの点を眺めていたのだった。

「恐らくそろそろリニックたちも彼女が何処に居るか気付き出した頃だろう。僕はその為に餌をばら蒔いたんだから、魚が引っ掛かってもらわなくちゃね……」

 そう言って、トワイライトは小さく微笑んだ。

「――何をずっと笑っていやがるんだこのオカマ野郎」

 予兆など、とうになかった。

 刹那、トワイライトの居た足場が音もなく崩れ去った。

 しかし、既にトワイライトの姿はなかった。居るのは、剣を構えた一人のシスターだった。

「屁でもないな。……って、やっちまったな。メアリーとやらの居所を聞く前に倒してしまったな」

「いつ、僕が死んだと思っていたのかな?」

 背後から声が聞こえ、シスターは剣で一閃する。しかし、そこにいたものは直ぐに靄となって消えた。

「残像かっ!」

 シスターはただ辺りを見渡す。気配を感じ取ろうとしても、それらしき気配などなかった。

「逃げやがったか」

 そう言って舌打ちをし、その場所に唾を吐いた。

「……淑女がはしたないぞ、エリシア・マイクロツェフ」

 気付くとそこには大柄の男が立っていた。黒髪だったが、一部は白く変色していた。

「リッカーベルトか。そういうあんたはどうしたんだ、他のメンバーは?」

 エリシアの問いにリッカーベルトは肩を竦めた。

「それがね、居ないんだよ。綺麗さっぱり居なくなってるんだ。まるで、地面にでも溶け込んだかのように」

「……お前の言葉を、私が信じるとでも? あいつもどうだか解らんがな。新任のシャリオだ。あいつは優しすぎる。優しすぎるが、それは場合によっては自分を傷つけることになるだろうよ。場所の都合で、一人だけを担当することになったが、果たしてその一人を殺せるかも怪しい」

「私たちは人を殺すための教育を受けていないからな。この平和な世の中だ。戦争のような出来事に発展することもない」

 リッカーベルトの言葉に、シャリオは笑いながら言う。

「果たしてそれはどうかな。戦争は何で起きるか解らない。偶然のように見えて、凡ては必然――つまり必ず然るべきときに起きるわけだ。偶然だとか汚点とかそんなつまらない単語で片付けられるほど、戦争は甘くない。教育がなっていないから、人を殺せない? ハハッ、違うね。ならば、殺人犯とかはそういう教育を受けて殺人犯になったのか? 殺人犯は殺人犯の免許を持っていて、それを持っていないと人を殺せないのか? ……そんなわけはないだろう?」

「確かに……私は少し言葉が足らなかったかもしれない。だが、君のように楽しんで人を殺すのは、ただの快楽殺人だ。例え、教皇様の令だとしても、それをすることは……出来ない」

「なら、ここで死ね」

 それからは、何が起きたのかリッカーベルトには理解出来なかった。

 ただ、彼が気が付いた時には、既に彼の心臓が彼女の持つ聖剣によって貫かれていた。

 しかし、不思議と痛みは感じなかった。

「痛くないだろう、リッカーベルト。この聖剣エクスキャリバーはな……痛覚を麻痺させることが出来る。お前は痛みを感じることなく、そのまま死ぬんだ。いい死に方じゃないか。惚れ惚れするよ」

「この……これが……ゆる……されると」

「べらべら煩いなぁ。私はきちんと教皇様から許可はもらっているよ。ほら、証拠」

 そう言って、シャリオは一枚の紙をリッカーベルトに差し出した。そこには、こう書かれていた。

 ――リッカーベルト枢機卿を殺害せよ。

「嘘だっ!! そんなことを教皇様が命じるはずがない!」

「いやー、流石は枢機卿に選ばれるだけあって、強いわ。心臓刺されてもこれだけ話せるんだから。……じゃなくて、ほら、これ見なよ。手紙の下側にあるだろ? 教皇様のサインと血印が」

 リッカーベルトが見ると、確かにそこにはサインと血印があった。さすがにこれは偽造が出来ないだろう。何故なら、この時代サインを複製したりする技術は、殆ど存在しないからだ。

 リッカーベルトはそれを見つけてから、何も言えなかった。彼を、上から見てシャリオは呟いた。

「痛くもない身体でゆっくりと死んでいけ。そして考えろ。神殿協会のことを、永遠に、な」

 そしてシャリオはその場を後にした。


 ◇◇◇


 その頃、リニックたちは地下水脈を歩いていた。とはいえ、その実態はどちらかといえば下水道に近く、歩くためのスペースもあったため、足が水でずぶ濡れになるという事態は避けられている。

「地下水脈とかいうから、もっと原始的な形で放置されていると思ったが……、どうやらそういうわけでも無さそうだな」

 リニックが呟く。彼のイメージからしてこの『地下水脈』は、壁から水が染みだし、水が流れる下水道のようなものだった。

 しかし、今ここにあるのは両側に通路が設けられ(しかも時々アーチ状の橋がある)、壁面はコンクリートで固められ、水が染み出すこともない。リニックのイメージとは真逆の空間だった。

「……この道は今どの辺なんだ?」

 そう言ってリニックは地図を眺める。

「未々先は遠いな……。少しペースを早めよう」

 それに、エスティたちは頷く。

 そして、リニックたちは地下水脈の行軍を続けていくのだった。


 ◇◇◇


 その頃、トラウローズ・トレイク邸でロゼとトレイクが食堂でそれぞれおやつのホットケーキを食べていた。トレイクのは二段重ねに蜂蜜をたっぷりかけて上には生クリームも乗せてある、謂わばスタンダードなものだ。対してロゼは三段重ねで右半分に蜂蜜、左半々にストロベリーソースをかけ、その上にはバニラアイスが乗っている、トレイクのよりも何段階か豪華なものだった。ロゼはそれをフォークとナイフで丁寧に切り分け、一口毎に頬を弛ませていた。

「ほんとうに君は甘いものが好きだな、ロゼ」

「甘いものというのは脳にいいのですよ。考え事をするときや、脳が疲れているときに食べれば元気になります」

「ああ解った。……しかし、最近はいつもより甘くし過ぎてやいないかい? バニラアイスに糖分てんこ盛りなのに他にも糖分てんこ盛りだ。もう砂糖を頬張ったほうがいいんじゃないかって思うよ」

「解っていませんね。バニラアイスとストロベリーソースとホットケーキのコラボレーションが素晴らしいというのに」

 そう言ってロゼは紅茶を一口飲む。

 来客を知らせるチャイムが鳴ったのは、ちょうどその時だった。

「こんな時間に誰だろう。ライアンかな」

 ライアンは今頃お守りで忙しいはずでは? とロゼが呟いたので、トレイクは直ぐにその可能性を否定した。

「だったら誰が来るんだって話になるが……、まぁいいか、誰でも」

 そう言って、トレイクは玄関に向かい、扉を開けた。

 そこに立っていたのは、一人のシスターだった。シスターは慌てていた。なんというか、何かに追われているような、そんな心境が見て取れた。

 それを見て、直ぐにトレイクは何かを察して――シスターを中に招いた。シスターは一礼して、屋敷の中に入っていった。

 屋敷に入ってから、シスターはトレイクの後ろをついて回るように歩いていた。トレイクの行き先はただ一つ、食堂だった。

 食堂への扉を開けると、既にロゼがホットケーキを食べ終わっていたらしく、辞書みたく分厚いハードカバーの本を読んでいた。扉を開けた音で、誰が来たか確認するために、ロゼは前を向いた。そして、トレイクの後ろに居るシスターを見て、首を傾げた。

「……トレイク、その馬の骨ともしれない、いや、馬の骨以下のモノはなんですか? よもやシスターではないでしょうね」

「初対面の方にそりゃないだろ。まぁ、敵ではないと思うよ」

「どうして解るのです」

「目が悪人の目じゃないからさ。悪人ならば……そう、もう少し、光が濁ってる」

 トレイクの言葉に、ロゼは呆れたと言わんばかりに大きなため息をついた。

「これだから、あなたは甘いんです。特に女には」

「僕は男女平等に見ているつもりだけどね?」

 トレイクの言葉に、ロゼはいつものことのように、そのままにして、手元にある読みかけの本を再び読み始めた。

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