New Testament

巫夏希

5

 ◇◇◇

 リニックは一瞬の感覚でそこが夢の中だと分かった。

 その理由というのは、彼にとっても形容しがたいものだった。

「……いったいなんだってんだ。これは」

 リニックが考えたのは、たった一言。それだけだ。

 夢がここまで詳細になるものだろうか。

 夢は自分が考えていることがその内容になることが多い。

 つまりはこの内容は今自分が考えていることなのだろうか?

 リニックはそんなことを考えていたが……すぐその光景を見て、考えるのをやめた。

「……なんだ、これは……?」

 そこにあったのは、一人眠る少年の姿。そしてその隣にいた女性の姿。少年は眠っているようで、隣にいる女性は悲しげな表情を浮かべていた。

「……誰だ?」

「……私ですか?」

 言葉に、頷く。

「私はガラムド。この世界を創った神ですよ」

「……神? なぜ……夢に……」

「それは私が話しかけているからです。神界から」

「神界?」

「まあ、あまり考えなくていいかもしれませんね。知らなくても生きていけますから大丈夫グッジョブバッチリ完璧ですから」

「神様がそんな軽くていいのか」

「いいんですよ、だって神様ですもん私」

「……そうだ。なんで、神様がここに出たんだ?」

「世界を守るため、あなたは百年前の事実を破壊するように言われるはずです」

「何時?」

「明日」

「それはなんとも急だな」

「そうですね。しかし、その事実はタイムマシーンを使っても、歪めてはいけません」

「……というと?」

 リニックはガラムドが何を言っているのか解らなかった。

 もっと言うなら、夢だから信じたくもないというのが真実だろう。

「世界の理を破壊してでも、彼らはひとりの人間を救いたいのでしょうか」

 ガラムドが言った言葉は、とても単純で、重い。それはリニックでも理解できることだ。

 世界の理。それが意味するものはなんなのだろうか。

 リニックが考えているうちに、ガラムドは眠っているひとりの少年の背中を優しく摩る。

「彼は……休ませてあげなさい」

「……どなたですか?」

「あなたが助けてくれと言われている人間です」

「……百年前の、」

「名前はフル・ヤタクミ。彼は百年前、世界を救ってその後行方をくらまします。そして、歴史に埋もれていく。それを、彼女たちは探したいんでしょうね。見つかるはずもない、人間を」

「見つかるはずもない? どういうことだ?」

「あなたに言っても……きっと解らないでしょうね」

 その言葉を聞いてすぐ、リニックの目が霞み始めてきた。正確には、その視界すべてが霞んできたといったほうが正しいだろう。

「……またいつか、会えればいいですね」

 そして世界が暗転した。


 ◇◇◇


 起床は素晴らしいものだとリニックが思った第一印象である。

 窓はないので、太陽の光はない。しかし、それでもなぜか起床が素晴らしいものだと実感させてくれる。

 なぜか?

「おにいちゃーん起きてよぅ」

「……は?」

「……え?」

 リニックが起き上がると、そこには実年齢10歳ばかりの少女がいた。

 今、リニックはパンツ一丁の姿である。

 そして彼女は高さ的に見える場所は……。

「ば、ば、ばかーっ!!」

 どごむっ!! とちょうど目の前にあった少しの膨らみ目掛けて少女は拳を振り上げた。

「ぐほぉ……!!」

「まったく! おにいちゃんなにしてんの! もうきらい!」

 そう言ってスタスタと歩いていった少女をリニックはただ見つめているだけだった。

「……なんだったんだあいつ? にしても痛い……」

 リニックは殴られたその膨らみを抑えて、服を着るために近くにあったハンガーに手をかけた。


 ◇◇◇

「にしても、なんだか不機嫌そうですね?」

 シルバの朝一発目の一言がそれについて、リニックは問い詰めたい気分になったが、それをやめた。リニックの鬱憤をシルバにぶつけるのはどうかと考えたからだ。

「まあ、ちょっといろいろありましてね」

「ああ……もしかして、彼女のことですか?」

 その言葉にリニックは少し眉を顰めた。

「……知っているんで?」

「ええ、私の妹ですから」

「いもうと?」

「はい、ヴァルトブルクですよ。ヴァルトブルク・アルバリー。私の妹です」

 ヴァルトブルクといえば、とある城が創られた際の由来となった一節がある。

 『待て汝、我が城となれ』と山頂に言ったことで、その場所に城を建造することとなった……という言い伝えがあり、それに肖り名前を付けることが多い。ちなみに、その名前は何故か女性に多い。

「そうか。ならいい」

 リニックはもうめんどくさくなったので、その話をやめて近くの席――無意識ではあるが、シルバの隣だ――に腰掛けた。

「おや? まだご飯ではなさそうなのに、どうして全員集まっているんだ?」

「……メアリーさんを待っているからですよ」

 リニックの質問にすぐに返事が返ってきた。

 どうやら、メアリーという人間は『アンダーピース』では相当の地位があるらしい。

「遅れてすいませんね」

 リニックがふと目を離した隙にメアリーは一番前にある席に着席していた。何故そこにいるのか――リニックは解らなかった。可能性からして魔法を用いたものであると思われるが、その女性からして何を使ったのか解らない。もしかしたら訳の分からない術式を用いている可能性だって有り得るからだ。

「ああ、錬金魔法を使ったんですよ。あなたが研究している、それで来ました」

 その目線にメアリーは気づいたのかそんなことをリニックに向けて笑って応えた。

 ……錬金魔法?

 リニックは思わぬ場所で、自らが研究している言葉を聞いてしまった。

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