New Testament
2
そして、全世界魔術弁論大会の当日――。リニックは会場のあるテーブルノマス市議会場へやってきた。収容人数五百人。ハイダルク国の北東に位置するテーブルノマスの人口が七百八十人余りなので、その殆どが収容可能であるが、全国から来る著名な魔法学者によって埋めつくされるためその殆どが埋まるものだと、運営側は試算している。
魔術は昔こそは学を持つ者しか使うことができない、謂わば選ばれし術式と称されていたがそれも今は昔。今はフェドゲレス・ハルモアの著した『魔術概論』によって一般の人間でも魔術を使うことが出来るようになった。それが、他学問の衰退の原因になったとも言われるがそれは今となっては幻に過ぎない。
リニックは待合室にもなっているテントのひとつに入る。中にはリニックみたいな若者は殆どおらず、出遅れた魔術理論を研究し尽くす人らだった。それでも、彼らみたいに簡単に新作の魔術理論が見つかるならば、あっという間に魔術というものは解析しつくされているのだが、この二千年それが途絶えないところを見れば、魔術というのは奥の深い分野であることが解るだろう。
ふとリニックが座った席の隣には一人で携帯を弄っている少女がいた。年齢はリニックと同じくらいだろうか。リニックは少女を見てなんだか不思議な気分になったが、そんなことはあまり考えないことにした。
「もし、」
リニックは気になって少女に声をかけた。しかし少女は話に答えることもなく、携帯をまた打ち始めた。リニックは訳が分からなく、話すに値しないことに見えたのだろうと自己完結させ、また論文を見直し始めた。
――ようとして、リニックはふと肩を叩かれたような感覚に気づき、そちらに振り返った。
するとそこには先程の少女が熱心に、目を光らせてリニックの方を見ていた。そして彼女の指の先には――携帯の画面があった。そして、そこにはこう書かれていた。
私の名前はジークルーネ・アドバリー。
「……話すことができないのか?」
「違う。話すよりこっちの方が無駄な感情を加えないで伝えられるだけ」
「……話せるんじゃねえか」
寧ろ、話せない人間はここには居ないだろう。全世界魔術理論弁論大会は、プレゼンテーション方式で発表する。つまり、弁論を自らがする必要があるため、失語症などの人間はここには来れない。だが、中には共同研究として発表するケースもあるそうだが、それは疎らである。
「次、ジークルーネ・アドバリー准教授」
「……はい」
「タイトルは『魔術による原子炉の安全性』でしたね」
「ええ」
「……では、壇上へお上がりください」
リニックはその姿を見ることもなく、ジークルーネは壇上へと上がっていった。
ジークルーネ・アドバリーはハイダルク国立大学の准教授であり、魔術と科学の融合にかんする論文を多数書いている。中でも2112年、僅か18歳で執筆した『法の書改訂についての論文』は魔術学界でのセンセーショナルを呼び起こし、『神童現る』とまで表記されたほどである。
彼女が二年ぶりに仕上げた論文は世界の注目を集めることは当然の事であり、なおかつ今回の論文『魔術による原子炉の安全性』が発表されれば世界のエネルギー事情に大革命が起こるとされている。
「……今が21歳。ふうん、俺と同い年ってわけか……」
リニックは観客用のパンフレットを眺め、呟いた。つまりは、絵に描いたような天才少女と言うわけだ。
「さて、それじゃそんな天才少女さんの発表でも見てみようかな……」
リニックがそう言ってテレビをつけると、ちょうどジークルーネの発表が行われるところだった。
「みなさん。まずはこちらの画面をご覧ください」
そう言ってパソコンのエンターキーを叩くと、画面にはある物が浮き上がってきた。
それは汚いぼろ布に包まれた人型の何か。
リニックは一瞬それが何だかわからなかったが――直ぐにそれを理解した。
「そう、これは吸血鬼です。皆さんも名前こそは知っている人が多いと思います」
その言葉を聞き、さらに会場はざわつき始める。
「お静かにお願いします。……そして、私はこの吸血鬼に一年間、研究の時間を割きました。みなさんもご存知のとおり、吸血鬼は人間が見たら死ぬとも呼ばれるほどの猛毒の持ち主……だと、言われていますが私はそうでないと思います」
「そうではありません。吸血鬼は人間だったんです! ……そして、それは『喪失の一年』にも関係があると考えています!」
会場のざわつきはもはや収まるところを知らない。中にはヤジを飛ばすものも居る。それでも、ジークルーネの話は終わらない。
「つまり! 喪失の一年で、何らかの研究が行われ、その人間が吸血鬼に……!!」
ジークルーネが高説している――その時だった。
「始末しろ」
一瞬の出来事だった。
ジークルーネは、やけに呆気なく倒れていった。
倒れたあとは、動くこともなかった。
「……!?」
それをみてリニックはその映像を疑った。
確かに吸血鬼に関する研究は禁忌として学者たちの中でも囁かれている。しかし、ジークルーネが実際にやってここまでされるものなのだろうか、とリニックは思った。
吸血鬼――その全てが謎のベールに包まれた生物。
昔は生物兵器として使われていたとも呼ばれているし、人体実験の失敗作とも言われているがそのすべてが謎である。
そうという理由も、ハイダルク国が吸血鬼に関する研究を禁止したからである。
何故か、それは科学者にも解らない。しかし、己の保身のため、それ以後は吸血鬼という単語すら学界には登場しなかった。
しかし、それを知っているくせに。
彼女は『吸血鬼』を題材とした研究を発表した。重罪そのものだ。
だが、その場所でそのまま射殺。いくらなんでも、都合が良すぎる。
「……頭がいいね。キミ」
「まあ、ここにいるなら、それ程度の頭は持ってますよ。……ってあれ? あなたここにいましたっけ?」
「うん? いないよ。正確にいえば『今ここに来た』……かな。僕は転移魔法が得意だからね」
その言葉を聞いて、リニックは笑い出しそうになった。転移魔法は昔も今も『魔法三大疑点』に選ばれるほどそのしくみをまだ解明出来ていないからだ。噂では転移前の地点にある生体エネルギーと同等のエネルギーを転移後の地点に用意して等価的に生体エネルギーと交換することによって可能だとも言われているが、まだまだ解明には程遠かった。
「俺をバカにしてますか? 今でも転移魔法は解明が難しいって言われて、それが出来りゃセンセーショナルが起きるとも言われてるのに。それが得意? 笑っちゃいますよ」
「うん。だからそれが出来るんだけどね?」
一瞬の出来事だった。
リニックの身体は確かに控え室にあったはずだった。
しかし、ほんの一瞬で発表の壇上に移動していたのだった。光速で動くことでもしなければこんなことは不可能なはず。つまり――、
「……嘘だろ。まさか……ほんとに転移魔法を?!」
「ちょっとは見直した?」
彼は笑っていた。いや、彼と言うべきなのだろうか。ショートカットの髪に、きりっと通った眉、顔は触れば透き通ってしまうほどになめらかな曲線を描いていた。本当に、男なのだろうか。
「ま、ちょっとまっててね。直ぐに逃げるから」
「へ? 逃げる?」
リニックの言葉を聞くこともなく、男はジークルーネがいた場所にあったマイクを取る。
「あーあー、ご機嫌麗しゅう。諸君。我々は『アンダーピース』。創造神ガラムドの血を引きし者の復興のため働いている」
「……ガラムド……。魔術の全てを造りあげた邪神だな……」
「君らの認識については、私たちが聞く必要もない。無論、義務もだ」
男は話を続ける。
「我々はここで真に発足する。吸血鬼という存在が……どんなものか、貴様らに見せてやるとしようか」
そう言うと男は、カプセルを取り出した。薬の粉を入れて、飲みやすくするオブラート型カプセルだ。水にいれれば溶けるので、これを用いて巨大なものを携帯できないか、と学者は考えているがそう簡単にはうまくいかないもので、未だにそれは実用化されていなかった。
「見てろ」
そう言って、男はそれを空中へと放つ。そしてカプセルは内から破かれ――中から獣が飛び出した。
二足歩行で背中に襞のようなイボが無数に存在するそれは、この世の動物全般から見ても異様な雰囲気を放っていた。
「……それが君たちの言う吸血鬼だ。ま、せいぜい頑張りたまえ」
そう言って男はリニックとジークルーネの身体を強引に引っ張って――そこから姿を消した。
魔術は昔こそは学を持つ者しか使うことができない、謂わば選ばれし術式と称されていたがそれも今は昔。今はフェドゲレス・ハルモアの著した『魔術概論』によって一般の人間でも魔術を使うことが出来るようになった。それが、他学問の衰退の原因になったとも言われるがそれは今となっては幻に過ぎない。
リニックは待合室にもなっているテントのひとつに入る。中にはリニックみたいな若者は殆どおらず、出遅れた魔術理論を研究し尽くす人らだった。それでも、彼らみたいに簡単に新作の魔術理論が見つかるならば、あっという間に魔術というものは解析しつくされているのだが、この二千年それが途絶えないところを見れば、魔術というのは奥の深い分野であることが解るだろう。
ふとリニックが座った席の隣には一人で携帯を弄っている少女がいた。年齢はリニックと同じくらいだろうか。リニックは少女を見てなんだか不思議な気分になったが、そんなことはあまり考えないことにした。
「もし、」
リニックは気になって少女に声をかけた。しかし少女は話に答えることもなく、携帯をまた打ち始めた。リニックは訳が分からなく、話すに値しないことに見えたのだろうと自己完結させ、また論文を見直し始めた。
――ようとして、リニックはふと肩を叩かれたような感覚に気づき、そちらに振り返った。
するとそこには先程の少女が熱心に、目を光らせてリニックの方を見ていた。そして彼女の指の先には――携帯の画面があった。そして、そこにはこう書かれていた。
私の名前はジークルーネ・アドバリー。
「……話すことができないのか?」
「違う。話すよりこっちの方が無駄な感情を加えないで伝えられるだけ」
「……話せるんじゃねえか」
寧ろ、話せない人間はここには居ないだろう。全世界魔術理論弁論大会は、プレゼンテーション方式で発表する。つまり、弁論を自らがする必要があるため、失語症などの人間はここには来れない。だが、中には共同研究として発表するケースもあるそうだが、それは疎らである。
「次、ジークルーネ・アドバリー准教授」
「……はい」
「タイトルは『魔術による原子炉の安全性』でしたね」
「ええ」
「……では、壇上へお上がりください」
リニックはその姿を見ることもなく、ジークルーネは壇上へと上がっていった。
ジークルーネ・アドバリーはハイダルク国立大学の准教授であり、魔術と科学の融合にかんする論文を多数書いている。中でも2112年、僅か18歳で執筆した『法の書改訂についての論文』は魔術学界でのセンセーショナルを呼び起こし、『神童現る』とまで表記されたほどである。
彼女が二年ぶりに仕上げた論文は世界の注目を集めることは当然の事であり、なおかつ今回の論文『魔術による原子炉の安全性』が発表されれば世界のエネルギー事情に大革命が起こるとされている。
「……今が21歳。ふうん、俺と同い年ってわけか……」
リニックは観客用のパンフレットを眺め、呟いた。つまりは、絵に描いたような天才少女と言うわけだ。
「さて、それじゃそんな天才少女さんの発表でも見てみようかな……」
リニックがそう言ってテレビをつけると、ちょうどジークルーネの発表が行われるところだった。
「みなさん。まずはこちらの画面をご覧ください」
そう言ってパソコンのエンターキーを叩くと、画面にはある物が浮き上がってきた。
それは汚いぼろ布に包まれた人型の何か。
リニックは一瞬それが何だかわからなかったが――直ぐにそれを理解した。
「そう、これは吸血鬼です。皆さんも名前こそは知っている人が多いと思います」
その言葉を聞き、さらに会場はざわつき始める。
「お静かにお願いします。……そして、私はこの吸血鬼に一年間、研究の時間を割きました。みなさんもご存知のとおり、吸血鬼は人間が見たら死ぬとも呼ばれるほどの猛毒の持ち主……だと、言われていますが私はそうでないと思います」
「そうではありません。吸血鬼は人間だったんです! ……そして、それは『喪失の一年』にも関係があると考えています!」
会場のざわつきはもはや収まるところを知らない。中にはヤジを飛ばすものも居る。それでも、ジークルーネの話は終わらない。
「つまり! 喪失の一年で、何らかの研究が行われ、その人間が吸血鬼に……!!」
ジークルーネが高説している――その時だった。
「始末しろ」
一瞬の出来事だった。
ジークルーネは、やけに呆気なく倒れていった。
倒れたあとは、動くこともなかった。
「……!?」
それをみてリニックはその映像を疑った。
確かに吸血鬼に関する研究は禁忌として学者たちの中でも囁かれている。しかし、ジークルーネが実際にやってここまでされるものなのだろうか、とリニックは思った。
吸血鬼――その全てが謎のベールに包まれた生物。
昔は生物兵器として使われていたとも呼ばれているし、人体実験の失敗作とも言われているがそのすべてが謎である。
そうという理由も、ハイダルク国が吸血鬼に関する研究を禁止したからである。
何故か、それは科学者にも解らない。しかし、己の保身のため、それ以後は吸血鬼という単語すら学界には登場しなかった。
しかし、それを知っているくせに。
彼女は『吸血鬼』を題材とした研究を発表した。重罪そのものだ。
だが、その場所でそのまま射殺。いくらなんでも、都合が良すぎる。
「……頭がいいね。キミ」
「まあ、ここにいるなら、それ程度の頭は持ってますよ。……ってあれ? あなたここにいましたっけ?」
「うん? いないよ。正確にいえば『今ここに来た』……かな。僕は転移魔法が得意だからね」
その言葉を聞いて、リニックは笑い出しそうになった。転移魔法は昔も今も『魔法三大疑点』に選ばれるほどそのしくみをまだ解明出来ていないからだ。噂では転移前の地点にある生体エネルギーと同等のエネルギーを転移後の地点に用意して等価的に生体エネルギーと交換することによって可能だとも言われているが、まだまだ解明には程遠かった。
「俺をバカにしてますか? 今でも転移魔法は解明が難しいって言われて、それが出来りゃセンセーショナルが起きるとも言われてるのに。それが得意? 笑っちゃいますよ」
「うん。だからそれが出来るんだけどね?」
一瞬の出来事だった。
リニックの身体は確かに控え室にあったはずだった。
しかし、ほんの一瞬で発表の壇上に移動していたのだった。光速で動くことでもしなければこんなことは不可能なはず。つまり――、
「……嘘だろ。まさか……ほんとに転移魔法を?!」
「ちょっとは見直した?」
彼は笑っていた。いや、彼と言うべきなのだろうか。ショートカットの髪に、きりっと通った眉、顔は触れば透き通ってしまうほどになめらかな曲線を描いていた。本当に、男なのだろうか。
「ま、ちょっとまっててね。直ぐに逃げるから」
「へ? 逃げる?」
リニックの言葉を聞くこともなく、男はジークルーネがいた場所にあったマイクを取る。
「あーあー、ご機嫌麗しゅう。諸君。我々は『アンダーピース』。創造神ガラムドの血を引きし者の復興のため働いている」
「……ガラムド……。魔術の全てを造りあげた邪神だな……」
「君らの認識については、私たちが聞く必要もない。無論、義務もだ」
男は話を続ける。
「我々はここで真に発足する。吸血鬼という存在が……どんなものか、貴様らに見せてやるとしようか」
そう言うと男は、カプセルを取り出した。薬の粉を入れて、飲みやすくするオブラート型カプセルだ。水にいれれば溶けるので、これを用いて巨大なものを携帯できないか、と学者は考えているがそう簡単にはうまくいかないもので、未だにそれは実用化されていなかった。
「見てろ」
そう言って、男はそれを空中へと放つ。そしてカプセルは内から破かれ――中から獣が飛び出した。
二足歩行で背中に襞のようなイボが無数に存在するそれは、この世の動物全般から見ても異様な雰囲気を放っていた。
「……それが君たちの言う吸血鬼だ。ま、せいぜい頑張りたまえ」
そう言って男はリニックとジークルーネの身体を強引に引っ張って――そこから姿を消した。
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