New Testament

巫夏希

1

 秋の日は釣瓶落としとはよく言ったものである。その慣用句に似合う、この時期は日暮れが早いので茜色の空が西の空に滲み出ているのが少年リニック・フィナンスにも解ることだった。

 彼は今世界で一二を争うイベント――『全世界魔術理論弁論大会』に向けて研究を行っていた。

 全世界魔術理論弁論大会――WMCと略されるそれは世界一の魔術理論を弁論する場――即ち自分の研究した成果を全て発揮させる場でもある。

 全世界魔術理論弁論大会はハイダルク国にあるテーブルノマスという小さな町で行われる。場所は抽選で無作為に決められる為そこに選ばれる事が光栄であり、後世に語り継がれるべき事案であり、最も露骨な点からいえば町の力を叩き上げる事が出来る数少ないイベントになる。

 リニックが研究しているのはその――研究者達からは禁忌とも謂われる――『錬金魔術』についてだ。錬金魔術は、錬金術の力と魔術理論を駆使して作られる全く新しくかつ太古の魔術に最も近い形のものとされ長年研究されていた――はずである。

 しかしガラムド暦2115年現在、錬金魔術は愚か錬金術すら繁栄の一角を与えられなかった。それでは、錬金魔術も同等の地位しか与えられないことは明らかであり、寧ろその存在を知らない人間の方が多い。

 研究を一段落済ませたリニックはキッチンへと向かい、ガスコンロの目の前に立ち――右手を掲げた。そして現れたのは――小さな炎だった。それを彼は下に持っていき、ガスのネジを開け空気とガスを調整、炎を安定させていく。

 何でも百年前は科学がタイプライター程度にしか進化してなかったと聞く。そんな人間がこの今の世界にいたらきっと卒倒することだろう。

 お湯は数分もすれば沸き、泡沫が何度も生まれては消え、生まれては消えを繰り返していた。それがたっぷりと入ったヤカンを持ち、ティーカップに白湯が注がれる。直ぐに紅茶の茶葉が入った袋を投入し暫くも待たない内に湯は色づき始めた。

「……もう明日か……」

 リニックは呟き、眠くなって重くなった目蓋を擦り、紅茶を砂糖も入れずに一口飲んだ。

 直ぐに紅茶独特の深い茶葉の香りが広がり、リニックは何かを口にしようと思い、辺りを見渡した。しかし、見つかったのは少し硬めに焼かれた蜂蜜入りのクッキーだった。仕方無くリニックはそれを口に入れる。直ぐに彼の口には甘い蜂蜜の味が広がりノンシュガーの紅茶とよく似合った。

 彼はこんな生活をもう十年もの間続けていた。家族は居なく、ずっと一人で生活し続けた。彼の孤独を緩和させていったものはひとつだけあった。

 科学。それに付随する科学技術だ。

 科学技術のここ数年の進歩は日進月歩といってもいい。毎日のように新技術が開発・発表されていくのだ。ついていくにも精一杯である。

 そんな彼も科学技術を研究する徒となり、現在では錬金魔術についての研究をしているわけだった。

 錬金魔術とは簡単なことだ。等価交換を念頭に置く『錬金術』と『魔法』の融合により、等価交換を無視した魔術を行うことが出来る。仕組みとしては光電子増倍管のようなものである。魔法などで得られたエネルギーを衝突させ、衝突前のエネルギーと衝突後のエネルギーが加速することを利用し、エネルギーを倍増させるものだ。理論は既に完成していても、そのしくみを具現的に成り立たせることがまだ出来ていないことにリニックは溜息をつくことしかできないのだった。

「……さてと」

 溜息をつくことをしても、彼はそれを諦めることはなかった。

 全世界魔術理論弁論大会の準備はまだ完成していない。工程で言えば最後の締めに入る段階だが、それを彼は大急ぎで進めていた。魔術理論の論文は完成したが、如何せん魔術を体現する装置のコミッショニングがうまくいかなかった。具現化するには、どうすればいいのか。リニックはそれで頭がいっぱいだった。

 だが。

 やることはやらねばならない。そしてそれを達成せねばならなかった。彼の家系は長い間学者だった。しかし百年前の先祖――彼から見れば曽祖父に値する――が、当時スノーフォグを統治していた祈祷師、リュージュに与していたのが問題だった。リュージュに与していた学者は、魔術科学組織『シグナル』を発足。魔術と科学の融合――彼らにとってそれは原始に生まれし神の使い手『メタモルフォーズ』の復活――を目指していた。結果としてメタモルフォーズは復活、さらには『偉大なる戦い』にて人間と戦ったオリジナルフォーズの復活までも果たした。最終的にそれらは封印されることとなったが、残った『シグナル』の一員はヤンバイト国際裁判にて裁かれることとなった。

 しかし、『シグナル』の一員は直前に失踪した。噂では彼らが信仰していた神殿協会の何者かが手引きしたともされるが、それ以前に神殿協会自体は現在七会派に分裂しているため、それとは考えにくかった。

 『シグナル』の一員は国際手配されたが、百年たった今でも見つかることはなかった。そして――その国際手配された人間の中にリニックの曽祖父であるシュラス・アルモアがいた。彼はスノーフォグ直轄の錬金術師だった。しかし、それによって錬金術師の徹底的な差別行為――歴史では『錬金術狩り』とも称された――によって錬金術を知る人間は今や、いない。

 ならば、何故彼は知っているのか?

 それは、シュラスが遺した文書に書かれていたからだった。彼はそれを曽祖父の書庫で発見し、古代ルーファム語で執筆されていたそれを読み解くことにより、錬金術を知り得ることができた。

 ならば、錬金術とは何か。

 錬金術は昔こそは魔術と大差なかったらしい。魔術の大原則『等価交換』を“魔術は”破ることもできなかった。しかし、錬金術にとってはそれを破る唯一の方法があった。

 それは、知恵の木の実を用いて錬金術を行うこと。知恵の木の実とはその原料を錬金術師の知識とし、生成されたもの(であるとシュラスの文書には書かれてあった)で、それは無限のエネルギーを生成することが可能だという。即ち、それが等価交換をも打ち砕く鍵だった。

 しかし、オリジナルフォーズ封印後知恵の木の実は発見されていない。最後に確認されたのは、十六歳ほどの少女が記憶を失った少年の記憶を戻そうと錬金術を行なった際使用した、それが最後であった。

 確かにないものを錬成するのだから、知恵の木の実が必要だろう。しかし、リニックはひとつ考えた。その事実について、成功したか否かの情報が全くないのだ。調べても、その部分だけ抜けていた。

 そして、更に文書を読み進めると『錬金術の未来』と書かれたものがあった。

 錬金術も魔術も今や精霊というものによって制御される。精霊は炎、木、水、土、気の五属性あり、その加護を得て術を用いる。

 錬金術であれば、精霊加護によって得たエネルギーを元の物質のエネルギーに加算することで、錬成を可能とする。加護がなくても錬成は可能だが、それはただの魔術に過ぎない。

 魔術は、精霊加護によって得たエネルギーのみで術式を作動させる。しかし、精霊加護によって得たエネルギーを用いるにはその精霊に縁のあるもの(例えば火=酸素のように)がなくてはならず、錬金術と比べると少し辛いものがあった。

「……錬金術、には無限の可能性があるはず……なのに、なぜ……」

 リニックは一通り曽祖父の文書を復習するため、熟読していた。それを読み終えた頃にはもう日が昇り始めていた。しかし、彼の表情には余裕すら見えた。

「まあ……、明日考えればいいだろ……」

 そう考えて、彼は少しだけ一眠りするため、テレビの前にあるソファに横になった。

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