許嫁は土地神さま。

夙多史

終章 満開の銀桜

 結果から言うと、白季神社の取り壊しは中止となった。
 あれから約一週間が経ち、バイバス道路は白季神社を迂回する形で建設されることになったらしい。というか、最初から神社を壊さないといけない理由があったのかどうか謎だ。土地神様の力の均衡が崩れたことによる影響、と考える方が今の僕なら納得できる。
 で、肝心の中止になった理由だけど……あの白い輝きは割と多くの人に見られてたみたいなんだよね。神社解体が決定した時にそんな現象が発生したんだ。神様の仕業か、オカルトじみたなにかがあると思ってしまうのは当然だろう。
 それも中止の理由の一つだろうけれど、もう存在していない白光だけだと的外れな科学的原因づけをされてしまうのがオチだ。『ああ、アレはね、ナンターラ現象と言って大気中の微粒子とプラズマがうんたらかんたら』みたいな感じで胡散臭い専門家が胡散臭く語るに違いない。
 じゃあなにが最大の要因となったのか?
「成人、本当の本当にこれをわたしがやったのか?」
「覚えてないの、小和? 僕はてっきり小和がこうしたいからこうなったのか思ってたけど……」
「緋泉の神の神気を借りたというのが癪だが、まさかわたしが花咲かじいさんの真似事をするとは思ってなかった」
 神社の縁側に腰掛けていた小和は、足をぶらつかせながら僅かに頭を持ち上げた。その青く澄み渡った瞳に映るのは、辺り一面に咲き乱れた白銀色の桜だった。
 白い桜なら珍しくもないけど、銀色の桜なんて見たことがないよね。太陽の日差しを反射しているのか、キラキラと絢爛に輝く様は宝石箱の中にでもいるかのように綺麗だ。桜吹雪ともなると誰もが声を止めて見入ってしまうこと請け合いだろう。
 つまり、この誰も見たことのない新種の桜が取り壊し中止の理由なんだ。元々この白季神社周辺に桜の木はあったんだけど、ほとんどが枯れ木だった。それが神様パワーで蘇って新種の花を咲かせたとあっては……なるほど、確かに花咲かじいさんだね。灰は撒いてないけど。
『命』を司る白季小和媛命の力が、全く新しい花を咲かせた。そう考えるしかないよね。
「正直、あの時のことはなにも覚えてないんだ。成人、お前に、その……せ、接吻されたこと以外はな」
 瑞々しい頬をほんのり桃色に染めて僕から目を放す小和。当時の感覚を思い出すように指を唇にあててるね。
 小和は花咲かの奇跡を起こした後、数日の間ずっと寝たきりの状態が続いていた。借り物の力とはいえ相当消耗したんだと思う。今日は学校も休みだし、ようやく回復した小和を連れて白季神社まで登ったというわけだ。
 一週間経っても散ってしまわない不思議な銀桜を眺めつつ、僕はニヤっと笑う。
「なんならもう一回やってみる? ちょっとはナイスバデーに近づけるかもしれないよ」
「ばっ!? そ、そんなことできるかっ!? 今度はお前の命が削れることになるんだぞ!?」
「冗談だよ冗談! あ、でもナイスバデーの小和を見るためなら命の五年か十年分くらいなら――ごめんこれも冗談! だからそのフライング踵落としの構えはやめてください!」
「今度そんなこと言ったら祟るからな!」
「肝に銘じておきます」
 そうだね、命を粗末にしちゃダメだよね。
「そういえば、なんで神気を渡したのに前みたいに成長しなかったの?」
 僕はてっきりあのナイスバデーな小和に戻って凄い奇跡を起こすものだと思っていた。
「緋泉の神の神気だったからだろうな。借り物の神気だから力を使うことしかできなかったのだ思う」
「あー、なるほど」
 同じ神気でも神様ごとに違うってことなのかな? だったら緋色の桜が咲きそうなもんだけど、一応小和の中で小和の神気に変換されたのだろうか? うむ、よくわからん。
「というか成人、一人で緋泉の神のところに乗り込んだことだが、わたしはまだ許してないぞ」
「ええっ!? いいじゃんもう結果オーライだったんだからさ」
「よくない! 下手をすればお前は二度と戻って来れなかったんだぞ! ……お前がいなくなったら、わたしはどうすればいいんだ」
 小和はしゅんと項垂れた。そうか、僕がいなくなったら僕の中にある神気もなくなる。ごはんを食べさせてくれる人もいなくなるわけだから、神気の現状維持もままならない。
「ごめん、以後気をつけるよ」
「それじゃダメだ。約束しろ、二度とわたしに黙って勝手なことはするな」
「うん、わかった。しない。許嫁として約束するよ」
「破ったら針千本の祟りだからな!」
 それは祟りなんだろうか? と苦笑しながら僕は小和と指切りを交わした。
 とその時、僅かに切らした呼吸音と石段を踏みつける靴音が聞こえてきた。
「あれ?」
 おかしいな、今は小和が加耶奈様を真似て人払いの練習をしているはずだ。誰も入って来られない状態なのに……?
「小和、人払い効いてないみたいだよ」
「いや、そんなはずはないのだが……」
 だったら一体誰が千の石段を登ってきたんだ?
 と思った丁度その時、綺麗な黒髪が石段の方から見えた。
「あ、なるくんと小和ちゃん、やっぱりここにいた。信長さんの言う通りだったね」
 彩羽だった。信長さんっていうのは、彩羽がその身に宿している侍の守護霊のことだ(女性だと思いたい)。おかげで彩羽の霊媒体質はある意味では克服できたことになっていて、徐々にだけど僕以外の人とも打ち解けてきてるみたいなんだ。いいことだ。うん。
 で、その彩羽さんは敷物らしき物を脇に挟み、手にはサンドウィッチでも入ってそうなバスケットを握っている。……気のせいだ。うん。
「なるくん、私ね、お弁当たくさん作ってきたの。小和ちゃんが元気になったお祝いも兼ねて、お花見しようよ」
 気のせいじゃなかった!
「成人」
「よし、ここは戦略的撤退が妥当だろう」
 彩羽の料理の恐怖をこれでもかってくらい理解している僕と小和は、一つ頷きを交わすと同時に縁側を飛び出した。
「ごめん彩羽、用事を思い出した。すぐ戻ってくるからちょっと待ってて」
 料理を食べないなんてことは僕の信念的にできない。だからせめて口直しを取ってくるんだ。生き残るために!
「成人殿、逃げるなどとは男らしくないでござるよ」
 もう少しで石段というところで、彩羽がありえない動きをして僕と小和の前に回り込んできた。いや、彩羽じゃない。このござる口調は守護霊の信長さんだ。
「さては、彩羽がここに入って来られたのは信長さんのせいだね?」
「左様。私は人でないゆえ、人には見つけられぬ神域の穴を探せるのでござるよ」
 やっぱりか。実はかなり厄介な守護霊を宿しちゃったんじゃないの、彩羽?
「姫も、そのようにはしたなく走るものではないでござるよ」
 小和には子供を諭すお母さんのような口調で話す信長さん。
「お、お前はわたしの従者だと聞いたぞ。ならばそこを通せ」
「確かに私は小和様の従者でござる。しかし、今は彩羽殿の守護霊でござるゆえ、ご勘弁を」
 バトル漫画のような戦闘力を誇る信長さんに僕と小和は呆気なく捕まってしまった。
「……(ガクガク)」
「……(ブルブル)」
 水筒のお茶を注いでくれている彩羽を目の前に、シートの上に正座させられた僕たちは震えながら爆弾が入っているとわかり切っているバスケットを凝視する。冷や汗が半端ない。今日こそは死んだかも……。

「ほう、花見か。わしも混ぜてもらおうかの」

 すると、どこからともなくジジ臭い声が響いてきた。
「「「――ッ!?」」」
 気がついた時、僕たちの座っているシートに、いつの間にか燃えるような赤髪の美女が胡坐を掻いていた。まるで最初からそこにいたかのような出現だった。
 緋泉加耶奈御子。今回の件に力を貸してくれた恩神様だ。
「ひ、緋泉の神! お前、なに勝手に白季町に侵入している!」
「心外じゃな、白季の。こうして許可を得にまずここへ来ておるではないか。もっとも、わしの目的地もここじゃがな」
 食ってかかる小和に加耶奈様は飄々と返す。小和はなおも警戒を解かない。
「な、ならばなにをしに来た?」
「お主の奇跡は緋泉でも評判でな、一度見てみたいと思ってなにが悪い。それに、お主の無事も確認したかったからのぅ。なにせ、わしは神気を貸してやったのじゃから」
「ぐ、む、むぅ……」
 悪戯小僧のような笑みを浮かべる加耶奈様に小和はなにも言い返せなかった。
「いいじゃん、小和。人数が多い方が楽しいからさ」
「だが」
「(人数が増えれば彩羽の料理が分割されるよ)」
「よし緋泉の神、お前もどんどん食っていけ。なに、遠慮はいらん」
 僕がぼそっと耳打ちすると小和はあっさり加耶奈様を受け入れてしまった。相変わらず変わり身の速い神様だ。
「というわけじゃ、わしも混ざってよいかの、人の娘?」
「はい、いいですよ。なるくんも言ってましたけど、大人数の方が楽しいですもんね」
 ニッコニコの彩羽は当然嫌な顔一つせず加耶奈様を受け入れた。許可が下りるや否や加耶奈様はバスケットに手を伸ばし、たぶん卵だと思いたい黄色いなにかが挟まったサンドウィッチを掴む。
「ほう、美味そうじゃ。よい腕をしておるな、人の娘。どれ、味の方は……」
 卵サンドっぽいものを一口齧った加耶奈様は――固まった。それはもう無表情で凍りついたように固まった。ピクリとも動かない。緋泉加耶奈御子まで昇天させるなんて、彩羽、君はどんだけ恐ろしい子なんだ……。
「あの、どうですか? お口に合いませんでしたか?」
 完全停止した加耶奈様を見て不安になったのか、恐る恐る彩羽が訊ねた。
「ああ、なかなかに美味じゃったぞ。これがお主の手料理とは本当に感心物じゃな。また機会があれば馳走してくれ、閻魔の」
「加耶奈様が大変なとこまでぶっ飛んでる!?」
 しかもなに? 閻魔大王様が加耶奈様に手料理振舞っちゃった感じ? 一体あの世でなにが起こったのか凄い気になるんですけど!
 僕らの必死の呼びかけで我に返った加耶奈様は、一口だけ齧ったサンドを自分の取り皿に置き、
「う、美味さのあまり危うく昇天するところじゃったわ。で、どうじゃ、白季の。ちっとは参拝客が増えたかの?」
 微かに引き攣った笑顔で思いっ切り強引に話題を逸らした。彩羽をフォローする言葉を忘れてないところが流石の加耶奈様だね。
「ふん、見て驚くな」
 とててて、と小走りで小和は神社の社まで行くと、賽銭箱を回って扉を勢いよく開け放った。
 そこには、青い勾玉のような形をした光――〈祈り〉が大量に積み上げられていた。
「まあ、わたしも今日来てみて驚いたのだがな」
 どうだ、とばかりに控え目なお胸様を張る小和に、加耶奈様は「ほう」と感嘆の吐息を漏らした。
「この桜を見に来た人たちがついでとばかりにお祈りして行ったんだよ」
 なんせニュースにも取り上げられるくらい有名になったからね、この銀桜。小和が増えた神気で人払いの試用運転をしていなければ今日も花見客でいっぱいだったと思うよ。
「して、〈祈り〉の量に対して神気はそれほど増えておらんようじゃが、やっていけるのかの? この神域化も雑じゃし」
「そんなの、わたしと成人で〈祈り〉を叶えて行けばあっという間に増えるはずだ」
「あ、やっぱり僕も手伝うんだね」
 というか寧ろここからが本番だ。休んでる場合じゃない。せっかく集まった〈祈り〉になにもしなかったら逆戻りになってしまう。銀桜だっていつまでも咲いてるわけじゃないだろうし、熱が冷めないうちに頑張らないとね。
 僕は小和の後ろに山積された〈祈り〉を見る。
「あの膨大な量の〈祈り〉を、神気を節約しながら片っ端から叶えていくのかぁ……」
 折れる骨は二・三本じゃ済みそうにないよ。
 でも、それはそれで充実してそうだ。少なくとも退屈はしない。
「成人、わかっているのか? お前の働きに全てがかかっているんだぞ?」
「ちょっとなんで僕に丸投げみたいな感じになってるの!? 小和の仕事だよねコレ!?」
「お前はわたしの許婚だろうが」
「そうだけど、だかこその共同作業じゃないの!?」
 折れる骨が二・三十本でも済みそうになくなったよ……。
 と、僕はなにやら彩羽がぶつぶつと独り言を呟いていることに気がついた。まさか、信長さんがいるのになにかに憑依されたんじゃ?
「許婚……共同作業……させない。私も手伝う!」
「ふん、悪いが乳デカ女の出番はないぞ」
「出番がなくても手伝うもん! 寧ろ小和ちゃんが引っ込んでていいよ!」
「なんだと! 人間ごときに神の仕事が勤まるわけがないだろ!」
 その人間ごときに神の仕事をさせようとしているのはあなたですよ、小和さん。そして彩羽さんはなにをそんなにむきになってるんだ?
「カカッ。お主もなかなか隅に置けん男じゃのぅ」
「笑ってないで二人を止めてよ加耶奈様!?」
 一難は去ったけど、これからさらに面倒なことが起こりそうな予感がひしひしとしてきた。
 けどそれも悪くないって思ってる僕もいるわけで。
 結局は、小和たちと過ごすこの生活が楽しんだよね。


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