許嫁は土地神さま。

夙多史

五章 困ったときの神頼み(9)

 僕は闇一色の空間に放り出された。
 上も下も前後左右もわからない無重力な感覚。行ったことないけど宇宙空間ってこんな感じなんだろうね。でも宇宙のように星々の煌きなんて一切存在しない。呼吸もできる。
 本当に真っ暗なだけの世界だった。
 ……ここからどうしろと?
 これは一応試練みたいなもののはず。なのに道どころか道標さえないだなんてどういうことだ? 加耶奈様は一体僕になにをさせたいんだ?
 そう戸惑っている僕の前にいきなり赤い輝きが現れた。あれが道標かと思ったけど違う。次第に人の形を成していくそれは――加耶奈様だ。
「加耶奈様! ここは一体どこで、僕はなにをすればいいんだ?」
 すかさず問いかけるが、加耶奈様は答えない。声が聞こえてないというより、僕の存在を認識してないって感じの無視だった。
 というか、あの加耶奈様には若干違和感がある。ところどころ跳ね上がった炎みたいな赤髪と勝気そうな顔立ち、絵に描いたようなモデル体型はそのままだ。
 ただ、服装が違う。さっきまでの現代人らしいTシャツとジーパン姿じゃなく、鮮やかな真紅の十二単を纏っていたんだ。
 普段よりずっと綺麗な加耶奈様に見惚れかけていると、その隣に白い輝きが現れた。それも段々と人の形を取っていき――
「――えっ?」

 白い輝きは、以前の白季小和媛命の姿となった。

「は? なんで? どうして……?」
 なにがなんだかさっぱりわからない。
 とそこで、今まで微動だにしなかった加耶奈様がニヤリと笑う。ただしそれは困惑する僕に向けられた嘲笑ではなく、後から現れた白季小和媛命に向けての喜笑だった。
 緋泉加耶奈御子と白季小和媛命の対話が始まる。僕ガン無視で。

『どうじゃ、白季の。わしの土地にはまたでかいよろず屋が建ったぞ』
『自慢げに語るな、緋泉の神。こちらも農地の開拓が進んで収穫は昨年の倍だ』
『ぬぅ、となればこれでわしの五百三十二勝零敗零分けかのぅ』
『待ておかしいぞ緋泉の神! なぜかつての敗北と引き分けがなかったことになっている? お前はこれで五百三十二勝五百二十九敗五十五分けだろう? ボケたか?』
『ほれわし、「必勝」の神じゃから』
『だからといって虚言を吐くな! 「必勝」の神が「虚勝」の神になっても知らんぞ』
『「必勝」が負けたとあれば既に「虚勝」じゃろうて。難しいところよのぅ』

 ……これはなんだ?
 今の会話からして、アレはたぶん過去の神様たちだと思う。タイムスリップしたわけじゃなさそうだし、加耶奈様の記憶だろうか? というか加耶奈様、嘘はつかないけど冗談は言うんだね。
 そんな風に疑問に思っていると、加耶奈様と白季小和媛命が風に流されるように吹き消えた。それから一呼吸の間を空けて同じ場所に二人とも出現する。
 先程とは様子が違う。なぜか白季小和媛命がウキウキした表情を加耶奈様に見せていた。

『聞け、緋泉の神。ついにあいつが領主の座に就いたぞ!』
『お主から訪ねて来るとは珍しいと思っておったら、カカッ。そうかそうか、お主が懸想しておる白季の領主の息子がのぅ』
『んなぁあっ!? べ、別に懸想してなどいない! あいつは、その、えっと、なんというか……ううぅ、ふ、ふざけていると祟るぞ緋泉の神!』
『カカッ。お主に祟られるほどわしは弱くないぞ、白季の』
『と、とにかくこれから白季はもっと良い土地となる。覚悟しておけ』

 領主の息子っていうと、夢で見た僕そっくり男のことか。前の白季小和媛命はあの男のことを凄く想ってたんだね。あんなに嬉しそうにして……誰か至急釘バットを十本ほど用意してくれないかな。
 ――って、もういない男に嫉妬してどうするんだよ僕。
 そこでまたも二人の姿が消え、さっきと同じように別の場面となって現れた。どうも記憶を断片的に見せてるって感じだね。
 次はなにやら白季小和媛命が落ち込んでいる様子だった。

『……なにをしに来た、緋泉の神』
『無論、お主が愚かな真似をせぬよう見張りにきたのじゃよ』
『愚かな真似とはなんだ? わたしが土地を手放し自消滅するとでも懸念したか? それとも、あいつを、白季の領主を暗殺した人間を一人残らず祟り殺すとでも思ったか?』
『……そうじゃな』
『安心しろ。そんなつもりは毛頭ない。わたしは人を救う神だ。あいつがいなくても、わたしはわたしの力で白季を繁栄させてみせる』
『ならばよいが、無茶はするでないぞ。お主がそのような調子ではわしも張り合いがないわい』
『魂は輪廻する。もう一度あいつがこの世に生を受けるまでに、あいつが見たかった景色をわたしが作り上げるのだ』

 白季の領主が暗殺された?
 そういえばそんな昔話をおじいちゃんから聞いた気がする。領主の座を奪った奴がその後に悪政を布いたとかで、白季の地は一時期酷い有様だったとか。
 次の場面に移行する。

『どうしたというのじゃ、白季の。時代が明治に入ってからというもの、お主は衰退する一方ではないか』
『人間の医療技術が進んだことで、わたしを頼る者が少なくなってきたのだ。いや、それはそれでいい。「命」を司るわたしの力が必要ということは、それだけ誰かが不幸になっているということだからな』
『……白季の、わしの属神となれ。このままではお主も白季の地も助からん。わしの私欲で進言したわけじゃないぞ、お主を友として救いたいからじゃ』
『……』
『覚悟が決まればわしの下へ来い。それまではわしもお主とは会わんようにする。じっくり考えるのじゃな』

 加耶奈様は白季小和媛命に背を向けて消えて行った。そして白季小和媛命もそのまま闇に溶けていなくなる。
 人間が健康になればなるほど白季小和媛命は忘れ去られていく。こういうのを皮肉って呼ぶのかは知らないけど、他に司るなにかを見つけない限り信仰の回復は難しいような気がしてきたよ。
 同じ位置に白季小和媛命が現れ、場面がさらに移り変わる。一体いつまで続くのかな。知らなかった白季小和媛命のことがわかって僕としては嬉しいんだけど、内容がシリアスなだけにどういう顔をすればいいのかわからないよ。
 と――
「あれ?」
 加耶奈様がいた位置には、加耶奈様は現れなかった。その代りに小学校低学年くらいの子供を抱いた一組の夫婦が出現する。
 激しく見覚えのあるその夫婦と子供は――
「アレって、父さんと母さんだよね? てことはあの子供は……僕?」
 おかしい。これはどう考えたって十年前の、僕が白季小和媛命に命を救われたシーンだ。加耶奈様の記憶だったらこの場面にはならないはず。
『どうかこの子を、俺たちの子を助けてください!』
『生まれつき体が弱くて、まともな生活もできないんです! このまま命を落とすなんてあんまりじゃないですか!』
 父さんと母さんが泣き崩れた顔で必死に訴えている。それを白季小和媛命は憐みの視線で見下ろし、そして掌に凝集した白い光を子供の僕に打ち込んだ。
 覚えている。僕はこうやって救われたんだ。
『これでその子供は助かるだろう。ただし十年後、次の白季小和媛命の伴侶となってもらう。構わないか?』
『それは、あなた様のお子さんと結婚しろってことでしょうか?』
 父さんの問いに白季小和媛命は黙って頷いた。
『も、もちろん構いません! 神様のお婿さんだなんてウチの子はとんだ幸せ者です!』
 大喜びする母さん。もっとその辺の理由とか聞いたらどうなの? と思うけど、この時の母さんたちはそれどころじゃなかったんだろうね。
「まさか、加耶奈様はどこかでこの光景を見てたってこと?」
 僕は周囲を見回して赤い神様の姿を捜してみる。が、やはりどこまでも暗闇が続いているだけでそれらしい存在は見当たらない。それによく考えれば他の土地神が侵入していたら白季小和媛命が気づくはずだ。あの時の加耶奈様みたいにね。でも僕の両親と会話を続けている白季小和媛命にそんな様子はない。
 じゃあ、一体これは誰の記憶なんだ?
 加耶奈様じゃなければ、もちろん僕でもない。
 となると、考えられる可能性は一つだろう。

「ようやく気づいたか、遅いぞ成人」

 よく知っているロリボイスが鼓膜を打った。
 振り返れば、やっぱり僕のよく知っている銀髪碧眼の少女がそこにいた。
「小和? なんで君がここにいるの?」
 幻……じゃないと思う。この小和ははっきりと僕を見詰めているからだ。こっそり家を出たはずなのに、気づかれて後をつけられてたとか?
「いや、わたしは『今の白季小和媛命』の姿をしているが、お前たちの言葉を使えば『前の白季小和媛命』ということになるな」
「はい? どういうこと?」
「あそこでお前の両親と許嫁について語り合っているわたしと、今お前に話しかけているわたしは同じということだ」
 ますます意味がわからない。
「ええい面倒な奴だな! 少々説明的になるがよく聞け! ここはお前の精神世界のような場所であの記憶はお前の中にある神気に残留したわたしの記憶が緋泉の神の神気に釣り上げられて表面化したものでそしてわたし自身も神気に宿った人格なのだ本物ではない! わかったか!」
「う、うん、なんとなくわかったような気がする……」
 一気に捲し立てられたから正直なにを言われたのかほとんど覚えてません。
 収まれ僕の混乱。落ち着け僕。考えを纏めるんだ。要するにそこにいる小和は本物じゃない。よしオーケー、それだけわかれば完璧かな。
「で、ここは僕の精神世界……だったっけ?」
「うむ。緋泉の神め、面倒な試練を与えたな。もし神気にわたしの人格が宿っていなければどうするつもりだったのか……」
 唸る彼女の仕草は普段の小和となんら変わらなかった。
「あんまり実感わかないけど、僕はここでどうすればいいわけ?」
「抜け出すのだ。現実世界に帰ることができればお前の勝ちだろうな」
「どうやって?」
「……」
 え? なんでそこで黙るの?
 小和はたっぷり三十秒ほど沈黙してから、言い難そうに重たく口を開いた。
「……一つ、質問する。きちんと答えればこの世界から弾いてやる」
「弾くって、実はけっこう簡単に僕を元の世界に戻せるってこと?」
「人間だけの力ではまず無理だが、ここにはわたしがいる。ほんの少し神気を消費するだけで容易いことだ。緋泉の神はそれを見越してお前をここに送ったのだろうな」
 人間の僕には最初からどうすることもできなかった。なら加耶奈様はなんのために僕を……いや、その疑問は戻ってから直接本人に訊こう。
「それで、質問って?」
「う、うむ。いいか、わたしを満足させる答えを返さなければ弾いてやらないからな」
 ゴクリ。それつまり、気に入らない答えを言っちゃうと二度と出られないってことになるよね。間違えないようにしないと……。
 小和は俯き加減でなにやら胸の前で人差し指同士をつんつんさせながら、

「今のわたしと、前のわたし、お前はどっちが好きだ?」

 究極的な二択を迫ってきた。
 どっちも小和じゃん! とか突っ込んだら絶対蹴られる。えーと、そこにいる小和は小さいけど前の小和だから、『前の小和』って言えば正解かな? 僕の命の恩神なわけだしね。
「そりゃあ、もちろん……」
 そこで、なにかが僕の言葉を詰まらせた。
 いや、原因は明白だ。僕は嘘をつこうとしたんだから。
 たとえどうなったとしても、僕の精神世界で嘘はつけないよね。
 だから、本音をはっきりと言おう。

「今の小和だ。僕は、今の小和が好きだよ。前の小和には当然恩を感じてるけど、一緒に暮らしている小和の方がずっと身近で、家族って感じがするんだ」

 瞬間――ぷしゅうううううう。
 目の前にいる小和の顔が、蒸気を噴くほど真っ赤に染まった。
「わ、わわわ我ながら、こ、答えを聞いて恥ずかしくなる質問をし、してしまったな。い、いいだろう。お前をこの世界から抜けさせてやる」
「ホント!」
「ああ、お前は正直に答えてくれたからな」
 小和は右手を僕に向けて突き出す。するとその掌から白い輝きが放出され、僕の全身を包んだ。
「あ、ちょっと待って。僕からも一つ質問していい?」
「なんだ?」
「どうして、貴重な神気を埋め込んでまで僕を助けたの? どうして、僕を許嫁にしたの?」
「質問が二つあるぞ!」
 くわっと犬歯を向いて怒鳴る小和。言われてみれば二つあるね、質問。
「まあいい。どちらの答えも同じだからな。――お前が、あいつの生まれ変わりだからだ」
「へ?」
「も、もう質問はなしだ! さっさと現実に戻って緋泉の神の鼻を明かしてやれ!」
 なにかを誤魔化すように白光が強くなる。真っ暗闇だった世界が一瞬で真っ白に塗り潰される。
 意識が遠くなる。だがこれは気を失うのではなく、その逆。元の世界に意識が戻っていく感覚だ。
「大きくなったな、成人。どうか、今のわたしを大切にしてくれ」
 最後に呟かれた小和の言葉は、微かに僕の耳に届いていた。

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