許嫁は土地神さま。

夙多史

五章 困ったときの神頼み(8)

 沈黙が下りる。林道を流れる風の音が先陣を切るように過ぎ去っていく。ここから先は僕の知っている緋泉神社じゃないだろう。なにが待ち受けているのか見当もつかない。
 正直、恐い。
「行くでこざるよ、成人殿」
 信長さんがそんな僕の背中を押す。彩羽の顔で、彩羽とは違う頼もしい微笑みを浮かべている。
「鬼が出るか蛇が出るかってやつだね。鬼よりは蛇の方が生き残れそうだけど」
 怪獣クラスの毒蛇だったら死ねるなぁ、と軽く冗談を交えて気を紛らわしつつ、僕たちは全力で林道を疾駆した。
 加耶奈様の妨害が始まったのは、三つ目の鳥居を抜け、最初の石段に差しかかった時だった。
「! 止まるでござる成人殿!」
 信長さんがいきなり僕の襟首を掴んで急停止させた。うげっ、と一瞬首が絞まって変な呻き声を上げる僕。
「信長さん、なにを――」
 言いかけて、僕は言葉を詰まらせた。

 轟!! と、石段の中央から巨大な火柱が噴き上がって天空を衝いたからだ。

「……っ」
 僕は絶句し、ゾっとする。あのまま駆け抜けようとしてたら間違いなく火柱に呑まれていた。数メートル離れた僕たちにまで熱波が物凄い勢いで押し寄せてくる。あんなの食らったら灰も残りそうにないよ。
「これが加耶奈様の試練……?」
 冗談じゃない。他の土地神に力を貸すためにはここまでしないといけないのか?
「呆けている場合ではないでござるよ、成人殿。次が来るでござる」
 信長さんに腕を引っ張られるままに僕は横に飛んだ。今の今までいた場所にやはり同じ火柱が立ち昇る。
「まだでござる!」
 信長さんが火柱を見上げた。炎々と燃え盛るそれは上空で弾け、無数の火炎弾となって僕らの頭上に降り注いでくる。
「ちょっ! これはやばいって!」
「とにかく、前に走るしかないでござろう」
 地面に落下して爆発する火炎弾をかろうじて避けつつ、僕たちは走る。
 走る。走る。走る。ひたすらに走る。
 地面からは轟炎の火柱が噴き上がり、その度に天空から炎の雨が降り注ぐ。まさに地獄のような道すがら、僕は小和のことばかり考えていた。
『じゃが、事情が事情じゃ。そう簡単には通さぬぞ。道中でお主らが力尽きれば、問答無用でこの神域から追い出し二度と入れることはない。そうなれば白季のの消滅は免れぬじゃろう』
 加耶奈様はそう言っていた。てことは、この炎に触れても死なないようにはしてくれていると思う。でも、一度飲み込まれてしまえばそこでゲームオーバーだ。そうなってしまえば小和は助からない。神社が壊され、消滅するまで神界に閉じ込められてしまう。
 加耶奈様の属神になるという最後の手段は残されている。だけど小和がそれを望んでないなら、僕は彼女のために文字通り火の中でも突き進む覚悟はある。
 ただ覚悟はあっても、加耶奈様の妨害はシャレにならない。一瞬の油断が命取りだ。
 果たして、僕にこの試練を突破できる力があるんだろうか?
「大丈夫だよ、なるくん。一緒に頑張ろう」
 聞き慣れたのんびりとした声に振り向く。刃物のように気を研ぎ澄ませていた信長さんが、やんわりとした空気を纏っていた。吊り上がっていた目は垂れ、竹刀袋を重そうに抱えた彼女は――彩羽だった。
「ここでなるくんが諦めたら、小和ちゃんは助からないんだよね? だったら諦めないで。私と信長さんもついてるから」
 それだけ告げて彩羽は瞼を閉じた。そして次にその目が開かれた時には、別人のようなキリっとした顔つきになっていた。ような、というか本当に別人だけど。
「ありがとう、彩羽。進もう、信長さん」
「承知」
 礼を言い、僕は再び足を前へ前へと動かした。なおも噴火する火柱と炎雨を避けながら、無我夢中で突き進む。
 見たところ火柱はランダムに噴出しているようで、僕たちを狙っているわけじゃなさそうだ。もし狙っているなら僕たちは最初の火柱でジ・エンドだったと思う。
 勘のいい信長さんが火柱の予兆を察知してくれるから本当に助かる。おかげで二つ目の石段まであっという間だったよ。
 けれど、余裕はそこまでだった。

「申し訳ありませんが、ここを簡単に通すわけにはいきません」
「加耶奈様のご命令です。悪く思わないでくださいね」

 石段の前に二つの人影が立ちはだかった。巫女装束を纏った黒髪の美人――加耶奈様の属神、西松来町の土地神様と東松来町の土地神様だ。顔の造形も髪型も背丈まで瓜二つなもんだからどっちがどっちだかはわかんないね。
 二人とも額に白い鉢巻を巻き、先端に反りのある刃が取りつけられた長柄の武器を構えている。薙刀だ。初めて生で見たよ。
 僕は周りも見渡して警戒する。加耶奈様の属神が彼女たちだけなわけがない。緋泉市にはいくつもの町村が含まれているんだ。
「ご安心を。今回妨害の任を命じられているのは我々『松来』の土地神だけです」
「属神を総動員しては試練になりませんからね」
 僕の懸念を悟った属神たちがルールを説明するかのように丁寧で淡々とした口調で教えてくれた。それならありがたいけど、嘘だったら泣くよ。僕が。
「成人殿、ここは拙者が引き受けるでござる」
 信長さんが破魔刀を竹刀袋から取り出す。
「ダメだ――って言える状況じゃないよね。その体は彩羽のものなんだから大事にしてよ?」
「無論、傷一つつけさせないでござるよ」
 ポゥ、と。
 侍の顔になった信長さんの周囲に、二つの薄黄色い輝きが出現した。あの日本屋敷で彩羽に憑依した時と同じだ。本気モードってやつだろう。
「本来ならお互い名乗り合う場面でござるが、今はその時間も惜しい。問答無用で行かせてもらうでござる!」
 信長さんは破魔刀の柄を握り、右足を半歩前に出し、腰を低くした――かと思った次の瞬間には、信長さんは尋常ならざる速度で属神たちに切迫していた。
「「!?」」
 驚愕を隠せない属神たちに信長さんは容赦の欠片もなく抜刀。属神たちは咄嗟に薙刀で防御したようだが、その凄まじい衝撃を受けて左右後方に吹っ飛んでしまう。
 凄い。相手は神様だってのに。
「今でござる成人殿!」
 一瞬の出来事に呆けていた僕はハッとする。
「ありがとう。信長さんも気をつけて。何度も言うけど彩羽の体だから」
 ここは信長さんを信じよう。加耶奈様の属神たちも命まで奪うつもりはないだろうしね。
 二つ目の石段を登り切れば緋泉神社の御社が見えてくる。白季神社の軽く五倍はある大きさに金ピカ豪奢な装飾。賽銭箱はクマ用の棺桶かってくらいでかい。比べちゃダメなんだろうけど、白季神社が馬小屋だとすれば緋泉神社は城だね。
「カカッ。存外に速かったのぅ」
 神社の屋根で胡坐を掻いていた赤髪の美女が快活に笑い、すっと余裕ある動作で立ち上がった。
 緋泉加耶奈御子。僕がこれから〈祈り〉を捧げなきゃならない神様の、人の世に顕れた姿だ。
「じゃが、本番はここからじゃぞ。残りの距離をお主一人で突破できるかのぅ?」
 加耶奈様のいる本殿までは目測で五十メートル。全力疾走すれば七秒くらいで到達する距離だ。ここまでも走って来たから足はもうくったくただけど――
「一気に突っ走る!」
 加耶奈様の妨害がどんな風に変化するかは予想もできない。けど、僕がやることはそれだけだ。
 そう考えてさらに加速した時だった。
 突然、目の前に鳥居が現れたんだ。鳥居の向こうには緋泉神社の光景など見えず、ブラックホールのような得体の知れない真っ黒い空間に繋がっている。
 急ブレーキをかけるも遅く、僕は鳥居の中に突っ込んでしまった。

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