許嫁は土地神さま。

夙多史

五章 困ったときの神頼み(2)

「あれ? 誰かいるね。珍しい」
 白季神社のお社が見えてきたところで、何人かの話声が聞こえてきた。三・四人くらいだろう、全員男の人の声だった。
「なにしてるんだろ?」
「そんなの参拝に決まっているだろ。ここは神社だぞ」
 僕の背中でちょっとだけ嬉しげに声を弾ませる小和。でも話声は淡々とした調子だし、どうもお参りに来たってわけじゃなさそうだよ。
 石段を登り切ると、ベージュ色の作業着を着た男が四人、なにやら忙しそうに境内をうろうろしていた。妙な機械とか図面みたいな用紙を持っていて、どんだけ斬新な解釈をしても願掛けしてるようには見えないね。
「あのう、なにをしてるんですか?」
 息切れを無理やり抑えつけて、僕は一番近くでなにかの測定らしきことをやっているお兄さんに訊ねてみた。
「うん? ああ、君たち地元の子?」
 僕たちを見て怪訝そうに眉を顰めたお兄さんは、すぐに爽やかな微笑みを貼りつけてそう言った。
「はい、僕たちは一応白季町の者ですけど」
「だったら聞いてないかな? ここにバイパス道路が通るんだよ」
 ……。
 …………。
 ………………えっ?
「ば、バイパス道路!?」
 このお兄さん、爽やかな顔してなに言ってんの?
「そう、バイパス道路。緋泉市からこの山の向こう側にある蒼柳市まで一直線のね。今までは迂回して時間がかかってたけど、ここが開通すれば交通の便が凄くよくなるんだ。そして行く行くは高速道路化してさらなる街の活性化に繋がるだろうね」
 作業着のお兄さんは決して遠くない未来を期待に満ちた口調で語る。僕は開いた口が塞がらなかった。僕の背中から降りた小和は事の重大さがわかってないのか、小鳥のようにきょとんと首を傾げている。
 ここにバイパス道路ができる。
 てことは――
「この神社はどうなるの?」
「うん、取り壊すことになってるよ。白季町の許可も出たからね。今やってる調査の方も順調に進んでるから、遅くても来週には本格的な取り壊し作業に入れるかな」
「「――ッ!?」」
 僕と小和はほぼ同時に息を詰まらせた。
 白季神社が取り壊される? やっぱりとは思ったけど……嘘でしょ?
 恐る恐る小和に視線をやると、彼女は小さな拳を力いっぱい握り締めて震わせていた。
「ふ、ふざけるな! そんなたわけたことが許されると思っているのかこの罰当たり共め! 祟るぞ!」
 かつて見たことのない憤怒の形相で絶叫する小和に、お兄さんは一瞬怯んだ。が、相手が小中学生な上に外国人だと思ったのか、あっさり大人の顔になって諭すように言う。
「いやだからね、お嬢ちゃん、許可はもう出てるんだよ」
「そんな人間の許可など知るか! 神はお前たちの蛮行を許さんぞ!」
「ちょっと小和、気持ちはわかるけどもう少し落ち着いて」
「落ち着いてる場合か! 成人、わたしの気持ちがわかるならお前もなんとか言え!」
 僕だってこの神社が壊されるということは、日常と思い出の一部を失うことと同義だ。喚き散らしたいほどの怒りも感じてるし、なんとしてでも阻止したい。小和が先に叫んでしまったから、僕は比較的に冷静でいられているだけだ。
 でも冷静だからこそわかる。この人たちはただの作業員で、僕たちがなにを言っても無駄だろうと。
「おいおい、一体どうしたんだ?」
「なんの騒ぎだ?」
「お前、その子らになんかしたのか?」
 小和が騒ぎ出したためか、他の作業員たちが手を止めて集まってきた。
「すみません、なんか変な子供が」
「子供ではない! 神だ! お前じゃ話にならん! 一番偉いやつはどいつだ!」
 憤慨する小和に大人たちは顔を見合わせると、一番年配だと思われる中年男性が小和と目線の高さが同じになるまで膝を折った。
「お嬢ちゃん、この神社に思い出でもあるのかな? それなら今のうちに写真を撮っておくといいよ。ただし、おじちゃんたちの邪魔にならないようにね」
 ……ああ、ダメだ。話にならない。完全に小和は舐められてる。小和もそんな中年作業員の態度にムッと唇を尖らせた。
「いいかお前たちよく聞け! 社を壊すなどと馬鹿げたことは今すぐ即座にさっさとやめて立ち去れ! さもなくば末代まで祟ることになるぞ!」
「祟るって、神様がかい?」
「そうだ!」
 小和が力強く断言すると、作業員たちは虚を突かれたように目を丸くし――
 ――堰を切ったように、爆笑した。
「な、なにがおかしい!」
「ああ、いや、ごめんなお嬢ちゃん。そうだね。神様を怒らせると恐いよね」
「ふん、ようやくわか――」
「けどね、この神社に神様はいないんじゃないかな?」
 笑いの涙を雑に指で拭う中年作業員の口から聞き捨てならない言葉が飛び出した。
「なん……だと……?」
 震えた声で小和は聞き返す。
「ほらだって、こんなにボロボロなんだ。きっとここの神様は、もう別のところに引っ越したと思うよ」
「――っ」
 中年作業員が幼稚園の先生のような口調で紡いだ台詞に小和は絶句していた。
「そうだよなぁ、俺は割と白季町の近くに住んでるけど、ここの神様の話しなんて聞いたことないし」
「ていうか白季町に神社ってあったんだなって思ってたし」
「緋泉神社の方が大きくて居心地よさそうだからそっちにいるかもね」
 他の作業員たちも揃ってなにも知らずに心無い言葉を口にする。
 目の前にいるのに。
 あんたたちの信じてない神様が。
「あ……うぁ……」
 小和は今にも泣きそうに顔をくしゃくしゃにして一歩、また一歩と後じさった。相手が小和の正体を知らないとはいえ、本人に向かって直接存在を否定したんだ。受けたショックは小さいわけがない。
 流石に、僕もカチンときた。
「あんたらさ、いい大人なんだからもっと言い方に気を使いなよ」
 なるだけ声のトーンを落とし、相手を威圧するように言い放つ。どんな状況であれ、小和を馬鹿にするってことは僕の恩神を馬鹿にするってことだ。
「君もこの神社の神様がどうのうこうのって言うつもりかい?」
「祟りがあるかはともかく、ここの神様――白季小和媛命はちゃんといるよ」
「君は高校生だよね?」
「だったらなに?」
 可哀想なものでも見るような目をした中年作業員を僕は喧嘩腰で睨み返す。この人たちが言いたいことは僕にもよくわかる。サンタクロースを信じてる大人を見てしまった感じだ。立場が逆ならきっと僕だってそう感じただろう。
 でも、真実は僕の方だ。
「もう一度言うけど、白季小和媛命は――」
「あ、危ないお嬢ちゃん!?」
 とその時、作業員の一人が慌てた様子で声を張った。
 僕は弾かれたように後ろを振り返る。するとそこでは小和が未だに後退を続けていた。

 石段に向かって。

「小和!」
 僕は作業員たちに対する怒りなんて忘れて一気に駆け出した。背後がどうなっているのかまるで気づいていない小和は、足を踏み外してバランスを崩し、虚空を見詰めたまま背中から転落――する寸前、僕はどうにかその手を掴むことに成功した。
 が、引き戻すことは叶わず、僕は小和と共に石段を転げ落ちてしまった。無意識に小和を抱き締めたのは正解だったろうけど、全身の至るところから痛撃が迸って悲鳴を上げそうだ。
 幸い踊り場までそれほど段数はなかった。打撲はあちこち、骨までは折れてないね。頑丈になったもんだよ、僕。
「小和、大丈夫?」
「……」
 訊ねかけるが、僕の腕の中でぐったりしている小和は返事をしない。どうやら気を失っているようだ。頭とかは打ってないと思うけど……。
「大丈夫か君たち! おい、早く救急車を呼べ!」
「け、圏外です!」
「なら下に停めてある車で病院へ」
 心配して駆け下りてくる作業員たち。病院? 僕はともかく神様の小和をそんなところに連れて行っていいのか?
 いけない気がする。根拠はないけど、直感がそう告げた。
「大丈夫。こんなの大したことないよ」
 僕は小和をお姫様抱っこして立ち上がると、何事もないようにできるだけはっきりとそう言った。
「だが――」
「だから大丈夫だって! 小和は、僕が連れて行くから」
 なおも病院へ連れて行こうとする作業員たちを振り切り、僕たちは白季神社を後にした。


「許嫁は土地神さま。」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「恋愛」の人気作品

コメント

コメントを書く