許嫁は土地神さま。

夙多史

五章 困ったときの神頼み(1)

 加耶奈様の神界から元の世界に戻ってからというもの、小和はずっと浮かない顔をしていた。口数が減って食欲もあまりない。僕がお茶目なおふざけをやったところで「祟るぞ!」の一言も出なければ蹴りも飛んでこない。つまり、僕は完全にスルーされていた。なんか調子狂うなぁ。
 そんなどんよりとした空気のまま休日は過ぎ去ってしまい、学校の始まる憂鬱な月曜日がやってきた。
「セージンくんセージンくん、ムフフ、デートはどうだったね?」
「どこまでやったんだ? キスまでは行ったよな? さあ、俺っちたちに詳しく教えろ」
 などと絡んでくる出原の淫魔兄妹を「それどころじゃなかったよ」と適当にあしらって、僕は授業もろくに聞かずに考える。
 小和に元気を出してもらうためのデートだったのに、さらに悩ませることになってしまった。これじゃあなんのためのデートだったのかわからないよ。
 緋泉加耶奈御子の属神となれば小和は助かるし、小和が助かれば白季町も滅びを回避できる。悪い話じゃない。なのに、小和はずっと躊躇っている。
 どうして前の白季小和媛命は属神にならず〈輪帰〉したのだろう?
 その理由を知りたくて市町村合併のデメリットについて僕なりに調べてみた。端々の地域が寂れたり、公共料金とかが値上がりして住民の負担が増えたり、合併した小さな町村の産業が軽視されがちになったりと、いろいろデメリットはあるようだった。けれどそれらは全部僕たち人間の問題で、土地が滅ぶほどの災いとは比較にならない。
 となると、人間には知りようのない土地神の問題があるのかな? その辺りを加耶奈様に聞いておけばよかったよ。
 結局授業中の考え事くらいじゃなにも浮かばず、放課後までただただ悶々とするだけだった。

        ***

 小和を見かけたのはいつものように白季神社にお参りに行く途中だった。
 ここのところ自室に籠りがちだった小和が外に出ているってことは、もしかしてなにかわかったのかな? 
「小和!」
 すかさず僕は駆け寄った。小和は立ち止まると――ふさぁ。白銀の髪を揺らして振り返った。
「ああ、成人か」
 非常に弱々しい声だった。
「――ってどうしたのさその隈!?」
 小和は目元に大きな隈を作っていたのだ。心なしか若干やつれているようにも見える。今朝は顔を合わせてなかったけど、まさかこんな状態になっていたなんて……。
「気にするな。よく眠れていないだけだ」
 そう言われたって、気になるものは気になるよ。
「ねえ、それほど思い悩むことなの? 僕を救ってくれた前の白季小和媛命にこんなこと言うのもアレだけど、無視していいと思う。だって今の白季小和媛命は小和なんだ。小和の考えで行動したって誰も文句言わないよ」
 そもそも小和が土地神様だってことを知っているのは僕と僕の両親だけなんだ。文句なんて言うわけないじゃないか。
「……いんだ」
「え? ごめん、なんて言ったの?」
 小声過ぎて聞き取れなかった。小和はキッと青い瞳で僕を睨み上げると、悩み溜めていたものを吐き出す勢いで叫んだ。
「わからないんだ! わたしが、今のわたしがどうしたいのか! どうすればいいのか! いや、あいつに降ることが最良だとは理解している。白季を守れるなら属神になってもいいとさえ思っている。でも、それを拒むわたしもいるんだ! なにがなんだか、もうわからなくなってしまった……」
「……」
 僕は言葉が出なかった。小和の苦しみがこれほどとは思わなかった。
 ……いや、それは嘘だ。様子のおかしい小和を見て気づかないわけがない。でも、僕はなにもできなかった。
 許嫁失格だね、僕。
「だからわたしは白季神社に行こうと思う。そこに答えがあるとは思えないが、これ以上、じっとしていられなくなったんだ」
 小和は潤んだ瞳で白季神社のある山を見上げた。どうしようもない気持ちが溢れて爆発した、そんな顔をしていた。
「わかった。小和が自分の答えを見つけられるように、僕も傍にいて一緒に考えるよ。僕は馬鹿だけど、小和の許嫁だからさ」
「成人……すまない、わたしはお前に八つ当たりしてしまったのに」
「いいって。本音をぶつけ合うのも許嫁ってことにしとこうよ。それよりもさ――」
 僕は小和の前に出ると、膝を折って身を屈めた。
「千の石段、小和にはきついでしょ? 負ぶってあげるよ」
「……うん」
 小和はそれだけ返事して、僕に体を預けた。

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