許嫁は土地神さま。
三章 お願いごと叶えます(2)
さっと着替えてから部屋の掃除に取りかかった。流石に着替えただけじゃ体や髪にへばりついたカレー臭は落ちないから僕も早くシャワー浴びたいな。でも今は女の子たちが使っているからもうしばらくの我慢だ。
二人を先にお風呂に行かせたのには理由がある。
彼女たちには仲良くしてもらいたいからね。そのためには僕のいないところでゆっくりと語り合ってもらう必要性を感じたんだ。いわゆる裸のお付き合いってやつ。女の子同士で聞くとムフフな妄想が底を尽かないよ。
『お前なんでそんなに胸が大きいんだ。触らせろ』『いやーダメー』みたいな展開。想像するだけでハナヂガデマス。
幸せな想像もそこそこに僕はテキパキと掃除を進めていく。モップと椅子を使って天井にこびりついたカレーを落とし、壁や床は雑巾を何枚も犠牲にして拭き取る。
だが――
「なんて頑固な汚れなんだ。食器用の洗剤じゃちっとも落ちないよ」
ごしごし擦っても茶色い染みが消えない。こりゃあ別の手を考えるしかないね。
「そうだ、洗濯用の洗剤だったらいけるかも」
時間が経つと汚れは一層落ちにくくなる。思いついたら即実行だ。
しかしそれには問題がある。洗濯用洗剤が置いてあるのは浴室に繋がる洗面所。一時的に男子禁制の結界が張られている彼の地へ赴き、果たして無事に帰還できるだろうか?
「まあ、大丈夫か」
なんてったってここは僕の家だしね。洗剤を取りに行くっていう大義名分もある。なんの問題もない!
そう悟った僕は威風堂々と忍び足で洗面所に向かう。
幸いなのか残念なのか、二人はまだ浴室にいるようだ。壁一枚隔てた向こうに裸の美少女が二人……ゴクッ。なにも想像しないなぞ健全な男子高校生としてあるまじきことなり。
でも僕はご近所で評判の真面目紳士くん。妄想は得意でも表面には出さないのさ。むっつりじゃないよ。
さてこれ以上ないくらい紳士な僕は手早く洗剤を探すとしま――うおっ!?
た、隊長、大変なものを発見しました! 洗濯機横の籠です! カレー塗れの白装束や制服が綺麗に畳まれてあります! えっ? だからどうしたですって? それらの上に縞々布と赤いレースの布が仲良く並んでオゥイェーイ。
ハッ! 見ちゃダメだ見ちゃダメだ見ちゃダメだ!
「――一つ訊ねてもいいか?」
浴室の扉越しに小和の深刻な声が聞こえてきた。キャッキャウフフな雰囲気とはかけ離れていたけど、僕は洗剤を探す手を止めて耳を傾けてしまう。
「成人から聞いた。お前はその体質のせいで酷い目に遭ってきたのだろう?」
「……うん。だって仕方ないもん。私は、気持ち悪いから。憑依されてる時の記憶はほとんどないけど、自分でもそう思う」
彩羽の声は沈んでいた。自虐的な言葉。体質のことを考えれば考えるほど、彩羽は自分を嫌ってしまう。だから僕は極力霊媒体質のことには触れないようにしているのに、小和は一体どういうつもりなんだ?
「どうにかしたいか?」
「え?」
「普通の人間と同じになりたいか、と訊いた」
小和の確認に、彩羽は十秒ほど沈黙して答えを返す。
「……そんなの、当たり前だよ。こんな体質だからみんな私から離れていった。誰も私に近寄ろうとしない。あなただって、本当は私と一緒にいるの、嫌なんでしょ?」
「わたしは正直お前の体質などどうでもいい」
「ど、どうでもいいって……」
「最初は変な奴だと思った。怖いとも感じた。だがそれは別にお前のせいではないし、お前はいろいろなことを心の底から真剣に悩み考えている。それらを解決するために懸命に努力していることも聞いた。そういう人間を、わたしは嫌わない」
小和は彩羽のたくさんの〈祈り〉――心の声を聞いている。そこから彩羽の苦悩を知ったんだ。小和の言葉は決して軽口なんかじゃない。信仰を集めるって建前がなくても小和は彩羽のために行動したと思う。そういう人間らしさがあの神様にはあるから。
まったく、仕事に私情を挟みまくりじゃないか。
「あなたはそうかもしれない。でも他の人は違う。なるくんだって、このまま迷惑かけ続けてたらきっと私を嫌っちゃう」
それはないよ彩羽、とつい声に出しそうになった。でもその寸前に小和が呆れた風にこう言ったんだ。
「あー、ないな。ないないない。それだけはありえない」
「え?」
完全否定された彩羽はたぶんポカンとしているだろうね。
「成人は馬鹿でお調子者で変態だが、自分より他人のことで本気になれる奴だ。あいつが白季神社で毎日なにを祈っていたか、お前は知っているか?」
「……なるくんの命を救ってくれたっていう神様への感謝?」
「それが半分だ。もう半分は主にお前のことを願っていた。『幼馴染が体質を克服できますように』『幼馴染に友達ができますように』とかな」
「なんでそんなこと知ってるの?」
「あ、いやそれは、その……わ、わたしはあいつの許嫁だからな、知ってて当然だ」
「当然、なんだ……」
「と、とにかくだ。そんなあいつが今さらお前を嫌うはずがない。もし嫌った時はわたしに言え。蹴り倒して目を覚まさせてやる!」
どうしよう。
めっさ恥ずかしいんですけど! まさか僕のことが話題に上るとは思ってなかったよ。
僕が自分でも顔が赤くなってることに気づいたのと同時、「ふふふ」と彩羽の穏やかな笑い声が微かに耳に届いた。
「ありがとう。そんなこと言ってくれたの、あなたが初めて」
「べ、別に礼を言うことでもない。わたしはお前たちの人間性を客観的に評価しただけだ」
小和様、お礼を言われて照れているみたいだね。
「それでも、嬉しかったから。やっぱりありがとう、だよ」
「うぅ~」
微笑む彩羽。耳まで赤くする小和。そんな構図が目を閉じなくても浮かんでくる。実は後づけの理由だったんだけど、裸のお付き合い作戦は大成功ってことだよね。
妄想する気分でもなくなったし、僕は洗剤を探してさっさと退散しよう。しかし見つからないね。洗濯機の傍だと思うのに、母さんいつもどこに仕舞ってるんだ?
「それと、ごめんなさい。私、あなたを幽霊だと思ってた。……いえ、違う。幽霊だと思いたかった。その方が都合がいいからって思い込もうとしてた。幽霊なんて全然見えないくせに、馬鹿みたい。本当にごめんなさい」
「ふわっ!? あの、えっと、あ、頭を上げろ! 謝るな! は、反応に困るだろ!」
「それでね、私も一つ訊きたいんだけど、いいかな?」
「う、うむ」
「なるくんの許嫁って、本当?」
うん? なんだろう、気のせいかな。彩羽の声にドスが利いたような……?
「本当だ。信じられないなら電話とやらで成人の親に訊いてみろ」
ぶっきら棒に言う小和だけど、確認するには一番いい手だと思うよ。そんなことより洗剤洗剤――あ、あった。さっきは洗濯籠で見えなかったけど、その奥の床に思いっ切り放置しているね。さっと取ってさっと戻ろう。
そう思って洗濯籠の向こうに手を伸ばそうとした時だった。
がらがら。
浴室の扉を小和様が無警戒に開け放ったのだ。
「「「――あっ」」」
重なる声。
交差する視線。
死んだように沈黙する空気。
「「「――ッ!?」」」
咄嗟に両手でつやつやなたまご肌の大事な部分を隠す小和。
浴槽に身を沈めて困ったように顔だけ出す彩羽。
そして、傍目からは女の子の下着に手を伸ばしている僕。
「不肖枦川成人、お二方のお召し物をお洗濯しようとした所存にございます」
ははあ、とお殿様を相手にする時みたく平伏する僕に、小和は――
「こ、この、変態星人がぁあッ!?」
「理不尽ごがあッ!?」
顔面に蹴りをかましました。
足の裏しか見えなかった。
二人を先にお風呂に行かせたのには理由がある。
彼女たちには仲良くしてもらいたいからね。そのためには僕のいないところでゆっくりと語り合ってもらう必要性を感じたんだ。いわゆる裸のお付き合いってやつ。女の子同士で聞くとムフフな妄想が底を尽かないよ。
『お前なんでそんなに胸が大きいんだ。触らせろ』『いやーダメー』みたいな展開。想像するだけでハナヂガデマス。
幸せな想像もそこそこに僕はテキパキと掃除を進めていく。モップと椅子を使って天井にこびりついたカレーを落とし、壁や床は雑巾を何枚も犠牲にして拭き取る。
だが――
「なんて頑固な汚れなんだ。食器用の洗剤じゃちっとも落ちないよ」
ごしごし擦っても茶色い染みが消えない。こりゃあ別の手を考えるしかないね。
「そうだ、洗濯用の洗剤だったらいけるかも」
時間が経つと汚れは一層落ちにくくなる。思いついたら即実行だ。
しかしそれには問題がある。洗濯用洗剤が置いてあるのは浴室に繋がる洗面所。一時的に男子禁制の結界が張られている彼の地へ赴き、果たして無事に帰還できるだろうか?
「まあ、大丈夫か」
なんてったってここは僕の家だしね。洗剤を取りに行くっていう大義名分もある。なんの問題もない!
そう悟った僕は威風堂々と忍び足で洗面所に向かう。
幸いなのか残念なのか、二人はまだ浴室にいるようだ。壁一枚隔てた向こうに裸の美少女が二人……ゴクッ。なにも想像しないなぞ健全な男子高校生としてあるまじきことなり。
でも僕はご近所で評判の真面目紳士くん。妄想は得意でも表面には出さないのさ。むっつりじゃないよ。
さてこれ以上ないくらい紳士な僕は手早く洗剤を探すとしま――うおっ!?
た、隊長、大変なものを発見しました! 洗濯機横の籠です! カレー塗れの白装束や制服が綺麗に畳まれてあります! えっ? だからどうしたですって? それらの上に縞々布と赤いレースの布が仲良く並んでオゥイェーイ。
ハッ! 見ちゃダメだ見ちゃダメだ見ちゃダメだ!
「――一つ訊ねてもいいか?」
浴室の扉越しに小和の深刻な声が聞こえてきた。キャッキャウフフな雰囲気とはかけ離れていたけど、僕は洗剤を探す手を止めて耳を傾けてしまう。
「成人から聞いた。お前はその体質のせいで酷い目に遭ってきたのだろう?」
「……うん。だって仕方ないもん。私は、気持ち悪いから。憑依されてる時の記憶はほとんどないけど、自分でもそう思う」
彩羽の声は沈んでいた。自虐的な言葉。体質のことを考えれば考えるほど、彩羽は自分を嫌ってしまう。だから僕は極力霊媒体質のことには触れないようにしているのに、小和は一体どういうつもりなんだ?
「どうにかしたいか?」
「え?」
「普通の人間と同じになりたいか、と訊いた」
小和の確認に、彩羽は十秒ほど沈黙して答えを返す。
「……そんなの、当たり前だよ。こんな体質だからみんな私から離れていった。誰も私に近寄ろうとしない。あなただって、本当は私と一緒にいるの、嫌なんでしょ?」
「わたしは正直お前の体質などどうでもいい」
「ど、どうでもいいって……」
「最初は変な奴だと思った。怖いとも感じた。だがそれは別にお前のせいではないし、お前はいろいろなことを心の底から真剣に悩み考えている。それらを解決するために懸命に努力していることも聞いた。そういう人間を、わたしは嫌わない」
小和は彩羽のたくさんの〈祈り〉――心の声を聞いている。そこから彩羽の苦悩を知ったんだ。小和の言葉は決して軽口なんかじゃない。信仰を集めるって建前がなくても小和は彩羽のために行動したと思う。そういう人間らしさがあの神様にはあるから。
まったく、仕事に私情を挟みまくりじゃないか。
「あなたはそうかもしれない。でも他の人は違う。なるくんだって、このまま迷惑かけ続けてたらきっと私を嫌っちゃう」
それはないよ彩羽、とつい声に出しそうになった。でもその寸前に小和が呆れた風にこう言ったんだ。
「あー、ないな。ないないない。それだけはありえない」
「え?」
完全否定された彩羽はたぶんポカンとしているだろうね。
「成人は馬鹿でお調子者で変態だが、自分より他人のことで本気になれる奴だ。あいつが白季神社で毎日なにを祈っていたか、お前は知っているか?」
「……なるくんの命を救ってくれたっていう神様への感謝?」
「それが半分だ。もう半分は主にお前のことを願っていた。『幼馴染が体質を克服できますように』『幼馴染に友達ができますように』とかな」
「なんでそんなこと知ってるの?」
「あ、いやそれは、その……わ、わたしはあいつの許嫁だからな、知ってて当然だ」
「当然、なんだ……」
「と、とにかくだ。そんなあいつが今さらお前を嫌うはずがない。もし嫌った時はわたしに言え。蹴り倒して目を覚まさせてやる!」
どうしよう。
めっさ恥ずかしいんですけど! まさか僕のことが話題に上るとは思ってなかったよ。
僕が自分でも顔が赤くなってることに気づいたのと同時、「ふふふ」と彩羽の穏やかな笑い声が微かに耳に届いた。
「ありがとう。そんなこと言ってくれたの、あなたが初めて」
「べ、別に礼を言うことでもない。わたしはお前たちの人間性を客観的に評価しただけだ」
小和様、お礼を言われて照れているみたいだね。
「それでも、嬉しかったから。やっぱりありがとう、だよ」
「うぅ~」
微笑む彩羽。耳まで赤くする小和。そんな構図が目を閉じなくても浮かんでくる。実は後づけの理由だったんだけど、裸のお付き合い作戦は大成功ってことだよね。
妄想する気分でもなくなったし、僕は洗剤を探してさっさと退散しよう。しかし見つからないね。洗濯機の傍だと思うのに、母さんいつもどこに仕舞ってるんだ?
「それと、ごめんなさい。私、あなたを幽霊だと思ってた。……いえ、違う。幽霊だと思いたかった。その方が都合がいいからって思い込もうとしてた。幽霊なんて全然見えないくせに、馬鹿みたい。本当にごめんなさい」
「ふわっ!? あの、えっと、あ、頭を上げろ! 謝るな! は、反応に困るだろ!」
「それでね、私も一つ訊きたいんだけど、いいかな?」
「う、うむ」
「なるくんの許嫁って、本当?」
うん? なんだろう、気のせいかな。彩羽の声にドスが利いたような……?
「本当だ。信じられないなら電話とやらで成人の親に訊いてみろ」
ぶっきら棒に言う小和だけど、確認するには一番いい手だと思うよ。そんなことより洗剤洗剤――あ、あった。さっきは洗濯籠で見えなかったけど、その奥の床に思いっ切り放置しているね。さっと取ってさっと戻ろう。
そう思って洗濯籠の向こうに手を伸ばそうとした時だった。
がらがら。
浴室の扉を小和様が無警戒に開け放ったのだ。
「「「――あっ」」」
重なる声。
交差する視線。
死んだように沈黙する空気。
「「「――ッ!?」」」
咄嗟に両手でつやつやなたまご肌の大事な部分を隠す小和。
浴槽に身を沈めて困ったように顔だけ出す彩羽。
そして、傍目からは女の子の下着に手を伸ばしている僕。
「不肖枦川成人、お二方のお召し物をお洗濯しようとした所存にございます」
ははあ、とお殿様を相手にする時みたく平伏する僕に、小和は――
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