許嫁は土地神さま。

夙多史

三章 お願いごと叶えます(1)

 飯綱彩羽。
 僕の幼馴染で十六歳の女子高校生。黒髪の大和撫子――と言えるかどうかは微妙だが、普段は清楚で落ち着きがあり、遠くから見る分には絵画から飛び出てきたような美少女である。ただし料理の腕前と本人の味覚は壊滅的。
 父親を早くに亡くし、霊媒師として有名な母親は全国から引っ張りだこでいつも不在。先祖代々の霊媒体質を色濃く受け継ぐも、本人にそれをコントロールする才能が皆無なため不意に憑依されては奇天烈な行動を起こす。その霊媒体質が最大の悩みになっており、母親に制御の手解きを受けたが実を結ばず、どうにかしようと除霊術を学ぶも今のところ成果はなし。
 おっぱいが大きい。

「――という感じかな、彩羽のプロフィールは」
「最後の一言が果てしなく余計だったぞ」
 帰宅した僕らはリビングで晩ご飯――遅くなったのでコンビニ弁当――を食べていた。そこで小和が彩羽について聞きたがったので、漏洩しても問題なさそうな個人情報を掻い摘んで説明してあげたんだ。
 小和が言うには、大量にあった彩羽の願いは霊媒体質さえどうにかできれば大方片づくとのこと。けれどそこが最大の難所でもある。彩羽本人はもちろん、僕や専門職の彩羽ママが散々に手を尽くしてもダメだったんだ。
 正直、世界征服と同じくらい無茶なのではと思った。でも小和は放棄しないで真剣に考えている。これまで口喧嘩しかしていない犬猿の仲たる彩羽相手に、だ。訊くと神の仕事に私情は挟まないのだとか。そうなると僕が先に諦めるわけにはいかないよね。
 元より諦めるつもりなんて毛頭ないけれど。
「神様パワーでどうにかなんないの?」
「お前が言うと酷く胡散臭く聞こえるな。まあ、神気さえあれば幽霊を成仏させることくらいできるかもしれんが、生まれ持った体質はどうにもならん」
 断言する小和はたくあんをカリカリ食べている。焼肉やキャラメルと違ってなんの感動もない。コンビニ弁当は神様的にあまりお好みではないようだ。
 そうやって二人で弁当をつつきながらあーでもないこーでもないと唸っていると――ピンポーン。インターホンがマヌケな音を鳴らして来客を告げた。
「こんな時間に誰だろう?」
 と口では惚けたことを言いつつ玄関に向かう僕は、なんとなく来客が誰なのか予想できていた。今朝と同じだ。両親の海外転勤に伴い、迷惑にも僕の世話係を押しつけられたのだろうお向かいさん。
「あ、なるくん、こんばんは」
 案の定、玄関を開けると飯綱彩羽が立っていた。
「うん、こんばんは彩――」
 それを見て僕は言葉に詰まった。彩羽はまだセーラー服のままだったが、どういうわけかその上から花柄エプロンをかけ、キッチンミトンを嵌めた手で大きなお鍋を持っている。
 大きなお鍋を持っている。
「ど、どうしたのなるくん! 足、ガタガタ震えてるよ!」
「ハハハ、ダイジョーブダイジョーブ。コレハ武者震イダカラ」
「なにに対する!?」
 彩羽は心の底から心配げな眼差しで僕を見詰めた。しくじった。我が家の厨房はこれまで僕と父さんが目を光らせて警戒していたから女人禁制の聖域として成り立っていたけど、他人の家までは流石に守備範囲外。つまり、彩羽の料理を止められない……。
「えっと、今度は青い顔して考え込んでるけど、本当に大丈夫? 救急車呼ぶ?」
「大丈夫だから呼ばなくていいよ! 青ざめて見えるのはきっと光の加減だから!」
「そ、そう? ならいいんだけど……あっ! そうそう、私ね、晩ご飯になるくんの好きなカレーを作って来たの。これ食べて元気出して、ね?」
 お鍋を軽く持ち上げて中身を教えてくれる笑顔の彩羽。確かに僕はカレーが人並みに好きだし、それらしいスパイシーな芳香が胃酸の放出を加速させてコンビニ弁当をなかったことにしようとしているのも認めるよ。しかし、しかしだ。それが危険物だと知っている理性は激しく警鐘を鳴らして厳戒態勢を敷くことをやめない。
 せっかく作ってくれたんだから残さず食べる。食べなければならない。でも一日二食は真面目に命に関わってきそうだ。ここは丁寧に断っておこう。
「ごめん、彩羽。実は丁度ご飯食べてるところだったんだ。今からカレーは流石に入りそうにないから明日食べるよ。ほら、カレーは二日目の方が美味しいって言うじゃない?」
 きゅるるるぅ。
「……」
「……」
 チクショーッ! 僕の胃袋は僕以上にマゾだった! お昼抜きだったからコンビニ弁当だけじゃ正直全然足りなかったんですよ!
 そんなこんなで結局断れ切れずに彩羽を家に上げてしまった。
 こうなっては最後、第三次神人舌戦の開幕を覚悟した僕だったけど、驚くべきことにそうはならなかった。
「小和ちゃんだっけ? あなたの分もあるからいっぱい食べてね」
「お、おぅ」
「お茶注いであげるね」
「あ、ありが、とう……?」
 どういう風の吹き回しか、彩羽はまるでお母さんみたいに献身的な態度で小和に接しているんだ。表情はお日様のような屈託のないニコニコ笑顔。そんな彩羽に小和もどう対したらいいのかわからずオロオロ。絵に描いたように狼狽している。
 どゆこと?
 彩羽の心境にどんな変化があったって言うの? さては偽物か?
「今朝とお昼はごめんなさい。私、勘違いして小和ちゃんに酷いこと言っちゃった。小和ちゃんは寂しかったんだよね。なるくんは優しいからそんな小和ちゃんを放っておけなかっただけだよね。うん、一人が寂しい気持ちは凄くわかるよ。私も同じだもん」
 なるほどそうか! わかったぞ。彩羽、君は小和と打ち解けようとしているんだね。突っかかって嫌ってばかりじゃ友達はできないってわかってくれたんだね。態度を改めて、小和と仲良くするために優しく接して――
「だから、早く成仏できるように私も精一杯お手伝いするね」
 ……違う。彩羽は作戦を変更しただけだ。除霊術による強制排除が叶わないと悟ったから、幽霊(=小和)の未練をなくしてしまおうと計略したんだ。
 さっき小和に語った彩羽のプロフィールに『思い込みが激しくて一直線、そして何事にもやたらと一生懸命』を追記した方がよさそうだ。
「お前はなにを言っているのだ?」
 しかし小和は彩羽の善意に見せかけた攻撃をバッサリ切り捨てた。
「わたしは幽霊などではない。神……じゃなくて人間なのだぞ。勝手に殺すな」
 彩羽が敵意を見せないから小和の口調もそれほどきつくなかった。ついでに神様だってことをバラさないために人間を演じるつもりのようだ。元々人間っぽいから神様だと言われる方が違和感あるけどね。
「そうだよ、彩羽。生きてる人に幽霊だなんて失礼だよ」
 小和の言葉に僕も便乗しておく。放っておいたら彩羽が変な方向に突っ走って戻って来られなくなりそうだし。
「ほら、実際にコップ握ってお茶飲んでるし、触ることだってできる」
 僕は小和のもちもちほっぺを摘まんでみせた。「むいぃー」と変な声が聞こえた。お、なんか楽しいなコレ。そんでやっぱり小和様のほっぺは絶品だ。ゴム人間みたいに伸びるよ。
「ひゃへほほけぇえっ! ひゃひゃるひょ!」
「あはは、なに言ってるのかわかんなぐふっ!?」
 じたばたと暴れる小和のミニパンチが鳩尾にクリーンヒット。割と痛かった。
「と、とにかく、この通り小和は幽霊じゃない。オーケー?」
「えっと、うん……」
 彩羽はまだ釈然としない様子だった。小和の体に幽霊が取り憑いている疑いまでは晴れてないからだと思う。
「小和のことは後でじっくり説明するとして、今は先にこのカレーを食べてしまおうよ」
 苦笑混じりにそう言って僕はお鍋の蓋を開けた。
 瞬間、お鍋が大噴火を起こした。
「へ?」
 溶岩の代わりに吹き出した茶色い液体が天井を衝き、飛散し、雨となってリビングを侵蝕する。独特の香りが部屋中に充満する。
 僕と小和はカレー降り注ぐ中をただ呆然と突っ立っていた。なんなのこれ?
「はわわわわわまた失敗しちゃった!? ごめんねなるくんすぐお掃除するから!!」
「コレ失敗って次元の問題じゃないよね!? なんでカレーが爆発するの!?」
「え? よくあることじゃないの?」
「ないよ!? 調理中とかレトルトとかならまだしも、蓋開けて噴火するなんて聞いたことないよ!?」
 僕の母さんだってここまでとんでもない料理(?)は作れない。彩羽は既に師匠を大きく超えてるよ。免許皆伝。悪い意味で。
 カレーの雨が止む。リビングは悲惨な状態だった。ついでに僕らもカレー塗れでベタベタして非常に気持ちが悪い。
 はぁ、と諦念の息を吐き、小和と彩羽を見る。
「掃除は僕がやっておくから、二人は早くお風呂に入ってきなよ」
 女の子をいつまでもカレー塗れにしておくわけにはいかないからね。

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