許嫁は土地神さま。

夙多史

二章 憑かれに憑かれて(8)

「(どういうこと? なんで彩羽がお参りに来るの?)」
「(しっ。静かにしろ。気づかれるだろ)」
「(むぐっ)」
 小和の白くてちっちゃい手が僕の口を塞いた。仕方ないから黙って見守ることにしよう。ここで見つかって第三次神人舌戦が勃発しても困るからね。
「白季神社。なるくんの命を神様が救ってくれた場所……」
 おっきな胸に手をあてて呼吸を整えた彩羽が御社を見上げて独りごちた。彩羽は何度か僕と一緒に白季神社に来たことがあるけど、緋泉市の神社に通い始めた頃からぱったりと足を運ばなくなったはずだ。それがどうして今になって?
 彩羽は財布から銀色の硬貨――たぶん百円玉――を取り出して賽銭箱に入れ、丁寧に礼をする。動作の一つ一つに落ち着きと品があって、緋袴姿だったらそんじょそこらのアルバイト巫女さんなんかよりもずっと本物っぽい。
 両手を合わせ、目を閉じ、彩羽は静かに祈り始める。
 すると――ぽわぁ。
 なにやら蛍のような青白く儚い光が彩羽から抜け出た。それはふわふわと宙をたゆたって僕たちの方へ飛んでくると、戸を擦り抜けて小和の掌に収まった。
「(な、なんなのそれ?)」
 非現実的光景に声を張りそうになるのを根性で堪えて、僕は小和に訊ねる。彼女の掌に収まった青白い光は、よく見ると勾玉みたいな形をしていた。
「(これは〈祈り〉だ)」
「(祈り?)」
「(そう。神域内で捧げられた〈祈り〉はこのように具象して神の下へと届く。ただし、強い想いが込められていないとダメだ。軽い気持ちで祈っても神には伝わらないからな。本来なら直接干渉することなくほんの少し願いの手助けをする程度なのだが、信仰を集めなければならない我々はこのほぼ全てを叶えてやらなければならない)」
 つまり、この青い光は僕たちが今後叶えるべき願いの『目に見える形』ってことだね。世界征服とか大金持ちとかギャルのパンティーとか、そういった適当な願いはそもそも神様に届くことすらないのか。
「(というか、これは人間には見えない光なのだぞ。なぜお前に見える?)」
「(さあ? 僕の中に神気があるからとか?)」
 怪訝そうに見詰めてくる小和に僕は適当に返した。でも的は射ている気がするよ。
「(まあいい、見えるなら〈祈り〉も聞けるはずだ)」
 小和は掌の光に指先でそっと撫でるように触れる。
 その直後だった。

 ――早く霊媒体質を克服して、これ以上なるくんに迷惑をかけませんように――

 不思議なことに、僕の脳内に直接声が響いてきた。彩羽の声だ。
「(これが、さっき彩羽が祈った内容?)」
「(うむ、そういうことになるな)」
 彩羽、やっぱり霊媒体質のこと凄く気にしているんだね。僕は迷惑だなんて思ってないけど、早くどうにかしてあげたいよ。
 戸の隙間から外を見ると――あれ? どういうことだ? 願いは確かに届いたのに、まだ彩羽はお祈りを続けてるんですけど。
 と――
 ぽわぁ。    ぽわぁ。   ぽわぁ。   ぽわぁ。
     ぽわぁ。    ぽわぁ。    ぽわぁ。
   ぽわぁ。    ぽわぁ   ぽわぁ。    ぽわぁ。
「うにゃあっ!?」
 大量の光が彩羽から飛び出したかと思うと、一斉に小和に押し寄せてきた。まさにダムの決壊。怒涛のごとく迫った〈祈り〉の津波に、小和は堪らず悲鳴を上げて引っ繰り返る。
 本気の願いが多過ぎだよ彩羽! 百円で解決できる量じゃないよコレ。小和なんて光の山に埋もれちゃってるし。
 ハッ! 呆れてる場合じゃない。今の悲鳴で彩羽に僕たちのことがバレたかもしれない。そうなったらいろんな意味で大ピンチだ。
 恐る恐る外を覗くと――
「猫さんでもいるのかな? ちちちち、おいでぇ~、ちちちち」
 キョロキョロと辺りを見回していた彩羽が、どこにいるとも知れない猫相手に膝を折ってちちちち言い始めた。そうやって寄ってきた猫を僕は未だかつて見たことないよ。でもバレてないみたいで安心した。
 諦めた彩羽が踵を返して立ち去るまで、ざっと五分。
「もしもし小和様、大丈夫ですか?」
 彩羽の姿が見えなくなったのを確認してから、僕は〈祈り〉に埋もれてぐったりしていた小和を引き抜いた。
「はうぅ……あ、あの乳デカ女め、わたしを殺すつもりか」
「悪気はないんだから許してあげてよ」
 プンスカ怒る小和に僕は苦笑するしかなかった。
「それで問題だけど、この大量の願いは全部叶えるの?」
「まさか。一つずつ聞いて可能なものだけを選別する。お前も手伝え」
 言って小和は手頃な位置にあった〈祈り〉の光を摘み上げ、先程と同じように優しく擦るように触れる。

 ――あの銀色泥棒猫を八つ裂プツン――

「うん? なんか途中で切れたちゃったけど、どうかしたの?」
 しかもとんでもなく物騒な響きだったような……。
「い、今の願いは却下だ! 次!」

 ――なるくんのお嫁プツン――

 また途切れた。
「やっぱりお前は聞くな! 外で待っていろ!」
「ええっ!?」
 追い出されてしまった。そっちが手伝えって言ったのに、わけがわからないよ。
「これもダメ! これも! ダメだダメだダメだぁあっ! うがぁああああああっ!!」
 小和の荒れ狂った「ダメだ」をBGMに、僕は暇だから携帯でも弄ることにした。圏外だからネットは使えないけどね。
 結局、帰る頃にはお日様は完全に沈んでいた。

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