許嫁は土地神さま。

夙多史

二章 憑かれに憑かれて(6)

「えっ!? 小和!? どうしてここに!?」
 修羅のごとく憤怒する白季小和媛命のおかげで、サヨナラしそうだった僕の理性くんたちが慌てて舞い戻ってきた。
「成人のボケェエエエエエエエエエエエッ!!」
「わっ!? ちょっ、机投げないでよ危ないじゃないか!」
 ガッシャーン!! ガラガラッ!!
 小和の投げた机が教室後方で積み上げられた机にストライク。派手な音を立てて崩壊した。咄嗟に彩羽を抱えて転がらなければ病院送りは免れなかった。それにしても小和、けっこう力持ちなんだね。
「なんで学校来てるの!? それにその格好はどうしたの!?」
 小和はどういうわけか興栄高校の女子の制服を着ていたのだ。襟に学科を示すマークが刺繍されていないし、シミ一つも見当たらない感じからたぶん新品だろう。
「うるさい黙れ祟るぞ!」
 ダメだ。聞く耳を持たないよ。
「あ、あれ? 私、どうしちゃって……」
 すると彩羽が正気を取り戻した。パチクリと数回瞬きし、僕と目が合う。
 僕も今気づいた。さっきの逆で、今度は僕が彩羽を押し倒している形になってますね。でも事故だからセーフ。
「な、な、な、な、な、なるくんが、私の上に――ひゃあぁあっ!?」
 爆発するんじゃないかってくらい顔を真っ赤した彩羽に突き飛ばされた。
 ズザザァーッ! ともんのすんごい勢いで後じさって壁に後頭部をぶつける彩羽。ゴチンって鈍い音が聞こえたけど大丈夫かな。それよりここまで露骨に嫌がられるなんて……僕の絹豆腐のように繊細なメンタルが傷つくよ。
「む? お前は今朝の乳デカ女じゃないか」
「そ、そういうあなたはなるくんに取り憑いてる悪霊」
 またも険悪な雰囲気が到来してきたよ。僕はどうすればいいんだ。……よし、とりあえず四隅の蝋燭の火を消して回ろう。火事になったら大変だもんね。現実逃避じゃないよ。
「悪霊? なんのことだ? 私は神だぞ」
「嘘つかないで! ……え? 神? いえ、そんなのありえない」
 彩羽はとたたたっと自分の鞄に駆け寄ると、その中から数枚のお札を取り出した。達筆過ぎて僕では読めない文字が書かれた、いかにもって感じの護符だ。
 彩羽は護符をトランプの手札のように広げると、
「あ、悪霊たいさぁーん!!」
 どこか恥じらいつつ叫んで一斉に投擲した。
 しかしそれらは小和に届くことなどなく、ヘロヘロヒラヒラ。ほとんどその場に落ちてしまった。流石に漫画みたいにはいかないよね。
「……」
「……」
「……」
 謎の虚無感に包まれる教室内。静寂が重い。
「ううぅ……」
 半泣きの彩羽がせっせと散らばった護符を掻き集め始めた。お願い見ないであげて! いろいろ残念な子だけどこれでも一生懸命なのよ!
「お前、もしかしてアホなのか?」
 ジト目の小和が核心を抉る言葉でダイレクトアタック。「あうっ」と仰け反る彩羽に五十の精神的ダメージ。小和のターン終了。
「アホじゃないもん! 学校の成績だって二番目なんだから!」
 おっと彩羽選手の反論。しかし小和選手は怯まない。
「成人と同じようなことを言うな。どうせ最後から数えてなのだろう?」
「最初から数えてよ!」
 困ったことに真実です。彩羽は除霊に関してポンコツでも学業は優秀なんだ。全国模試でもそれなりの成績だったはずだよ。
 さて、そろそろ僕の出番かな。
「ねえ、二人とも落ち着こうよ。まずは穏便に話し合って、それから親睦を深めていこう。ね? そうしよう。大丈夫、二人は仲良しになれるさ」
「成人は黙っていろ!」「なるくんは黙ってて!」
「……イエス・マム」
 どうやら僕の介入は認められそうにない。
「出て行って! 私は今からなるくんと大切な儀式をするの! さもないと祓うよ!」
「やってみるがいい。あのようなへなちょこ以下の陰陽術で神であるわたしを祓えると思うな。逆に祟ってやる」
「本当に祓ってやるんだから!」
「うるさい祟るぞ!」
 そのまま「祟るぞ」「祓うよ」の子供みたいな口喧嘩に発展する二人。小和が本当に神罰を下せるのかはともかく、彩羽は完全にハッタリだ(本人は本気かもしれないが)。
 ギャーギャー騒ぎ立てる二人を、温かく見守ることしか僕にはさせてもらえなかった。
「なんて強情な乳デカ女だ。お前、友達いないだろ?」
「いるよ! たくさんいる!」
 おや? 彩羽さん、実は僕の知らないところで頑張って友達作ってたのか。
「ほう、言ってみろ」
「言ってやるわよ。なるくんでしょ……」
 自信満々に立てた五本指のうち、親指を折り畳む彩羽。でも次の人差し指がなかなか曲がらない。頑張れ! 頑張るんだ彩羽! 僕が心の中で応援しているよ。
「なるくんでしょ……なるくん……なるくん……なるくん……」
 おお、凄いよ彩羽! 僕以外にもそんなに『なるなんとかくん』と友達になったんだね。でも指を折り忘れているぞ。まったくおっちょこちょいだなぁ。
「ううぅ……ふぇ……」
 あれ? なんか今にも泣きそうなんですけど?
「どうせ私は友達少ないもん! ふぇえええええええええええええん!?」
「ちょっとどこ行くの彩羽!?」
 大粒の涙を零しながら教室を飛び出していく彩羽を、僕は追うことができなかった。背中から『しばらく一人になりたい』オーラが滲み出ていたからだ。なんかデジャビュ。
「どうしたんだろう、彩羽。僕以外に四人の『なるくん』と友達になったなんて凄いことなのに」
「それを本気で言っているのならお前も相当なアホだな」
 彩羽の駆け去った後を呆然と眺める僕に、後ろから大変失礼な言葉が飛んできた。
「ていうか小和はなんで彩羽にあんなに突っかかるのさ。白季町民の信仰が神気になるんだったら、彩羽と仲良くした方が得なんじゃないの?」
 振り返って率直に疑問を投げかけると、小和は手で銀髪を梳きながら冷淡に答える。
「あの乳デカ女はわたしが白季小和媛命だと知らない。知らないうちは関係がどうなろうと影響しない」
「それなら正体を明かせばいいんじゃない? そんで信仰してもらえれば神気回復僕解放の万々歳」
「今さりげなく『僕解放』と言ったな! わたしが許嫁というのがそんなに不服か!」
「痛い痛い! ポカポカ殴らないでよ。言葉のあやだって」
「むぅ」
 お餅みたいに小和は頬を膨らまして僕を睨んだ。思わず突っつきたくなるよね。やらないけど。
「で、どうなの? 信じてくれるかは賭けだけど、正体明かしてみる?」
「いや、ダメだ。今のまま乳デカ女にバラすと信仰どころか負の念が溜まる。成人はわたしを祟り神にするつもりか?」
 神様は恨まれると祟り神になるのか。初めて聞く真相だ。頻繁に「祟るぞ」って言っていることにはツッコミ入れない大人な僕。
「だったら喧嘩なんてしなければいいのに」
「向こうが突っかかってくるのだから仕方ないだろう。それにあいつはお前を盗……」
「ん? それに、なんだって? よく聞こえなかったんだけど」
「な、なんでもない!」
 ツンと小和はそっぽを向いた。ほっぺが少し紅潮している。神様心はよくわからないよ。
「あっ、そういえば小和はなんで学校に来てるの?」
 これは最初に問い詰めないといけない質問だった。いや問うたけどあの時の小和様はご乱心あそばされていたから結局答えを貰えなかったんだ。
 小和はどこか言いにくそうに視線をあっちこっち泳がす。
「気がついたらお前がいなかったから、わざわざ探しに来てやったのだ」
「なんでまた?」
「うっ、それはその、アレだ。成人が傍にいないと神気の供給が滞るからだ。け、決して一人が寂しかったわけではないぞ!」
 そうか、死活問題だからね。ウサギも寂しいと死んじゃうって聞いたことあるし。
「なんとなく勘違いしているな!」
「気のせいだよ。というか、よく僕がここにいるってわかったね」
 学校までは予想できると思う。けど、この物置棟に僕と彩羽がいるなんて誰も知らないはずだ。直感で来られるような場所でもない。
「わたしは土地神だぞ。自分の領地内で探し物を見つけることなど容易い」
 小和様には超強力な探知レーダーが搭載されているみたいだった。なるほど、とわかったつもりで頷いておく。詳細を解説されて理解できれば東大に行けると思うんだ。あ、東京大工専門学校の略じゃないからね。
「成人、『実はよくわかってない』って顔してる」
 わかったつもりはバレバレだった。おかしいな、演技は完璧だったはずなのに。ここはもう一つの疑問で話の軌道を曲げておこう。
「じゃあ、その服はどうしたの?」
「ん? これか? これは警備員とかいう奴らが鬱陶しかったので変装してみたのだ」
 えっへん頭いいだろ、とでも言わんばかりの偉そうな態度で腰に手をあてる小和。購買の在庫から失敬してきたのだろうか。よくもそんなミニマムサイズを見つけられたよね。誰も着られないから有り余っていたのかもしれない。
「うん、すっごい似合ってて可愛いよ。でもあとでちゃんと元の場所に返そうね」
「に、似合っているのか? 可愛いのか?」
「ちっちゃいのに不思議なくらい似合ってって痛っ!? なんで誉めてるのに殴るのさ!?」
「知るか! 祟るぞ!」
 照れ臭そうにもじもじしたかと思えば次の瞬間には般若面を被るなんて……どこかに神様心を掴むための本とか売ってないかな。この際だ、怪しい通販サイトでも構わない。
 ていうか、出原兄妹の言っていた不審者って小和様だったのね。髪の毛とかこんな目立つ子なのに制服姿になった途端見失うなんて、うちの警備員の目は節穴に違いない。
「わたしが学校にいることとか、服装のことなどどうでもいい。そんなことよりも、お前に早急に言っておきたい大事な話があったのだ」
「僕に大事な話?」
 なんとなく不機嫌そうに眉根を吊り上げてそう切り出した小和に、僕はオウム返しに訊ねる。なぜだろう、嫌な予感が止まらない。
「成人の言う通り、わたしにとって白季町民の信仰は大切だ。それ取り戻さないままだといずれ必ず消滅してしまう」
「僕の傍にいて、ご飯を食べていても?」
「それでも緩やかに消滅は進む。人の寿命と同じようにな。なんとかしなければならない」
 なんとかしなければならない。その一言を口にする時、小和は殺人現場を目撃した刑事のように深刻な表情だった。自分だけが消えてしまう、その程度の範疇になど収まらない『重み』を僕は感じ取った。
 だから、訊く。
 訊いておかなければならない。
「ちなみにさ、土地神が消滅すると、どうなるの?」
「滅ぶ」
 小和は簡潔に一言で結論を述べた。最も返ってきてほしくない回答だった。
「神の加護を失うのだ。大地震、大津波、地盤沈下、火山噴火、なにが起こってもおかしくない。そうなると被害は白季町だけでは済まなくなる。大勢の人が命を落とす。その後も新たな土地神が宿るまで、白季町には繁栄のない不毛期間が続くだろう」
 預言者のように小和は語る。冗談だと笑い飛ばしたくても、できない。小和の顔に『嘘』だなんて書いていないから。
「わたしはこの土地を護らなければならない。だから成人、わたしの許嫁として信仰回復に協力しろ」
 小和は命令口調だったが、もとより僕に断るつもりなどない。
 ようやくわかったからだ。十年前、先代の白季小和媛命様がどうして僕なんかを助けてくれたのかが。
「もちろんだよ。それは僕が生かされていることの最大の意味なんだろう? だったら自分の務めを全うするよ」
 両親譲りのお人好しを遺憾なく発揮する時が来たってことだ。放っておいても遠い未来の話なんだろうけれど、今、誰かが動かなければならない。その誰かに僕が選ばれた。なんかヒーローみたいでカッコイイね。
「問題は方法だな。どうすれば信仰が集まるか」
 小和が顎に手をやって考え込みかけた、まさにその直後――
 ――僕らの最初の敵が、現れた。

「見つけたぞ不審者の小娘ぇえっ!」
「制服になったからっておいちゃんたちの目は誤魔化されねぇぞああん!」

 ヤクザと言われても納得できそうな厳つい形相をした警備員のおじさん二人が、警棒を嫌らしく嘗め回しながら教室に踏み込んできた。ウチの警備員、こんな人たちだったんだ。
「げっ! あーもう! しつこいぞお前ら!」
 小和がすこぶる嫌な顔をする。重たい話のせいで忘れてたけど、小和って現在進行形で追われ身だったね。早く逃げた方がいいんじゃない?
「成人、お前に初任務を与える」
「ほほう、それはどんな任務ですかな?」
「後は頼む」
 ポン、と僕にバトンタッチした小和は素早い動きで窓から脱出。取り残された僕が任務内容を理解するまで残り二秒。
「――ホワッツ!? 小和様ホワッツ!?」
 現状分析開始。警棒を掌でパシパシさせている強面警備員のおじさんたちが、小和を追わずになぜか僕を囲んでいるね。オゥ、なんて筋骨隆々とした逞しい体格なのかしらん。いつもお世話になっている動画サイトに出てくる兄貴みたいだ。惚れちゃいそう。
 分析結果――僕、大ピンチ。
「おうおう、兄ちゃんここの生徒さん?」
「違うよなぁ。不審者と一緒にいたから違うよなぁ」
「い、いえ、僕はさっきの子とはなんの関係も――」
「ちょっと一緒に来てもらおうか? おいちゃんたちのパラダイスに」
「抵抗するとケツの穴に捻じ込むからなぁ」
「えっ? なにを?」
「そう、ナニを」
「いぃぃぃぃやぁああああああああああああああああああああッ!?」
 その後、疑いが晴れるまで僕は地獄のような時間を過ごすのだった。
 でも貞操だけは死守したからね、母さん。

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