許嫁は土地神さま。
二章 憑かれに憑かれて(2)
二階の自室から一階のリビングに移動すると、テーブルに豪勢な朝食が並んでいた。
丁度いい塩梅で焦げ目のついた卵焼きに脂の乗った焼き鮭、アサリの味噌汁にレタスとプチトマトのサラダ、そして湯気立ち昇る白いご飯。二人分用意されていたそれらは、朝早くから手間暇かけて作ったことが窺える。見ているだけで食欲が強く刺激されるね。
だが騙されてはいけない。これらは、見た目だけがまともなのだ。
「おおぉ、なにやら美味そうな物が用意されているな。悪くない供物だ」
「あっ、食べちゃダメだ!」
「いいじゃないか。ケチ臭いな、成人は」
昨夜『食』の素晴らしさを知った小和は、僕の忠告なんて無視してひょいっと卵焼きをつまみ食いした。
――ドサッ!
悲鳴も苦しむ素振りもなく床に倒れ伏した。
「ほら言わんこっちゃない……小和? 小和! 気をしっかり持つんだ!」
ピクリとも動かない小和に危機感を覚えた僕は、彼女を抱き起して必死に呼びかけた。すると小和は薄らと瞼を開いて僕を見る。小さな唇が震えるように言の葉を紡ぐ。
「大……丈夫、です」
よかった、なんとか無事みたいだ。……ん? です?
「わたしが地球の神、です、閻魔大王様」
「全然大丈夫じゃないよっ!?」
昨日の僕より何歩も踏み込んだところまで逝っちゃってるよコレ! しかもいろいろと設定がおかしくなってる。小和は地球じゃなくて白季町の土地神でしょ!
「――ハッ! わたしは一体なにをしていたのだ?」
「おかえりなさいませ、小和様」
危うく僕の幼馴染が神殺しになるとこだったよ。
「成人、なんか口の中がバリバリする」
ぱかっと口を開いて僕に見せる小和は涙目だった。バリバリって表現、食後感で聞くとなんか凄いよね。
卵焼きを摘まんでみせると、小和はフシャーッ! と天敵にでも遭遇したかのように白銀の髪を逆立たせて威嚇した。どうも神様の無意識にトラウマが刻み込まれたみたいだね。彩羽、恐ろしい子……。
「どこかに口直しになるものあったかな?」
卵焼きを戻して適当にその辺の棚を探してみると、引き出しの中にミルクキャラメルを発見した。これなら丁度いいかな。包みを開けて小和に差し出す。
「なんだそれは?」
「なにって、キャラメルだよ」
「キャラメル?」
小和は恐る恐る僕に近づいて――つんつん。警戒心を剥き出しにキャラメルを指でつついた。いつでも逃げられるように片足を引いている。可愛いなぁ。仔猫みたいだ。そんなに慎重だとからかいたくなってくるよ。
「わっ!」
「にゃあっ!?」
可愛らしい悲鳴を上げて小和はソファーの陰に隠れた。なんか面白い。
「お、脅かすな! 祟るぞ!」
「ごめんごめん。これは大丈夫だから食べてみなよ」
「今度脅かしたら本当に神罰だからな!」
そう言ってとてとてと戻ってきた小和にキャラメルを手渡す。小和は不安げに摘まんだキャラメルを指先で転がし、決然とした様子で口に放り込んだ。
……。
…………。
…………ぱぁあああ。
苦そうな表情が一転してヒマワリのような笑顔になった。
「美味いぞ成人! 甘くて美味い! 昨日の焼肉より美味い!」
「キャラメルと焼肉を比べた人は人類史上で小和だけだと思うよ」
人じゃなくて神様だけどね。
「もっとキャラメルとやらを寄越せ!」
「はいはい」
僕はケースごとキャラメルを小和に渡す。小和は一粒口に入れる度に幸せそうに表情を緩めてほっぺを押さえていた。そうしてないと落ちるのかな?
「さてと、じゃあ僕も朝ご飯食べて学校に行こうかな」
「む? 成人、それを食べるのか?」
小和が指で示したのは無論、テーブルに並んである二人分の朝食だ。
「そうだけど? どうかしたの?」
「よくそんなものを食せるな。人間とは皆そうなのか?」
「まさか。彩羽には悪いけど、これを美味しく頂けるのは一部の特殊な味覚を持つ超人だけだよ」
小和は怪訝そうに眉を顰める。
「だったらなぜ食べるのだ?」
「勿体ないから。大袈裟に聞こえるかもしれないけど、肉も魚も野菜も全部『命』なんだ。食べることは『供養』だ、なんてお坊さんみたいなことは言わないけど、粗末にするなんてとんでもないことだよ。好きはあっても嫌いはない。出されたものは胃袋がはち切れそうになっても全部食べる」
それは当たり前のことだけど、一度死にかけた経験がなければそういう風に考えて実行したりはしなかっただろうね。普通に食べ物の好き嫌いがある人間に育っていたと思う。
「それに、この朝ごはんは彩羽が一生懸命作ってくれたんだ。食べずに捨てるなんて僕にはできないよ」
今は亡きおじいちゃんも言っていた。『オナゴが作ったメシはどんだけクソ不味かろうとも残さず食うことが男の務めじゃ』ってね。僕もそう思う。幾度となく臨死を体験してもその考えは変わらない。変えちゃいけない。面と向かって不味いとも言っちゃいけない。そんなことをすれば、作った人が悲しむから。
だからできるだけ、女の子に料理させない。自分のためにも食材のためにもね。夢がなければ希望すらないけど、枦川の男児はそうやって生き延びてきたんだ。
「……わかった。お前一人で二人分はきついだろう。わたしも食べる」
「無理しなくていいよ。僕は別に自分の考えを人に押しつけるつもりはないから」
「わたしは神だぞ。神が『命』を冒涜するわけにはいかないだろう。食べ物で神気が回復する理由は、それがお前の言う『命』だからだ」
小和の目は真剣だった。自分の考えを理解してくれる人がいるのってなんだか嬉しいよね。人じゃなくて神様か。
「なるほど、そういうことだったんだね」
「そういうことかもしれない」
「あれ? 実は適当?」
少し感心してしまった僕の気持ちはどう処理すればいいのだろう。
まあいいや。その辺の理屈を人間の僕が考えても答えなんて出ない。それよりも目の前に広がるブレックファーストだ。ここで言う『ブレック』が『断食を破る』という意味じゃないことは賢いみんなならわかるはず。
既にお箸をグーで握ってスタンバる小和に、食べなくていいとはもう言えないか。
「本当は彩羽の分だけど、あの様子じゃ戻ってきそうにないし、二人で片づけようか」
「うむ」
力強く頷く小和。自然と表情が緩む僕。
「ただし、条件が一つ」
「なんだ?」
「食べるのは交互にね。二人とも昇天したら引き戻してくれる人がいなくなるから」
先程の経験がフラッシュバックしたのか、小和は涙目でガタガタと震え始めた。
丁度いい塩梅で焦げ目のついた卵焼きに脂の乗った焼き鮭、アサリの味噌汁にレタスとプチトマトのサラダ、そして湯気立ち昇る白いご飯。二人分用意されていたそれらは、朝早くから手間暇かけて作ったことが窺える。見ているだけで食欲が強く刺激されるね。
だが騙されてはいけない。これらは、見た目だけがまともなのだ。
「おおぉ、なにやら美味そうな物が用意されているな。悪くない供物だ」
「あっ、食べちゃダメだ!」
「いいじゃないか。ケチ臭いな、成人は」
昨夜『食』の素晴らしさを知った小和は、僕の忠告なんて無視してひょいっと卵焼きをつまみ食いした。
――ドサッ!
悲鳴も苦しむ素振りもなく床に倒れ伏した。
「ほら言わんこっちゃない……小和? 小和! 気をしっかり持つんだ!」
ピクリとも動かない小和に危機感を覚えた僕は、彼女を抱き起して必死に呼びかけた。すると小和は薄らと瞼を開いて僕を見る。小さな唇が震えるように言の葉を紡ぐ。
「大……丈夫、です」
よかった、なんとか無事みたいだ。……ん? です?
「わたしが地球の神、です、閻魔大王様」
「全然大丈夫じゃないよっ!?」
昨日の僕より何歩も踏み込んだところまで逝っちゃってるよコレ! しかもいろいろと設定がおかしくなってる。小和は地球じゃなくて白季町の土地神でしょ!
「――ハッ! わたしは一体なにをしていたのだ?」
「おかえりなさいませ、小和様」
危うく僕の幼馴染が神殺しになるとこだったよ。
「成人、なんか口の中がバリバリする」
ぱかっと口を開いて僕に見せる小和は涙目だった。バリバリって表現、食後感で聞くとなんか凄いよね。
卵焼きを摘まんでみせると、小和はフシャーッ! と天敵にでも遭遇したかのように白銀の髪を逆立たせて威嚇した。どうも神様の無意識にトラウマが刻み込まれたみたいだね。彩羽、恐ろしい子……。
「どこかに口直しになるものあったかな?」
卵焼きを戻して適当にその辺の棚を探してみると、引き出しの中にミルクキャラメルを発見した。これなら丁度いいかな。包みを開けて小和に差し出す。
「なんだそれは?」
「なにって、キャラメルだよ」
「キャラメル?」
小和は恐る恐る僕に近づいて――つんつん。警戒心を剥き出しにキャラメルを指でつついた。いつでも逃げられるように片足を引いている。可愛いなぁ。仔猫みたいだ。そんなに慎重だとからかいたくなってくるよ。
「わっ!」
「にゃあっ!?」
可愛らしい悲鳴を上げて小和はソファーの陰に隠れた。なんか面白い。
「お、脅かすな! 祟るぞ!」
「ごめんごめん。これは大丈夫だから食べてみなよ」
「今度脅かしたら本当に神罰だからな!」
そう言ってとてとてと戻ってきた小和にキャラメルを手渡す。小和は不安げに摘まんだキャラメルを指先で転がし、決然とした様子で口に放り込んだ。
……。
…………。
…………ぱぁあああ。
苦そうな表情が一転してヒマワリのような笑顔になった。
「美味いぞ成人! 甘くて美味い! 昨日の焼肉より美味い!」
「キャラメルと焼肉を比べた人は人類史上で小和だけだと思うよ」
人じゃなくて神様だけどね。
「もっとキャラメルとやらを寄越せ!」
「はいはい」
僕はケースごとキャラメルを小和に渡す。小和は一粒口に入れる度に幸せそうに表情を緩めてほっぺを押さえていた。そうしてないと落ちるのかな?
「さてと、じゃあ僕も朝ご飯食べて学校に行こうかな」
「む? 成人、それを食べるのか?」
小和が指で示したのは無論、テーブルに並んである二人分の朝食だ。
「そうだけど? どうかしたの?」
「よくそんなものを食せるな。人間とは皆そうなのか?」
「まさか。彩羽には悪いけど、これを美味しく頂けるのは一部の特殊な味覚を持つ超人だけだよ」
小和は怪訝そうに眉を顰める。
「だったらなぜ食べるのだ?」
「勿体ないから。大袈裟に聞こえるかもしれないけど、肉も魚も野菜も全部『命』なんだ。食べることは『供養』だ、なんてお坊さんみたいなことは言わないけど、粗末にするなんてとんでもないことだよ。好きはあっても嫌いはない。出されたものは胃袋がはち切れそうになっても全部食べる」
それは当たり前のことだけど、一度死にかけた経験がなければそういう風に考えて実行したりはしなかっただろうね。普通に食べ物の好き嫌いがある人間に育っていたと思う。
「それに、この朝ごはんは彩羽が一生懸命作ってくれたんだ。食べずに捨てるなんて僕にはできないよ」
今は亡きおじいちゃんも言っていた。『オナゴが作ったメシはどんだけクソ不味かろうとも残さず食うことが男の務めじゃ』ってね。僕もそう思う。幾度となく臨死を体験してもその考えは変わらない。変えちゃいけない。面と向かって不味いとも言っちゃいけない。そんなことをすれば、作った人が悲しむから。
だからできるだけ、女の子に料理させない。自分のためにも食材のためにもね。夢がなければ希望すらないけど、枦川の男児はそうやって生き延びてきたんだ。
「……わかった。お前一人で二人分はきついだろう。わたしも食べる」
「無理しなくていいよ。僕は別に自分の考えを人に押しつけるつもりはないから」
「わたしは神だぞ。神が『命』を冒涜するわけにはいかないだろう。食べ物で神気が回復する理由は、それがお前の言う『命』だからだ」
小和の目は真剣だった。自分の考えを理解してくれる人がいるのってなんだか嬉しいよね。人じゃなくて神様か。
「なるほど、そういうことだったんだね」
「そういうことかもしれない」
「あれ? 実は適当?」
少し感心してしまった僕の気持ちはどう処理すればいいのだろう。
まあいいや。その辺の理屈を人間の僕が考えても答えなんて出ない。それよりも目の前に広がるブレックファーストだ。ここで言う『ブレック』が『断食を破る』という意味じゃないことは賢いみんなならわかるはず。
既にお箸をグーで握ってスタンバる小和に、食べなくていいとはもう言えないか。
「本当は彩羽の分だけど、あの様子じゃ戻ってきそうにないし、二人で片づけようか」
「うむ」
力強く頷く小和。自然と表情が緩む僕。
「ただし、条件が一つ」
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