許嫁は土地神さま。

夙多史

一章 ちみっ子神様は僕のヨメ?(4)

 ただいまを言って玄関から我が家に入る。
 大きくもなければ小さくもなく、時代の変遷を物ともしそうにないごくごく平凡な一戸建て住宅だ。ここで僕と父さんと母さんの三人が暮らしている。二年前までは姉さんもいたんだけど、今は遠くの大学に進学して長期休暇にならないと帰ってこない。
 ちらっと隣を見る。そこにはキョロキョロと玄関を興味津々な様子で見回している銀髪の美少女がいた。
 まさか今日から食客が一人増えるだなんて夢にも思っていなかった。いやまだ決定したわけじゃないけど、仕事で全国を行き来しているお向かいさんの子供を六年もお世話したほどお人好しな両親だ。首を横に振るなんて考えられない。
 だがそれはきちんと説明した後の話だ。問題は、僕が一見小中学生とも見間違い兼ねない外人の女の子を連れ帰ってきたことをどう思うか一点に集約される。
「おかえり、成人。今日はいつもより遅かったわ、ね……」
 リビングからそう言って出てきたのは、母さんだった。
 名前は枦川美鷺はしかわみさぎ。セミロングの髪を後ろで一つに束ね、息子の僕が言うのもなんだけど綺麗な顔をしている。『十四歳の心を持った十八歳』と意味わからん精神年齢を謳っているだけあって、初見の人が実年齢を知れば絶望するくらい若く映る。本人曰く、毎朝納豆にオリーブオイルをかけて食べてるのが効いているらしい。それダイエットの方法なんだけどね。
 そんな母さんは、僕の隣に立つ女の子を凝視して凍りついていた。
 さあここが正念場だよ僕。第一声で今後の展開が大きく左右される。落ち着け。帰宅中に頭の回路を焼き切らん勢いで考え抜いた台詞を違わずに言うんだ。『どうしよう母さん、この子、父さんの隠し子らしいんだ』ってね!
 ……あっ。
 今気づいた。これ、下手したら家庭崩壊するよ。
「お前が成人の母か?」
 小和が目上の人に対しているとは思えない口調で言う。ん? 待て、神様だから年齢とか関係ないか。
 母さんの凍結が溶ける。
「そういうお嬢さんは、成人のなんなの?」
「わたしは成人の嫁だ。先程強引にく、唇も、奪われてしまった」
 ポッと赤くなる小和に、母さんは物凄い勢いで携帯電話をポケットから取り出した。そしてどこかに電話をかける。プッシュ音は三回だった。
「――あ、事件です。強姦魔による誘拐事件が今私の目の前で起こっ」
「どこにかけてんの母さん!?」
 音速を超えそうなほどの跳躍で僕は母さんから携帯電話を引っ手繰った。間違いを正すべく母さんの携帯を耳にあてる。
《――午後六時十二分四十秒をお報せします》
「時報だったぁあっ!?」
 この歳で前科を背負うことになるかと思ってヒヤヒヤしたじゃないか。冷たい監獄で『それでも僕はやってない!』と毎日叫び続ける覚悟を危うく決めかけたよ。マジで。
「なんだなんだ騒がし……」
 騒ぎを聞きつけてリビングから父さんまで出てくる。名前は枦川彰人はしかわあきひと。地方公務員として安定の財をもたらしてくれる一家の大黒柱だ。
 母さんほどではないにしろ、とっくに四十を超えてるはずなのに三十代前半に見えてしまう。やはりオリーブオイル納豆が効いてるのかな? 僕も時々『童顔』って言われることがあるのは遺伝にせよ食事にせよ親のせいに違いない。
 その父さんも、呆然と口を半開きにして僕と小和を交互に見ている。
「……成人、お前、ついにヤっちまったのか?」
「ヤっちまってないよ!? ついにってなんだよ!?」
「キスしたんですって。無理やり」
「母さんは誤解を促進するようなこと言わないでね!?」
「それはいかんな。そういうことは、お互い合意の上でないと」
「最近の子はどうしてこう凶悪なのかしらね。親の顔が見てみたい」
「そこに二つ並んでるよ! ていうか勘違いする前に僕の話を聞いてくれないかな!」
 というわけで、リビングにて緊急家族会議が勃発した。
 二つあるソファーの片方に父さんと母さんが座り、僕は床に正座。理不尽過ぎて笑えてくるよ。
 なんかリビングの片隅にこれから旅行にでも行きそうなバッグが二人分用意されてるのが気になるけど、それをネタに話を逸らせるほど両親からの圧力は軽くない。
 小和はというと、リビングの中を落ち着きなく歩き回っていた。
 キョロキョロ。うろうろ。
 キョロキョロ。うろうろ。
 神様にとっては、あまり馴染みのない文明の利器溢れるリビングが物珍しいのだろうね。
 と感想もそこそこに僕は必死になって状況を説明した。いつものように白季神社に行ったこと。そこに見知らぬ女の子がいたこと。彼女が神と名乗り、事故で僕とキスした後にありえない成長をしたこと。そして、許嫁と言ったこと。
 それら全部包み隠さず話すと、父さんと母さんは顔を見合わせ、

「「うん、まあ、知ってたよ」」

 声を重ねて衝撃的なカミングアウトをした。熟年夫婦と言うべき息の合いようだった。
「知ってたって、どういうこと?」
 訊ねると、父さんが申し訳なさそうに頭を掻く。
「いやほら、白季の神様と許嫁の約束を交わしたのは父さんたちだしな。十年後に現れるって聞いてたけど、まさか相手がこんなに可愛らしい女の子とは思わなかったよ」
 ……そうだった。許嫁とは『親同士の合意で幼い頃から婚約が結ばれること』だと辞書を引けば出てくる。混乱のあまり失念してたよ。
 この二人は僕に神様の許嫁がいることを遥か十年も前から知ってたってことになる。
「そんな話、僕は一度も聞いてないんだけど?」
「ぶっちゃけ父さんたちもその話は夢かなんかだと思っててさ。その時が来てから言っても遅くないかなと」
「ぶっちゃけ過ぎだよ、父さん。それつまり神様を信じてなかったってことだよね。よく神罰が下らなかったと感心するよ」
 その神罰を下す神様はそこでもふもふのソファーに感激してる娘だけどね。
「黙ってた方が面白いなんてこれっぽっちも思ってないからね」
 思ってたんだね、母さん……。
 と、ある程度話を聞いていたらしい小和がソファーの上で腰に手をあてて仁王立ちする。
「うむ、だいたいは理解したようだな。ではわたしも改めて名乗ろう。白季小和媛命――小和と呼ぶがいい。わたしは神だが、これからよろしく頼む」
 僕の許婚は態度が尊大過ぎた。認めたわけじゃないけど、そこは嘘でも「不束者ですが」くらい言ってほしかった。
 対する僕の両親の反応は――
「こちらこそ、瞬発力を鍛えると言って小学生の頃に女の子のスカートを捲りまくって問題になった愚息でよければ、なんなりとこき使ってください」
「自分の部屋の本棚を改造して壁側にエロ本を隠すような愚息ですが、よろしくお願いします」
 僕の評価を地の底に突き落とすようなことを暴露しながら深々と頭を下げやがった。
「ちょっとそんな黒歴史引っ張って来ないでよ父さん!? アレは若気の至りだよ! あとなんで母さんは僕の宝物庫を知ってるのさ!」
 愚息愚息って、僕は二人にとって神様の奇跡まで引き起こすほど大切な子供じゃないの? 体の弱かった小さい頃は鬱陶しいくらい過保護だったのに、今となってはいい加減に愛を感じなくなりそうだよ。
 まあ、自由な生き方をしてしまった自分にも非はあるんだけどさ。そこは反省してる。
「……やはり、お前とは縁切りした方がいいのではないかと思ってきたぞ」
 小和がジト目で僕を睨んだ。なんかものごっつ引いてませんか? どうしよう、既に僕の尊厳は這い上がれないくらい陥落してる気がする。
 ――ってダメだダメだ! 父さんも母さんも拒絶の色を示さないことはわかってたじゃないか。ここで僕が退くわけにはいかないね。
「そもそもなんで許嫁なのさ? まったくもって意味不明なんだけど」
 納得いく理由を聞かないと今日はとてもじゃないが眠れそうにない。
「まあまあ細かいことはいいじゃないの。可愛い彼女ができたんだから、成人だって本当は嬉しいんでしょう?」
「否定はしない。でももう少し詮索するべきだと僕は思うよ、母さん」
「父さんの経験から言わせてもらうと、あんまり疑い深い男は嫌われるぞ? それよりも父さんはお向かいの彩羽ちゃんが嫉妬に狂わないか心配で心配で」
「なんで二人ともそんなに順応性が高いのさ? あとそこで彩羽が嫉妬に狂わなきゃいけない理由もわからない」
 言うと、父さんと母さんはなぜか諦めたように嘆息した。なんなんだよ一体? 誰か僕にもわかるように説明してください。
 こうなったら直接問い詰めようと思って横を見ると、全能なる神はテレビのリモコンをヌンチャクのように振り回して遊んでいた。チャンネルが目まぐるしく変わっていく画面を見て「おおぉ」と感動の唸り声まで上げてるね。
「凄いな、成人! これが世に聞く人間が作り出した三種の神器の一つ――箱型電波受信機というやつだな!」
「そこはテレビと言おうよ」
「しかし薄いな。箱というよりは板だ」
 初めて遊園地に連れてきてもらえた子供のようにはしゃぐ小和を見ていると、なんかどうでもよくなってきた。今日はこれ以上の情報をインプットすると脳がパンクするかもしらないし、明日にでも改めて訊けばいいか。
 すると、母さんがすっとソファーから立ち上がる。
「はいはいはい、家族会議はこの辺で切り上げて晩御飯にしましょう。今日は奇跡記念日だからご馳走よ」
 奇跡記念日とは、僕が神様の奇跡で一命を取り留めた日のことだ。我が家では毎年この日に誕生日レベルのお祝いをやっている。
 そういえばお腹がペコペコだ。言われるまで三大欲求の一つに気づかないなんて、僕はどんだけ切羽詰ってたんだろうね。
「小和ちゃんもたくさん食べてね」
 ルンルン笑顔を小和に向ける母さんに、僕は底知れない不安が込み上がってきた。
「まさか母さん……料理、してないよね?」
 枦川の一族には伝統的な特徴がある。それは、女性がまともな料理を何一つ作れないというものだ。生まれてくる子供はもちろん、嫁いだ娘さんもパーフェクトに料理下手。最早なにかの呪いなんじゃないかと僕は思う。
 父さんも母さんに一目惚れした時はその辺を危惧したみたいなんだけど、『料理が趣味』と聞いて一気にゴールインしたらしい。ところがどっこい、母さんは料理が趣味なだけで腕に関しては一切触れてなかったんだ。
 今は亡きおじいちゃん曰く、『この娘、一族最強の必殺料理人じゃ……ガクッ』だそうだ。その後長らく入院生活を送ったという伝説は今も語り継がれている。
 大根を煮ればゼラチンみたいになるなんて当たり前。豆腐とジャガイモをブレンドした名状し難いドロドロしたものは彼の万能アイテム・カレー様をも亡き者にした。僕が同じことやってもそうはならなかった。
 故に、枦川家の厨房は女人禁制の聖域なのだ。
「大丈夫だ、成人。今日は父さんが肉を買ってきた。焼肉だから問題ない」
「グッジョブ、父さん」
 グッとサムズアップする父さんに僕も同じく親指を立てて返した。「失礼しちゃうわね」と子供のように唇をツンと尖らせる母さんはとりあえずスルー。平凡な家庭で焼肉と言えば回転寿司に匹敵する豪華料理だからね。単語を聞くだけで腹の虫が騒がしくなってきたよ。
 と、僕たちの遣り取りを眺めていた小和がやんわりと微笑んだ。
「お前たちは本当に仲睦まじい家族なんだな。わたしも見ていてなんだか嬉しくなってきたぞ」
 白季の土地神様は嘘偽りなく心の底から楽しそうだった。吸い込まれそうな蒼い瞳を爛々と煌めかせ、続きの言葉を口にする。
「ところで、『食べる』というのはどういう感じなのだ?」
「「「えっ?」」」
 枦川家の皆さんが一様にマヌケな声を発した。

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