許嫁は土地神さま。

夙多史

一章 ちみっ子神様は僕のヨメ?(3)

 どうやら気絶していたらしい。
 オレンジ色の空が夜色に染まりかけている。となると、一時間くらい寝てたってことだ。神聖なる神社の境内でなにやってんだろう、僕。帰る前に神様に謝っておかないと。
 ていうか、なんで気絶してたんだっけ? ああ、そうか。事故とはいえ女の子とキスしちゃったんだよなぁ……。
「いやいやいやいや!」
 唇の感触を思い出してる場合じゃないよ僕。それよりもあの子、大きくなったよね? 光に包まれる感じで成長してたよね? いくら僕が神様を信じていると言っても、あんな人知を超えた現象をあっさり鵜呑みにできるほど常識は欠損してないよ。
 上体を起こして軽く辺りを見回す。……誰もいない。顔面を思いっ切りぶん殴られたような気がするのに、その痛みも特に感じない。ということは――
「なんだ夢か」
「違うわ!」
 ほっとしかけた瞬間、パシン! と後頭部をしばかれた。
 振り向けば例の銀髪蒼眼の少女がムスっとした表情で僕を睨んでいた。これで彼女が十歳くらいの姿をしていればアレは夢だと確信が持てたのに、困ったことに前よりも顔から幼さが薄れ、背も十センチほど伸びている。目測で百四十センチちょっとと言ったところか。十歳+五歳で十五歳だと仮定すればかなり小柄な方だと思う。ちみっ子には変わりない。
 余裕のある白装束のせいでおっぱいの成長具合が判然としないのが残念なところだ。
「お前、今いやらしいこと考えただろ?」
「そ、そんなことありませんよ、姫」
「姫じゃない。神だ」
「じゃあ、姫神さん」
「誰だ!? ふざけてると祟るぞ!」
 肉体は成長したのに、精神はこれっぽっちも変化がないね。電波さんのまま……?
「……君、本当に神様なの?」
 流石に成長著しい最近のお子さんでもあんな速度で背が伸びたりはしない。神様じゃないにしても、この真っ白少女が普通の人間ではないことは確かだ。
「ようやくわかったか、枦川成人」
 ふん、と少女はまたやたら偉そうに胸を張る。おかげで白装束の胸元に二つの丘が微妙に浮き上がった。いい具合の発展途上だった。
「本当に、白季小和媛命?」
「そうだと言っている。わたしの信者ならこの全身から溢れ出る神聖さで普通は気づくぞ?」
 くるっとその場でターンしてみせる真っ白少女だが……はて、神聖さ?
「いやいやいや、どこからどう見ても外国人のお子さんオーラしか滲み出てないよ。美少女だけど」
『外国人のお子さん』で少女はぷっくり頬を膨らまし、『美少女』でデフォルトに戻った。プラスマイナスゼロという言葉が僕の脳裏を通り過ぎる。
 そんな彼女が神様――土地神・白季小和媛命だという説は、僕の中で信憑性が現在進行形でぐんぐん高まっている。さっきのように姿形を変えられるのなら、十年前に僕が見た神様とそこにいる少女が同一だとしても不思議はないからだ。
 確かめてみよう。
「本当に土地神様なら、あの時の姿になってよ。十年前、僕の命を救ってくれた時の姿に」
「それは無理だ」
「どうして?」
「神気が足りないからだ。さっきはお前からお前の五年分の寿命が神気としてわたしに流れ込んできた。だから今の姿になっている」
「神気って?」
「質問ばかりだな。これだから無知無能な人間は困る。神気というのはだな……その、えっと、神の生命力みたいなもの?」
「なんで疑問形なのさ」
 無知無能はそっちじゃなかろうか。
「人間が理解できるように言語化するのは難しいんだ! 不思議な力と思え!」
「説明がアバウト過ぎるよ!?」
「う、うるさい黙れ祟るぞ!」 
 向きになって言い返すところが子供っぽい。まあ、そこが可愛いけどね――って!
「ちょっと待って! さっき僕の寿命を五年分どうのこうのって言わなかった!?」
 危うく聞き流して忘れるところだった。神気よりこっちの方が遥かに重要な話だ。
「今ごろか? 今ごろなのか? お前は少々鈍い奴だな。気をつけた方がいいぞ」
 余計なお世話だ。
「まあいい。お前には知る権利があるから教えておく。十年前、お前が見たという白季小和媛命はわたしの母だ」
「へ? お母さん?」
「人間の概念に当て嵌めればな」
 それはそれでどこか納得するものがある。この子とあの時の神様はよく似てるからね。白銀のサラサラ髪とか特に。でも、それが僕の寿命五年分となんの関係があるんだ?
「母は自らの神気を凝縮し、核としてお前に埋め込んだ。そうやって本来は七歳で尽きるはずだったお前の寿命を大幅に延長したんだ。だが、さっきのせ、せ、接吻で、その五年分がわたしに逆流してしまった。そ、そういうことだ! わかれ!」
 接吻辺りで真っ白少女は急速に顔を紅潮させた。そんなに恥ずかしいなら言わなきゃいいのに。とことん人間らしい神様だ。
 つまるところ、僕の命を繋いでいる神気の五年分がさっきのキスで彼女に渡った。だから彼女が五年分成長した。……うん、状況の理解はできた。だけど理屈はさっぱりだ。寿命が五年縮んだっていう実感も湧いてこない。
「もう一回キスしたらまた成長するのかな? やってみる?」
「誰がやるかっ!」
 またも頭を平手でしばかれた。やめてよ。馬鹿になったらどうしてくれるんだ。
「本当なら徐々に分けてもらうはずだったんだ。なのに一気に流れ込んできて変な感じだったんだぞ! き、気持ちはその、よかったけど……あ、あんまりやりたいとは思わない」
 あれ? なんか俯き加減でもじもじし始めましたよ。思わず抱き締めたくなるくらい可愛いんだけど僕はどうすればいいんだ? ぎゅってすればいいのかな?
「うん、僕も寿命が減るのはごめんだしね。やらないよ」
 抱き締めたらまた拳が飛んできそうなので、無難にそう言っておいた。本音でもあるし。でもちょっと残念と思ってるのは内緒。
「ところでお母さんはいるの? いるなら十年前のお礼が言いたいんだけど、呼んできてくれないかな?」
 その台詞を紡いだ後に、僕はこの子が神様だと完全に認識してしまったんだなぁと自覚した。いつまでも『この子』じゃなんだし、白季小和媛命だから『小和様』と呼ぶことにしよう。
 小和様は顔に若干の影を落として口を開く。
「母は、もういない。お前を救った直後に白季の土地は母からわたしに継承されたのだ。土地を譲った土地神がどこに行くのかは、わたしもよく知らない」
「……そう、なんだ」
 彼女の表情はどこか寂しそうに見えた。あの日からお母さんがいなくなったのだとすれば、彼女はこの十年間一人で白季町を守ってきたことになる。神様にとって十年なんて一瞬のことかもしれないけど、一人ぼっちはやっぱり悲しい。
「それなら、これからは僕が毎日遊んであげるよ。だから寂しくないよ」
 ここでかける優しい言葉は、たぶんこれが正解だ。
「お前、まだわたしを子供だと思っているな!」
 不正解だった。思いっ切り地雷踏んでた。小和様は顔に落としていた影を怒りの色で吹き飛ばして僕を睥睨する。
「わたしは神だと何度言わせるんだ。お前はアレか? 馬鹿なのか? 馬鹿で変態なのか? 祟ってほしいのか?」
「僕は至って頭の切れる紳士だよ! 学校の成績も常に十位以内をキープしてるからね!」
「最後から数えてだろ」
「なんで知ってるの!?」
 流石は神様。僕のことなんて御見通しってわけか。空はもう真っ暗だし、これ以上ボロが出ないうちに帰った方がいいかもしれない。
 今日の晩御飯はなにかなと考えていると、むぅ~、と実に子供っぽく剥れていた小和様がふいに溜息をついた。
「もういい、これからはずっと一緒になるのだからな。そのうち認識も改まるだろう」
「はい?」
 言ってる意味がいきなり過ぎて理解できなかった。
「一緒になるって、どゆこと?」
「どゆこともこゆこともない。聞いていないのか?」
 頷くと、小和様は少し残念そうに眉を顰めた。それから仕方ないと言うように肩を竦め、蒼い瞳で真っ直ぐ僕を見詰める。まだ瑞々しさを失っていない両頬が次第に桃色に染まっていく。
 そして、なにやら照れ臭そうな様子で、はっきりとこう告げた。

「わたしは、お前の許嫁だ」

 ……ホワッツ?
 イイナヅケ?
「どこの漬物?」
「違うわボケェ!」
 脳天かち割りチョップが飛んできた。ホントに割れそうなくらい痛かった。もしかしたらこの子は『暴力』を司る神様なんじゃないか?
「いいなずけって、あの許嫁?」
「そうだ」
 コクン、と小和様は頷く。
「僕の婚約者?」
「そうだ」
 またも鷹揚に頷かれた。
「神様なのに?」
「関係ない」
 断言された。僕に向けた最初の言葉が『変態』のちみっ子神様が許嫁だって? あまりに突発的で衝撃的な話の展開に、僕は脳内で渦を成す混沌から抜け出せそうにない。
「もしかして小和様は冗談がお好きで?」
「残念なことに冗談ではない。それとわたしのことは小和と呼べ。許嫁なのだから『様』は余計だ」
「じゃあ、小和」
「うむ」
 僕が名前を呼ぶと小和はとても満足そうな笑顔になった。やたらと偉そうなのに呼び名は譲歩してくれるんだね。価値観のよくわからない神様だ。
「わかったならこれ以上恥ずかしい確認はするな。それより早くわたしをお前の家に連れて行け」
「え? なんでさ?」
「わたしはお前の許嫁だぞ。一緒に暮らすのは当たり前じゃないか」
 それは実際に結婚してからじゃないの? というツッコミを待たずして、土地神で僕の許嫁の白季小和媛命は踵を返した。神域の門を示す鳥居をくぐり、石段を下り始める。
「ま、待ってよ!」
 僕は慌てて追いかけた。意味がわからない。単純に『彼女ができた』っていう事実だけなら明日学校で自慢して回るほど嬉しいんだけど、相手は神様でちみっ子だ。喜びより混乱の方が強い。
 このまま小和が本当に家までついてくるとして、一体親になんて説明すればいいんだよ。

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