許嫁は土地神さま。

夙多史

一章 ちみっ子神様は僕のヨメ?(2)

「君が、白季小和媛命……?」
 その名前を僕は知っている。僕が住んでいる白季町の片隅に忘れ去られたように存在する白季神社――つまり僕たちが今いる神社に祭られている神様の名前だ。毎日拝みに来てる僕が言うんだから間違いない。
 だけど、違う。
 この子は、よく見れば確かに似てる。似てるけど、僕の知ってる白季小和媛命じゃない。
 僕の記憶にいる神様の姿はもっともっと大人だ。スラリと背が高くてボンキュドカンなけしからん体をしてい……ダメだよ僕。神聖な場で命の恩神に欲情するなんて馬鹿か変態のすることだ。僕はどっちでもないよ。
 とにもかくにも、こんなちんちくりんの子供が僕の会いたかった神様なわけがないんだ。とすればこの少女はなんなのか? 考えられることはいくつかあるけど、まあ相手は子供だから大人の僕はテキトーに合わせておけばいいよね。
「へえ、最近は土地神ごっこが流行ってるんだ」
「お前、わたしを見た目通りの子供だと思って馬鹿にしているな?」
「そんなことないよ。本当はうん百歳とかうん千歳って設定なんだよね?」
「設定言うな! 本当の本当にわたしは神なんだぞ! 信じろ! 信仰しろ! さもなくば祟るぞ!」
 腕をぶんぶんと振り回して頬をハムスターのように膨らます自称神。この年から電波さんだなんて将来が不安だよ。あ、そうだ、今日はこの子の将来について願掛けしておこう。
「じゃあ僕はお祈りを済ませて帰るから、あんまりごっこ遊びに張り切り過ぎないようにね」
 優しく諭すようにそう言って、僕は賽銭箱の前に立つ。財布からさっき仕舞った五円玉を取り出すと、自称神少女が唇をちゅくんと尖らせた。
「毎度毎度五円とはけち臭いやつだ。たまにはどーんと奮発しろ!」
「なんで僕がいつも五円玉を入れてること知ってるの?」
 本来神社の賽銭箱に入れるお賽銭は六十六円だけど、それを毎日やってたら一年間で二万四千九十円。平凡な男子高校生のお財布に致命傷を与えるには充分過ぎる額だ。
 だが、けち臭いと言われては黙ってられない。僕は五円玉を財布に戻し、代わりに二ランクアップした銀色の穴開き硬貨を取り出す。要するに、五十円玉。
「おおぉ……」
 すると自称神は一億円を見たかのように感嘆し仰け反った。「よ、よろしい。殊勝な心がけだ」と満更でもない様子。いいんだ、五十円で……。
 文句が飛んでこないのでそのまま五十円玉を賽銭箱に投下し、手順通りに鐘を鳴らして二拝二拍一拝。それから神前に進み、深々と二回頭を下げる。この時背中が地面と平行線になる気持ちで下げることが大事だ。
 さらにパンパンと柏手を打ち、黙祷する。

 ――そこの女の子がみんなから慕われるイタくない普通の女の子に育ちますように――

「今とっても失礼な祈りを捧げたな!」
「え? どうしてわかったの? 読心術?」
 頭から二本の角が生えてきそうな勢いで激憤する少女はまさかエスパー? それとも、本当に、神様……?
「お前なら多少のことは水に流してやろうと思ってたのに……もう怒った。神、怒った! 神罰だ! 神罰を下してやる!」
「ちょ、神罰って待っ――」
 どごっ。
 僕は「ウガーッ!」と獣のように八重歯を剥いた真っ白少女のショルダーチャージを喰らって見事に転倒した。うぅ、こんな小さな女の子に押し倒されるなんて情けないぞ僕。
 しかもただ倒されただけじゃ終わらなかった。
「きゃっ!?」
「うわっ!?」
 少女のどこにそれほどの力が備わっていたのかわからないけど、僕たちは勢い余ってもみくちゃになりながら転がったんだ。なんとか彼女だけは傷つかないように腕を回した咄嗟の判断を誰か讃えてください。
 たっぷり数メートルほど転がったところで停止する僕と真っ白少女。大怪我はないみたいだが、あちこち擦り剝けて地味に痛い。いや僕なんかより女の子の方が心配だ。あの華奢な体だと骨が折れていてもおかしくない。
 大丈夫? と問おうとしたところで、唇に妙な感触があることに気がついた。
 閉じていた瞼を開くと、視界いっぱいに真っ白少女の顔がドアップで映っていた。数センチも離れちゃいない。彼女の両目は大きく見開かれ、蒼い瞳が驚愕に揺れている。
 ああ、なるほど。このやーらかくて温かい感触は彼女の唇か。なーんだびっくりしたよ。ただ僕と真っ白少女の唇が重なってるだけ――って僕のファーストキス!?
 少女の小さな肩を掴んで押しのける。
「ちょっとなにすんの! 僕、初めてだったんだよ!」
 子供だからノーカンって言いたいところだけど、女の子は女の子だ。あの生暖かいぷにっとした感覚がまだ唇に残ってるよ。キスってこういう感じなんだなぁ、と感心半分で僕は羞恥の熱が顔に籠もってきたことを自覚する。
 が、そこで異変に気づいた。
「……あれ?」
 この辺りで真っ白少女から罵声か拳が飛んでくると思っていた。しかし、当の少女は僕のお腹に馬乗りになったまま天を仰いでいる。その表情はどこか恍惚としていて熱っぽく、呼吸も荒い。体は小刻みに震え、心なしかドクンドクンと早鐘のような動悸の音も聞こえてくる。
「……んうぅ……だめ……」
 突然苦しみ出したように少女は呻き、自分自身を抱き締めた。顔も赤い。この子に一体なにが起こってるんだ?
「こんな……一気に…………あぁん!」
 なんだかとても色っぽい喘ぎ声を出したかと思うと、突然、少女の体が白く輝き始めた。
「なっ!?」
 もはや光のシルエットとなった少女の姿に僕は驚愕し絶句する。強烈ながら不思議と眩しいと感じない光には、寧ろ心が温まるような優しさがあった。
 発光する少女のシルエットが形はそのままに段々と大きくなっていく。そのあまりの神々しさに、僕は――
「進化するの? 進化するんだね!」
 ――自分でもなにを言ってるのかさっぱりわからなくなっていた。
 やがて光が弱まり、少女の姿が鮮明になってくる。
「えっ!?」
 再びの驚愕。さっきまで僕に乗っかってた女の子は十歳くらいだった。なのに、今そこにいる女の子はたっぷり五年分ほど成長した姿だったんだ。これを驚かない人間がいるのなら是非とも精神力を分けてほしい。
 ぶかぶかだった白装束がピッタリになった銀髪蒼眼の少女は、ふう、と一つ息を漏らす。そして下敷きになってる僕を見下ろし、ニコッと笑った。花咲くような可憐な笑顔だった。
「枦川成人」
 あ、初めて名前で呼んでくれた。でもその振り上げた拳はなんなのかな?
「この――ボケェエエエエエエエエエッ!!」
「ごぼはぁっ!?」
 一瞬で笑顔から阿修羅みたいな形相にシフトした少女の鉄拳が、僕の顔面に深々と減り込んだ。

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