許嫁は土地神さま。
一章 ちみっ子神様は僕のヨメ?(1)
突然だけど、神様っていると思う?
キリスト教の『父』と『子』と『聖霊』の三位一体とか、日本の八百万の神とか、有名な話は探せばいくらでも出てくるよね。けどそうじゃなくって、もっと身近な、誰もが一度は『神様お願いします』と願ったことのある神様のことだ。
僕はいると思う。いると信じてる。いや別に変な宗教にどっぷり染まってるわけじゃないよ。家は形だけは至って普通の仏教だし。
ただなんというか、神様がいなければ、僕という存在が今ここにこうして生きていることはありえないんだ。
体重が千グラム以下の超低出生体重児――つまり未熟児としてこの世に生を受けた僕は、そのせいか虚弱体質で乳児期を乗り越えても病気にかかりがちだった。医者にも十歳まで生きられないだろうと言われていたらしい。実際、僕は七歳の頃に重い病気を患って死んでいたはずだった。
あれは十年前の今日のことだ。僕の両親はなにを思ったのか死にかけの僕を抱えてこの神社――白季神社へとやってきた。そして必死にここの神様に懇願したんだ。「どうか息子を救ってください」ってね。
常識的に考えれば血迷った行動だと思う。子供の死期を早めるだけだ。
だが、その血迷った行動は功を奏した。
親子の前に眩い後光を背負った女神が降臨し、奇跡の力で僕の命を救ってくれたのさ。
妄言だって? 笑いたければ笑うがいいさ。いくら笑われようともそれが僕にとっての真実だということは変わらないからね。うん、今とてもいいことを言った気がする。思考の中だけど。
とにかく、嘘のように元気になった僕は小学校と中学校を無事に卒業し、現在は高校二年生となって二週間が経過している。立派で逞しい男に成長したもんだ。逞しい男。ここ重要。未だに『いとこんにゃく』ってからかわれてるのはきっと脆弱だった小学生の時の名残だよ。母さんや幼馴染の彩羽に女の子の格好をさせられることも高校に入ってからはなくなったしね。
だから僕はこの白季神社の神様に感謝して、毎日こうやって参拝することにしてるんだ。だっていつかもう一度会えるかもしれないだろ。会いたいんだよ、神様に。
で、ここからが本日の議題。そんな僕にとっての恩人、もとい恩神がおわす神社の賽銭箱にがめつくしがみついて寝息を立てているこの子はどうすればいいのかな?
周りを見回しても保護者らしき大人はいない。迷子かと思ったけどありえないね。僕はもう慣れっこだけど、この白季神社に続く石段は合計で丁度千段あるから子供の足じゃけっこうキツい。途中で引き返すはずだ。そもそも迷ってくるような場所じゃないし。
訝しんだ僕は取り出していた五円玉を財布に戻して真っ白少女を注視する。何度見ても白銀の髪は銀細工みたいに綺麗だし、纏ってる白装束はぶっかぶかだし、キュートな寝顔はもはや天使の領域だ。ずっと眺めていたい……じゃなくて、どうにかしてどいてもらわないとお参りができない。
「さて、どうしたものか……」
とりあえず真っ白少女のほっぺを突っついてみた。
「もしもーし、こんなとこで寝てたら風邪引いちゃうよ?」
うおっ! なんてもちもちしたほっぺなんだ。弾力が半端ない。猫の肉球の十倍、いや百倍の気持ちよさだ。これは……癖になる。
「ん……」
僕がごくりと息を呑んでいると、真っ白少女の瞼が痙攣した。しまった、本当は優しく起こしてあげるつもりっだったのに、ついほっぺの魔力に取り付かれてしまっていた。けど気づいたところでやめられない止まらない!
真っ白少女がゆっくりと両の瞼を持ち上げる。その奥から現れた瞳は大海原のように蒼く澄んでいた。
寝起きのとろんとした双眸に、ほっぺの魔力に魅了されて僅かに上気する僕の顔が映る。ちなみに僕の人差し指は彼女の頬をぐいっと凹ませている状態だ。
「……」
「……」
十秒くらいの無言の硬直。少女は唖然とした顔。僕は冷や汗が尋常じゃない。
「お、おはようございます、姫。朝食にしますか? 湯浴みにしますか? この枦川成人になんなりとお申しつけください」
サッとほっぺを突いていた手を背中に隠して片膝をつき、作り笑顔を満面に浮かべる努力をする。真っ白少女はさらに一段階呆けた様子だ。これならイケる! 誤魔化し切れる!
「へ」
「へ?」
「変態だぁああああああああああっ!?」
賽銭箱から飛び跳ねた真っ白少女は、そのまま体操選手のように空中で軽やかに身を捻り、右足を高く振り上げ、その小さな踵を僕の脳天に思いっ切りごふわぁあッ!?
頭上からの衝撃に仰向けに倒れる僕。フライング踵落とし……だと? フッ、いいモノ持ってるじゃないか。効いたぜ。
「お、おお、おい、そこの変態! か、神の寝込みを襲うとはいい度胸だな。そんなに祟ってほしいのなら望み通りお前に不幸を与えてやる!」
裸足で賽銭箱の上に仁王立ちする真っ白少女が大の字で倒れる僕を指差してきた。見た目通りのロリボイス。目尻の吊り上がった怒り顔は心なしか朱が差してるね。
「ご、誤解だ! 僕は君を起こそうとしていただけなんだ! 僕は変態じゃない! 僕は変態じゃない!」
「二回言うな!」
「二回も言うさ。大事なことだもの」
「わたしのほっぺはどうだった?」
「とっても素晴らしかったよ。このまま袋に詰めてお持ち帰りしたいくらいにね」
「やっぱり変態だぁあっ!?」
少女が愕然として叫ぶ。まったく酷い誤解だ。ご近所さんの間で『真面目紳士くん』と評判な僕を捕まえて変態だなんて……最近の子供は難しい言葉を知ってるね。
なんにしても僕の尊厳のためにここははっきりと訂正しておかなければならない。賽銭箱の上でお昼寝するような罰当たりなちびっ子に舐められてなるものか。
「変態じゃないって言ってるだろ! 僕には枦川成人っていう親から貰った立派な名前があるんだ。親しみを込めて『セージン』と呼ぶことを許可する」
それは『いとこんにゃく』と違って僕公認のあだ名だ。『成人』って名前には何事もなく健やかに成長してほしいという両親の願いが込められている。幼い頃の僕はいつ死んでしまうかわからなかったからね。
少し落ち着いた様子の少女はジト目で僕を睨めつけて、
「変態星人」
「星には帰らないよ。なぜなら地球が僕の母星だから」
「む? よく言葉だけでわかったな」
「そういうボケは耳にタコができるくらいかまされてきたからね。あと僕は変態じゃないって何度言えばわかるのかな? いい加減にしないとその小ぶりな白桃を赤い桃に変えるよ?」
「桃? ……っ!?」
僕の言葉の意味がわからず一瞬きょとんと小首を傾げた少女だったが、かぁあああ、とすぐに首まで真っ赤に染めて両手でオシリを押さえた。そして僕から逃げるように一歩後じさり――
「きゃう!?」
小動物みたいな悲鳴と共に賽銭箱からすってんころりん。今度は後頭部を押さえてうーうー唸っている。なんだか可愛いなぁ。
「ほらほら、ちゃんと後ろ見て歩かないと危ないよ?」
なんとなく和んでしまった僕は変態と呼ばれた怒りなんぞ忘れて賽銭箱を迂回し、ごろごろと左右に短く転がっている真っ白少女に手を差し伸べる。
「う、うるさい! あっち行け! 祟るぞ!」
涙目で拒まれた。起き上がった少女はタタタっと白装束を引きずりながら神社の柱の陰に隠れる。
「ははは、祟るって、神様じゃあるまいし」
「わたしは神だ!」
柱からちょこんと顔だけ出して怒鳴る少女。ぷんすか怒ってるけど全然怖くない。でも目は本気だ。本気で自分は神様だと言ってるよ、この子。
「わたしはお前を知っていたが、お前はわたしを知らないようだな。いいだろう、名乗ってやる」
真っ白少女は柱の陰から出てくると、真っ平らな胸を偉そうにふんと張り、
「わたしは白季小和媛命。この白季町を守護する土地神だ」
どうだと言わんばかりのドヤ顔でそう言い放った。
キリスト教の『父』と『子』と『聖霊』の三位一体とか、日本の八百万の神とか、有名な話は探せばいくらでも出てくるよね。けどそうじゃなくって、もっと身近な、誰もが一度は『神様お願いします』と願ったことのある神様のことだ。
僕はいると思う。いると信じてる。いや別に変な宗教にどっぷり染まってるわけじゃないよ。家は形だけは至って普通の仏教だし。
ただなんというか、神様がいなければ、僕という存在が今ここにこうして生きていることはありえないんだ。
体重が千グラム以下の超低出生体重児――つまり未熟児としてこの世に生を受けた僕は、そのせいか虚弱体質で乳児期を乗り越えても病気にかかりがちだった。医者にも十歳まで生きられないだろうと言われていたらしい。実際、僕は七歳の頃に重い病気を患って死んでいたはずだった。
あれは十年前の今日のことだ。僕の両親はなにを思ったのか死にかけの僕を抱えてこの神社――白季神社へとやってきた。そして必死にここの神様に懇願したんだ。「どうか息子を救ってください」ってね。
常識的に考えれば血迷った行動だと思う。子供の死期を早めるだけだ。
だが、その血迷った行動は功を奏した。
親子の前に眩い後光を背負った女神が降臨し、奇跡の力で僕の命を救ってくれたのさ。
妄言だって? 笑いたければ笑うがいいさ。いくら笑われようともそれが僕にとっての真実だということは変わらないからね。うん、今とてもいいことを言った気がする。思考の中だけど。
とにかく、嘘のように元気になった僕は小学校と中学校を無事に卒業し、現在は高校二年生となって二週間が経過している。立派で逞しい男に成長したもんだ。逞しい男。ここ重要。未だに『いとこんにゃく』ってからかわれてるのはきっと脆弱だった小学生の時の名残だよ。母さんや幼馴染の彩羽に女の子の格好をさせられることも高校に入ってからはなくなったしね。
だから僕はこの白季神社の神様に感謝して、毎日こうやって参拝することにしてるんだ。だっていつかもう一度会えるかもしれないだろ。会いたいんだよ、神様に。
で、ここからが本日の議題。そんな僕にとっての恩人、もとい恩神がおわす神社の賽銭箱にがめつくしがみついて寝息を立てているこの子はどうすればいいのかな?
周りを見回しても保護者らしき大人はいない。迷子かと思ったけどありえないね。僕はもう慣れっこだけど、この白季神社に続く石段は合計で丁度千段あるから子供の足じゃけっこうキツい。途中で引き返すはずだ。そもそも迷ってくるような場所じゃないし。
訝しんだ僕は取り出していた五円玉を財布に戻して真っ白少女を注視する。何度見ても白銀の髪は銀細工みたいに綺麗だし、纏ってる白装束はぶっかぶかだし、キュートな寝顔はもはや天使の領域だ。ずっと眺めていたい……じゃなくて、どうにかしてどいてもらわないとお参りができない。
「さて、どうしたものか……」
とりあえず真っ白少女のほっぺを突っついてみた。
「もしもーし、こんなとこで寝てたら風邪引いちゃうよ?」
うおっ! なんてもちもちしたほっぺなんだ。弾力が半端ない。猫の肉球の十倍、いや百倍の気持ちよさだ。これは……癖になる。
「ん……」
僕がごくりと息を呑んでいると、真っ白少女の瞼が痙攣した。しまった、本当は優しく起こしてあげるつもりっだったのに、ついほっぺの魔力に取り付かれてしまっていた。けど気づいたところでやめられない止まらない!
真っ白少女がゆっくりと両の瞼を持ち上げる。その奥から現れた瞳は大海原のように蒼く澄んでいた。
寝起きのとろんとした双眸に、ほっぺの魔力に魅了されて僅かに上気する僕の顔が映る。ちなみに僕の人差し指は彼女の頬をぐいっと凹ませている状態だ。
「……」
「……」
十秒くらいの無言の硬直。少女は唖然とした顔。僕は冷や汗が尋常じゃない。
「お、おはようございます、姫。朝食にしますか? 湯浴みにしますか? この枦川成人になんなりとお申しつけください」
サッとほっぺを突いていた手を背中に隠して片膝をつき、作り笑顔を満面に浮かべる努力をする。真っ白少女はさらに一段階呆けた様子だ。これならイケる! 誤魔化し切れる!
「へ」
「へ?」
「変態だぁああああああああああっ!?」
賽銭箱から飛び跳ねた真っ白少女は、そのまま体操選手のように空中で軽やかに身を捻り、右足を高く振り上げ、その小さな踵を僕の脳天に思いっ切りごふわぁあッ!?
頭上からの衝撃に仰向けに倒れる僕。フライング踵落とし……だと? フッ、いいモノ持ってるじゃないか。効いたぜ。
「お、おお、おい、そこの変態! か、神の寝込みを襲うとはいい度胸だな。そんなに祟ってほしいのなら望み通りお前に不幸を与えてやる!」
裸足で賽銭箱の上に仁王立ちする真っ白少女が大の字で倒れる僕を指差してきた。見た目通りのロリボイス。目尻の吊り上がった怒り顔は心なしか朱が差してるね。
「ご、誤解だ! 僕は君を起こそうとしていただけなんだ! 僕は変態じゃない! 僕は変態じゃない!」
「二回言うな!」
「二回も言うさ。大事なことだもの」
「わたしのほっぺはどうだった?」
「とっても素晴らしかったよ。このまま袋に詰めてお持ち帰りしたいくらいにね」
「やっぱり変態だぁあっ!?」
少女が愕然として叫ぶ。まったく酷い誤解だ。ご近所さんの間で『真面目紳士くん』と評判な僕を捕まえて変態だなんて……最近の子供は難しい言葉を知ってるね。
なんにしても僕の尊厳のためにここははっきりと訂正しておかなければならない。賽銭箱の上でお昼寝するような罰当たりなちびっ子に舐められてなるものか。
「変態じゃないって言ってるだろ! 僕には枦川成人っていう親から貰った立派な名前があるんだ。親しみを込めて『セージン』と呼ぶことを許可する」
それは『いとこんにゃく』と違って僕公認のあだ名だ。『成人』って名前には何事もなく健やかに成長してほしいという両親の願いが込められている。幼い頃の僕はいつ死んでしまうかわからなかったからね。
少し落ち着いた様子の少女はジト目で僕を睨めつけて、
「変態星人」
「星には帰らないよ。なぜなら地球が僕の母星だから」
「む? よく言葉だけでわかったな」
「そういうボケは耳にタコができるくらいかまされてきたからね。あと僕は変態じゃないって何度言えばわかるのかな? いい加減にしないとその小ぶりな白桃を赤い桃に変えるよ?」
「桃? ……っ!?」
僕の言葉の意味がわからず一瞬きょとんと小首を傾げた少女だったが、かぁあああ、とすぐに首まで真っ赤に染めて両手でオシリを押さえた。そして僕から逃げるように一歩後じさり――
「きゃう!?」
小動物みたいな悲鳴と共に賽銭箱からすってんころりん。今度は後頭部を押さえてうーうー唸っている。なんだか可愛いなぁ。
「ほらほら、ちゃんと後ろ見て歩かないと危ないよ?」
なんとなく和んでしまった僕は変態と呼ばれた怒りなんぞ忘れて賽銭箱を迂回し、ごろごろと左右に短く転がっている真っ白少女に手を差し伸べる。
「う、うるさい! あっち行け! 祟るぞ!」
涙目で拒まれた。起き上がった少女はタタタっと白装束を引きずりながら神社の柱の陰に隠れる。
「ははは、祟るって、神様じゃあるまいし」
「わたしは神だ!」
柱からちょこんと顔だけ出して怒鳴る少女。ぷんすか怒ってるけど全然怖くない。でも目は本気だ。本気で自分は神様だと言ってるよ、この子。
「わたしはお前を知っていたが、お前はわたしを知らないようだな。いいだろう、名乗ってやる」
真っ白少女は柱の陰から出てくると、真っ平らな胸を偉そうにふんと張り、
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