ルームメイトが幽霊で、座敷童。

巫夏希

資料と座敷童と意見交換(後編)


 その論文では、ガウス平面の実数軸における位相空間と虚数軸における位相空間を同位相じゃないと限定して議論しており(ただし、魂の位置と肉体の位置は必ず重なるという前提条件の上で)、即ちこの時では実数軸及び虚数軸により形成される“座標”が魂と肉体を結ぶ糸となる。
 ところで、幽体離脱とはこの論文ではどのように定義されるのだろうか。
 俺も詳しい事は解らないのだが、幽体離脱――即ち、魂の位置と肉体の位置が全く重ならない状態――になるには、虚数軸の位相空間を動かすか、または魂そのものを動かすかとなるが、労力としては後者の方が少ないため、研究等でも後者をよく扱う。

「……今回、高木義堅が用いた方法も『魂の位置そのものを動かす』方だった。しかし、問題はその方法だよ。理斗、フォトンって知っているか? 光子とも呼ばれているんだが」
「あぁ、アインシュタインが『波である』光を『粒子として』見た時の名称でしたっけ」

 俺は急に信楽さんが名前を呼んだので少し驚いてしまったが、まぁ、特に関係もないと考えて普通に、ただ普通に答えた。

「そうだ。その重さは非常に軽くてね。問題では重力を無視してもいいと定義されているくらいだ。……で、フォトンはあるエネルギーを持っていて、それを粒子にぶつけると振動する。それを高木義堅は利用したんだ。……『思想粒子の海』そのものを振動し、そのエネルギーから魂を肉体との同位相空間から吐き出すために、ね」

 何を言っているのかさっぱり解らないが――つまり、今のが幽体離脱のメカニズムなのだろう。光によるエネルギーを『海』そのものに射出してエネルギーを分散させる。それを利用して、魂を吐き出させるという仕組みだ。

「……つまりは、そうだな。あくまでも考察の一つとして聞いて欲しいんだが、カメラにあるフラッシュに特殊な加工をすることによって、魂を吐き出させたんじゃないか、と考えられる。あくまでも、考察だ。それ以上でも、それ以下でもないが」
「……吐き出させた魂は?」
「これも仮説だが、写真にインプットされ、それがデータとしてゲーム内に保存されたのではないかな」

 信楽さんの言葉は、ひどく信憑性のあるものだった。とはいえ、専門用語はあまり解らないから『信憑性』というパラメータで測れるのかと言われたら難しいところだが。
 第一、これを論理的に説明したとしても、しなくてはならない事が変わることは、ない。

「神事警察も虚数課も全て基礎は同じだ。『神霊が関わる事象の解決』を目的としていることも、な。何が違うって、精々それは管轄くらいだ。そちらの管轄は宮内庁、対してこっちは警察庁だ。立場的には宮内庁の方が偉いから、顔も利く。だが、そちらには代々カミサマを崇拝した『神憑き』などしか入ることは出来ないから、どちらかといえばそちらは身内物だった。しかし……こちらを考えてくれ。“何が違う”?」
「え、えーと……、世間でいう『超能力』がここには蔓延っているということですか?」

 蔓延っている、という言い方は少しばかり宜しくないが、この際仕方ない。

「……まぁ、その通りだ」信楽さんは笑って、言った。「『超能力』と『神憑き』。これは相容れるものでもない。何故なら、片方は『科学』、片方は謂わば『魔法』だ。英語の広い単語で言えばOccultだ。神事警察も英語で言えばOccultic policeだが、虚数課はそのまま。『imaginary club』。虚数課をただ英語にしたものだ。『Occult』という単語を入れなかったのは、恐らく、神事警察側から圧力があったんだろうな。宮内庁は若干お堅いところがあって、『超能力』を認めていない。……まぁ、私の能力は超能力でもなんでもないんだけれど」

 信楽さんはそう言うとすっかり冷めきってしまったお茶を飲み干した。すると、それを見計らったように柚帆さんがお茶を汲みにきた。やはり、心が読めるというのはすごい事だ。
 寧ろ、誇ってもいいことだと思うのに。

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