今宵、真紅の口づけを
1
森で迷った日から数日、エレオノーラはおとなしく家の周りで過ごしていた。
あの日は両親やヴェルナも探していてくれたらしく、無事に帰って来れたけれど、烈火のごとき父親に怒られてしまった。理由はどうあれ、自分のしたことで周りに迷惑をかけたことには変わりない。そう思うとフェリクスに対して文句を言う気にもならず、そのまま父親の言うことを聞き、森には行かずに過ごしている。
そしてまた、エレオノーラの心の中に暗くて陰湿な気持ちが根を張るように育っている。変化のない体もそうだが、自分のやったことで周りを傷つけたのではないかと思うと、どうしても気持ちが塞いでしまう。何でも自分のせいにしてしまうのはエレオノーラの悪いくせだった。
でもそんな中でも、思い出すと温かな気持ちになることがある。
栗色の髪と瞳の少年、エルネスティのことだ。あのぶっきらぼうな言い方の、決して愛想が良いとは言えない少年なのに、エレオノーラの中に不思議と残っている。
今何をしているのだろう。
ふと気付くとそんなことを考えてしまっている自分がいる。
『魔族は嫌いだ』
そう言い切った少年の瞳を思い出せば、決して良い気分ではない。でも、エレオノーラ自身のことは認めてくれたことが、何よりも嬉しかった。
「エレオノーラ、なんか変だよ」
庭で薔薇の剪定をしながらヴェルナは言う。青い薔薇は今日も美しく咲いている。細い指で薔薇の棘を取りながら、エレオノーラは首をかしげて聞き返した。
「何が変?」
「何となく…落ち込んでる?」
赤い瞳でじっと見つめられて、エレオノーラは目を逸らした。
その綺麗な瞳が羨ましい。
そんなことを言えるはずもなく、青い瞳は暗い色を隠して微笑んだ。
「そんなことないよ。こないだ怒られたから反省中なの」
はぐらかしてにっこりと笑うと、ヴェルナはまだ何か言いたげな顔をしていたのだが、小さく溜息をつきその顔を綻ばせた。黒髪の間から見える深い赤い瞳が優しい色を見せる。肩で切りそろえられた黒髪が風に揺れて青い庭によく映えた。
「私でも少しは役に立つんだから、気が向いたときで良いからまた話してね」
「ヴェルナ…ありがとう」
透き通った青い水のような瞳が、ヴェルナを見つめて泣きそうに揺れた。突き止めたりしないヴェルナの優しさが胸に染み込んでいく。お互いのことを知っているからこそ、時が来るまで待っていると言ってくれる関係が嬉しい。
二人はどちらからともなく恥ずかしそうに微笑みながら、薔薇の剪定を再開した。
そこに、黒衣を纏った一人の男が顔を見せた。焦香色のゆるいウェーブがかかった長い髪の毛をきっちりと後ろで結い、スターリングシルバーのフィンチ型の眼鏡をつけた男が、青い薔薇を見た後、二人の少女を見てニコッと微笑んだ。
「エレオノーラ、ヴェルナ、こんにちは」
優しい声に、少女二人は声をそろって挨拶をして、その男の前に駆け寄った。
「リク先生、どうしたの?うちまで来るなんて珍しいね」
「エレオノーラのお父さんに薬を頼まれてたから。お父さんが取りに来るって言ってたけど、俺の方が暇だから届けに来たんだよ」
リクと呼ばれた青年は、その明るい赤い瞳を優しく笑みの形に変えエレオノーラを見た。
「リク先生のお薬は、本当に体が楽になるから助かるよね」
ヴェルナも赤い瞳でリクを見上げて笑う。それにエレオノーラは一瞬暗い顔をした。
リクも吸血族で、医術を学びこのあたりでは有名な人物だった。吸血族が昼間でもそれなりに外に出て活動できるようになったのはリクの作った薬のおかげといっても過言ではない。体力を維持させる薬を開発したこの若く、彫りの深い端整な顔の青年は、実際にはかなりの長寿な存在だった。
エレオノーラが以前エルネスティに渡した薬もリクの作ったものであるが、あくまでも作用の薄い子供用だ。本当に体が太陽を受け付けなくなってしまった時に服用する成人用を、エレオノーラは使ったことがない。
理由は単純、まだ必要ないからだ。
「そう言ってもらえたら、俺も嬉しいな。またいつでも買いにおいで」
ヴェルナにそう言ってその艶やかな黒髪を一撫でした後、エレオノーラに視線を向けて、その暗い青い瞳を見て微笑んだ。
「エレオノーラ。心配要らないから。ね」
それだけ言ってヴェルナにしたように、明るい金髪の髪の毛を撫でて家の中に入って行った。
「ねぇ、何のこと?」
ヴェルナはキョトンとしてエレオノーラを見る。それにエレオノーラは心の底から嬉しそうに微笑んだ。
「なんでもないよ。リク先生もヴェルナも優しいから、嬉しい」
何も言ってなくても、リクにはエレオノーラの思ったことが分かってしまったようだ。自分の考えが見透かされたことは、それだけ感情が顔に出てしまったと言うことで、褒められたことではないかもしれない。でも、それでも言葉をかけてもらえたのは嬉しかった。
焦っても仕方がない。
すぐにまた落ち込んでしまうだろうけど、今は素直にそう思える。
そしてまた思い出す。
『お前には恩がある。それに、お前なら、それほど嫌じゃない』
そう言ってくれたエルネスティの事を。
これだけ考えてしまうのなぜか自分でもよく分からないけど、自然と湧き上がる温かい想いに浸るのは悪くないことだと感じてしまっている自分がおかしかった。
小さく笑うエレオノーラに、ヴェルナは首をかしげながらも、穏やかな幼馴染の様子に安心したように微笑んだ。
「まぁ、あんたが元気ならそれで良いか」
「え?何か言った?」
「ううん。なんでもない」
今度はエレオノーラがキョトンとした顔でヴェルナを見た。それにヴェルナの赤い瞳が楽しげに細められ青い瞳を見つめる。
「早く薔薇切っちゃおうよ。それでおやつにしよう」
ヴェルナが満開の笑みでそう言うと、エレオノーラも笑って頷く。また、再び剪定を始めたエレオノーラから視線を外したヴェルナは、リクが中に入って行ったエレオノーラの家を見つめて、その赤い瞳を切なそうに細めた。
それは大切な人を想う瞳だった。
あの日は両親やヴェルナも探していてくれたらしく、無事に帰って来れたけれど、烈火のごとき父親に怒られてしまった。理由はどうあれ、自分のしたことで周りに迷惑をかけたことには変わりない。そう思うとフェリクスに対して文句を言う気にもならず、そのまま父親の言うことを聞き、森には行かずに過ごしている。
そしてまた、エレオノーラの心の中に暗くて陰湿な気持ちが根を張るように育っている。変化のない体もそうだが、自分のやったことで周りを傷つけたのではないかと思うと、どうしても気持ちが塞いでしまう。何でも自分のせいにしてしまうのはエレオノーラの悪いくせだった。
でもそんな中でも、思い出すと温かな気持ちになることがある。
栗色の髪と瞳の少年、エルネスティのことだ。あのぶっきらぼうな言い方の、決して愛想が良いとは言えない少年なのに、エレオノーラの中に不思議と残っている。
今何をしているのだろう。
ふと気付くとそんなことを考えてしまっている自分がいる。
『魔族は嫌いだ』
そう言い切った少年の瞳を思い出せば、決して良い気分ではない。でも、エレオノーラ自身のことは認めてくれたことが、何よりも嬉しかった。
「エレオノーラ、なんか変だよ」
庭で薔薇の剪定をしながらヴェルナは言う。青い薔薇は今日も美しく咲いている。細い指で薔薇の棘を取りながら、エレオノーラは首をかしげて聞き返した。
「何が変?」
「何となく…落ち込んでる?」
赤い瞳でじっと見つめられて、エレオノーラは目を逸らした。
その綺麗な瞳が羨ましい。
そんなことを言えるはずもなく、青い瞳は暗い色を隠して微笑んだ。
「そんなことないよ。こないだ怒られたから反省中なの」
はぐらかしてにっこりと笑うと、ヴェルナはまだ何か言いたげな顔をしていたのだが、小さく溜息をつきその顔を綻ばせた。黒髪の間から見える深い赤い瞳が優しい色を見せる。肩で切りそろえられた黒髪が風に揺れて青い庭によく映えた。
「私でも少しは役に立つんだから、気が向いたときで良いからまた話してね」
「ヴェルナ…ありがとう」
透き通った青い水のような瞳が、ヴェルナを見つめて泣きそうに揺れた。突き止めたりしないヴェルナの優しさが胸に染み込んでいく。お互いのことを知っているからこそ、時が来るまで待っていると言ってくれる関係が嬉しい。
二人はどちらからともなく恥ずかしそうに微笑みながら、薔薇の剪定を再開した。
そこに、黒衣を纏った一人の男が顔を見せた。焦香色のゆるいウェーブがかかった長い髪の毛をきっちりと後ろで結い、スターリングシルバーのフィンチ型の眼鏡をつけた男が、青い薔薇を見た後、二人の少女を見てニコッと微笑んだ。
「エレオノーラ、ヴェルナ、こんにちは」
優しい声に、少女二人は声をそろって挨拶をして、その男の前に駆け寄った。
「リク先生、どうしたの?うちまで来るなんて珍しいね」
「エレオノーラのお父さんに薬を頼まれてたから。お父さんが取りに来るって言ってたけど、俺の方が暇だから届けに来たんだよ」
リクと呼ばれた青年は、その明るい赤い瞳を優しく笑みの形に変えエレオノーラを見た。
「リク先生のお薬は、本当に体が楽になるから助かるよね」
ヴェルナも赤い瞳でリクを見上げて笑う。それにエレオノーラは一瞬暗い顔をした。
リクも吸血族で、医術を学びこのあたりでは有名な人物だった。吸血族が昼間でもそれなりに外に出て活動できるようになったのはリクの作った薬のおかげといっても過言ではない。体力を維持させる薬を開発したこの若く、彫りの深い端整な顔の青年は、実際にはかなりの長寿な存在だった。
エレオノーラが以前エルネスティに渡した薬もリクの作ったものであるが、あくまでも作用の薄い子供用だ。本当に体が太陽を受け付けなくなってしまった時に服用する成人用を、エレオノーラは使ったことがない。
理由は単純、まだ必要ないからだ。
「そう言ってもらえたら、俺も嬉しいな。またいつでも買いにおいで」
ヴェルナにそう言ってその艶やかな黒髪を一撫でした後、エレオノーラに視線を向けて、その暗い青い瞳を見て微笑んだ。
「エレオノーラ。心配要らないから。ね」
それだけ言ってヴェルナにしたように、明るい金髪の髪の毛を撫でて家の中に入って行った。
「ねぇ、何のこと?」
ヴェルナはキョトンとしてエレオノーラを見る。それにエレオノーラは心の底から嬉しそうに微笑んだ。
「なんでもないよ。リク先生もヴェルナも優しいから、嬉しい」
何も言ってなくても、リクにはエレオノーラの思ったことが分かってしまったようだ。自分の考えが見透かされたことは、それだけ感情が顔に出てしまったと言うことで、褒められたことではないかもしれない。でも、それでも言葉をかけてもらえたのは嬉しかった。
焦っても仕方がない。
すぐにまた落ち込んでしまうだろうけど、今は素直にそう思える。
そしてまた思い出す。
『お前には恩がある。それに、お前なら、それほど嫌じゃない』
そう言ってくれたエルネスティの事を。
これだけ考えてしまうのなぜか自分でもよく分からないけど、自然と湧き上がる温かい想いに浸るのは悪くないことだと感じてしまっている自分がおかしかった。
小さく笑うエレオノーラに、ヴェルナは首をかしげながらも、穏やかな幼馴染の様子に安心したように微笑んだ。
「まぁ、あんたが元気ならそれで良いか」
「え?何か言った?」
「ううん。なんでもない」
今度はエレオノーラがキョトンとした顔でヴェルナを見た。それにヴェルナの赤い瞳が楽しげに細められ青い瞳を見つめる。
「早く薔薇切っちゃおうよ。それでおやつにしよう」
ヴェルナが満開の笑みでそう言うと、エレオノーラも笑って頷く。また、再び剪定を始めたエレオノーラから視線を外したヴェルナは、リクが中に入って行ったエレオノーラの家を見つめて、その赤い瞳を切なそうに細めた。
それは大切な人を想う瞳だった。
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