死神の愛を。

9

「レイ。ノエルは大丈夫でしたよ」
 シエルからレイを預かり、抱き上げて店主は語りかけた。レイの黒くて愛らしい瞳がほっとしたような色を滲ませたのを見て、店主はふわりと微笑んだ。
「本当に良いのですか?」
 シエルはもう申し訳なさそうに店主に言う。
「かまいませんよ。どうせうちには訳の分からないものがたくさんいますから。レイの方がお利口だと思います」
「酷い言い方ですね。僕も元々はそこにいたから…反応に困るじゃないですか」
 ぼやくように言ったシエルに小さく笑って、店主は聖堂へと帰っていく。キャリーケースに入れられたレイが時折店主に向かって何かを言いたそうにしていた。
 店主は、聖堂に帰ると、書斎にレイの即席のベッドを作った。柔らかいタオルと毛布で作ったそれを、レイは気に入ったのか、のんびりと寛いでいるのを眺めながら、お茶を入れて自分もそばにある椅子に腰を下ろす。
「レイ…どうしたら良いのでしょうかね?私が身代わりになれたら何の問題もないのですが。こんなときは全く役に立たない…この体が煩わしいです」
 細い指で、レイの頭を撫でながら、店主はぼんやりとした表情で考え込む。
 アンリは諦めたりしないだろう。よく分からない性格の死神ではあるが、嘘をついたりはしない。自分も、他の「神」と呼ばれるものは、言葉の意味を違えたりしない。
 だから、ノエルのことも本気なのが良く分かる。
「あの子をこの世に出したきっかけは私なのですから、何とかしなければいけないですが」
 店主は珍しく、頭を抱えるようにうなだれて溜息をついた。この先待っているのは、ノエルの死と悲しむシエルと凛子。
 自分は何もしてやれない。アンリを殺す以外には方法なんてない。
 しかし、店主にとってアンリもまた、心の奥底では大事な存在だ。人を食ったような若い死神は、鬱陶しく思うこともあるけれど、憎むべき対象ではないし、まして殺すことなど考えたこともなかった。
 自分もかつては神と呼ばれた存在なのだから、アンリと遣り合う事もできるだろう。
「ですが…気が進みません」
 独り言は、薄暗い書斎の空気にゆったりと飲み込まれていく。静かな空間で、レイは店主を見上げて、小さく甘えるような声を出した。
「お前も、何か言い案が思い浮かんだら、私に教えてくださいね」
 にっこりと微笑んだ店主だが、その後小さく息を呑んだ。レイを見下ろす瞳に迷いのようなものが浮かぶ。
 レイは動物特有の、純粋な瞳で端正な顔の男を見上げて、ワンと吼えた。
 何も心配は要らない。
 そう言って、レイは店主の手をぺろりとなめた。
 

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