transient

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「やだ何この子ぉ。かわいい~っ!」
 葉月を見るなり颯希の姉、さやは目を輝かせた。きっと特殊効果が本当に出るならば目からハートマークが飛び出してるはずだ。
 彩は葉月のぱっつん前髪を撫でてみたり、桜色の頬を触ってみたり、前から後ろから眺めてみたり、挙句、あろうことか短い制服のスカートをちらりとめくって細い足を眺めて誠と颯希に怒られたり、落ち着きなく騒いでいる。
「確かに、美人さんだよねぇ」
 こんな状況なのに、颯希までもがニコニコとして葉月を見ている。
 いや、確かに可愛いけど、それにしてもこの反応はちょっと…。
「もう見たから良いだろう。離れろ」
 誠は葉月の手をつかんで無理やり離した。その途端葉月の姿は霧が晴れるように消えてしまった。
「えー、誠くんのケチ」
「もー。誠のバカ。ケチ。チビ」
 葉月と彩に同時に文句を言われて、誠は思い切り二人を睨みつける。
 学校帰りに颯希の家に寄った誠は、たまたま休みで家にいた彩と出くわした。
 彩は気配位は分かる人間のようで、誠についてきた葉月のことに気付いて見たいと騒ぎ出した。
 誠と颯希たちの家は同じマンションの階が違うだけなので、よく遊んでいたりしたし、今でも暇なときはどちらかの家にいたりする事もある。誠的には、彩のいない自分の家の方が良かったりするのだが…。
 彩は誠と颯希より7歳年上の24歳。可愛いと近所では言われているが、誠はそれが理解できない。
 まぁ、近い存在過ぎてそう思って当たり前なんだし、従姉妹を可愛いとかないし。
 それに、家にでくつろぐ彩を見てはとても可愛いなど思えない。今も誠の目の前では、秋なのに胸の谷間が丸見えのキャミソール一枚と丈の短い、というか、ローライズだしお尻が見えそうなほどの短さ。の、デニムをはいて、頭に、いかにもあほっぽい(実際は頭はいい。ただ性格があほっぽい)大きなリボンのついたゴムで緩やかに巻いてある髪をルーズに上げている彩は、完全に気を抜いて下着が見えそうなくらい胡坐をかいている。しかしもう誠も颯希も、慣れすぎて羞恥心とかもなく平然としている。
 これを可愛いと思えるほど俺はできた人間じゃない。しかもなんで女が女を見て可愛いって悶えるんだ?絶対こいつはおかしい。
 心の中で彩に対して毒を吐きながら誠は軽く鼻で笑った。
「お前の方が小さいくせに何がチビだ。彩も颯希も背が止まったからってひがむな」
「僕は関係なくない?まぁ、背が低いのは認めるけど」
 いきなり名前を出された颯希は眉間にしわを寄せてぼやいた。男の割には背の低い颯希だが、柔らかくて可愛い雰囲気があるのでそれはそれで似合っている。
 でもまぁ、こんなことで怒るような性格ではなく、すぐにニコニコと表情を変えた。
「あんたって、本当に生意気だわ。ま、昔からだけど」
 呆れた様子で、彩は右ひざを立ててその上に顎を置いた。それに思い切り顔を顰めたのは誠だ。
「お前…見えそうだぞ。ちょっとは恥じらいってものを知れ。迷惑だっ」
「何よ良いじゃない。減るものじゃないしぃ」
「俺の精神がすり減るんだよ」
「はぁ!?見て得はあっても損はないと思うんですけどっ」
「お前のなんか見て得なんかあるかバカ」
「………可愛くないなぁ、最近の高校生は」
 思い切り睨み合う二人の間にぽかんとした声が入り込む。
「ホントだ…」
「……は?」
 耳元で葉月の声がして誠はギョッとして振り返った。
「おいあんた…勝手に触るなよ」
 誠は思わず思い切り睨みつけた。葉月は誠の肩に顔を置いて、少し顔を赤らめて彩の足の間を見つめていた。
「だって私だけ見えてないのはなんか悔しいじゃない?」
「そんなの知るか。つか離れてくれ」
「本当に誠くんって冷たい」
 葉月の言葉に彩も大きく頷く。相変わらず膝は立てたままだし、仮に見えても何とも思ってないのだろう。
「で、この可愛い子はなんでまだこの世にいるの?」
「くだらない理由だ」
「くだらなくなんかないよ。私にとっては重要なんだからっ。恋愛もしないで死ぬなんて嫌よ」
 真剣な顔で言う葉月に、彩と颯希は目を丸くして、誠はそれはそれは盛大なため息をついた。
 颯希はさっきちらっと聞いたんじゃなかったか?マジで分かってなかったのか…。
 誠はやっぱりため息をついて二人から視線を葉月に移す。
「だから…あんたはもう死んでるんだってば」
 この子がこんなバカみたいに元気なのは死んでる自覚がないからか?いやでも分かってるはずだし…単に性格なのか。
 しかし、誠の思いなどまるで無視する颯希と彩は驚きながらも葉月の気持ちは理解できるようだった。そして、それが誠には全くもって理解できない。
「こんな若くで死んだらそりゃ成仏できないよねぇ…可哀想に。恋愛も大事な人生の要素だよ。うん」
「確かに…。僕も今死んだら後悔するよ。恋愛くらいしたいよね」
「でしょう?良かったぁ。分かってくれる人がいて」
 葉月は颯希と彩に向かってにっこりと笑いかける。その顔は素直に可愛いと、不覚にも見とれてしまった誠は慌てて首を振った。一方葉月の手はしっかりと誠の腕をつかんでいる。
 幽霊のくせに妙にあったかくて柔らかい。誠は小さな手で自分をつかむ葉月の手をじっと眺めた。細くて長い指と形の良い爪は女の子らしいし綺麗だ。
 ほんと、見た目は好みなんだけどな。…いやいやいや。それにしても、この能天気姉弟め。何好き勝手言ってんだ。
「大事か何だか知らないけど、死んでたら何にもできないだろ」
「そんなことないんじゃない?あんたいれば実体でいられるんだし」
「は?何言ってんだ。そんな面倒なことするわけないだろ」
 矛先がこちらに向いて来て誠は彩に対して軽い殺意すら覚えそうになる。
「だいたい恋愛なんてしようと思ってするもんじゃない。したいからって簡単にできたら世の中カップルだらけになるって思うのは俺だけか」
 頭をかきながらだるそうに誠は言って立ち上がる。
「何処に行くの?」
 葉月も慌てて立ち上がったが、それを誠は無視して颯希の部屋を出て行った。
「誠?ご飯は?今日うちで食べるって言ってたよね」
 颯希がパタパタと追いかけてきて問うと、誠は振り向かずに玄関で靴を履きながら答えた。
「おばさんに謝っといて。今日は自分ちで食べる」
 そのまま葉月が追いかけるのもかまわず颯希の家を後にした。
「誠くん待ってぇ」
 葉月もあわただしく出て行ってしまい(もちろん葉月単品では颯希に見えていないのだが)、取り残された颯希はぽかんとし顔で頷くだけだった。
 自分の部屋に戻った誠は着替えもせずにベッドに横になって目を閉じた。
 そこに、少ししてから葉月の気配を感じて気怠そうに眼を開ける。
「あんたさ、マジで恋愛したいって思ってんの?」
 誠の不機嫌極まりない声に、葉月は少し考えて答えた。
「したいよ。私が生きてた頃のあの学校は厳しいお嬢様学校だったから、恋愛なんて無縁な環境だったもの。それが今じゃ共学になっちゃって…生きてた時代を損したって思う位だよ」
 女子高?そういえばそんな話を聞いたことがあるな。確かに男子トイレは少ないし…。
 誠は男子生徒に優しくない校舎の造りを思い出してみる。
「みんな羨ましいなって思って見てたんだ。あ、誠くんは彼女いるの?」
 葉月は急に弾んだ声を出して寝ころぶ誠の足元腰かけた。葉月のスカートが足に触れる感触はあるがベッドが重みできしんだりはしない。不思議な感覚に誠は少し眉を顰めた。
「今はいない」
「だよねぇ。毎日見てたから知ってる」
「なら聞くな」
 からかうような葉月を軽く睨んで誠はまた目を閉じた。
 今日は疲れた。この子ずっとそばにいるつもりか?
「ねぇ、誠くん?」
 葉月の静かな声が誠の鼓膜に届く。そのまま無視してやろうかとも思ったが、根本的には優しい所のある誠は小さく返事をした。
「なんだよ」
「あのね。勝手だと思ってるよ。誠のくんの迷惑だって分かってるんだけど…」
「うん」
「それでもそばにいたいんだ。私の事こんなに見れる人って初めてで…嬉しくて。だから…少しだけで良いから……」
 涙が混じってそうな声に、目を閉じたままの誠は今更見ることも躊躇われて、葉月に背を向けるようにして寝返りを打った。
 寂しくないはずなんかない、葉月が過ごした20年はきっと…。そう思うと、こんな明るい性格でも、ずうずうしいと思うことがあっても、今のこの状況で突き放すなんてできない。
 って言うか…泣くのは反則だろう。って思っても、流される俺って甘いよな。
「分かったから」 
「え?」
「いたければ勝手にいたらいい。でも恋愛したいなんてことは手伝ってやらないからな」
 それだけ言って誠は寝たふりを決め込んだ。



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