transient

1

 終わった…。
 近藤誠こんどうまことはがっくりと項垂れた。
 高校に入ってからの今までの努力が、たった今水の泡になって消えてしまったからだ。
 現在高校二年目の秋。
 今日までよく頑張った。お疲れ…。
 自分を抱きしめて褒めてやりたい。
 決して、視界には入れず、気配を感じたら逃げる。
 背中に目が欲しいと何度思ったことか、もしくは魚群探知機みたいなものでも、セキュリティシステムでも良い。
 でも、それも終わってしまってはどうでもいいことだな…。
 体中の空気を吐き出して、誠は机に顔を伏せた。
「ねぇ、そんなに悲しい?」
 すぐそばで女の子が話しかけてくる。その声にイラっとして目だけで見上げる。
 目の前には、ぱっつん前髪の女の子がいる。顔はなかなかに可愛い。スレンダーが好みの誠には良い感じの体型だ。
 いや、だめだろ。ないだろ。そこは健全な男子高校生でも手を出しちゃいけない領域だ。
「なんで睨むのよ。せっかく話が出来て嬉しいのに」
 腰に手を当てて、女の子は誠を見下ろしてる。
 あぁ、やっぱ、見えるよな。
 誠はまた大きなため息をついた。
 目の前にいるのは、葉月と名乗る女の子。17歳だと言う。
 デザイン変更前の制服を着ている彼女は、享年17歳でもある。
「なぁ…なんで俺のとこに来たんだよ」
 ろくに顔も見ないまま、誠はブスッとした顔で葉月に声をかける。
「そんなの私のこと見えてるからに決まってるじゃない。ずっと無視してるからすごい腹が立ってたけど」
「当たり前だろ!誰がこの世のものじゃないあんたと話す気になるんだ」
「ひっどーい!私もほんの20年ほど前までは生きてたのに」
「20年『も』、前だっ。勘違いすんな。何年前だろうが死んでちゃ意味ないんだよ」
 頬杖をついて大きなため息をついた誠は立っている葉月を見上げた。
 顔は可愛いのになぁ。でも20年前で17歳だったら今は……って、ないない。
 桜色の頬を上気させて怒る葉月に対して、誠はほんのりといらぬことを考えてしまう。
 誠は何かと余計なものが見えてしまう性質たちらしい。
 子供のころは何も知らないまま話しかけたりしては、いわゆる「憑りつかれた」りもした。
 そのたびに家族からは怒られ呆れられてきた。
 大きくなると、さすがに話しかけることもなくなり、自分からおかしな存在がいると思う所にも寄り付かないようにしていたが、高校に入って誠はこの葉月と出会った。
 葉月は入学式の時に初めて見た。最初は霊とも思わない位違和感もなく立っていたのに驚いた。しかしもう異質な存在の者は視界にすら入れないと強く心に誓い、葉月が何か言いたげに自分を見ていても視線を外し、話しかけてきても無視を決め、何がなんでも気づいてないふりをした。
 しかし今日、放課後居眠りをしてしまった時に、不意に話しかけられ返事をしてしまったのだ。
「もう諦めてよね。私のこと最初から見えてるのは分かってたし」
 葉月は嬉しそうに誠の前の椅子に座って目線を合わせた。
 近くで見ると、本当に生きてるみたいな感じがする。
 っていうか、幽霊らしくないだろ。この子。
「分かったよ。でも俺の邪魔はしないでくれないか」
「邪魔なんかしてないじゃない」
「邪魔以外の何があるんだよ。俺にはあんたが見えるけど他の人にはあんたは見えない。どういうことか分かるか?今の俺は大きな独り言を言ってる怪しいおかしな人になってるんだ。そんなとこ誰かに見られたらどうしてくれるんだよ。だからもう話しかけないでくれ」
「……誰もいないところだったら良いってことだよね?」
「は?……なんでそうなる」
 誠の目が呆れと苛立ちで鋭いものになる。しかし葉月は全く気にしてないように笑った。
「だって誰かがいるとおかしな人になるけど、誰もいなかったらおかしな人にはならないでしょ。だから、誰もいないところでなら話しても大丈夫ってことじゃない」
「あんたこそ、どっかおかしいんじゃないのか?」
「そう?普通だと思うけど」
 制服のスカートからのびた細い脚を組みながら葉月は首を傾げた。
「おかしな奴におかしいって自覚はないか」
「…さっきからすごく失礼だよ」
「失礼なこと言われるのが嫌なら俺から離れりゃ良いじゃないか」
 もう何も言いたくない誠は、フンと鼻で葉月をあしらう。それに対して葉月はムッとして唇を尖らせた。
「誠くんしか私の事分かる人いないから仕方ないんだもん」
「誠くん?しかも…仕方ないだぁ!?」
 葉月の言い方に誠は思わず声を上げる。失礼なのはどっちだ。
「だいたいなんでまだこの世にいるんだって話だろ。さっさと成仏しないと神様に怒られるぞっ」
 神様なんて信じてない自分がそんなことを言うのはどうかと思うが、思わず口から出てしまった。
「やりたいことあるからまだ成仏できない」
 葉月は強い視線で誠を睨んで言い切った。その言葉に誠はキョトンとなり勢いをなくす。
「なんだよ、やりたいことって」
「恋愛がしたい」 
「………………は?」
 誠の口から気の抜けた声が出た。それに葉月はもう一度、はっきりと同じ言葉を繰り替えす。
「恋愛がしたい」
「いや、それは聞こえた。あのな、自分の言ってること分かってるのか?」
 頭が痛くなってきた。なんなんだこの子。恋愛?そんな理由で?いや、そもそも理由にもならんわ。
 誠が大きく息を吐いて教室の天井を仰ぐ。それを葉月は不思議そうな顔で見ていた。そのまま誠は椅子から立ち上がり、鞄を手に葉月を見下ろした。
「恋愛でも何でも好きにしたらいいんじゃない?俺には関係ないから。じゃ」
 冷たく言い放つと、誠は教室から出てすぐ横にある階段を下りた。
「誠くん。ちょっと待って」
 後ろから葉月の声が追って来るが、誠は一切振り返らずにそのまま校舎を出る。だいぶ日が傾き、薄暗くなっている校庭歩く。
 なんでこんなことになったんだ。最近あの子を見なかったから油断してた。異質なものを見て誰が喜ぶと思う?巻き込まれたくなんかないんだよ。
 ブツブツと口の中で文句を言いながら、早足になって歩いている誠を追ってきた葉月が後ろからグイっと誠の腕をつかんだ。
 それにギョッとした誠は振り返りざまに思わず声を荒げた。
「馬鹿っ!触るな!!」
「え!?」
 ビクッとして、腕を放さず固まる葉月を睨んだ誠に背後から声がかかる。
「誠?今帰り?」
 ゆっくりと振り返る誠の目に映ったのは、従兄弟で同い年の颯希さつきだった。颯希は部活の帰りなのか大きな楽器ケースを手に立っていた。少し小柄でかわいらしい印象のある、のんびりとした性格の従兄弟は誠の顔と、それからその斜め下を交互に見て首を傾げる。
「あれ…その子。誰?」
「………………」
 誠の顔が引きつる。
 またやってしまった。だから嫌なんだよ。こんなのと関わるのはっ。
「どういうこと?この人に私のことが見えてるの?」
 葉月は訳の分からない顔をして誠を見上げる。ぱっつん前髪と切れ長だけど大きな目が可愛いなと、そんなどうでもいいことを誠は頭の片隅で考える。
 葉月の言葉に、颯希はキョトンとして、そして青ざめた。震える指で葉月を指さし、
「見えるって…もしかして…また?」
「また、とか言うな。もう何年もこんなことはなかったはずだろ」
 憮然とした誠の言葉に、基本的にのんびりしている颯希はそれもそうかと納得したが、
「いやいや、そんな問題じゃないよ。ってか、その子、どうするの?」
「知るか。見たのはお前しかいないからどうとでもなるんじゃないか」
「そうなのか?それならまだいいかぁ」
 憎たらしいほどの笑顔で颯希はホッとした。それが誠の神経を逆なでる。
「良くないっ。お前からもこの子に言ってやれ。恋愛したいとか言ってないでさっさと成仏しろって」
「…れんあい?」
「あの!ちょっと待って!!」
 勝手にどんどん話が進んでいく中、葉月はやっと話に割り込んだ。
「説明してほしいんだけど…なんで私の事、この人に見えてるの?」
 誠の腕をつかんだまま葉月は誠と颯希を見て言う。それに誠はムスッとした表情のまま返事をしない。それに慌てて返したのは颯希だった。
「あぁ、それはね。誠に触ると…なんて言うの?具現化されるって言うのかな」
「え?」
「だから…誠に触れている間は、君は実体を持つってこと」
 颯希の説明に葉月はしばらく無反応で、数秒経ってから理解ができたのか驚愕して目を見開いた。



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