黄金色の愛情

13

「目元は凜子さんに似てますねぇ」
 聖堂の中に穏やかな空気が流れる。いつもどこか怪しげな空気のある店にしては珍しいことだ。
「でしょう?もう可愛くて可愛くて」
 青磁色の瞳をこれでもかという位細めたシエルが笑う。
「子供がこんなに可愛いものとは思ってもみませんでした」
 凜子も腕の中の宝物を見つめて微笑んだ。
「これで本当の家族になりましたね」
 そう言って、店主は凜子を優しく見つめて、それから凜子の腕に抱かれる小さな小さな存在を見つめた。
 その小さな命は、店主の中で古い記憶を穏やかに引き出す。
 遠い昔に人生を共にした一人の少女のことを。彼女が天寿を全うするまでの時間はあっという間で、でもたまらなく幸せだった。
 長い髪を三つ編みにして、青い宝石のついた髪飾りをした少女。大きな目には穢れなどなく、日焼けした肌とよく変わる表情が可愛かった。
 子供のように純粋で、なのに芯は強くてまっすぐな心を持っていた。
『先生』
 そう呼ぶ少女の声が、今でも耳元で聞こえるような気さえする。
「あれ?ご主人そんな腕輪してましたっけ?」
 不意にシエルが店主の腕を見て不思議そうな声を出した。
「本当…初めて見ました」
 凜子も珍しく装飾品をする店主の姿に驚いている。
 店主は左手首にある腕輪に視線を落とし、あぁ、と納得した。
「これは私の宝物です」
「宝物?」
 二人同時に聞き返され苦笑する。
「なんですかその反応。私だって大切にしたいものくらいありますよ。これは、昔、女性ものの髪飾りだったものです。私がそれを付けるのはおかしいでしょう?」
「確かに…ご主人が…髪飾りなんて…」
 シエルは自分が想像した店主に、今にも吹き出しそうになって顔を背けた。
「お前は全く…たとえ人間になってもお前を焼き尽くすことなどたやすいのですよ」
 店主の一瞬見せた陰湿な目に、シエルは絶句して青ざめた。
「もうシエルは…」
 凜子は相変わらずな二人のやり取りにクスクス笑って店主を見た。
「それは、ご主人のとても大切なものなのですね」
「そうですね。凜子さんにとって宝物の、その腕の中にいる可愛い赤ちゃんと同じくらい、私にとっては大切です。だから腕輪に形を変えて持っているんですよ」
「でもなぜ今日はそれを付けているのですか?」
 シエルに問われ店主は懐かしそうに微笑んだ。
「今日は、私にとって大切な日なのです」
「大切な?」
 シエルは店主のプライベートなど想像もできない。この怪しくて得体のしれない男の大切な日など指の先ほども想像することなんて無理だ。だが、同時にとても興味深い。
「大切な日ってなんですか?」
 怖いもの見たさという感覚に近いシエルが店主に尋ねる。店主はその優しげな目を細めて、
「それは言えません。黙秘します」
 とだけ言ってお茶を飲んだ。
 今日は、私があの子の御霊を見送った…だから、大切な日なんです。

 ね?聖。今でも私は貴女をお慕い申し上げていますよ。

 店主の腕で、今は形を変えた青い宝石がきらりと輝いた。

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