東方魔人黙示録

怠惰のあるま

絶望と希望と虚無




沈む...

沈む...

私は沈んでいく...

ただ、ひたすらに沈む...

このまま私は沈んで戻れないのだろうか...

このまま一人になるのだろうか...

でも、悔いは無い...

愛する人を守れたから...

この存在一つで愛する人を守れたのだから...

あいつは悲しむかもしれない...

悪いことをしたと思ってるわ...

けど、死んでほしくなかったの...

もう会えないと思うと...

悲しいけど...

寂しいけど...

昔のように失わなくてよかった...

思い残すことなんて私にはない...

だから...

もう...










私は次元の闇へと沈んでしまおう。








△▼△








感情が壊れたアルマは、感情が不安定になっていた。能力も相まって抑えきれない感情が暴発していた。
喜怒哀楽の感情の爆発によってアルマの周りは一種の別空間と化していた。喜びによる直射日光が当たり、怒りによる雷と暴風が発生し、哀しみによる雨が降り注ぎ、楽しいによる重力変化が発生。
さらには時に暴発する八つの枢要罪が拍車をかけていた。今のアルマに近づけば、ただでは済まないだろう。
それでも尚、彼を元に戻そうと桜は異常地帯に近づいた。

「アルマ...! 気を確かに持ちなさい...!!」
「ア...ヒャヒ...う...うう....あああああ!!」

彼自身でさえ抑えきれない感情の暴発に桜もこれ以上は近づくことはできなかった。
だが、それを意に介さずアルマのすぐ目の前に立つ者がいた。それはアフェクトゥルであった。

「喜怒哀楽の四重奏カルテット...不安定ですね。感情の魔王よ」

その声に感情の暴発がおさまった。そして、アルマの視線がアフェクトゥルに向くと感情が暴走した。
アルマは怒っていた。自分自身に。
アルマは悲しんでいた。愛する者に。
アルマは笑っていた。力無き自分に。
アルマは妬ましかった。愛する者の勇気に。
アルマは軽蔑した。自分の愚かさに。
アルマは壊れていた。愛する者を失ったことに。
アルマは喜んだ。目の前に仇がいることに。

「俺は怒ってる。アヒャヒャヒャ!! そう! 怒ってる! とても...怒ってる...怒ってるんだよ...!! 怒ってる!怒ってる!」

感情が代わる代わる入れ替わり、怒っているのに笑い、怒っているのに悲しみ、怒っているのに喜んでいた。その姿はまるで壊れた玩具。
アフェクトゥルは哀れみの目線を静かに壊れた魔王に送った。

「今楽にして差し上げましょう」

魔力によって作り出した漆黒の剣を握ると壊れた魔王の脳天に振り下ろした。
アルマは一切動かず死を望むように固まっていた。刃がもう少しで触れようとした時、横から放たれた弾幕によって弾かれた。
煩わしそうに弾幕を放った者に視線を移すとそこにいたのは第三の目から憤怒の炎を燃やすさとりが立っていた。

「これ以上......私の家族に手を出させない......!!」
「地霊殿の主......そして、アブホースに好かれし者...邪魔をするなら容赦しませんよ」
「結構です......こちらは殺す気でいるのですから...! 憤怒の獄 収まらぬマグマの怒り!!」

第三の目から溢れ出る憤怒の炎がドロドロと粘つく液体と化した。止めどなく流れ出るそれは地面に触れると蒸気を上げて地面を溶かす。
それが一定量流れ出ると一匹の無定形の生き物のように動き出した。

「憤怒の独奏曲ソロ。素晴らしい音色だ...けれど響かない...」
「黙れ!!!」

マグマの生き物に指示を出すとそれはその手を振り上げ、アフェクトゥルに向けて拳を振るった。

「我は拒絶する......妬ましいこの世の全てを......」

だが、アフェクトゥルの前に張られた緑色の薄い膜のようなものによって防がれた。

「嫉妬の独奏曲。堪能してくれたかな...?」
「黙れ...黙れ黙れ黙れぇぇぇ!!」

憤怒に飲み込まれたさとりは全身を黒き炎に包まれた。その姿は神話に出てくる...天使でありながら怒りに飲み込まれ悪魔の王と化したサタンを模しているようだった。

「あなたでは魔王のように大罪の炎には耐えれないでしょう。哀れな方だ...」
「だマ...れ...! コロ...す...こ...ロス...コロス...コロス!!!」

怒りの咆哮は黒い衝撃波となりアフェクトゥルに襲いかかる。しかし、彼女はそれを意に介さず迫り来る衝撃波を軽く手で弾いてしまった。
それには理性が消えかけていたさとりも驚きを隠せなかった。
自分の全力とも言える攻撃をまるで虫を退けるが如く防いだのだ。
驚きでたじろぐさとりにアフェクトゥルは指を鳴らした。その音を聞いた彼女から憤怒の炎は消え去り地面に倒れ伏した。

「限界まで昂ぶった感情ほど消し去るのは容易い。さて...魔王よ。次は貴様だ」
「うひひ...うるせえなぁ...? うるせえぞ!! ぶっ殺す!!」
「もう苦しいでしょう...? 愛する者のいない世界に生きる意味などない。貴様はもう死にたいのだろう?」
「俺は...オレは...我は...自分は...?」

自分を見失ったようにポツポツと呟く。その姿を見て潮時だと悟った。そして、静かに綴った。

「燃え滾る憤怒よ...溢れ出る悲哀よ...悲憤となりて...降り注げ」

詠唱のように言葉を綴り終えると空に赤と青の光の点が現れた。それは数千個もの流星群。憤怒の流星と悲哀の流星がアルマに向けて降り注ごうとしていた。

「怒りと悲しみの二重奏デュオ......己の悲憤で死ぬがいい」

流星が迫り来る中、アルマは動かなかった。まるで魂が抜けた肉人形のようにピタリと立ち尽くしていた。
アルマは動かぬまま、一つ、また一つと流星が降り注ぐ。少しずつ地面を抉っていく流星群は時間が経つごとに勢いを増していった。流星群が止むと残った粉塵だけが静かに舞っていた。
粉塵の所為でよくは見えないがアフェクトゥルはアルマを仕留めたと確信した。だが、それは粉塵の中から現れた者によって砕かれた。その者の腕にはグッタリと力無く抱き上げられたアルマがいた。その者はアフェクトゥルの前に降り立つとアルマの肩を掴みガクガクと揺らした。

「おい! おい起きろアルマ!!」
「磔か...なんのようだ...? いひひ? 何の用かな!? ナンノようだっ!! 」

その者...磔は壊れたアルマを見て悲しそうな顔を浮かべた。

「磔! アルマは大丈夫か!?」

幻真の問いかけに磔はアルマを揺らすのを止め、首を横に振った。

「いや...ダメだ...精神が壊れてる...!」
「クソッ! とにかくアルマを連れて逃げろ!!」
「幻真はどうするんだ?」
「足止めだけでもしてみるよ。今はアルマを逃すのが先だ! 行ってくれ!」

幻真は真神剣を構え、アフェクトゥルに斬りかかった。しかし、目の前に現れた壁によって攻撃を弾かれてしまった。

「邪魔をしないでいただきたい。私はあなた達に構っている暇はないのですが?」
「ここでお前を止めないとアルマを殺す気だろ! 行かせるかよ!」
「殺す、ではない。概念ごと消し去るのですよ。彼は邪魔でしかない」

小さく言葉を綴ると彼の周りに氷塊が出現した。数え切れないほどのそれらを幻真に向けて撃ち放った。氷塊は回転をしながら幻真に迫る。
勢いよく迫ってくる氷塊だが、そう簡単に当たる幻真ではない。幻真は迫り来る氷塊を全て叩き割っていく。

「意外にやりますね。なら次は......おっと」

アフェクトゥルは後ろに軽く下がると何かが鼻先をかすめた。それが撃たれた方に視線を向けるとそこに居たのはアルマであった。

「外れた...外したんだ!! 外れちゃった...外れた! 外れた! ププ...外れた!」
「ア、アルマ! なんで逃げないんだ!」
「逃げる...? 逃げるわけない。ふざけんな! 逃げるかよ! 逃げるとか面白いな!! 逃げ...るるるるる? わぁぁけがああぁぁ!!」

壊れた口調で喋り続けるアルマは頭を抱えて苦しんでいた。

「なんでなんでなんでなんで? (死んダ...?)ありえないありえないありえないありえない! (パルスィ死んだ)悲しい悲しい悲しい悲しい悲しい悲しい!!(パルスィが消えた)殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!(嫌だ嫌だ!!)パルスィパルスィパルスィパルスィパルスィパルスィパルスィ!!(俺を一人にしないでくれ......!!)」

アルマは狂い始めた。駄々をこねるように叫び、何かを否定するように叫び、悲しみの声を叫び、殺意の声を叫び、愛する者の名を叫んだ。
アルマは完全に精神が壊れた。
磔は頭を抱えて叫び続けるアルマを抑え込もうとするが、異常な力で振り払われてしまう。

「壊れた魔王にこれ以上何を望む? あなた達がやろうとしていることは彼を苦しめようとしているのがわからないのか?」
「だまれ! アルマは俺たちの大切な仲間だ! 絶対に消させはしない!」
「なら...共に消えるといい...」

右手をかざしアフェクトゥルはまた言葉を綴る。

「理に導く声よ...魂を捉える声よ...精神を結び付ける声よ...その声をやめよ...」

アフェクトゥルの周りに薄っすらと何かが浮かんだ。まるで幽霊のようなそれはゆっくりとアルマと磔を取り囲んでいった。
それを幻真は許すわけはなく真神剣を振り下ろすがそれの体をすり抜け、地面を斬った。幽霊の手が幻真に触れるとボロボロと細胞が朽ち果てた。

「うおっ!?」
「離れろ幻真! こいつら何かやばい!!」
「死欲の独奏曲ソロ...ゆっくりと細胞が朽ち果てていく痛みに叫ぶといいよ...」

三人を取り囲む幽霊達がゆっくりと円を縮めていく。幻真と磔が諦めかけたその時、地面に穴が開いた。
次元の狭間へと三人が落ちると入り口は閉じた。
三人が消えたことにアフェクトゥルはため息を吐いた。

「全くもって面倒くさい...」
「どうやらそちらも逃げたようだね」
「ルシファー。あなたともあろう方が敵を逃すとは」
「私だって苦戦はするさ。だいたい彼方には始祖神がいる。次元の壁が存在する限りどんな状況だろうと逃げられるよ」
「ふむ...まあそれは追々片付けましょう。どうせすぐにまみえるでしょうし」

アフェクトゥルは静かに微笑み、ある場所へと向かった。その後ろを不気味な笑みを浮かべルシファーが歩いて行った。







△▼△







次元の狭間へと落ちた幻真と磔はまた暴れだしたアルマを抑え込んだ。

「離せぇぇ...!! 殺す殺す殺す殺す殺す殺す!! そして...俺も殺す...!!」
「落ち着けアルマ!」
「正気に戻れ!!」
「だま...れぇぇ!!」

抑え込む二人を何とか引き剥がしたアルマだが、すぐに何重にも結界を貼られてしまった。

「少し...頭を冷やしなさい...!」
「さくらぁぁ...!! ここから...ダセェ...出せ...出せ...出せ出せ...出せ出せ出せ出せ!!!」

怒りに任せて結界を何度も殴るアルマの哀れな姿を友人達はただ見守ることしかできなかった。
現状、アルマの精神を戻す方法は一つしかない。だが、それはもう叶わなかった。

「パルスィ...!」
「私があの時もっと急いでいれば...」

火御利は泣いていた。大切な友人であったパルスィが目の前で為す術もなく死んでしまったから。桜も自分の不甲斐なさに苛立ちを覚えていた。あの時、あの時と何度も戻せない過去を悔やんでいた。

「これからどうする?」
「どうするって...?」
「決まってるだろ。アフェクトゥルのことだ」
「あれは正攻法では倒せないぞ」

答えたのは色欲の呪縛から解放された霊斗であった。

「そもそもアフェクトゥルって何者なんだ? 対面して感じたが外なる神のそれと同等だったぞ」
「そりゃあそうだ。あれも外なる神の一柱だからな」

感情の神 アフェクトゥルとは外なる神という存在の一柱だった。次元を作ったのがアザトースだとすれば感情というものを生んだのは彼女だ。白痴の魔王 アザトースに変わって次元を支えていたが、ふとしたきっかけが原因でアフェクトゥルは他の外なる神たちの手によって封印された。
そのきっかけとは自分以外の外なる神の感情を弄び、絶命の危機にまで追いやったことだ。彼女はたった一人で外なる神全員を瀕死に追い込むほどの力を持っている。それ故にアザトースが自らの手で封印を施したのだ。その封印となる鍵は彼女の中にある七つの大罪だった。
代々、アフェクトゥルを封印してきた家系が桐月と呼ばれるもの達。彼らは数千年間、彼女の封印を監視していた。封印の鍵は彼らの感情の一部として保管されている。だが今回、アルマの能力によって鍵となる感情を取り出し壊して行ったために封印が解かれたのだ。

「しかし、ルシファーがやろうとしていた事がアフェクトゥルの封印を解くことだったとはな...」
「ルシファーの思惑に気づいたアルマとニャルラトホテプの話を聞かなかった私達にも原因があるわ」

磔は冷静に場を見据えて今できる事をやろうと考えた。

「......今は感傷に浸ってる場合じゃない。霊斗、正攻法では倒せないってどういう事だ?」
「あいつはアザトースと対等以上と思え。実質、眠り続けなくてはいけないアザトースの代わりに次元を支配していた者と言っても過言じゃない」
「強さで勝敗はきまらない。戦いっていうのは何があるか分からないからな」

終作が真面目に答えると霊斗はそれを肯定するが、悪い報告をするような表情をしていた。

「終作の言う通りだが...今回ばかりは俺でも無理だ」
「どういうことだ?」
「どちらも私達だけでは分が悪いってことよ」

桜が霊斗の代弁をするように答える。しかし、それでも幻真は納得ができないようだ。

「これだけ戦える奴らがいれば大丈夫だろ! 俺たち全員が力を合わせればーーーー」
「戦力的な意味では申し分ないわ。けれどそれだけじゃ、アフェクトゥルはおろかルシファーでさえ倒せない」
「ルシファーちゃんにも勝てないって...冗談きついよ桜ちゃん〜」

軽い気持ちで喋った絢斗だったが返ってきたのは真剣な答えだった。

「冗談なんかじゃないぞ絢斗。お前がアルマみたいに感情を操れるなら別だが」
「感情を操れる... ってどういう意味ですか?」

快がそう疑問を投げかける。その質問には桜が答えた。

「感情を持つ生き物には必ず七つの大罪が存在している。しかし、それを解放しようとすればまともに制御できないで最悪の場合、大罪に理性を喰われて廃人と化すわ。あなた達も目にしたはずよ」

桜の言う通り、霊斗のいた世界の住人である破月や千代春達と戦った時に彼女らが感情の炎に飲み込まれたように炎に理性を燃やされ廃人と化すのだ。
時には大罪を操る者もいるがそれでも一つや二つが限度。七つ全ての罪を操る事など不可能だ。

「ルシファーには七つの大罪全てを込めた一撃を与えなきゃいけない。それにはアルマの力が必要だ」
「アルマの能力でないとルシファーは倒せないってことか...」
「けど...そのアルマがこれじゃあ...」

今も結界を破壊しようと試みるアルマに皆が視線を送る。

「どうにかアルマを戻せないか?」
「無理よ。どれだけ呼びかけても声は届かなかったわ。もし...届くとしたらパルスィだけ」
「それじゃあ...もう...」
「あのさ〜俺に提案あるんだけど?」

終作の言葉に皆の視線が一斉に集まる。

「提案って?」
「その前に一つ。パルスィちゃんを救えるかもしれない」
『え...?』
「アフェクトゥルが言ってたろ。次元の深淵へと沈んだって」
「じゃあ...パルスィは生きてるの...?」

火御利は声を震わせながら聞いた。その問いに終作は真剣に答える。

「今はだけどな。いずれは深淵に溶け込む」
「その前に救出するってわけね。けど、どうやって深淵に行くの?」
「もちろん俺の能力さ! そして、提案者の俺が行くぜ。壊れたアルマも面白いがいつもの方が俺は好きだからな〜」

いつもの調子で笑う終作に他のメンバーはどこか元気付けられた。そして、希望の兆しが見えた。後は行動あるのみ。

「パルスィさんの救出する間、僕らはどうするんですか?」
「アフェクトゥルとルシファーの足止めだ。あいつらが黙って見てるわけがない」

快の質問に霊斗が答える。

「じゃあ、二手に分かれた方がいいか」
「いいえ、三つよ」

磔の意見に割って入るように桜が答え、結界の中にいるアルマを指差して言った。

「アルマが万が一にも結界を破った時に抑えれるようにしないといけないわ」
「それなら僕とリティアが残るよ」
「うん。お父さんは私達が見てる」

イラとリティアが自分達が残ると言うが桜は否定した。例え、自分の子だろうと今のアルマは何をするかわからない。最悪の場合、自分の子に手を上げた事実でさらに感情が壊れる可能性もあるからだ。
それでも彼らの意思は固いことは桜自身も知っている。少し考えた結果、桜もここに残ることとした。

「それじゃあアルマのことは三人に任せるとして...」
「パルスィの救出...私も行きますよ...」

よろよろと危うい動きでさとりが立ち上がった。治療をしていた絢斗が支えるように側に駆け寄った。

「さ、さとりちゃん...もう少し休んでた方が...」
「私の家族が傷付けられて黙ってられるほど私は強くありません。誰が何と言おうとついていきます」
「なら、俺も行くよ。傷付いた女の子を放っておけるほど腐ってないからね〜」
「だったら私も行く。パルスィは私の大切な友達だもの...!」

パルスィ救出には終作と絢斗、火御利、さとりの四人が向かう。
そして、残りのメンバーがアフェクトゥルとルシファーを食い止めることとなった。

「決まったな。それでは各々無事を祈るぞ」
「分かってるって!」
「アルマを任せるぞ桜」
「ええ、任せて」
「それじゃあレッツゴー! と言いたいがその前に...」

終作はアルマが入っている結界の前に立つと中にいる彼に向けて言った。

「待ってろアルマ。今、パルスィちゃんを連れてきてやるからな」
「僕らからもお願い...!」
「終作お兄ちゃん...お母さんをお願い...!」
「任せなさい! この終始終作に不可能はない!」

イラとリティアを元気づけるようにそう約束する。
そして、彼らはそれぞれの目的を果たすために散った。
残った桜達は心配そうに結界内のアルマを見つめた。終作の声が届いたのかは分からないが今は静かに佇んでいた。

「お父さん...」

リティアは悲しげな声で自身の父親を呼ぶが、彼の心には届くことはない。

「大丈夫よ。彼らなら絶対にパルスィを救ってくれる。信じなさい」
『うん...!』

桜の励ましにイラとリティアは頷いた。
その時だった。
音もなくアルマの周りを取り囲む結界が跡形もなく消滅した。その異常事態に桜は危機を察し二人を結界の中に閉じ込め、戦闘態勢に入る。
そして、結界を消したであろう者を見据えた。
結界があった場所には直立で力無く首を垂れているアルマがいた。顔をゆっくりと上げると閉じていた目を開いた。その目を見た桜はギョッとする。
白かった。ただ、白かった。
その瞳には何も映さず、映らないかのように光も闇にも染まっていないうっすらと丸い輪郭だけが浮かぶ白眼だった。
その瞳でジッと見つめられていた桜は何か消えそうな感覚を味わっていた。
そんな彼女に感情のこもっていない無機質な声がかけられた。

「退いてくれ桜」
「な、何...その目は...!」
「虚無の目。この目に見つめられ続けた者は感情のないただの肉塊となり、ある種の死を与えられる」
「虚無...?」
「分かったら退いてくれ」
「そう言われてどけると思ってるの?」
「仕方ない。悪く思うな」

愛する者を失った魔王は全ての感情を捨てることによって苦しみから抜け出した。
そして、残ったのは《虚無》
何もなくなったからこそ湧き出た感情は自分以外の全てを無に帰す。

千変万化の術師 安倍桜
vs
虚無の魔王 桐月アルマ




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