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異種恋愛

8

 ハイネと話して、少し気持ちが楽になったあずみは、ゆっくりとお風呂に入った。
 ケイの入れてくれた、新しい入浴剤がいい香りを浴室に放つ。
 あずみはまだケイの顔を見ていない。ハイネがケイに部屋から出るなと命令して帰ったからだ。ケイはそれに対して納得いかないようだったらしいが、「あずみに嫌われたくなかったら部屋に入りなさい。それと、明日まで出てくるな」と言われてしぶしぶ部屋に引っ込んだ。
 あずみのためにお風呂の準備をして、夜食の準備までしてくれたケイに申し訳ないと思ったけど、まだ気持ちの整理がつかないあずみには、ありがたいことだった。
 一方浩輔は、ハイネがあずみと話した内容を聞いて、「なんでそんなことで悩んでんだよ。ケイの気持ちなんて分かってるじゃないか」と笑い飛ばしてしまい、ハイネに思い切り叱られてしまった。
 結局浩輔は何をしに来たのか。ハイネが全てをまとめてしまって、彼の出る幕はなかった。
 体がさっぱりすると、気持ちも心なしかさらに軽くなった気がした。あずみは部屋に戻りベッドに腰かけた。
 泣くと言う行為はとても体力を消費する。考えすぎて眠れなくなったりもするが、あずみはそれを超えると、泣いて泣きまくって、疲れ果てて眠ってしまう性格のようだった。まだ思考能力は本格的に活動してくれていないのか、ぼんやりとベッドに寝転び、天井を見つめた。
 何がどうなろうとも、私がケイを好きなのは変わらない。
 それだけは変わらないことだった。



 何かがあずみの頬に触れた。温かくて優しい感触が気持ちいい。夢も見ずに眠っていたあずみは、その感触に現実に引き戻される。
 ゆっくり目を開いたあずみは、そのまま限界まで目を開くことになった。
 目の前にケイがいる。うたた寝をしていたあずみを心配するように、見ていた。それと、温かくて優しい感触はケイの手だったようだ。
「………ケイ」
「ん?」
「なんで…ここにいるの?」
 あずみの問いかけに、ケイは眉を寄せて言いにくそうに答えた。
「ごめん。我慢できなかった」
「我慢?」
「昨日からアズの顔見てなかったから…アズが足りない…」
 綺麗な緑色の瞳は渇望を浮かべる。あずみは体を起こしてベッドに座り直し、床に座っているケイを見下ろした。
「私が、足りない?」
「うん」
「どのくらい?」
「言葉にできないくらい」
 ケイの言葉に、あずみは総身が震える位嬉しさを感じた。でも…。
「ケイの気持ちは、私のとは違うよね」
「アズのと、俺の?」
「うん」
 あずみは、自分でも驚くくらい素直に言葉をこぼれさせた。不安や怖さがなくなったわけではない。でも、今言いたいと思う気持ちの方が勝っていた。
「私はケイが好きだよ」
「俺も好きだよ」
「ケイの好きは、家族の『好き』でしょ?」
「家族?」
 ケイはあずみの言っていることが理解できないように首を傾げた。
 あずみは声が震えそうなのを抑えて言う。
「私は、ケイのこと家族なんて思えない。ケイが他の人と話すのも、笑うのさえ許せないし、他の人がケイに笑うのも嫌。私だけ見ていて欲しいって思うの」
「じゃあ、…センターで怒ってたのも?」
「うん。ケイが私以外の人に笑ってたのが嫌だった。それに…」
「それに?」
 あずみは少し躊躇った。あのときの子供じみた嫉妬をケイに知られるのは恥ずかしい。ケイはそれを見てあずみの顔を両手で包んだ。長い指があずみの頬をいたずらするようにくすぐる。
「言って?もうこの際何でも。アズのこと知りたいし」
「ほんと?笑わない?」
「笑わない…と思う」
「思うじゃ言えないよ」
 頬を膨らませたあずみにケイはクスクス笑って「じゃあ笑わない」と約束する。
「あのね、ケイが頭を撫でたでしょう?それすごく腹が立ったの」
「頭を撫でた?」
 ケイが虚を突かれた顔になる。記憶に残らない位、ケイにとっては小さな出来事だった。
 でもしばらく考えて、ケイは「あ」と声を上げた。
「思い出した。あの子、アズに似てたんだ」
 ケイの言葉に今度はあずみが同じ顔になる。
「私に?」
「そう。で、話してるうちにアズとダブって思わず…」
 ケイは恥ずかしそうに笑ってごめんと謝った。
 あの時のあずみは、相手の女の子の顔を見るほどの余裕はなかったから分からないけど、ケイが自分のことを思い出してくれていたことは素直に嬉しいと思った。
「ねぇ」
 ケイがにっこり笑ってあずみを見る。それから、両手を広げて言った。
「抱っこさせて」
「……はぁ?」
 あずみは素っ頓狂な声を上げた。当たり前だ、どうなったらそんなことが言えるのか。でもケイはあずみの驚きもまるで気にせず、さらににこにこと笑う。
「早く」
「は、早くじゃないよ。なんでそうなるの?」
 あずみの顔が真っ赤に染まり、目が泳ぎ明らかに戸惑っている様子がケイには可愛くてたまらない。
「嬉しいから。抱っこしたい」
 ケイの言葉にあずみはますます意味が分からない。
「嬉しいって、何が?」
「抱っこさせてくれたら話す。だから早く」
 胡坐をかいて両手を広げたまま笑うケイを、あずみはしばらく眺めていたが、観念してケイに背中を向けるようにして上に座った。
 長い脚で組まれた胡坐は、あずみがすっぽりと収まってしまう。子供のころにこうしてテレビを見たり本を読んだことはあっても、この年でそんなことをするなんて思いもしなかった。
 心臓がうるさく鼓動を刻み、顔には先ほどよりも血が集まり熱い。とてもじゃなけどあずみには振り返る勇気もない。
 あずみの背中が緊張を物語る。ケイはそれをほぐすかのように優しく抱きしめた。
「あー…気持ちいい…あったかい」
 耳朶にケイの唇が触れそうなほどの距離で囁かれ、あずみはもう指一本ですら動かせず、唇を噛みしめて目を閉じているだけで精一杯だった。
「ねぇ、アズ…俺の好きと、アズの好きは何も変わらないよ」
 吐息の混じったケイの言葉に、あずみは思わず振り返った。
 目の前に見えたケイの瞳に、驚く自分の顔が写りこんでいた。





 

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