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異種恋愛

6

 あずみはケイが何を言っているのか分からなかった。
 目に映るケイは、いつもと同じように微笑んでいて、特別なことはない。
 今の格好はいつもと少し違うことは違うのだが…。
「アズ?」
 ケイは反応を示さないあずみの顔に、さらに自分の顔を近づけた。
「…あ」
「どうした?キョトンとして」
「だって、ケイが」
「俺が?」
「私を、好きだって…」
 混乱して泣きそうになっているあずみに、ケイは笑う。
「俺がアズを好きなのは、昔からだろ」
 その言葉は、何よりも凶器となってあずみに刺さる。
 そうだ。
 何を勘違いしている?
 また、心の片隅から自分を嘲笑う声が聞こえる。
「そんなんじゃない」
 あずみは涙の混じる声で呟いた。目から溢れるその液体は、加速してあずみの感情を煽る。
「アズ?」
「私がケイを好きなの」
「うん。知ってるよ」
「……だからっ!…違うの…なんで…分からないの?こんな、ケイの…言葉…」
 もう言葉を発するのも困難なほど、あずみは泣きじゃくった。
 ケイが呆然とする前で、あずみは子供のように声をあげて泣いた。目を真っ赤にして、唇を歪ませて、震えながら泣く姿に、時間が止まったようになった。
「ケイの好きと…私の好きは違う…」
 涙をぐっと飲み込んで、あずみはそれだけ言うと立ち上がって歩き出した。
 自分の部屋に入り鍵を閉めたあずみに、ケイは驚きと、あずみが言った言葉の意味を考えることしかできなかった。



 翌日になってもあずみは部屋から出てこない。
 何も食べず、ケイの声に返事もせず、天岩戸あまのいわとのようになってしまった。
 会社にはケイから連絡を入れた。食事もドアの前に置いていたが一切手を付けていない。
 ケイはさすがに困ってしまって、浩輔に連絡を入れた。
 あずみの周りで、ケイが信用している人間で近い人。それは浩輔しかいなかったからだ。
 浩輔は電話でケイから事情を聴くと「反抗期だろ」と軽くあしらったが、電話越しにケイの殺気のようなものを感じて慌ててごまかした。
 仕事が終わったら家に来てくれると言うので、ケイはそれを待つことの決めた。本当はドアをこじ開けることなんて容易いのだが、これ以上拗れたくないという思いで踏みとどまった。



 重たい瞼を開けてあずみは時間を確かめた。
 泣いて、疲れて眠って、また泣いて。
 そんなことを繰り返して時間は夕方になっていた。
 会社…。
 ふと思い出して、あずみはため息をついた。初めて会社を休んだことと、社会人として最低なことをしたという自己嫌悪。
 喉が渇いたけど、今はケイの顔を見たくない。トイレは自分の部屋にあるので問題なかったが、お風呂には入らなかった。
 ケイの入れてくれるバスソルトが最近のお気に入りだった。
 お風呂…。
 短絡的な言葉しか出てこない。思考能力が低下しまくり脈絡のないものが浮かぶ。
 力の入らない体を無理やり起こしてため息をついた。泣きすぎて頭が痛いし瞼が腫れて視界が狭く感じる。
 ぼんやりと、窓の外を見た。雪がチラチラと舞っている。
 その時、ドアをノックする音が耳に入った。どこか遠く聞こえるその音に返事をしないでいると、再びコンコンと音がする。
「あずみ?」
 呼ばれたその声に耳を疑った。ハイネの声だ。
「ハイ、ネ?」
「そうよ。ちょっとここ開けてくれない?」
 あずみの心とは真逆の、その明るい声に吸い寄せられるようにドアを開けた。
「なぁに?その顔」
 ハイネはあずみを見るなり目を丸くして言う。それに対してあずみは何も言えずに俯いた。
「入ってもいい?」
「うん…」
 あずみが体をずらすと、ハイネはスッと横を抜けてあずみの部屋に入った。そして、手にしていたトレイをテーブルに置く。
「これ、食べなさい」
 見るとそこには、あずみの大好きなおにぎりとお味噌汁が湯気を立てて乗っていた。作ったのは当然ケイしかいない。
 でも今は食欲なんてあずみの中に存在しない。力なく首を振るあずみにハイネは小さくため息をついた。
 二人で床に座り込み向かい合う。ハイネはその青い瞳であずみを見つめると、細く綺麗な手であずみの頭を撫でた。
「何があったの?」
「……何も」
「そんな顔で何もなんて、逆にそっちの方が驚くわね」
「…私が悪いの」
「そうなの?でも、理由を聞かないと私には判断できないじゃない。それに何も聞かずに部屋を出たらケイに壊されそうだわ」
 ケイ。
 その言葉にあずみはハイネを見つめ返した。
「やっぱりその名前には反応する」
 ハイネはしてやったりといった顔で笑った。
「もう、私の貴重な時間を使うんだから、話してもらうわよ」
「…なんで、ハイネがここにいるの?」
 あずみは最初に自分が驚いた理由を聞いた。
「浩輔が一緒に来いって言うからよ。ケイが切羽詰って電話して来たらしくて、自分だけじゃ何をどうしていいか分からないから来てほしいって言われたの」
「ケイが浩輔に電話?なんで…」
「そんなのあずみが立てこもるからに決まってるでしょ。ほんと、子供じゃないんだから喧嘩に巻き込まないでよね」
 言葉は少しきついが、ハイネの表情は優しかった。ハイネもまた、ケイと同じ時期に起動して、あずみを見守ってきたからだ。
 黒髪の間から除く青い瞳が、穏やかに細められ、もう一度あずみに問う。
「だから、話して。ね?」
 その瞳が、あずみには明るく見えた。自分の心を照らしてくれるように思えて、ポツリポツリと話し始めた。 
 誰にも言ってない、自分ですら持て余すこの気持ちを。
 ハイネは何度も何度も、相槌だけを打ちながら聞いてくれていた。







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