穏やかな日常 <麻貴視点>

穏やかな日常 <麻貴視点>

「ちょっと麻貴ちゃん!!」
 ルカがいきなり部屋のドアを壊しそうな勢いで開ける。
 徹夜で仕事を終えたばかりの麻貴は、半分夢の中に足を突っ込んでいたところを引きずり出された。
 とろんとした瞼を無理やり開けると、そこには可愛い幼馴染の姿。
 仰向けになっている麻貴を覗き込んでくるもんだから、長くて艶やかな髪の毛が頬に触れて気持ちいいようなくすぐったいような…。
 それに睡魔がプラスされ、麻貴は再び目を閉じようとした。
「まーきーちゃーん!」
 馬乗りになりそうな勢いのルカに、麻貴は慌てて飛び起きた。
「な、なに!?」
「あ、起きた」
 まだイマイチ状況が分からない麻貴にルカはにっこりと笑っておはようと言う。
 見ればまだ時計は朝と言っても良い時刻、本当にさっき寝付いたところの麻貴を、ルカは叩き起こしたようだ。
「あー…ルカ?どうした?」
 これがしきなら正座をさせて説教するか、滅多にないが殴ってしまっていたかもしれない。
 でも目の前にいるのはルカだ。これは怒る気が失せていく。
 麻貴は起き上がり、ルカに座るようにベッドの上をポンポンと叩いた。
「聞いてよ!織がね…」
 ルカは入って来たとき同様の勢いでまくしたてた。
 キンキンする声が麻貴の鼓膜を直撃して軽い眩暈をおこしそうになる。
 何事かと思えば、どうやら織と喧嘩をしたらしい。
 まあ、ルカが麻貴の部屋にこんな感じで入ってくるときはたいていそうなのだが。
「んで、織は謝ったの?」
「ううん。謝ってくれない」
「で、ルカに悪い所はなかったの?」
「…………」
「ルカ?」
「…あった、かも…」
「何が悪かったか、分かる?」
「…うん」
 そのまま喧嘩の内容分析をする。
 要するに、ルカの頭を冷やしてやるだけで良い。
 ルカも織も頭に血が上りやすいのか、喧嘩になるとどちらも引かない。
 しかも、どんどんヒートアップしてしまう。これは小さい時から変わらない。
 生まれた時から一緒だから、遠慮と言うものを二人ともどこかに置いてきているようだ。
 麻貴はさすがに二人よりも5歳上だから、時に二人の喧嘩の内容に呆れることもある。
 でも、実の弟よりも、麻貴はルカの味方だ。
 この大きな瞳の女の子が大切で仕方ない。
 泣いたり笑ったり怒ったり、表情がくるくると変わる様は見ていて飽きないし、慕ってくれてることを嬉しいと思う。
 それが、麻貴が抱いている感情とは違っていても。
 ルカの頼みなら、麻貴は最大限叶えて来たし、それはこれから先も変わらない。
 それどころか、使命感のようなものすらある。
 なぜか自分でそう思ってしまう。





「少しは頭冷えたかな」
「ん…織に謝ってくる」
 ルカは小さくため息をつく。
「そうやってオレの言うことは分かってくれるのに、なんで織とは喧嘩するんだろうね」
「だって麻貴ちゃんは優しく教えてくれるもん。だから大好きなの」
 …………無邪気って大罪だと思うぞ、ルカ。
 麻貴の気持ちなど知るはずもないルカは、子供の時のくせそのままに、麻貴に抱き着いてお礼を言って部屋を後にした。
 麻貴はドアを見つめて大きくため息をついた。
 外側ばかりが綺麗になって大人になってるけど、中身は本当に変わらない。
「お兄ちゃん役は辛いなぁ…」
 ベッドに身を沈めて麻貴はぼやく。
 しばらくすると、仲直りをしたのか、二人の笑い声が聞こえてきた。
 その声を聞きながら麻貴は目を閉じる、そして、これもいつものことだとクスッと笑った。

 
 先ほどルカによって見事にぶった切られた睡魔は、あっという間に麻貴を飲み込んだ。

 

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