神刀人鬼

神取直樹

楽楽

 あの、先ほどまで見ていた鳥たちが、近くに来れば、このような音がするのだろう。バサリ、バサリ、と、その存在を誇示しているが如く、その巨大な羽音と影はやってきた。黒く、碧みがかった光を跳ね返す。正に、鴉そのものの特徴を、更に強くしたようだった。ただそれは美しく、最早、神々しさまで感じられる。だが、その鴉は窓から侵入しようと、大きすぎる体を縮こませ、頭だけを窓から何とかこちらに向けて入れ、一息つくように、プハっと、小さく鳴いたのが、可愛らしかった。
「……小鳥、何用だ」
 童子切がそう巨大な鴉に向かって呟くと、鴉の羽根が、業火が一気に消えるように、全てが溶けていってしまうように、消えていく。中から見出されたのは、雪のような肌に、羽の色と同じ帯まで黒い振袖の着物と瞳。その黒さが、全てを闇に連れていく、美しい女の死神を彷彿とさせる、美しい少女だった。
「丁度良かったです、童子切様」
 鈴を鳴らすような、透き通った声。歌を歌えば、きっとどんな歌も聖歌に聞こえるであろう、そんな声だったが、今の彼女の声には、僅かながら焦りが感じられる。表情も強張り、桃色の唇が少し、目に見える程度には震えていた。
「急ぎ、市場に若様達といらっしゃったご主人様にはお伝えしましたが、西から、政府軍が見えました」
 それを聞いた童子切と朝夜から、沸き起こるような殺意と、少々恐ろしくも感じられる嬉々とした感情が、羚と愛に降り注いだ。また何故か朝夜の方は、少々の恐れが見えた。
「数は」
 地の底から唸るような声が、童子切の喉から這い出てくる。一瞬、小鳥でさえも身を後ろに引いたが、彼女は我に返って報告を続ける。
「我ら幕府軍が今回、千は集まっておりますが、相手は大凡五千を超えます。食人種も三名程見られました。兵器の中には遠目から見た感じではありますが、見たことがないものがいくつか。紗綾や蠍様に確認を取らねばわかりませんが、未確認の神器と思われるものも一つ、今回の指示役のような女が持っておりました。政府軍の出処は大宰府の飛空隊が探している状態です」
 そこまで言うと、童子切も殺気を抑えて、溜息を吐く。それを見て小鳥もホッとしたように、溜息とはまた違う息を吐く。そして彼女は落ち着いた様子で、羚と愛に目を向ける。
「羚様と愛様ですわね。こんな初対面になってしまい、申し訳ございません。自ら名を全て名乗ることも出来ませんが、お許しを。ですが、どうか、うちの姫様……朝夜様と、仲良くしてくださいまし。では、私は他にこのことを伝えねばならないので。お二人も朝夜様も、童子切様の言うことをお聞きくださいね」
 小鳥の言葉を聞いて最後まで我慢していたのだろう、朝夜が全てを吐き出すように叫ぶ。
「俺は戦うんだぞ! 初陣だぞ! もう逃げないんだぞ!」
 彼女は一瞬困ったような表情をしたが、鼻息を荒くする朝夜の膨れた頬を見て、クスリと笑った。
「はい、そうですね。怪我にはお気をつけて」
 そしてまた小鳥は巨大な鴉となって飛び立った。しかしその大きさは、窓を潜れなかったことを考慮してか、一、二周り小さかった。
 一方で羚と愛の二人と言えば、突然のことが起き過ぎてか、置いてけぼりにされている状況の所為か、揃ってポカリと口を開けたままだ。
「朝夜、良かったな。初陣が大戦になるぞ」
 童子切が薄らと笑うと、朝夜は満面の笑みでその笑みを受け止める。
「おう! 国ちゃんも村雨丸も、蛇子も、皆連れてくんだ! あ、あ、あと、この前貰ったばっかの寅吉も!」
 キラキラと瞳を輝かせ、歳相応の表情を見せる。ただし、その反応の先は、おそらく話を聞いて居る限りでは、血が飛び交い硝煙香る戦場である。
「それは良いな。俺は騎馬隊で市民誘導に行かなきゃならん可能性がある。あまり着いて行ってやれないが、頑張れよ。足切られて死なないようにな」
 少し暗い面持ちでそう言うと、頭を振って、また朝夜の目を見る。
「良いか、まずお前は部屋に戻って上の指示を聞け。配置何かもそこで聞けばいい」
「りょーかいだぞ!」
 それを聞いた瞬間に、また風を切って朝夜が跳ね飛び、遠くに行ってしまう。童子切もそれを追いかけて全速力で走り去る。羚と愛は同じく全速力で、手は離さずに、急いで後を追った。もうお喋りなどしている暇などなく、童子切の後姿を見るだけで、彼が鬼の形相だということも何となく想像がつく。あの元の部屋へ向かう。そうしたら、きっとまた、何かが始まる。羚は確信した。



「誰かこの二人預かれ」
 童子切が勢いよく扉を開く。ガタついていた扉は、一瞬音を聞くだけならば、外れているようにも感じた。朝夜がピョンピョンと跳ね回り、瑞樹の傍に駆け寄って、殺人鬼達を見渡し、昴を見て笑った。
「初仕事だぞ! 遠征隊! 俺も初陣!」
「朝夜、そう急ぐな。まだ何も誰も把握していないんだ」
 かくかくしかじか、というように、童子切は皆の前で説明をしだす。
 それは羚や愛には理解できることではなく、どうしたらいいかもわからない。部屋に入れずに、誰も何を言っているのかわからない。

「だからって、何で俺がこいつ等と組むんですかって聞いてるんです! しかも本陣潜入なんて無茶なの、殺す気ですか!?」

 銀髪のモジャモジャこと、昴がそう剣幕に叫ぶのが聞こえた。ハッと彼の周りを見ると、目の前に座っていた殺人鬼同盟がポカンとしていたし、朝治は困った顔で長い溜息を吐き続けていた。
「無茶言ってんのはわかる。ただ、今回の戦い、早く終わらせるならお前のキルスキルが一番使える。そこの殺人鬼共もやりたくてうずうずしてんじゃねえの。まあ、基本は後援に置くことになるが」
「どれを連れてくんですか……」
「『染め金』と『ハサミ男女』と、『脳筋ゴリラ』」
「師匠その組み合わせ多分一番ダメなやつ!!!! あとどうでも良いけどあだ名がひどい!!!」
 いや、どうでも良くないだろう。どれが誰のことを指しているのかわからなくとも、恐ろしいほどの悪意は感じる。羚達がいない間に何があったのかはわからないが、指された殺人鬼三人はまたか、と言うように、呆れた顔で見ていた。さんざん何か馬鹿にされていたらしい。
「……あだ名……は、まあ良いや。その、早く終わらせる作戦って何よ。何で俺ら後援なの」
 淳史がふてくされてそう言うと、怪我をまじまじと昴が見、眉間にしわを寄せた。
「あのさあ、お前ら原種だろ。特殊な能力もない、体が強いわけでもない。それにそんな傷で、未発達の体だ。俺もフォローできない可能性が高いし、坂田さんから聞いたけど、爆弾魔、お前は、本能的に爆弾使いすぎ。持てる爆薬は限られてるんだから、術で爆発とか起こせない限り、遠くには連れていけない」
 更に昴は追い打ちをかける。爆弾魔淳史が頬を膨らませているのを気にせず。
「爆発ってさ、居所がすぐにバレるんだ。原種同士の暗殺劇なら使えるだろうけど、人間の原種以外の神刀人鬼は嗅覚も聴力もお前ら原種が思ってるよりも高い。千里眼を持ってる奴さえいる。そんなの相手に、爆弾を設置したりするのは無理だ。出来て、鉄砲打ち鳴らすくらいだな。スナイパーとしての腕も、坂田さん以上じゃないと暗殺には使えない」
 彼の言っていることは正論なのか、原種と言われ頭に血が上った彼には曖昧で、わからなかった。ただ、何となくではあるが、その『原種』という単語が、淳史を下に見る単語であることは分かった。そして、ここにいる誰がその原種であって、そうでないかも、今までの会話から察することが出来た。
「……原種、原種、原種ってさあぁ……いったい何さ。そんな馬鹿にするものなのか? 確かに俺は傷だらけだし、お前より力が無いんだろうけどさ」
「淳史」
「人間喰って、無くなってた腕を突然生やして」
「淳史ってば」
「きらっきらカラスにでも食われそうな目ン玉して、爬虫類みたいに瞳孔縦長で」
「淳史……」
「俺としてはお前を『化け物』って言ってしまいたいくらいなんだけど、それは暴言に入るのか?」
「おい淳史逃げろ!」
 そう、宥めようとしていた水咲が叫ぶが早いか、昴が目の前の机を叩き割るのが早いか。それとも、天井が割れて、一つの影が、淳史の上へ降ってくるのが先か。

 突然のことに、淳史も周りの者たちも、誰も行動に移せなかった。ただ淳史自身に解るのは、その影――上に乗っている者が女性で、自分を見て舌なめずりする、どちらかと言うと、少女というよりも「お姐さん」の部類に入る、露出度の高い軍服を着た者であるということだ。瞳は赤っぽいが、朝夜達のように光り輝いてはいない。表現としては、時間が経って変色した血液だろうか。そんな色をしていた。まつ毛は長く、所謂「バッチリメイク」をしているのがよくわかる。
「化粧クセェ……鼻詰まるわ……」
 というよりも、それなりに重量のある人の形をした者が鳩尾の辺りに乗っている、ということで、苦しいのである。
「あらぁ? さっきまで良い感じに威張ってたくせに弱い子ねえ。あと、お化粧については女性に言っちゃあだめよ」
 女は、徐にガーゼに触れる。
「経過はあまり良くないわね。後援でもあまり活躍できないでしょう。今回は一度見物にしときなさい。解剖魔さん達もね、嫌なら看護部で救援やってなさい。包帯巻く位なら出来るでしょう?」
 まるで彼女は子供でもあやす様に、殺人鬼達を見て言う。周りの、童子切や朝治もその言葉に賛同するようで、小さく頷いていた。
「……琴さん、いい加減、そいつから退いてください。丈夫じゃないんですから。原種は」
 昴がまた、原種という言葉を使うが、一部淳史は賛同し、下唇を噛む。
「あらあら、原種だって能力者はいるし、良い材料にもなるのよ? あまり丈夫じゃないのは確かだけど、繁殖能力はとっても強いのだし」
「繁殖力ならサキュバスでしょう……」
「それに、この子達はそこそこヤッテきた子達よ。丈夫じゃなくとも、回避はある程度出来るでしょ。暗殺は戦いでは無いんだから」
 女、琴と呼ばれた彼女は、昴との会話の間に、淳史の顔のガーゼを取り、胸の内ポケットから新しいガーゼを取り出した。何やら薬が付いているらしく、うっすらと黄色い。
「でも今回は無理しちゃあ駄目よ……っと」
 琴は笑みを浮かべながら、立ち上がって淳史の上から退く。淳史は起き上がって、新しいガーゼを撫でた。手に付いた薬品は、刺激臭がしたが、少々甘い匂いもした。何か、植物性のモノだろうか。後で瑞樹に確認しようと、臭いを脳裏に焼き付けた。
 その瑞樹と言えば、割れて木屑になった机をちょんちょんと突いていた。上に乗っていた大福餅やスコーンを恨めしそうに見つめては、暫くして昴の方を見て、首をかしげてまた木屑を突いている。

「また置いてけぼりだわ」
 愛がそう言ったのを、羚は引きつった笑いのまま聞いていた。

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く