友人、恋人、下僕、お好きにどうぞ。

友達

「凜子ちゃん」
 会社での昼休み、凜子は呼び止められ振り返る。
 笑顔で近づいてくるのは4年ほど先輩の片桐という男だった。凜子が途中入社で入った時に指導役として担当され、面倒見がよく明るい人物だ。
 物腰柔らかく、仕事は的確で早い。誰にでも分け隔てない様子が周りから好評で男女問わず慕われている。
「あ、どうも」
 凜子はにこやかな片桐に対してそっけないこと極まりない言葉を返す。
「ん?機嫌悪い?」
「いいえ、別に」
 片桐が凜子に並んで歩く。しかし凜子はそれをさりげなく阻止しようと少し歩調を速めた。
「今晩みんなでご飯食べようかって話が出てるんだけど、凜子ちゃんもどうかな?」
 片桐は部署の食事会の時は必ず凜子に声をかける。最初は他の社員も凜子を誘っていたのだが、凜子が一度もその誘いを受けない。それに伴って誰も誘わなくなったのだが、片桐だけは違った。
 入社した時と同じように凜子を気遣い声をかけてくる。
 それが鬱陶しいわけではない。でも、凜子は片桐と関わり合いたくなかった。
 一つ年上の、女性の先輩社員が凜子を良く思ってないからだ。
 どうも片桐が好きなその先輩は、凜子に対して妙なライバル意識を持っている。もうどんなトラブルにも巻き込まれたくない凜子は他の社員とも交流は最低限にしている。まして色恋沙汰のトラブルなど御免こうむりたい。
「私は結構です。お気遣いありがとうございます」
 そう言うと、凜子は半ば走り出して片桐を振り切った。
 社屋を抜け出し、近所の公園でお弁当を広げる。熱いほどの太陽が照りつけるが、他に人がいないこの場所は凜子のお気に入りだった。
「姫、日焼けしますよ」
 ピョコンとシエルが姿を見せる。
「いいよ、別に。気にしない」
 クスッと笑って凜子はシエルに卵焼きを差し出した。それを両手で受け取ったシエルはおいしそうに頬張った。
「そんなことを言ってはいけません。せっかくの可愛い顔が台無しになってしまいます」
「可愛いって…シエルの方がよっぽど可愛いのに」
「ぼ、僕はこれでも男ですから、可愛いなんて言われても嬉しくありませんよ!」
 真っ赤になって怒るシエルに凜子は噴き出した。その様子を見たシエルはふと眉を寄せる。
「…シエル?」
「姫は、わざと笑わないのですか?」
「え?」
「家では笑ってくれることもありますけど、会社や外では笑わないですよね。それに、誰とも仲良くならないって言うか…お友達を作ってないって言うか…」
 凜子は小さくため息をついて箸を置いた。
「シエルはよく見てるね」
「当然です。僕は姫の妖精ですから」
「そっか…。ありがと。そうね、私は人付き合いが苦手なの」
 それだけ言うと凜子は明るく笑って話題を変えた。シエルは凜子の苦しそうな顔が気になったけど、それ以上は何も聞けなかった。




 凜子は大きくため息をついてベッドに倒れ込んだ。
 お昼休みに片桐に話しかけられた所を、先輩に見られていたらしく、午後から小さな嫌がらせをいくつも受けた。
 片桐に色目を使っていると思われているようで、、またそんな噂も流されたものだから、他の女子社員からの風当たりも強い。男性社員はそれを遠巻きから眺めているだけで、凜子には味方がいなかった。
 それに、凜子は仕事が早い。頭の回転が速いため、どんどん仕事を覚えてこなしていく。そのことも原因なのだが、そんなことでいじめを受けるなんて理不尽すぎるし納得がいかない。
 でも、そのことを鼻で笑ってスルーしてしまうほど凜子は強くもなかった。
 誰も信じてはいけない、そう思うのも自分のことを守る最大の虚勢。殻に閉じこもる行為で自分を守ることしかできない弱い人間だった。
 それと凜子は、自分では気づいていないが、美人だ。異性から見ればパッと目を引くタイプではないけれど、なぜか気になってしまう不思議な雰囲気のある存在だった。
 だから、同性からしてみれば敵対視してしまうのかもしれない。
 ここしばらくは誰にも何もされず過ごしていたので、正直今日のことは堪えた。
 嫌味を言われ、間違ったことを伝えられ、資料を紛失され、挙句「男好き」と言われた。
「私のどこが男好きって言うのよ」
 小さく呟きながら凜子は枕に顔を埋めた。
 そして、またあの声が鼓膜に反響する。
『お前が悪い』
 私が…悪いの?
 凜子の目頭が熱くなる。滅多なことでは泣かない凜子が涙を滲ませる。心が弱くなっている証拠だ。
 弱くなる原因は分かっている。
 シエルだ。
 小さくて純粋に慕ってくれているあの妖精と一緒にいるようになって、凜子の心は確実に癒されている。そして、それと同時に弱くもなっている。
 誰にも何も期待しないで二年ほど。ずっと気を張って毎日を過ごして来た。
 それがこのたった数週間で、生活は変わった。すぐそばにシエルがいることは、凜子が自分で思っていた以上に優しく染み込んでいたようだ。
「姫…?」
 シエルはそっと凜子に呼びかけた。顔は枕で見えないけれど、凜子の様子がおかしいことは分かる。
「シエル…」
「はい」
「私に、伽をしてくれる?」
「…………は?」
 シエルは耳を疑い固まった。
「はは、伽って普通は女の人が男の人にするものか」
 力なく凜子は笑って冗談だと言った。それから、沈黙が流れる。
 凜子は身動き一つせず寝ころんだままで、シエルも何もせずその枕元に座っている。
 いや、何もしてない訳ではない。凜子の肩が震えている。声も上げずに泣いている。小柄な凜子の体が一層小さく見えた。
 シエルはそんな主人の様子にたまりかねて声をかけた。
「姫…僕で良いなら、伽でも何でもしますよ」
 シエルの声に、凜子は顔を上げた。いつもほんわかと笑っているシエルの顔がとても真剣で、凜子は思わず見とれる。
「姫が何を悲しんでいるのかは分かりませんが、僕の役目は姫の願を叶えることです。だから、言ってください」
「私の願い?」
「はい、食べたいものでも、行きたい場所でも……この際伽を本当にご所望なら、僕します」
「なんでそんなに私のことを考えてくれるの?」
「僕は、姫に笑って欲しいんです。笑った姫はとても可愛くて素敵だからです」
 にっこりとほほ笑むシエルはいつもより少しだけ大人びて見えた。凜子は新しい涙がこみ上げてくるのをぐっと我慢して起き上がる。
「じゃあ、友達になって」
「はい?」
 またシエルは耳を疑い固まった。
「どういう、意味ですか?」
「私は友達を作ってないって、シエルが言ったんだよ。だから、シエルが私の友達になってよ」
 シエルをそっと手のひらに乗せて凜子は顔を覗き込んだ。
「は、はい。僕で良ければそのくらいはたやすいことですが…そもそも僕は姫の妖精です。それと友達と大差ないと思いますけど…」
「全然違うわよ!友達はまず敬語は使わないでしょ。それに姫なんて呼ばない。後、自分の思ったことは言う。何でも言うことを聞かない」
 凜子がまくしたてるように言うとシエルの顔がどんどんこわばっていく。
「あの、それって…僕に姫と呼ぶなと?」
「そう」
「敬語もやめろと…」
「当たり前」
「僕の思ったことを言えと…?」
「シエルお利口さんだねぇー」
 凜子はシエルの頭を撫でながらにんまり笑うと、シエルは困った顔の眉根をさらに寄せて泣きそうな顔になった。
「これは姫の願いなんですよね?」
「そう。私の願い。聞いてくれるよね?妖精さん」
「…………………努力します」
 シエルの小さな体ががっくりと虚脱した。
 

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