私立五陵学園 特別科

柳 一

act.3 土蜘蛛・千代

 食堂には何人かの生徒がくつろいでいた。片づけが終わった一年や、上級生らしき見慣れない生徒もいた。あと10分もすれば昼食だからか、賑わっている。
「こっち座ろうよー」
 千代が空いてる席を見つけて手招きをする。途端に周囲の席に座っていた他の生徒が一斉に他の席へと移動した。さゆりが不思議がっていると、すれ違いざま上級生の女子に『よく平気ね』と言われる。さゆりが思わず蓮華の顔を見ると、蓮華は事もなげに
「千代のことが怖いんですわ」
 と答えた。千代は今日幾度めかの苦笑いを浮かべて、席に座る。つられるように座ると、千代は買ってきたペットボトルを開けた。
「土蜘蛛はこの国で有名な妖なの。ここの学園長が妖の法律を作るずっと前は土蜘蛛がこの国の妖を束ねていたんだって」
「法律?妖の?」
「そうだよ」
 千代が教えてくれたこの国の妖の法律は以下の三つなのだという。

 一、人間を襲ってはいけない
 一、人間に正体をすすんで明かしてはいけない
 一、人間の血肉を食べてはいけない

 これを破った者には学園長に厳しく処罰される。それは勿論学園の中でもそうで、妖の生徒は行動を制限されるのだと千代はつまらなそうに呟いた。
「学園長がこの法律を作ったとき、一番最初にそれに従ったのはうちの一族だったの。うちが従えば他の妖もみんな従うから。うちの一族の内部でもだいぶ揉めて大変だったけど…。そして学園長とうちの一族はそれに従わない妖たちを制圧していった。だから今でも土蜘蛛は怖がられてるし、嫌われてる」
「どうして皆その法律を嫌がるの?私は人間だから、この法律はすごく正しく聞こえるんだけど…」
 さゆりの言葉に千代は少し考えてから、そうだねと相槌を打った。
「でもその時まで人間を食べて生きていた妖にとっては大問題だった。人間が食事を禁止されてサプリメントしか許されないようなもんだと思う」
「…それは…うん、なんとなく…想像できるけど…」
「今も反対してる妖はいるんだって。そういう妖たちは学園長の命を狙っているみたい」
「だからこの学園の敷地には強力な守護結界が張られているんですのね」
「そうなの?」
「ええ。学園長の許可のない妖は入れないようになってます。他にもあちこちに結界は見かけますけど」
 そこまで蓮華が話したところで、あの銀と黒のツートンカラーの生徒が隣に座って来た。
「可愛い女子会かと思ったら真面目な話してるんだな」
 その生徒はもう配り始めたらしい食事を持ってさゆりの隣の席に座る。瞳はミルクティーのような色合いで、見ていると吸い込まれそうであった。
「オレは太郎。太郎=ローゼンタール、人間でエクソシスト。お前は?」
「山上さゆり、です」
「よろしく、さゆり」
 太郎が笑顔でさゆりの手をとり、その手の甲に自分の唇を充てると、千代が蓮華がそしてどこからか来ていた佳澄があっと声をあげた。あまりに自然にキスをされたのでさゆりも事態をワンテンポ遅れて理解できた。あまりそういうことをされたことがないので瞬時に頬が赤く染まる。
「挨拶、挨拶」
 太郎はそう言って笑っているけれど、さゆりは恥ずかしくてどうにもいたたまれなくなった。すぐに佳澄に抱きしめられ、それはそれで驚くさゆりをおかまいなしに佳澄は太郎からさゆりを守るようにして眉間に皺を寄せた。
「太郎くん、さゆりがビックリしてんだろ!」
「なんだよ、佳澄。ヤキモチか?」
「ヤキモチっていうか…太郎君は危険だからダメー!」
「ていうかアンタ達二人とも何気軽にさゆりに触ってんのよ!バカ!やめなさいよ!」
「痛って!お前意外と力強いんだな、ヤマトナデシコってやつじゃねーのかよ!」
 もうこうなると何がなんだかわからない。佳澄と太郎と千代で押し合い圧し合いになってしまっている。その三人のもみくちゃからなんとか逃げ出したさゆりは、蓮華と食事をとりに行った。蓮華が食事のトレイを見ながらクスッと笑った。
「でも、楽しそうですわね。千代」
「…ほんとだ」
「千代も佳澄も、高校生としてここにいるという今が楽しいのかもしれませんわね」
「うん…」
 二人が様子を見守りながらそんなことを話していたとき、黒鉄の鉄拳が三人に落ちて、またひとしきり皆で笑ったのだった。


 食事が終わると、佳澄が散歩に誘いにきた。荷物の片づけはそんなに時間もかからないだろうし、と一時間後に寮の外で待ち合わせようということになった。部屋に戻りながらすかさず千代が冷やかしに来る。
「佳澄ってばさゆりと離れたくないって感じだよねぇ~」
「そんなこと…」
「でもあれじゃまるで子犬ですわね。異性としてどうなのかしら」
「お?じゃぁ蓮華はどんな男が好みなわけ?」
「私は…そうですわね…知的で、スマートで、優しくて、強ければ」
「そんな男いるかってーの。ファンタジーじゃないんだから」
「じゃあそういう千代はどんな男がいいんですか?」
「ん~でも…そもそもアタシ、男ってあんまり好きじゃないし」
「…はい?」
「あ、女の子がいいとかじゃなくて。土蜘蛛は徹底的な女尊だから、所詮男はペットみたいなもんで」
「…そのへんは考え方の違いですわね」
 国や人種が違えば異性の好みも違うように、異種間でもそういった違いがあるらしい。さゆりは?と聞かれたがよくわからないとだけ返した。
 中学は田舎の中学校だったので生徒数も少なかったし、恋愛というよりただワイワイ遊んでる方が楽しかった。
「好きな男とかできたら教えてよ!自分が興味なくても、友達と恋の話してみたかったんだから!」
 そう言って笑った千代が綺麗で可愛くて、さゆりはなんともこそばゆい気持ちになった。蓮華も笑っている。
 少し変わった学園だけど、楽しいかも。
 さゆりの気持ちを感じ取ったのか、桜が優しい風にのって笑うようにそよいでいた。








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