白と蒼の炎
そして、穏かな日常
見慣れた自分の部屋。
時計は朝の五時になろうとしていた。
もう朝日は昇りつつあり、カーテン越しに明るくなっているのが分かる。
ルカはベッドの上で寝返りを打った。寝ていたはずなのに、とてつもない倦怠感が身体を包んでいる。
指すらも動かすのが億劫なほど、疲弊していた。
「私…なんで、泣いているの?」
自分の顔に触れて、涙の跡を確認したルカは困惑した。
怖い夢でも見ていたのだろうか?それにしても何も覚えていない。懸命に思い出そうとするが、それはするりとルカから逃げる。
恐怖と怒りと悲しみと、そんな感情がうっすらと思い出せる、でも肝心なことは何一つ出てこない。
寝転んだまま大きく伸びをしたルカはゆっくりと起き上がった。
大きな鏡に自分が映る。寝癖のついた栗色の髪がピョンとはねている。手ぐしでさっと整えると癖のない髪はすぐに綺麗になった。
ルカはしばらく自分の姿を眺める。
私って、こんなんだったっけ?
でもなぜそんな風に思ったかは分からない。どこからどう見ても、咲谷ルカの姿なのに。
「なんか、眠くなくなったなぁ」
窓を開けて外に出る。夏の太陽がもう既に気温を上げようとしていた。
ベランダでぼんやり空を見上げていると、向かい側の窓が開いた。
「あ…」
ルカと織は同時に小さく声を上げ見つめ合った。
「…おはよう。織も起きたの?早いね」
「お前こそ。夏休みなのにこんな時間に起きてるなんか珍しいな」
二人は互いのベランダの手すりにもたれかかり顔を見合わせた。
「なんとなく、目が覚めっちゃった」
「…オレも」
「織も?」
「うん。なんか夢見てたような気がするけどな」
眼鏡のレンズ越しの織の目がふと細められる。その顔が誰かに似ていた。
そう思った時、ルカは大粒の涙をこぼした。
「ルカ?」
突然泣き出した幼馴染に、織は珍しいほど驚いた顔になり言葉に詰まる。
そんな織の前でルカは子供のように声を上げて泣いた。
なぜ涙が出たのかはルカ自身分からない、ただどうしようもなく悲しかった。どこか自分の身を削られてしまったような感じがした。
後から後から涙は溢れる、そしてルカはぼんやり考えた。
夢の中でも泣いていたような気がすると。誰かのために泣いたような…。
涙も拭わず泣き続けるルカを、温かいものが包んだ。
驚いて見上げると、そこには織がいた。
自分のベランダから、飛び越えてきた織がルカを抱きしめていのだ。
「泣くな」
苦しそうに大きくため息をついた織の顔は泣きそうだった。
「お前がなんで泣いてるのか知らないけど、…オレも今日は泣きたい気分なんだ。だから、お前が泣いたらオレも泣きたくなるじゃん」
織の声が震えてる。明らかな涙声の織は、ルカから顔を背けるようにして小声でそう言った。
「織も?なんで…」
「そんなこと知るか…幼馴染だからじゃねぇの?」
ルカの髪に頬を埋め織は呟いた。
そっけなく言った織の言葉とは裏腹に抱きしめる腕は、すがり付いてくるようなもろさも感じられて、ルカはますます泣いた。
朝の光はいつもと同じだ。織の身体越しに見える家も道路も見慣れたものだ。
でも、何かが足りない。
とても大切な何かが。
それが、たまらなく悲しかった。
「おい早くしろよ」
待たされてイライラしている織の声が玄関から聞こえる。
「お待たせー。ほら、早く行こ」
「早くって…お前なぁ」
文句を言おうとした織の横を、クツを履いたルカはさっさとすり抜ける。
今日から新学期が始まる。
そんな日でもルカはしっかりと寝坊をして織を待たせた。
それに対して悪びれる様子もなく、待たせていた織に笑う。
「遅刻するよ!」
「お前が言うな!!」
織の声があたりに響く。織に追いかけられるようにしてルカは走り出した。
「オレに敵うと思うなよ」
にやっと笑った織は本気で走り出した。陸上部の織にルカが勝てるはずもなく、あっさりと追い抜かされてしまう。
「織ずるいっ!」
ルカは風に翻るスカートも気にせず織を追いかけた。
その時、誰かがクスッと笑った気がしてルカは立ち止まる。
振り返るが、そこには誰もいない。でも、確かに誰かが笑ったのを聞いた。
それは懐かしく感じるものでルカの心を揺さぶった。ふと感情がこみ上げてきそうで目元が熱くなる。
まだまだ夏を含んだ風がルカの髪を撫でて通り過ぎていく。時間が止まったかのようにルカはそこに立ち尽くした。
「おい、ルカ?」
先に行っていた織が戻ってきてルカの顔を覗き込んだ。
我に返ったルカは目を潤ませながら織に笑いかけて「なんでもない」と告げた。
「朝からぼんやりし過ぎだ。って、さっき起きたところだから仕方ないか」
意地悪な笑顔を浮かべ織はルカを見下ろした。
「織の意地悪も朝から好調みたいだね」
ぷっと頬を膨らませたルカに織は思わず噴き出した。そして、ルカの手を握って走り出す。
「ちょっ!織!」
「オレは皆勤かかってるから遅刻するわけには行かないんだよ。思い切り走れ!」
どう見ても引きずられているルカは、せめてコケまいと思って必死で織について行った。
成長してからこんな風に手を繋ぐのことはなかったかもしれない。そう考えるとどうしても顔が赤くなる。
そんなルカに、また声が聞こえた。
気をつけて行っておいでと。
終
時計は朝の五時になろうとしていた。
もう朝日は昇りつつあり、カーテン越しに明るくなっているのが分かる。
ルカはベッドの上で寝返りを打った。寝ていたはずなのに、とてつもない倦怠感が身体を包んでいる。
指すらも動かすのが億劫なほど、疲弊していた。
「私…なんで、泣いているの?」
自分の顔に触れて、涙の跡を確認したルカは困惑した。
怖い夢でも見ていたのだろうか?それにしても何も覚えていない。懸命に思い出そうとするが、それはするりとルカから逃げる。
恐怖と怒りと悲しみと、そんな感情がうっすらと思い出せる、でも肝心なことは何一つ出てこない。
寝転んだまま大きく伸びをしたルカはゆっくりと起き上がった。
大きな鏡に自分が映る。寝癖のついた栗色の髪がピョンとはねている。手ぐしでさっと整えると癖のない髪はすぐに綺麗になった。
ルカはしばらく自分の姿を眺める。
私って、こんなんだったっけ?
でもなぜそんな風に思ったかは分からない。どこからどう見ても、咲谷ルカの姿なのに。
「なんか、眠くなくなったなぁ」
窓を開けて外に出る。夏の太陽がもう既に気温を上げようとしていた。
ベランダでぼんやり空を見上げていると、向かい側の窓が開いた。
「あ…」
ルカと織は同時に小さく声を上げ見つめ合った。
「…おはよう。織も起きたの?早いね」
「お前こそ。夏休みなのにこんな時間に起きてるなんか珍しいな」
二人は互いのベランダの手すりにもたれかかり顔を見合わせた。
「なんとなく、目が覚めっちゃった」
「…オレも」
「織も?」
「うん。なんか夢見てたような気がするけどな」
眼鏡のレンズ越しの織の目がふと細められる。その顔が誰かに似ていた。
そう思った時、ルカは大粒の涙をこぼした。
「ルカ?」
突然泣き出した幼馴染に、織は珍しいほど驚いた顔になり言葉に詰まる。
そんな織の前でルカは子供のように声を上げて泣いた。
なぜ涙が出たのかはルカ自身分からない、ただどうしようもなく悲しかった。どこか自分の身を削られてしまったような感じがした。
後から後から涙は溢れる、そしてルカはぼんやり考えた。
夢の中でも泣いていたような気がすると。誰かのために泣いたような…。
涙も拭わず泣き続けるルカを、温かいものが包んだ。
驚いて見上げると、そこには織がいた。
自分のベランダから、飛び越えてきた織がルカを抱きしめていのだ。
「泣くな」
苦しそうに大きくため息をついた織の顔は泣きそうだった。
「お前がなんで泣いてるのか知らないけど、…オレも今日は泣きたい気分なんだ。だから、お前が泣いたらオレも泣きたくなるじゃん」
織の声が震えてる。明らかな涙声の織は、ルカから顔を背けるようにして小声でそう言った。
「織も?なんで…」
「そんなこと知るか…幼馴染だからじゃねぇの?」
ルカの髪に頬を埋め織は呟いた。
そっけなく言った織の言葉とは裏腹に抱きしめる腕は、すがり付いてくるようなもろさも感じられて、ルカはますます泣いた。
朝の光はいつもと同じだ。織の身体越しに見える家も道路も見慣れたものだ。
でも、何かが足りない。
とても大切な何かが。
それが、たまらなく悲しかった。
「おい早くしろよ」
待たされてイライラしている織の声が玄関から聞こえる。
「お待たせー。ほら、早く行こ」
「早くって…お前なぁ」
文句を言おうとした織の横を、クツを履いたルカはさっさとすり抜ける。
今日から新学期が始まる。
そんな日でもルカはしっかりと寝坊をして織を待たせた。
それに対して悪びれる様子もなく、待たせていた織に笑う。
「遅刻するよ!」
「お前が言うな!!」
織の声があたりに響く。織に追いかけられるようにしてルカは走り出した。
「オレに敵うと思うなよ」
にやっと笑った織は本気で走り出した。陸上部の織にルカが勝てるはずもなく、あっさりと追い抜かされてしまう。
「織ずるいっ!」
ルカは風に翻るスカートも気にせず織を追いかけた。
その時、誰かがクスッと笑った気がしてルカは立ち止まる。
振り返るが、そこには誰もいない。でも、確かに誰かが笑ったのを聞いた。
それは懐かしく感じるものでルカの心を揺さぶった。ふと感情がこみ上げてきそうで目元が熱くなる。
まだまだ夏を含んだ風がルカの髪を撫でて通り過ぎていく。時間が止まったかのようにルカはそこに立ち尽くした。
「おい、ルカ?」
先に行っていた織が戻ってきてルカの顔を覗き込んだ。
我に返ったルカは目を潤ませながら織に笑いかけて「なんでもない」と告げた。
「朝からぼんやりし過ぎだ。って、さっき起きたところだから仕方ないか」
意地悪な笑顔を浮かべ織はルカを見下ろした。
「織の意地悪も朝から好調みたいだね」
ぷっと頬を膨らませたルカに織は思わず噴き出した。そして、ルカの手を握って走り出す。
「ちょっ!織!」
「オレは皆勤かかってるから遅刻するわけには行かないんだよ。思い切り走れ!」
どう見ても引きずられているルカは、せめてコケまいと思って必死で織について行った。
成長してからこんな風に手を繋ぐのことはなかったかもしれない。そう考えるとどうしても顔が赤くなる。
そんなルカに、また声が聞こえた。
気をつけて行っておいでと。
終
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