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白と蒼の炎

鬼の夢

 沢山の人の呻きと叫び。
 様々なものが焼ける匂いと、それを上回る血の匂いが吐き気を誘う。
 腕がない者。足がない者。首がないモノ。焼け爛れた皮膚がぶら下がり、人の形すら危ういモノがそこかしこにいる。
 言葉にならない。涙も出ない。動けない。目を閉じることすら出来ない。
 ただひたすらに自分の前で繰り広げられるのは、地獄。
 幾重にも重ねられた人間の山の上で、何かが立っている。
 銀色の、その場に似つかわしくない美しい髪の毛を靡かせ、返り血が鮮やかな模様のようにも見える高貴な装束。手にはあやかしの輝きを讃えた長い刀。
 やがてそれはゆっくりと振り返った。
 この世のすべてを食らい尽くすかのような欲にまみれた瞳は赤く輝き、残忍な笑いを浮かべる唇は優雅に弧を描く。
 頭に、立派な角を持ったそれは。




 鬼。




「!!」
 ルカは眠りから覚め飛び起きた。
 心臓が限界まで跳ね上がり鼓動を刻む。耳のすぐ横にあるかのようにうるさく響いている。
 冷や汗が流れ、全身ががくがくと震えて止まらない。眠りながら泣いていたのか幾筋もの涙の跡がついている。
「夢…覚えて、る…」
 周りを見ると、電気がついた自分の部屋。時計は深夜の二時を指していた。
 初めて覚えていた夢は、今までよりもルカに恐怖を与えた。
 何もかもがリアルでとても夢だからと笑っていられなかった。匂いも、吹き荒れる熱風も、叫び声も。
 とても一人ではいられない、だけどこんな時間に家族は誰も起きてるはずもなかった。
 ルカは涙を拭いながら窓を開け、ベランダに出た。
 夏がすぐそこまで来ている風が、柔らかいルカの髪の毛を撫でる。目の前には、織の部屋の窓が見える。
 ほんのりと、カーテン越しに明かりが見えるのは、織がまだ起きている証拠。
 ルカは黙ってその窓を眺めた。こんな時間に声を張り上げて織を呼ぶわけには行かない。しかも織はきっと勉強しているのだろうから、それを邪魔するわけにもいかない。
 ルカはまだ震えの治まらない体を抱きしめるようにして立っていた。
 大丈夫、今は現実だから、何も起こらない。
 そう自分に言い聞かせて目を閉じて深呼吸を繰り返す。未だ心臓は昂ぶり、うるさいほどの鼓動は続いている。
 何度目かの息を吐き出した時、窓の開く音が聞こえた。
「ルカ?」
 聞きなれた声が耳に届く。ルカはハッとして目を開いた。
 目の前には自分の部屋から出てきた織がベランダに立っていた。
 こんな時間に会うとは思ってなかった織も驚きを隠せないようだ。ゆっくりと手すりまで近づいてきて身を乗り出した織はさらに目を見開いた。
「お前…」
「な、何よ」
 ルカは慌てて顔を背けた。先ほど流した涙が拭いきれてなかったのか、それで織が驚いているのかと思ったから。泣き顔を見られるのは恥ずかしい。
「お前の、目の色…」
 しかし織はルカが想像もつかないことを言った。
「目の色…おかしいぞ」
「目?」
「なんで、紫なんだよ。カラコンでも入れたのか?」
「は?そんなのするわけないじゃん」
「…一回部屋に戻って鏡見て来い」
 冷静さを取り戻したのか、織は静かにそう言った。ルカは訳が分からなかったが、言われたとおりに部屋に入り大きな鏡の前に立った。
「う、そ…」
 鏡に映る自分の目に、目を疑った。
 紺碧の海よりも深くなって、紫を帯びた瞳の色。しかも瞳孔の形は人間と同じだが、猫の目のように光っているではないか。カラコンでもこんな鮮やかな色は出せないだろう。これが自分の目の色?
 普段のルカの瞳の色は茶色だ。日本人らしい色のはずだった。それがなぜこんなことになっているのか。あまりの衝撃に眩暈がした。
「どうだ?見えたか?」
 自分のベランダから織の声が聞こえる。ルカは驚いて振り返った。
 織が窓にもたれかかりルカを見ていた。
「し、織…どうやって…」
 口をパクパクさせているルカに、織はフンと笑って見せる。
「飛び越えてきた。子供のころは無理だったけど、今なら余裕」
 余裕。
 そう言われても一応女の子の部屋に、しかもこんな時間、しかも私も織もパジャマ姿!
 幼馴染とはいえ妙に古臭い考えなのか、ルカは驚きと羞恥心とで顔が真っ赤になるのを止められなかった。
 言葉も出ず、ただひたすら恥ずかしくて織を睨み付けていると、また織が目を見張った。
「戻った…」
「は?」
「だから、目の色戻っている」
 鏡にぶつかりそうなほど覗き込むと、確かに茶色の見慣れた瞳に戻っていた。
 ルカは大きく息を吐き出し脱力した。良く分からないが、ともかく戻ってくれたことに心底安心した。
「なんだったんだ?」
 織は首をかしげまじまじとルカを見る。そんなことルカ自身が一番聞きたい。
「分かんない。夢見て起きたの。で、ベランダに出たら…織も出てきて…」
「夢?あの変な夢?」
「うん。でも今日は、覚えてる」
 ルカはごくりと唾を飲むと織に夢の話をした。思い出すだけでもルカの滑らかな皮膚に鳥肌が立つ。
 再び体が震えそうになって、慌てて両手の指を祈るように絡めた。
 今度は織は笑わなかった。ベランダに出た時に目に映ったルカの姿があまりにも恐怖に怯えていたから。
 本当に怖がっている姿を笑うほど織は鬼畜でも馬鹿でもない。今日も勉強をしていたのは確かだが、もしルカから電話がかかってきたら、いつでも話し相手くらいにはなってやろうと思っていた。
 しかし、織にはどうにもしてやれない。夢を止める方法なんて分からないし、だれも止められない。
 腕を組んでしばらく考え込んだ後、織は口の端をくいっとあげて笑った。
「ルカ、眠くないか?」
 妙に優しい織の声に、ルカは少しばかり嫌な予感がする。
「う、うん。さすがにすぐには寝れそうにない、けど…」
 ますます織の笑顔が深くなる。それはそれは優しく。
 まずい、この笑顔はまずい。
 ルカは心の中で覚悟を決める。そして正座をして深々と頭を下げた。
「ご指導ご鞭撻の程、よろしくお願いします…」
「まだ何も言ってないけど」
「何年一緒にいると思ってんのよ。…勉強、教えてくれるんでしょ?」
 ルカの諦めの声を聞き、織はニヤニヤしている。
「良くわかってるなぁ。どうせ寝れないんだったらそれを有効に使わないとばちが当たる」
 一体なんのばちがあたるのか、ルカにはさっぱり分からない。
 でも確かに眠れないし、テストも近い。それに麻貴の言った通り、織はちゃんと教えてくれるつもりだったのか?
 とにかくルカは夢と変化した瞳のことを考えたくなくて真剣にテスト勉強することに決めた。



 

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