桜とともに

桜とともに

 桜の花びらがひらひらと舞う。
 春の青空に、ピンク色の揺れる小さな花びら。
 見上げれば、それだけで笑顔になれるはずの季節なのに、私には涙で滲んで見えない。
 今まで、春は大好きな季節だった。大好きな貴方と出会えて、恋をして、思いが通じた、大切で大好きな季節だったから。
 でも、今年から嫌いになりそうだよ。
「ほかに好きな子ができた」
 そういって、苦しそうな顔をして言ったね。
 私のことを見もしなかった。
 いつもは笑ってくれるのに。私の一番好きな貴方の笑顔を見せてくれていたのに。
 どうして、私の一番嫌いな貴方の顔で、私が聞きたくない言葉を言うの?
 その言葉の後からは、あんまり記憶にない。
 私の目からは、壊れたかのように涙が出てきて、最後の貴方の顔も見えなかった。
「元気でな」
 そう言ったのは貴方だったの?
 聞きなれた声でも、聞いたことのない言葉に、凄く違和感を感じたのだけは覚えてる。
 いつも二人でお茶したカフェも、異空間のように感じて、居心地が悪くなった。
 お気に入りの飲み物も、味がしなくなった。
 右手の薬指から、宝物が消えた。
 私の左側の、暖かくて優しくて、愛しい人が消えた。
 ねぇ、本当に貴方は私のそばにいないの?
 また名前を呼んではくれないの?
 髪を撫でてはくれないの?
 笑って、キスをして、抱きしめてはくれないの?
「桜…一緒に見たかったな」
 毎年ここの桜を二人で見るのが楽しみだった。
 私の作ったお弁当、少し失敗したものも、おいしいって食べてくれる貴方の優しさが心に染みた。
 何もしなくても、桜と貴方がいれば、私には十分だった。
 桜は今年も綺麗に咲いてるのに、私は一人でここにいる。
 もう、二度と二人では見れない桜の下で、新しい涙が次から次に溢れてきて、ピンクと青が混ざり合う。
 息が苦しくて、体が震えて、頭が痛くて。
 こんな気持ちの春は初めて。
 風に乗って、小さな花びらがどこかへ飛んでいく。
 貴方のように、消えていく。私は桜の木で、貴方は花びら。
 離れていってしまう貴方を、私はただ見送るだけ。何もできず、終わりを見るだけ。
 でも、桜は来年もまた咲く。いくつもの花を、誇らしげに讃え私に見せてくれるはず。
 じゃあ、私は?
 ……また。春を好きになってるかな?
 桜とともに終わったこの恋を。
 穏やかに、思い出せてるのかな?
 それは、誰にも分からない。

 

コメント

  • ノベルバユーザー598104

    自分にもこういう素敵な感性があればと思える作品だと思いました

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