比翼の鳥

風慎

第73話 迫る脅威

「こちらでも確認した所、確かに魔物の群れがこちらに迫っておると言う情報が上がってきたわい。」

 その言葉に、ギルドマスターの部屋に駆けつけた、ボーデさんとライゼさんが息を飲む。
 うん。まぁ、一応、確認したしね。いや、見事な数ですよ?
 そう思いつつ、俺は更に情報を補足すべく、口を開く。

「詳しい数は不明ですが、私が見た数から推察するに、最低でも数千からなる群れのようです。」

 そんな俺の言葉に、今度は皆が揃って絶句した。

「数千……だと? ツバサさんよ、それは本当かよ?」
「それは、確かな情報?」

 どうやら、この数は想定外だったらしく、ボーデさんとライゼさんが、思わず、と言う感じで俺に確認して来る。
 更には、ギルドマスターも、その数は思った以上だったらしく、口こそ開かない物の、視線をよこし、その目で問うてきた。

 だが、残念ながら、これは事実だ。
【サーチ】で確認した所、7千以上の生体反応が、こちらに向かっている。
 しかも、最悪なことに、最低でその数である。どうやら、まだ増えるらしい。
 ここに報告に上がって一時間の間に、更に500程、追加されている。
 このまま、この勢いが続けば、もしかすると、万を超えるかもしれないな。

 これが1つ1つの反応が小さいものであるならば、城壁をうまく活用して行けば、大した被害も出なさそうなのだが……残念ながら、1つ1つがスケイルボア以上の魔力値を放っている。
 流石に、あのレベルの生物が集団で突進して来たら、いくら強固な防壁といえど、所詮は石造りである。どこかが突破されてもおかしくないだろう。
 そして、それ以上に問題なのが……多くの反応が空……つまりは、飛行する物体であると言う事だ。
 その場合は、残念ながら城壁の意味はほぼ無くなる。

 うーん、しかし今の情報だけで、この驚きよう。
 もし、正確な数を伝えたら、戦意喪失しないだろうか?
 いや、それ以前に、どうやってその数を数えたかとか言われたら、面倒なことになるんじゃなかろうか?
【サーチ】の魔法は、どうやら、一般的ではないようだし。うーむ、これはこのまま黙っておこうかな。
 思わずそんな事を考えてしまうくらいに、重い空気がこの場を支配している。
 俺がそんな風に、情報を伝えようかどうか迷っていると、それを察したのだろう。ギルドマスターが、重苦しい空気を破るように、口を開いた。

「まだ何かあるんじゃな? もう、この際、全てぶちまけておけ。」

 ふむ、宜しいのですかね?
 俺は、確認の意味を込めて、ギルドマスターに視線をよこす。
 しかし、彼は動じない。その鋭い眼光をまっすぐと俺へと向けて来る。
 その様子を見て、俺も腹をくくる。

 よし、とりあえず、ここの皆には、【サーチ】の事も含め、話しておこうか。
 と言うか、別に今更、この人達に何か隠し事をする意味も無いだろう。
 勿論、積極的に俺達の情報を与えるつもりも無いが。
 なんせ、共犯だからな。

 俺の腹が決まった事が分かったのだろう。
 駄目押しとばかりに、ギルドマスターは静かに頷いた。

「そうですか。では、遠慮無く。」

 そうして、俺は、その場の流れで、今ある情報を開示したが……帰ってきたのは、やはりと言うか、予想通りの溜息と、呆れた様な言葉だった。

「またあんたは、そんな魔法まで持ってるのか……。」
「ツバサだから不思議ではない。」

 なんですか、ライゼさんのその感想は。
 俺は、納得がいかないままライゼさんを見るも、無表情に見つめ返され、にらめっこ状態になる。
 どうやら、その評価は覆らないようだ。

「ちなみにじゃが。」

 そんな言葉に、視線を戻せばギルドマスターは何か諦めきった表情を俺に向けて口を開いた。

「ツバサ殿達が本気で戦った場合、この都市を……いや、せめて、居住区だけでも守ることは可能か?」

「え? 居住区だけでなく、都市全体守るくらいなら、余裕だと思いますよ? 此花や咲耶だけでも大丈夫じゃないですかね?」

 そして訪れる沈黙。
 あ、流石に、ギルドマスターも言葉がないようだ。

 いや、だって、事実だし。
 ただ、向かってくる魔物たちを倒すだけであれば、俺とルナなら、恐らく遠距離砲撃、数発で終わる。
 ああ、魔法陣を少しいじれば、俺なら一発で行けるか。

 我が子達だって、お願いしたら、喜々として突っ込んで殲滅せんめつしそうだな。
 まぁ、あまりにも目立ちすぎるから、やらせないし、俺もルナも魔法は使わないけど。

「ちなみに、駄目ですからね? 流石に目立ちますし、色々問題ありそうですから。」

 俺は、そう釘を差しておいた。
 そんな俺の言葉に、明らかに残念そうな表情を浮かべるも、

「そうじゃな。流石に、そんな事になれば、お主の素性も隠せぬだろうしな。」

 そう、理解を示してくれる、ギルドマスターの言葉が今はありがたい。

 正直、俺とルナがいれば、この程度の敵がいくら来ようが完封できるが……さて、どうしたものか?
 俺の力を見せるには、まだ、時期尚早だとは思う。かと言って、ここでこの都市が滅ぶのを黙って見ているというのも、何か違う気がするし。
 だが、最初から、俺の力有りきで期待されても困るのだ。
 あくまで、俺は一冒険者として、それとなくお手伝いするに留めておきたい。だって、目立ちたくないし。
 それに、また森の時のように依存されても困るしな。

 まぁ、実際、目の前で知り合いが窮地に陥っていたら、助けちゃうんだろうけど。

 しかし、このぐらいの数になると、都市の設備では迎撃も厳しいのだろうな。
 皆の様子を見るに、やはり今回の状況は、冒険者ギルドの人員では手に余るのだろう。特に、先日見たボーデさんの戦い方を見るに、空中相手は、正直、打つ手がなさそうだし。
 城壁の上には、一応、大型の弩弓の様なものが設置されていたが、一体、どこまで応戦できるものやら。

 ライゼさんは弓を使っていたし、あの炸裂弾? みたいなものを使えれば、それなりに空飛ぶ獲物に対しても対処は可能だろうが、それにしたって、一人でカバーするには、数が多すぎる。

 これが、都市の物見が気づく前だったら、俺がこっそり倒してしまっても問題なかったのだが……その判断がつかなかったのが痛い。
 何せ、今回、魔物がこちらに向かってきている原因と思しきものを、俺は見てしまっているからな。
 流石に、背後関係が分からない以上、問答無用で魔物を全滅させるわけにも行かなかったのだ。

 そう、この襲撃には理由がある。
 そして、もし、俺の予想が正しければ……魔物はあるものを追って来ているわけで……。

「しかし、何でまた、急に魔物がこの都市を襲うんだ?」

 そんな丁度良いボーデさんの呟きに、俺は即座に反応する。

「それなんですよ。実は、魔物の大群を発見する前に、ここに向かう乗り物を見かけましてね。」

「乗り物じゃと?」

 眉を顰めながらも食いついたのは、ギルドマスターだった。

「ええ、魔物を発見するきっかけになったのは、その乗り物のせいなのですよ。なんか、コドモオオトカゲみたいな動物に引かれて大急ぎで走る乗り物が気になったから、その乗り物が来た方向を調べたんですよね。そしたら、凄い数の魔物の群れじゃないですか。慌ててこちらに報告に来たって訳です。」

 俺のそんな言葉に、ギルドマスターは、暫し考え込むと、口を開く。

「ふむ。それは、何かの材料になるかもしれん。その乗り物……恐らくは蜥蜴車じゃろうが、特徴は覚えておるかの?」

「はい。後、もう一つ。実は、その乗り物には、2つのおかしい反応がありまして。今回の魔物襲来の原因はそこにあると、私は推測しました。」

 そうして俺が、ギルドマスターに馬車と反応についての情報を伝えたところで、部屋にノックの音が響く。
 皆が、注目する中、一礼し入ってきたのは、受付幼女だ。

「ロートラウト様、ギルド会議の要請が来ています。至急、教団本部へ出頭するようにとの事です。」

 いつもの軽い感じを隠し、淡々と伝達を行うその姿を見るに、この事態が逼迫ひっぱくしたものであることを、如実に物語っていた。
 そして、ロートラウト様って誰? と一瞬、疑問に思い……ギルドマスターの本名だったと思い出す。

「ご苦労。すぐに行く。」

 俺がそんな事を思っているとは思いもしないだろう。ギルドマスターはそう短く答え、それを見て、受付幼女は、一礼するとその場を辞した。その際、一瞬ではあるが、俺に視線を向けて行く。
 その表情は能面の様に動かなかったが、その瞳の奥には疑問の色をたたえていた。どうやら、この場に俺がいる事を不思議がっているようだ。
 まぁ、一応、第一通報者だし、特に気にする必要はないのだが、何故か、その時、俺は彼女から向けられた探るような視線が気になったのだった。


 結局、一回、その場で解散となり、会議終了後に再度集まる事になった。
 部屋を辞すと同時に、ボーデさんとライゼさんは、迎撃に向けて、準備をするために、足早にこの場を去っていった。
 そんな二人が去った廊下をゆっくりと追う様に歩きながら、俺は先程から街に放ったファミリアの寄越す情報を、分析していた。

 最後にギルドマスターに伝えた件は、かなり重要な事だ。
 それは、俺が、その場で魔物たちを順滅しなかったことに、大きく関わる。
 一応、遅かれ早かれ、ギルドマスターから情報は降りてくるだろうが、今は一分一秒が惜しい。

 そう、あの馬車……じゃないや、蜥蜴車には、奇妙な反応があったのだ。
 そんな気になる反応は、先程、ギルドマスターに話した通り2つあり、今はどちらもこの都市の中にあった。

 一つはこの街の中心。つまり教団本拠の建物内に。
 もう一つは、商業地区の奥まった一角に。

 その反応のどちらか、もしくは、どちらも追う様に迫る魔物達。
 どう考えても、関係があるとしか思えない。

 俺はゆっくりと歩きながら、考える。

 まず、教団にある反応だが……残念ではあるが、今、教団本拠に近づくのは、なるべくしたくはない。
 ファミリアでこっそりと見る事も考えたのだが、万が一と言うことがあるし。何より、あの反応……良く似ているのだ。例の厄介な奴らに。
 うん、藪を突いて、蛇を出すにはまだ早い気がする。

 そうなると、とりあえず、ファミリアには教団本部周辺の情報を探らせておいて、もう一つの、商業地区の反応を探ってみることにしようかな。
 そう考えを纏めながら、ギルドを後にした所で、何故か、家族全員に揃ってお出迎えされた。

「おや、皆、わざわざ来てくれたのかい?」

 少し驚きながらも、改めて皆の表情を見渡すと、一様に深刻な物を浮かべていた。

「父上、敵にござる。」
「お父様、結構な数が、こちらに向かっておりますわ。」

 その声に少し不安そうな成分を含ませながら、わが子達は俺にそう伝えてきた。

 おや、思ったより、この子達もナイーブなのだな。
 何となく歳相応の子供っぽさが嬉しくて、俺は優しく二人の頭を撫でる。
 そんな俺の手のひらに蹂躙され柔らかい笑みを浮かべつつも、二人の表情はどこか晴れない。

「私でも、肌に悪意を感じます。ツバサ様、見て下さい。先程から、尻尾が逆だってしまって。」

 そう言ったリリーは、少し振り向きながら、俺に金色に輝く尻尾を見せて来た。
 確かに言われてみると、いつもよりふんわりと膨れている。
 おお、なんか、これはこれでさわり心地が……良さそうだ。

「はぅ!? つ、ツバサ様? こ、こんな所で……。」

 は!? しまった。気がついたら、リリーの尻尾を撫で回していた自分がいて慌てて、尻尾から手を放す。

「ご、ごめん。あまりにも触り心地が良さそうだったもので、つい。」

「もう、外では他人の目もありますし、恥ずかしいですから、なるべく抑えて下さいね。」

 俺の言葉に、リリーは少し怒ったように、腰に手を当てると、少し困ったように俺に文句を言ってきた。
 しかし、そう言いつつも、途端に顔を真っ赤にすると、

「そ、その代わり、宿に帰ったら幾らでも触って下さって良いですから……。」

 と、途端に顔を真っ赤にしたと思えば、もじもじとしながら俯いてしまう。

 もう、この生物、可愛すぎるんですけど。
 リリーの背中に隠し切れない膨らんだ尻尾が、右に左に大きく揺れるのを見て、俺の中で何かが沸き上がるのを感じた。

「よし。すぐ帰ろう。今すぐ帰ろう。急ぐぞ。」

 俺はそんな衝動に突き動かされ、そう言いつつ、踵を返す。
 が、何故か襟首を捕まれ、その場から動けない俺。

 ぐ、俺のもふもふを邪魔するのは誰だ!?

 少しイラッとしながら振り返ると、素敵な笑顔を浮かべたルナが、俺を見上げていた。
 ルナはそのまま俺の手を取り、俺の手のひらに、彼女の細い人差し指を這わせる。

 《 それより、向かってきている魔物はどうするのかな? 》

 手に書かれた文字を解読し、俺は、ルナに咳ばらいをすると、視線を外しつつ、魔物の群れが迫る方へとわざとらしく視線を向けた。
 ついでに、サーチを飛ばし、その数が目出度く万を超えたことを確認し、更には、とんでもなく大きな反応が最後方からゆっくりと迫る事実を目の当たりにする。

「あー……どうしようかね?」

 流石に、ちょっとまずいような気がしてきた俺は、少し困った顔をして、笑顔のルナに視線を戻した。
 そんな俺の姿を、地べたに座り込むんだヒビキが欠伸をしながら、見つめているのだった。

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