比翼の鳥
第38話 マチェット王国動乱(7)
「で、結局、大物の魔物には逃げられてしまった……と言う訳ね」
お姫様がため息を吐きながら、そう話す通りで、結局、ビビを逃がしてしまった俺達に、反論の余地はなかった。
あの後、追撃に移った俺達だったが、時すでに遅く、ビビは猛スピードで地平線の彼方へと消えて行く所だった。
ドップラー効果で間延びする咆哮が、「あばよぉ!!」と言う声に聞こえそうな程、いっそ清々しいまでの逃亡速度であった。
流石のビビである。下手したら、飛ぶより走った方が早いって……。
そうして、俺達は今、先程いた王城と思しき場所へと戻って来ていた。
「だけど、そうね。あの大物が去った方向から見れば、奴らの拠点に見当が付くわ。その点は、一つ前進と言った所かしら?」
「エイプラス……の方向ですよね、あちらは」
エイプラス? 胸に抱かれた俺が首を傾げるのが分かったのか、リリーが見下ろす様に俺を見つめて、捕捉を始める。
「ツバサ様、あの方向は、昔、エイプラス共和国と言う国があった所なのですよ」
しかし、リリーから告げられた言葉に、違和感を覚える。
何で過去形なんだ? そんな言い方をするって事は……。
そんな俺の訝かし気な表情に気が付いたのか、お姫様は嘆息を一つ。
「そう、元、国のあった場所よ。今はもう無いわ。滅びたのよ」
その言葉を引き継ぐ様にリリーが更に捕捉を重ねる。
「それも、欲をかいた末の自滅だと聞いております」
自滅? 一体、何をどう仕出かしたら、国一つが消えて無くなるのだろうか?
尚も首を傾げる俺を見て、お姫様は気怠そうに、口を開いた。
「そうね、あん……貴方には、少し世界の状況を知っておいて貰う必要がありそうだわ」
一瞬、リリーに睨みを効かされ、お姫様は言い淀むも、直ぐに、自分のペースを取り戻す。
因みに、扉の向こうには、懲りない両親が聞き耳を立てているようだ。そういった状況も、彼女の口調を和らげる原因になったのだろう。
そんな彼女の話を聞き、俺は漸く、この世界の情勢を漠然と知る事になったのだ。
イルムガンドにいる時には、調べようとしても、時間も取れなかったし、何より資料が無かった。
そんな状況で、あの騒ぎであったため、密かに得る事の出来なかった情報が、実にあっさりと齎された訳だ。
お姫様とリリーの話を総合すると、どうやら、この世界には、元々12の国があったらしい。
ジャヌアリ連邦
フェイブラリ皇国
マチェット王国
エイプラス共和国
魔道大国メイスタット
ジューン皇国
神国ジュライ
魔都オウガスタ
亡国セプテンバル
オクトバル帝国
ノヴェンバ皇国
亡国ディッセンバル
色々と突っ込み所は満載の国名ではあるが、ある意味では分かりやすいと言える。
そう、全ての国が、元の世界の月を連想させる名前だ。
そして、更にわかりやすい事に、これらの国は、綺麗に円状の大地の上に並んでいるらしい。
つまり、時計の数字がそのまま、国の位置を示していると言えばよいのだろうか。
彼女達曰く、大地は円形をしており、その周りは海に囲まれているとの事だ。
ちなみ海の果てに出て行った者は、誰一人として帰って来なかったらしい。
それは、勇者ですら例外ではないとの事だ。何それ、恐い。
ちなみに、今の例で言うと、ジャヌアリ連邦は、時計の一時の位置に存在する。
首都の位置はバラバラの様だが、その国土と境界線は曖昧ではある物の、ほぼ均等に分けられているようだ。
つまり、ピザの切れ端の様な形に国土が存在するという事になる。
元の世界の感覚では、随分と歪な形に思えるし、そもそも領土争いなどは無いのかと聞いた所、帰って来たのは、意外な言葉だった。
「国同士の争いなんてする意味無いのよ。と言うか、自国の領土すら手付かずの所が多いのだから」
なるほど。自国の資源すら使い切れない状態では、他国を侵略する意味すらないのか。
人的資源はどうかと問うてみたが、こちらもまた明快な答えが返って来た。
「そんな事をしたら、ただでさえ少ない労働力が減るじゃないの。自国の資源を潰してまで、他国の資源を取りに行くとか、愚策以外の何物でも無いわ。一説によれば、大昔に大きな戦いがあったらしくて、それからは自分の国を守るので精一杯だった……なんて話もあるらしいわよ?」
尤も、それも御伽噺の様な眉唾物のお話だけどね、と苦笑しつつ説明する彼女の言を聞くに、その戦いは、人族内では既に風化した話となっているようだ。
ちなみに、その時に、セプテンバルとディッセンバルは、滅びたらしい。
現在は、荒涼とした砂漠と、人が住めないほど深い沼地が広がる不毛の地となっているようだ。
その内の一つは、心当たりがあり過ぎる場所なので、恐らくはそう言う事なのだろう。
宇迦之さん、大分派手にやったんだろうな……と、心の中で苦笑するに留める。
そんな状況だから、獣人達が安価な労働力として駆り出される形が根付いたのか。
あの教団のふざけた教皇も、ある意味、本当に必要に迫られてやったと言う一面もありそうだ。
全くもって賛同出来ない手法だが。
あれ? そういえば、今迄、ドタバタしていて聞けなかったが、この国の獣人はどうなっているんだ?
見た所、お姫様は獣人に対する嫌悪感は無いようだが。
街の様子を思い出すが、獣人はいなかったように思える。
まぁ、奴隷としての獣人もいなかったから、それはそれで良いのだが。
お姫様自身の態度としても、あまり獣人を嫌悪しているようには見えない。
リリーに対しては言うまでも無く、あの宿舎で集まっていた獣人達に対しても、別段、蔑んだりする事も無かったようだし。
まぁ、ある一人に対しては、いっそ清々しいまでに過剰な殺意を向けているようだが……それは彼の自業自得だから良いとする。
そこまで聞いた時、精度を落とし常時稼働していた【サーチ】に、異様な反応が引っ掛かった。
嫌な予感を覚えた俺は、即座に一時的に、効果範囲を円形で、最大長の30kmまで引き上げる。
その結果を見て、俺は思わず唸った。
同時に、先程の伝令と思しき反応が、近づいてくるのが分かる。
ビビめ……やってくれたな。
そこで、堰を切ったように慌てた伝令さんが、ノックもせず扉を乱暴にぶち開け、そのまま倒れ込む様に叫んだ。
「伝令!! 魔物の軍勢が、王都を取り囲んでおります!」
その一言が、この部屋に新たなる混乱を呼ぶことは、想像に難くなかったのだった。
「何故よ!? あの魔物は撤退した筈でしょう!?」
お姫様の悲鳴にも似た声が、部屋に響く。
陽動だな。
俺は心の中でそう答えつつ、魔物達の動きを探る。
どうやら、俺の思っていた以上に、魔物の動きは組織だっていた。
魔物達は三方向から王都を包囲する様に近づいて来ている。
王都に入る前に見た穀倉地帯に、なぎ倒された様な跡があったが、それも魔物の斥候部隊の痕跡だったのかもな。
恐らくではあるが、先程のビビとの戦いは、斥候と陽動を兼ねた物だったのだろう。
もしかしたら、俺の【サーチ】の効果範囲を探る為の物だったのかもしれない。
これは、俺の索敵範囲を知られている事を前提で行動する必要がありそうだな。
俺は、矢継ぎ早に指令を飛ばすお姫様の声を聞きながら、今後の方針を組み立てる。
どうやら、リリーは俺が考え込んでいる事を理解しているようで、何も言って来ない。
俺は、【サーチ】を駆使しつつ、この王都の防衛を考えてみるが、どう考えても防衛拠点の構築が出来ない。
そもそもこの都市は、防壁すら無いに等しいのだ。しかも、戦える人員は少数。
籠城以外の選択肢が無いが、そもそも、この城に民間人を収容できるのかも怪しすぎる。
そうすると、接敵される前に、数を減らさないといけない訳だが……駄目だな、このままだと戦力を分断せざるを得ない。
単体で最高戦力であるリリーと、彼女ほどでないにしろ、ある程度の火力を有する俺は、個別に動かないと、手が足りないと思う。
そうすると、俺を運んでくれる人が必要な訳だが……。
鬼気迫る表情で、指示を出しているお姫様に視線を向ける。
そして、思わずため息が出る。
うーん、それしかないよなぁ。
もっと魔力があれば、俺単体でも空から迎撃できるんだが……。
残念ながら、今の魔力保有量では、空を飛ぶ事すら危うい。
って言うか、魔法陣の構築すら危うい。
自分の力の無さが歯がゆい物の、今、それを言った所で仕方ない。
幸いな事に、現時点では、ビビの存在を確認できないのが救いか。
まぁ、あのビビの事だからアウトレンジから、一気に距離を詰めて来る事も可能だろうけど。
そうすると……やっぱり、それしかないかなぁ。
俺は、あまり気乗りしないまま、リリーにその事を告げたのだった。
「嫌です」
即答だった。
《 いや、けど 》
「嫌です。絶対に嫌です」
二回言ったよ、この子。
まぁ、そうなるとは思ったけどさ……。
《 リリー、頼むよ。獣人の皆を呼ぶのは、君しか出来ないでしょ? 》
「彼らが居なくても何とかします。この命に代えても」
いやいや、それこそ、本末転倒だ。
この国とリリーを天秤にかけること自体、ナンセンスだし。
仕方ない。あんまりこういうやり方は好きではないのだが……。
《 そんなに俺のことが信用できない? 》
その一言は、彼女にとっては衝撃的だったのだろう。
耳も尻尾も、いや、全身の毛がざわりと音を立てたのではないかと思えるほど、一気に膨れ上がる。
「そ、そんな!? 私は誰よりもツバサ様の事を!!」
《 俺は大丈夫。だから、リリーも信じてよ 》
彼女の瞳が不安に揺れるのを見ながら、俺はそれでも、彼女に残酷な一言を告げた。
「……ズルいです……ツバサ様」
彼女の言う通り、我ながらズルいと思う。
だけど、その言葉を彼女は跳ね除ける事は出来ない。
俺の心からのお願いを、彼女は断る事はできない。
その位、彼女は俺の全てを背負ってしまっている。
だから少しずつ、変えて行かないとな。
彼女を呪縛から解き放つために、呪縛を利用すると言う、矛盾。
それでも、俺は、俺のやりたいようにやる。
それが最善と思えることをする。押しつけだとしても、それでも俺は、やる。
もう一度、やり直すと決めたその時、それだけが俺の決意だから。
その意思の硬さを、リリーも感じたのだろう。最終的には彼女は折れてくれた。
「え? 嫌よ。嫌に決まってるじゃない」
しかし、もう片方もまた、最初に発したのは、完全なる拒絶の言葉だった。
俺、泣いて良いですか?
いや、まだだ、まだ終わらんよ。
俺はなけなしの根性を沸き立たせると、お姫様に向かって再度説得を試みる。
「何で私が、あん……貴方をの移動を手伝わなくてはならないのよ。しかも、下手したら後ろから撃たれるかもしれないのに」
まだそんな事を言っているのか……このお姫様は。俺はそんな事をする気も無いが、やはり、かなり不信感は強いようだ。
そもそも、今の状況は、亡国の危機ではないのか?
そんな俺の意見を代弁するかのように、リリーが非難の声を上げる。
「リザ! まだ、そんな事を言っているのですか!? ツバサ様が尽力して下さったのは、貴女もその目で見たでしょう?」
「一回位、敵を退けた所で、信頼が得られるはず無いでしょう? 不審と言う感情は、そんな簡単に割り切れる物では無いわ」
そんなリリーの声に、しかめっ面をしながら答えるお姫様の言う事もまた、良く分かる話ではある。
だが、今はそう言う事を言っていられる状況でもない。
《 私の事が信用できないならそれでも良いのです。護衛の者にでも担がせて下さい。ですが、今、この状況下で取れる対策と言うのは限られているのも事実でしょう? それならば、私を利用する位の気概は見せて欲しい物ですが? 》
面倒なので、俺は敢えて挑発する様に、そんな言葉を虚空に描く。
それを読んだお姫様は、一瞬、その見事なドリル髪が回転するんじゃないかと思えるほど、顔を真っ赤にして俺を睨んだ。
だが俺を一睨みし、ゆっくりと深呼吸をすると、苛々としながらも、何かを考え込む様子を見せつつ、腕を組んで部屋をうろつき始める。
その様子を見て、リリーは何故か嬉しそうに、
「ツバサ様、やっぱり止めましょう。無茶だったんですよ。うん、それが良いです」
と、手を合わせて語り掛けて来る。
そして、そのリリーの一言が、謀らずとも止めの言葉となったらしい。
「……っ! 良いでしょう。やるわ。ええ、この程度の事を乗り越えられなくて王族は名乗れないもの。私にだって出来るわ、それ位」
どう考えてもやけっぱちだが、俺としてはどうであれ、足の代わりになってくれるならそれで良い。
こうして、不安要素満載ながら、急造の対策が取られる事となったのだった。
お姫様がため息を吐きながら、そう話す通りで、結局、ビビを逃がしてしまった俺達に、反論の余地はなかった。
あの後、追撃に移った俺達だったが、時すでに遅く、ビビは猛スピードで地平線の彼方へと消えて行く所だった。
ドップラー効果で間延びする咆哮が、「あばよぉ!!」と言う声に聞こえそうな程、いっそ清々しいまでの逃亡速度であった。
流石のビビである。下手したら、飛ぶより走った方が早いって……。
そうして、俺達は今、先程いた王城と思しき場所へと戻って来ていた。
「だけど、そうね。あの大物が去った方向から見れば、奴らの拠点に見当が付くわ。その点は、一つ前進と言った所かしら?」
「エイプラス……の方向ですよね、あちらは」
エイプラス? 胸に抱かれた俺が首を傾げるのが分かったのか、リリーが見下ろす様に俺を見つめて、捕捉を始める。
「ツバサ様、あの方向は、昔、エイプラス共和国と言う国があった所なのですよ」
しかし、リリーから告げられた言葉に、違和感を覚える。
何で過去形なんだ? そんな言い方をするって事は……。
そんな俺の訝かし気な表情に気が付いたのか、お姫様は嘆息を一つ。
「そう、元、国のあった場所よ。今はもう無いわ。滅びたのよ」
その言葉を引き継ぐ様にリリーが更に捕捉を重ねる。
「それも、欲をかいた末の自滅だと聞いております」
自滅? 一体、何をどう仕出かしたら、国一つが消えて無くなるのだろうか?
尚も首を傾げる俺を見て、お姫様は気怠そうに、口を開いた。
「そうね、あん……貴方には、少し世界の状況を知っておいて貰う必要がありそうだわ」
一瞬、リリーに睨みを効かされ、お姫様は言い淀むも、直ぐに、自分のペースを取り戻す。
因みに、扉の向こうには、懲りない両親が聞き耳を立てているようだ。そういった状況も、彼女の口調を和らげる原因になったのだろう。
そんな彼女の話を聞き、俺は漸く、この世界の情勢を漠然と知る事になったのだ。
イルムガンドにいる時には、調べようとしても、時間も取れなかったし、何より資料が無かった。
そんな状況で、あの騒ぎであったため、密かに得る事の出来なかった情報が、実にあっさりと齎された訳だ。
お姫様とリリーの話を総合すると、どうやら、この世界には、元々12の国があったらしい。
ジャヌアリ連邦
フェイブラリ皇国
マチェット王国
エイプラス共和国
魔道大国メイスタット
ジューン皇国
神国ジュライ
魔都オウガスタ
亡国セプテンバル
オクトバル帝国
ノヴェンバ皇国
亡国ディッセンバル
色々と突っ込み所は満載の国名ではあるが、ある意味では分かりやすいと言える。
そう、全ての国が、元の世界の月を連想させる名前だ。
そして、更にわかりやすい事に、これらの国は、綺麗に円状の大地の上に並んでいるらしい。
つまり、時計の数字がそのまま、国の位置を示していると言えばよいのだろうか。
彼女達曰く、大地は円形をしており、その周りは海に囲まれているとの事だ。
ちなみ海の果てに出て行った者は、誰一人として帰って来なかったらしい。
それは、勇者ですら例外ではないとの事だ。何それ、恐い。
ちなみに、今の例で言うと、ジャヌアリ連邦は、時計の一時の位置に存在する。
首都の位置はバラバラの様だが、その国土と境界線は曖昧ではある物の、ほぼ均等に分けられているようだ。
つまり、ピザの切れ端の様な形に国土が存在するという事になる。
元の世界の感覚では、随分と歪な形に思えるし、そもそも領土争いなどは無いのかと聞いた所、帰って来たのは、意外な言葉だった。
「国同士の争いなんてする意味無いのよ。と言うか、自国の領土すら手付かずの所が多いのだから」
なるほど。自国の資源すら使い切れない状態では、他国を侵略する意味すらないのか。
人的資源はどうかと問うてみたが、こちらもまた明快な答えが返って来た。
「そんな事をしたら、ただでさえ少ない労働力が減るじゃないの。自国の資源を潰してまで、他国の資源を取りに行くとか、愚策以外の何物でも無いわ。一説によれば、大昔に大きな戦いがあったらしくて、それからは自分の国を守るので精一杯だった……なんて話もあるらしいわよ?」
尤も、それも御伽噺の様な眉唾物のお話だけどね、と苦笑しつつ説明する彼女の言を聞くに、その戦いは、人族内では既に風化した話となっているようだ。
ちなみに、その時に、セプテンバルとディッセンバルは、滅びたらしい。
現在は、荒涼とした砂漠と、人が住めないほど深い沼地が広がる不毛の地となっているようだ。
その内の一つは、心当たりがあり過ぎる場所なので、恐らくはそう言う事なのだろう。
宇迦之さん、大分派手にやったんだろうな……と、心の中で苦笑するに留める。
そんな状況だから、獣人達が安価な労働力として駆り出される形が根付いたのか。
あの教団のふざけた教皇も、ある意味、本当に必要に迫られてやったと言う一面もありそうだ。
全くもって賛同出来ない手法だが。
あれ? そういえば、今迄、ドタバタしていて聞けなかったが、この国の獣人はどうなっているんだ?
見た所、お姫様は獣人に対する嫌悪感は無いようだが。
街の様子を思い出すが、獣人はいなかったように思える。
まぁ、奴隷としての獣人もいなかったから、それはそれで良いのだが。
お姫様自身の態度としても、あまり獣人を嫌悪しているようには見えない。
リリーに対しては言うまでも無く、あの宿舎で集まっていた獣人達に対しても、別段、蔑んだりする事も無かったようだし。
まぁ、ある一人に対しては、いっそ清々しいまでに過剰な殺意を向けているようだが……それは彼の自業自得だから良いとする。
そこまで聞いた時、精度を落とし常時稼働していた【サーチ】に、異様な反応が引っ掛かった。
嫌な予感を覚えた俺は、即座に一時的に、効果範囲を円形で、最大長の30kmまで引き上げる。
その結果を見て、俺は思わず唸った。
同時に、先程の伝令と思しき反応が、近づいてくるのが分かる。
ビビめ……やってくれたな。
そこで、堰を切ったように慌てた伝令さんが、ノックもせず扉を乱暴にぶち開け、そのまま倒れ込む様に叫んだ。
「伝令!! 魔物の軍勢が、王都を取り囲んでおります!」
その一言が、この部屋に新たなる混乱を呼ぶことは、想像に難くなかったのだった。
「何故よ!? あの魔物は撤退した筈でしょう!?」
お姫様の悲鳴にも似た声が、部屋に響く。
陽動だな。
俺は心の中でそう答えつつ、魔物達の動きを探る。
どうやら、俺の思っていた以上に、魔物の動きは組織だっていた。
魔物達は三方向から王都を包囲する様に近づいて来ている。
王都に入る前に見た穀倉地帯に、なぎ倒された様な跡があったが、それも魔物の斥候部隊の痕跡だったのかもな。
恐らくではあるが、先程のビビとの戦いは、斥候と陽動を兼ねた物だったのだろう。
もしかしたら、俺の【サーチ】の効果範囲を探る為の物だったのかもしれない。
これは、俺の索敵範囲を知られている事を前提で行動する必要がありそうだな。
俺は、矢継ぎ早に指令を飛ばすお姫様の声を聞きながら、今後の方針を組み立てる。
どうやら、リリーは俺が考え込んでいる事を理解しているようで、何も言って来ない。
俺は、【サーチ】を駆使しつつ、この王都の防衛を考えてみるが、どう考えても防衛拠点の構築が出来ない。
そもそもこの都市は、防壁すら無いに等しいのだ。しかも、戦える人員は少数。
籠城以外の選択肢が無いが、そもそも、この城に民間人を収容できるのかも怪しすぎる。
そうすると、接敵される前に、数を減らさないといけない訳だが……駄目だな、このままだと戦力を分断せざるを得ない。
単体で最高戦力であるリリーと、彼女ほどでないにしろ、ある程度の火力を有する俺は、個別に動かないと、手が足りないと思う。
そうすると、俺を運んでくれる人が必要な訳だが……。
鬼気迫る表情で、指示を出しているお姫様に視線を向ける。
そして、思わずため息が出る。
うーん、それしかないよなぁ。
もっと魔力があれば、俺単体でも空から迎撃できるんだが……。
残念ながら、今の魔力保有量では、空を飛ぶ事すら危うい。
って言うか、魔法陣の構築すら危うい。
自分の力の無さが歯がゆい物の、今、それを言った所で仕方ない。
幸いな事に、現時点では、ビビの存在を確認できないのが救いか。
まぁ、あのビビの事だからアウトレンジから、一気に距離を詰めて来る事も可能だろうけど。
そうすると……やっぱり、それしかないかなぁ。
俺は、あまり気乗りしないまま、リリーにその事を告げたのだった。
「嫌です」
即答だった。
《 いや、けど 》
「嫌です。絶対に嫌です」
二回言ったよ、この子。
まぁ、そうなるとは思ったけどさ……。
《 リリー、頼むよ。獣人の皆を呼ぶのは、君しか出来ないでしょ? 》
「彼らが居なくても何とかします。この命に代えても」
いやいや、それこそ、本末転倒だ。
この国とリリーを天秤にかけること自体、ナンセンスだし。
仕方ない。あんまりこういうやり方は好きではないのだが……。
《 そんなに俺のことが信用できない? 》
その一言は、彼女にとっては衝撃的だったのだろう。
耳も尻尾も、いや、全身の毛がざわりと音を立てたのではないかと思えるほど、一気に膨れ上がる。
「そ、そんな!? 私は誰よりもツバサ様の事を!!」
《 俺は大丈夫。だから、リリーも信じてよ 》
彼女の瞳が不安に揺れるのを見ながら、俺はそれでも、彼女に残酷な一言を告げた。
「……ズルいです……ツバサ様」
彼女の言う通り、我ながらズルいと思う。
だけど、その言葉を彼女は跳ね除ける事は出来ない。
俺の心からのお願いを、彼女は断る事はできない。
その位、彼女は俺の全てを背負ってしまっている。
だから少しずつ、変えて行かないとな。
彼女を呪縛から解き放つために、呪縛を利用すると言う、矛盾。
それでも、俺は、俺のやりたいようにやる。
それが最善と思えることをする。押しつけだとしても、それでも俺は、やる。
もう一度、やり直すと決めたその時、それだけが俺の決意だから。
その意思の硬さを、リリーも感じたのだろう。最終的には彼女は折れてくれた。
「え? 嫌よ。嫌に決まってるじゃない」
しかし、もう片方もまた、最初に発したのは、完全なる拒絶の言葉だった。
俺、泣いて良いですか?
いや、まだだ、まだ終わらんよ。
俺はなけなしの根性を沸き立たせると、お姫様に向かって再度説得を試みる。
「何で私が、あん……貴方をの移動を手伝わなくてはならないのよ。しかも、下手したら後ろから撃たれるかもしれないのに」
まだそんな事を言っているのか……このお姫様は。俺はそんな事をする気も無いが、やはり、かなり不信感は強いようだ。
そもそも、今の状況は、亡国の危機ではないのか?
そんな俺の意見を代弁するかのように、リリーが非難の声を上げる。
「リザ! まだ、そんな事を言っているのですか!? ツバサ様が尽力して下さったのは、貴女もその目で見たでしょう?」
「一回位、敵を退けた所で、信頼が得られるはず無いでしょう? 不審と言う感情は、そんな簡単に割り切れる物では無いわ」
そんなリリーの声に、しかめっ面をしながら答えるお姫様の言う事もまた、良く分かる話ではある。
だが、今はそう言う事を言っていられる状況でもない。
《 私の事が信用できないならそれでも良いのです。護衛の者にでも担がせて下さい。ですが、今、この状況下で取れる対策と言うのは限られているのも事実でしょう? それならば、私を利用する位の気概は見せて欲しい物ですが? 》
面倒なので、俺は敢えて挑発する様に、そんな言葉を虚空に描く。
それを読んだお姫様は、一瞬、その見事なドリル髪が回転するんじゃないかと思えるほど、顔を真っ赤にして俺を睨んだ。
だが俺を一睨みし、ゆっくりと深呼吸をすると、苛々としながらも、何かを考え込む様子を見せつつ、腕を組んで部屋をうろつき始める。
その様子を見て、リリーは何故か嬉しそうに、
「ツバサ様、やっぱり止めましょう。無茶だったんですよ。うん、それが良いです」
と、手を合わせて語り掛けて来る。
そして、そのリリーの一言が、謀らずとも止めの言葉となったらしい。
「……っ! 良いでしょう。やるわ。ええ、この程度の事を乗り越えられなくて王族は名乗れないもの。私にだって出来るわ、それ位」
どう考えてもやけっぱちだが、俺としてはどうであれ、足の代わりになってくれるならそれで良い。
こうして、不安要素満載ながら、急造の対策が取られる事となったのだった。
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