比翼の鳥
第67話 下準備
赤熱した金属を、一心不乱に叩く。
感覚が研ぎ澄まされ、雑念が消えていくのを俺は心の片隅で感じつつ、ただ鎚を振り下ろした。
澄んだ音が響き、合いの手が入る。
親方の出す音は、俺の音より、曇りが少ない。
それがどういう技術によるものなのかは、今持って不明だ。
ただ、力いっぱい叩けば良いという物でも無い事は、この数日でわかった。
「おら、余計な事考えんな。目の前の物に集中しろ。」
「はい、すいません。」
反射的にそう答えると、俺は何も考えずに、作業へと戻る。
そんな時間は、思いの外、充実しているのを、俺は感じていたのだった。
今日も、親方の手伝いが終わり、俺は汗を拭いながら、工房を出る。
工房の外は、別世界なのではないかというくらい、空気が違った。
俺の体から熱を奪う風が、今は心地よい。
少し離れた部屋からは、時々、振動と鈍い音が聞こえてくる。
リリーがルナの手ほどきを受けて、例の部屋で片付けという名の、シゴキを受けているのだ。
奴隷であるリリーは、そのままでは冒険者になれないので、俺の従者という形で、今回は依頼を受けさせてもらった。
尤も、親方が拒否すれば、それは諦めるつもりでいたのだが、特に反対もなく、相変わらずのしかめっ面をしながら、
「ふん。お前の連れなら問題無いだろう。好きにしろ。」
と、何ともありがたいお言葉を頂いので、好意に甘えさせてもらっている。
そして、通い詰めるようになって、親方が俺の事を気に入った理由も判明した。
それがなんと……。
「ぬお!?」
突然、背中に冷たい感触が走り、俺は思わず変な声を上げる。
「いやいや、ポプラさん? いきなりそれは、心臓に悪いのでやめて下さいと何度も……ひぃ!?」
俺は必死に抗議をするも、どうやら、それが逆に気に入らなかったのか、今度は首筋を通して、胸の方へとひんやりとした感触が移動するのが、嫌というほど感じられる。
「ちょ、こら! それは、ぐ、駄目だって、うひ、んがーーー! いい加減にして下さい、ポプラさん!」
くすぐったいやら冷たいやらで、肌をくすぐられているような、はたまた舐められてでもいるような、正に蹂躙されているとしか言いようのない感触を味わっていた俺は、最後は声を荒げて叫んだ。
流石に、それで驚いたのか、その何とも言えない背徳的な感触が離れ、俺の前に音もなく着地する。
全く……おっさんの悶えるシーンとか、誰得だよ。
俺は鳥肌のたった肌をこすりつつ、目の前の元凶を睨みつける。
そこには、少し桃色に染まる透明な物体が鎮座していた。
その物体は、ポヨンと言う擬音がしっくり来るほど、まんまるでツルリとした光沢を放ち、許しを乞うように、小刻みにプルプルと揺れている。
そう、スライムである
元の世界では、尤も有名な魔物……と言うか、生物? いや、まぁ、ともかく、どんなゲームにも必ずは出てくる、ゼリー状のあれだ。
実際に目の前にしてわかったが、まぁ、この動きに癒しを覚えるのは間違いない。
何か心に訴えかけるような、特別な振動数でもあるのだろうか?
プルプルと揺れるその姿を見ていると、何故か、脱力感とともに、マッタリとした時間が流れてしまうのだ。
っと、いかん。そうだ。今日こそ、しっかりと怒らないと!
毎回これでは、俺の心臓がいつか止まってしまいそうだ。
それに、ルナがあまりいい顔をしない。
まぁ、実質、言葉すら話さない生物なので、ルナも、凄く複雑な感情を持て余しているらしいのだが……それでも、俺の体を他人? いや、他生物? とにかく、好き勝手にされるというのが嫌なようだ。
まぁ、それを人は独占欲というのだが、とりあえず、言わぬが花ということで。
「ポプラさん、毎回、困ります! びっくりしますし、くすぐったいので、やめて下さい!」
しかし、ポプラさんはプルプルと揺れている。
「それに、一応、私にはルナという、は、伴侶、がおりますので。」
しかし、ポプラさんはプルプルと揺れている。
「特に、胴体に直接は、色々と困るんです。良いですか?」
しかし、ポプラさんはプルプルと揺れている。
「はぁ……お願いしますね? このままだと、ルナに凄く怒られてしまいますよ?」
プルンと、ポプラさんは一瞬、身震いでもするかのように大きく震えた。
あ、やっぱりルナは怖いんだ。
まぁ、その当事者のルナは、今は我慢してくれているけど、時折、不機嫌そうな冷気が伝わってくるからな。
その内、大事故になりそうだから、ちゃんと釘刺しておかないとな。
「まぁ、ちゃんと不意打ちじゃなくて、承諾を取った上で……そうですね、腕とかなら、俺も五月蝿くは言いませんから。」
ため息混じりのその言葉を聞いて、ポプラさんは少しゆっくりと揺れた後、大きく揺れた。
妥協してくれた? そんな感じがする。
って言うか、スライムと意思疎通が取れるっていうのは普通なのか? よくわからん。
そもそも話を戻すが、俺が親方に気にかけてもらえたのは、このポプラさんのお陰だったりする。
どうやら、最初にここに来た時に、このポプラさんが、俺の事を何故か気に入ったらしい。
ちなみに、親方曰く、ポプラさんに気に入られる人は、本当に珍しいらしい。
どうも、このポプラさんは、人の悪意にとてつもなく敏感らしく、少しでもそれを感じられる人には決して心を開かないと言う事だ。
まぁ、何となくやり取りができちゃってるので、今更な感もあるが、このポプラさんは明確に意思を持っている。
それは、初めて会った時から感じられた。
まぁ、初めて会った時は、不意打ちで顔に張り付かれたんだが。
つか、凄く厄介なことに、何故かポプラさんは魔力感知が効かないんだよね……。
流石の俺も、思わず叫んで、魔法陣を展開しそうになる位にびびった。
いきなり顔に粘性の高い液体を貼りつけられる状況を想像してくれれば、俺の気持ちはわかって頂けると思う。
親方が慌ててポプラさんを叱ってくれなかったら、色々と大変なことになっていただろう。
俺がそんな事を思い出していると、ポプラさんが何故か長細く伸び上がっていた。
その伸び上がった先を、何気なく目で追うと……俺の左腕に行き着く。
なるほど。ポプラさんなりの、意思表示と確認か。
俺は、ため息をつくと、苦笑しつつ、
「わかりました。左腕なら良いですよ。」
と、いった瞬間に、俺の左腕はポプラさんに巻き付かれてしまう。
しかし、何が楽しくて俺の体に張り付くんだか?
って言うか、親方も言ってたけど、ポプラさんって、金属以外なら食べちゃうらしいし。
俺を食べたくて巻き付いているのか?
そう考えると、結構ヤバイ状況なのかと思えてくるが……?
左手に巻きつき、何故かウネウネと規則正しく揺れるポプラさんに視線を落とすと、それに応えるように、プルプルと揺れた。
うん、まぁ、可愛いよね。何かこう、ほっこりする。
ま、俺を食べたいならとっくに食べられているな。そうすると、ますます、俺にくっつきたがる理由がわからず、謎が深まるわけだが……ま、良いか。
そういや、ポプラさんって、雌……? 名前からも、ピンク的な見かけからも、確かにそれっぽいけどな。
どうでも良い事を考えながら、俺はルナ達の様子を見るために、振動の元へと足を向けるのだった。
ちなみに、我が子達が初依頼をこなしてから、既に10日程が過ぎ去っていた。
Eランクに上がった此花と咲耶は、毎日のように鱗 猪を狩りに、出かけていたりする。
最初の数回は心配だったので同行したが、1日に4頭以上は狩らない様に釘を刺して置き、その後の行動も特に問題は無かったので、そのまま好きな様にさせている。
念の為に、ヒビキは同行させているが、今の所、特に気になる点も無いようだ。
ただ最近は、スケイルボアだけでなく、他の獲物にも興味が出てきたようで、狩りが終わった後、色々と観察しているようだ。
そうやって色々なものに、好奇心を持つのは良い事だと思うので、今日、狩りに出かける我が子達を引き止めた俺は、敢えて後押しをしておいた。
「捕獲……ですの?」
「狩るのでは無いのですか?」
「うん、殺しちゃ駄目だよ? 二人が育ててみたい生き物がいたら、捕まえて来なさい。例の場所に放しておけば良いから。」
俺のそんな言葉に、わが子達は良く理解できないのか首を傾げる。
まぁ、肉の塊にしか見えていないようだし、育てるって言われても、わからんだろうな。
ちなみに、例の場所というのは、何回か我が子達に付き添った時に、手を入れておいた場所のことだ。
そこは、要塞都市 イルムガンドから北西に20km程、離れた場所にある。
俺が手を加え、周りから隠蔽されているので、こっそりと何かをするには都合が良い場所となっているのだ。
そんな予想通りのわが子達の反応に、俺は苦笑すると、
「まぁ、何か気に入った生き物がいれば、だよ。いなければ、お父さんの方で用意するから。」
そう口にしたが、逆にそれが悪かったのか、彼女達は目を輝かせて、口を開く。
「プレゼントですの!? それでしたら、お父様に選んで欲しいですわ!」
「そうでござるな。それならば、父上の選んで下さった方が、某も嬉しいでござる!」
間髪入れずそんな事を言う我が子達の様子を見て、俺は頭をかいた。
いや、そういうことじゃないんだけど……まぁ、良いか。
「わかった。もし、此花も咲耶も気になる生き物がいなかったら、お父さんからプレゼントしよう。」
「わかりましたわ! では、お父様、行ってまいりますわ!」
「父上! この咲耶、楽しみにしております!」
「はいよ。ちゃんと4頭以下ね? 数を減らしすぎると色々問題だから。」
そんな俺の言葉を聞いて、はしゃぐ二人を、俺は苦笑しながら見送った。
俺がやりたいのは、我が子達に生き物を育てさせるということだ。
それも、彼女達には、責任を持って育ててもらう。
俺は最低限の助言しか、しないつもりだ。
生き物を育てることで、命の本質を知るというのは、一番効果的な方法だと俺は知っていた。
動物は全て本質的に、何かから命を受け継ぎ、自分を生かす存在だ。
植物と言う例外はあるにせよ、それだって、命の環の中にいる。
その輪の循環を俺は、我が子達に教えたかった。
それが例え、子供にとって残酷な結末を産んだとしても、事実は事実だ。
むしろ、その別れが残酷な物であるほど、命の重さを知ることが出来る。
まぁ、そうは言っても、あまり、酷いことにはならないようにしたいのだが……こればっかりは、やってみないと分からない部分が多い。
ただ、もし、小さな命を粗末に扱うような事があれば、その時は、本気で怒ろうと決めていた。
これだけは、曲げてはいけないと、俺の心が告げている。
俺の我儘だろうが、なんだろうが、もう迷わない。俺は俺の心に嘘はつかない。そう決めた。
二人が元気に駆けて行った方角を見ながら、そんな風にならない事を、俺は祈っていたのだった。
それが、今日の朝の出来事だ。
今日の親方の指名依頼を終えた俺は、ルナ達の元へと足を運んだ。
ちなみに、ポプラさんは、ルナ達のいる部屋へと近づいたら、危険を感じたのか逃げ出してしまった。
まあ、懸命な判断だと思う。
そんなルナとリリーはもう少し依頼と言う名の訓練をして行きたいと言っていたので、珍しく俺は一人になってしまった。
皆も大分、この生活に慣れて来たということだろう。
丁度良いタイミングだし、此花と咲耶のプレゼントを探しに行くか?
ついでに、何か討伐依頼でも受けておくかね。
俺は依頼達成の報告も兼ねて、その足を冒険者ギルドへと向ける。
「あら、色男さん、いらっしゃい! 依頼の報告かしら?」
ギルドのカウンターから、そんな声が飛んできた。
見ると、少し化粧が濃い目の色っぽい受付のお姉さんが、微笑みを浮かべていた。
またも見知った顔で、そのまま通り過ぎるのも難しいので、
「こんにちは。はい、今日の分の依頼を報告に。後、時間が余ってしまったので、軽く討伐依頼をこなそうかと。」
そう、声をかけつつ近づく。
そんな俺の言葉に、色っぽい受付のお姉さんは、少し垂れ下がった目を見開くと、
「あら、まだお仕事するの? 流石、期待の新人ね。けど、程々にしないと駄目よ? 調子の良い時程、危ないんだから。」
確かに、お姉さんの言う通りだな。
こういう時こそ、気を引き締めないと。
「はい、そうですね。ご忠告痛み入ります。ただ、ちょっと今日中にどうしても片付けておきたい事がありましてね。あ、これタグです。よろしくお願いします。」
俺はタグをお姉さんに渡しつつ、そう口を開いた。
「そうなの? じゃあ、早く終わらせて帰ってきた方が良いわね。ちょっと待っててね。」
俺のタグをもって、お姉さんが奥に消えるも、すぐに戻ってくると、
「はい、今回も依頼完遂、お疲れ様でした。そろそろランクアップ出来そうよ?」
そう言いながら、笑顔でタグを渡してくれる。
「おや、もうですか? まだ10日程ですが……。」
あ、しまった。ちょっと生意気な態度だったかな?
つい俺はそんな風に問い返してしまうが、お姉さんは嫌な顔をするどころか、逆に声を上げて笑うと、
「ふふふふ。それは、指名依頼をしているからね。指名依頼は、ギルド貢献ポイントが高めだから。」
丁寧にそう教えてくれた。
「なるほど。勉強になりました。教えてくれてありがとうございます。」
「良いのよ。これが受付のお仕事ですから。他に聞きたいことはありませんか? お客様?」
そんな風に少し茶目っ気を出すお姉さんは、やはりプロを感じさせるも、とても親しみやすい対応だった。
うん。丁度いいかもしれないな。
俺は、そんな受付のお姉さんのありがたい言葉に甘えると、ある事について問いかけたのだった。
感覚が研ぎ澄まされ、雑念が消えていくのを俺は心の片隅で感じつつ、ただ鎚を振り下ろした。
澄んだ音が響き、合いの手が入る。
親方の出す音は、俺の音より、曇りが少ない。
それがどういう技術によるものなのかは、今持って不明だ。
ただ、力いっぱい叩けば良いという物でも無い事は、この数日でわかった。
「おら、余計な事考えんな。目の前の物に集中しろ。」
「はい、すいません。」
反射的にそう答えると、俺は何も考えずに、作業へと戻る。
そんな時間は、思いの外、充実しているのを、俺は感じていたのだった。
今日も、親方の手伝いが終わり、俺は汗を拭いながら、工房を出る。
工房の外は、別世界なのではないかというくらい、空気が違った。
俺の体から熱を奪う風が、今は心地よい。
少し離れた部屋からは、時々、振動と鈍い音が聞こえてくる。
リリーがルナの手ほどきを受けて、例の部屋で片付けという名の、シゴキを受けているのだ。
奴隷であるリリーは、そのままでは冒険者になれないので、俺の従者という形で、今回は依頼を受けさせてもらった。
尤も、親方が拒否すれば、それは諦めるつもりでいたのだが、特に反対もなく、相変わらずのしかめっ面をしながら、
「ふん。お前の連れなら問題無いだろう。好きにしろ。」
と、何ともありがたいお言葉を頂いので、好意に甘えさせてもらっている。
そして、通い詰めるようになって、親方が俺の事を気に入った理由も判明した。
それがなんと……。
「ぬお!?」
突然、背中に冷たい感触が走り、俺は思わず変な声を上げる。
「いやいや、ポプラさん? いきなりそれは、心臓に悪いのでやめて下さいと何度も……ひぃ!?」
俺は必死に抗議をするも、どうやら、それが逆に気に入らなかったのか、今度は首筋を通して、胸の方へとひんやりとした感触が移動するのが、嫌というほど感じられる。
「ちょ、こら! それは、ぐ、駄目だって、うひ、んがーーー! いい加減にして下さい、ポプラさん!」
くすぐったいやら冷たいやらで、肌をくすぐられているような、はたまた舐められてでもいるような、正に蹂躙されているとしか言いようのない感触を味わっていた俺は、最後は声を荒げて叫んだ。
流石に、それで驚いたのか、その何とも言えない背徳的な感触が離れ、俺の前に音もなく着地する。
全く……おっさんの悶えるシーンとか、誰得だよ。
俺は鳥肌のたった肌をこすりつつ、目の前の元凶を睨みつける。
そこには、少し桃色に染まる透明な物体が鎮座していた。
その物体は、ポヨンと言う擬音がしっくり来るほど、まんまるでツルリとした光沢を放ち、許しを乞うように、小刻みにプルプルと揺れている。
そう、スライムである
元の世界では、尤も有名な魔物……と言うか、生物? いや、まぁ、ともかく、どんなゲームにも必ずは出てくる、ゼリー状のあれだ。
実際に目の前にしてわかったが、まぁ、この動きに癒しを覚えるのは間違いない。
何か心に訴えかけるような、特別な振動数でもあるのだろうか?
プルプルと揺れるその姿を見ていると、何故か、脱力感とともに、マッタリとした時間が流れてしまうのだ。
っと、いかん。そうだ。今日こそ、しっかりと怒らないと!
毎回これでは、俺の心臓がいつか止まってしまいそうだ。
それに、ルナがあまりいい顔をしない。
まぁ、実質、言葉すら話さない生物なので、ルナも、凄く複雑な感情を持て余しているらしいのだが……それでも、俺の体を他人? いや、他生物? とにかく、好き勝手にされるというのが嫌なようだ。
まぁ、それを人は独占欲というのだが、とりあえず、言わぬが花ということで。
「ポプラさん、毎回、困ります! びっくりしますし、くすぐったいので、やめて下さい!」
しかし、ポプラさんはプルプルと揺れている。
「それに、一応、私にはルナという、は、伴侶、がおりますので。」
しかし、ポプラさんはプルプルと揺れている。
「特に、胴体に直接は、色々と困るんです。良いですか?」
しかし、ポプラさんはプルプルと揺れている。
「はぁ……お願いしますね? このままだと、ルナに凄く怒られてしまいますよ?」
プルンと、ポプラさんは一瞬、身震いでもするかのように大きく震えた。
あ、やっぱりルナは怖いんだ。
まぁ、その当事者のルナは、今は我慢してくれているけど、時折、不機嫌そうな冷気が伝わってくるからな。
その内、大事故になりそうだから、ちゃんと釘刺しておかないとな。
「まぁ、ちゃんと不意打ちじゃなくて、承諾を取った上で……そうですね、腕とかなら、俺も五月蝿くは言いませんから。」
ため息混じりのその言葉を聞いて、ポプラさんは少しゆっくりと揺れた後、大きく揺れた。
妥協してくれた? そんな感じがする。
って言うか、スライムと意思疎通が取れるっていうのは普通なのか? よくわからん。
そもそも話を戻すが、俺が親方に気にかけてもらえたのは、このポプラさんのお陰だったりする。
どうやら、最初にここに来た時に、このポプラさんが、俺の事を何故か気に入ったらしい。
ちなみに、親方曰く、ポプラさんに気に入られる人は、本当に珍しいらしい。
どうも、このポプラさんは、人の悪意にとてつもなく敏感らしく、少しでもそれを感じられる人には決して心を開かないと言う事だ。
まぁ、何となくやり取りができちゃってるので、今更な感もあるが、このポプラさんは明確に意思を持っている。
それは、初めて会った時から感じられた。
まぁ、初めて会った時は、不意打ちで顔に張り付かれたんだが。
つか、凄く厄介なことに、何故かポプラさんは魔力感知が効かないんだよね……。
流石の俺も、思わず叫んで、魔法陣を展開しそうになる位にびびった。
いきなり顔に粘性の高い液体を貼りつけられる状況を想像してくれれば、俺の気持ちはわかって頂けると思う。
親方が慌ててポプラさんを叱ってくれなかったら、色々と大変なことになっていただろう。
俺がそんな事を思い出していると、ポプラさんが何故か長細く伸び上がっていた。
その伸び上がった先を、何気なく目で追うと……俺の左腕に行き着く。
なるほど。ポプラさんなりの、意思表示と確認か。
俺は、ため息をつくと、苦笑しつつ、
「わかりました。左腕なら良いですよ。」
と、いった瞬間に、俺の左腕はポプラさんに巻き付かれてしまう。
しかし、何が楽しくて俺の体に張り付くんだか?
って言うか、親方も言ってたけど、ポプラさんって、金属以外なら食べちゃうらしいし。
俺を食べたくて巻き付いているのか?
そう考えると、結構ヤバイ状況なのかと思えてくるが……?
左手に巻きつき、何故かウネウネと規則正しく揺れるポプラさんに視線を落とすと、それに応えるように、プルプルと揺れた。
うん、まぁ、可愛いよね。何かこう、ほっこりする。
ま、俺を食べたいならとっくに食べられているな。そうすると、ますます、俺にくっつきたがる理由がわからず、謎が深まるわけだが……ま、良いか。
そういや、ポプラさんって、雌……? 名前からも、ピンク的な見かけからも、確かにそれっぽいけどな。
どうでも良い事を考えながら、俺はルナ達の様子を見るために、振動の元へと足を向けるのだった。
ちなみに、我が子達が初依頼をこなしてから、既に10日程が過ぎ去っていた。
Eランクに上がった此花と咲耶は、毎日のように鱗 猪を狩りに、出かけていたりする。
最初の数回は心配だったので同行したが、1日に4頭以上は狩らない様に釘を刺して置き、その後の行動も特に問題は無かったので、そのまま好きな様にさせている。
念の為に、ヒビキは同行させているが、今の所、特に気になる点も無いようだ。
ただ最近は、スケイルボアだけでなく、他の獲物にも興味が出てきたようで、狩りが終わった後、色々と観察しているようだ。
そうやって色々なものに、好奇心を持つのは良い事だと思うので、今日、狩りに出かける我が子達を引き止めた俺は、敢えて後押しをしておいた。
「捕獲……ですの?」
「狩るのでは無いのですか?」
「うん、殺しちゃ駄目だよ? 二人が育ててみたい生き物がいたら、捕まえて来なさい。例の場所に放しておけば良いから。」
俺のそんな言葉に、わが子達は良く理解できないのか首を傾げる。
まぁ、肉の塊にしか見えていないようだし、育てるって言われても、わからんだろうな。
ちなみに、例の場所というのは、何回か我が子達に付き添った時に、手を入れておいた場所のことだ。
そこは、要塞都市 イルムガンドから北西に20km程、離れた場所にある。
俺が手を加え、周りから隠蔽されているので、こっそりと何かをするには都合が良い場所となっているのだ。
そんな予想通りのわが子達の反応に、俺は苦笑すると、
「まぁ、何か気に入った生き物がいれば、だよ。いなければ、お父さんの方で用意するから。」
そう口にしたが、逆にそれが悪かったのか、彼女達は目を輝かせて、口を開く。
「プレゼントですの!? それでしたら、お父様に選んで欲しいですわ!」
「そうでござるな。それならば、父上の選んで下さった方が、某も嬉しいでござる!」
間髪入れずそんな事を言う我が子達の様子を見て、俺は頭をかいた。
いや、そういうことじゃないんだけど……まぁ、良いか。
「わかった。もし、此花も咲耶も気になる生き物がいなかったら、お父さんからプレゼントしよう。」
「わかりましたわ! では、お父様、行ってまいりますわ!」
「父上! この咲耶、楽しみにしております!」
「はいよ。ちゃんと4頭以下ね? 数を減らしすぎると色々問題だから。」
そんな俺の言葉を聞いて、はしゃぐ二人を、俺は苦笑しながら見送った。
俺がやりたいのは、我が子達に生き物を育てさせるということだ。
それも、彼女達には、責任を持って育ててもらう。
俺は最低限の助言しか、しないつもりだ。
生き物を育てることで、命の本質を知るというのは、一番効果的な方法だと俺は知っていた。
動物は全て本質的に、何かから命を受け継ぎ、自分を生かす存在だ。
植物と言う例外はあるにせよ、それだって、命の環の中にいる。
その輪の循環を俺は、我が子達に教えたかった。
それが例え、子供にとって残酷な結末を産んだとしても、事実は事実だ。
むしろ、その別れが残酷な物であるほど、命の重さを知ることが出来る。
まぁ、そうは言っても、あまり、酷いことにはならないようにしたいのだが……こればっかりは、やってみないと分からない部分が多い。
ただ、もし、小さな命を粗末に扱うような事があれば、その時は、本気で怒ろうと決めていた。
これだけは、曲げてはいけないと、俺の心が告げている。
俺の我儘だろうが、なんだろうが、もう迷わない。俺は俺の心に嘘はつかない。そう決めた。
二人が元気に駆けて行った方角を見ながら、そんな風にならない事を、俺は祈っていたのだった。
それが、今日の朝の出来事だ。
今日の親方の指名依頼を終えた俺は、ルナ達の元へと足を運んだ。
ちなみに、ポプラさんは、ルナ達のいる部屋へと近づいたら、危険を感じたのか逃げ出してしまった。
まあ、懸命な判断だと思う。
そんなルナとリリーはもう少し依頼と言う名の訓練をして行きたいと言っていたので、珍しく俺は一人になってしまった。
皆も大分、この生活に慣れて来たということだろう。
丁度良いタイミングだし、此花と咲耶のプレゼントを探しに行くか?
ついでに、何か討伐依頼でも受けておくかね。
俺は依頼達成の報告も兼ねて、その足を冒険者ギルドへと向ける。
「あら、色男さん、いらっしゃい! 依頼の報告かしら?」
ギルドのカウンターから、そんな声が飛んできた。
見ると、少し化粧が濃い目の色っぽい受付のお姉さんが、微笑みを浮かべていた。
またも見知った顔で、そのまま通り過ぎるのも難しいので、
「こんにちは。はい、今日の分の依頼を報告に。後、時間が余ってしまったので、軽く討伐依頼をこなそうかと。」
そう、声をかけつつ近づく。
そんな俺の言葉に、色っぽい受付のお姉さんは、少し垂れ下がった目を見開くと、
「あら、まだお仕事するの? 流石、期待の新人ね。けど、程々にしないと駄目よ? 調子の良い時程、危ないんだから。」
確かに、お姉さんの言う通りだな。
こういう時こそ、気を引き締めないと。
「はい、そうですね。ご忠告痛み入ります。ただ、ちょっと今日中にどうしても片付けておきたい事がありましてね。あ、これタグです。よろしくお願いします。」
俺はタグをお姉さんに渡しつつ、そう口を開いた。
「そうなの? じゃあ、早く終わらせて帰ってきた方が良いわね。ちょっと待っててね。」
俺のタグをもって、お姉さんが奥に消えるも、すぐに戻ってくると、
「はい、今回も依頼完遂、お疲れ様でした。そろそろランクアップ出来そうよ?」
そう言いながら、笑顔でタグを渡してくれる。
「おや、もうですか? まだ10日程ですが……。」
あ、しまった。ちょっと生意気な態度だったかな?
つい俺はそんな風に問い返してしまうが、お姉さんは嫌な顔をするどころか、逆に声を上げて笑うと、
「ふふふふ。それは、指名依頼をしているからね。指名依頼は、ギルド貢献ポイントが高めだから。」
丁寧にそう教えてくれた。
「なるほど。勉強になりました。教えてくれてありがとうございます。」
「良いのよ。これが受付のお仕事ですから。他に聞きたいことはありませんか? お客様?」
そんな風に少し茶目っ気を出すお姉さんは、やはりプロを感じさせるも、とても親しみやすい対応だった。
うん。丁度いいかもしれないな。
俺は、そんな受付のお姉さんのありがたい言葉に甘えると、ある事について問いかけたのだった。
「比翼の鳥」を読んでいる人はこの作品も読んでいます
-
-
1,391
-
1,159
-
-
3万
-
4.9万
-
-
5,217
-
2.6万
-
-
1.2万
-
4.8万
-
-
9,711
-
1.6万
-
-
2.1万
-
7万
-
-
164
-
253
-
-
8,191
-
5.5万
-
-
1.3万
-
2.2万
-
-
450
-
727
-
-
2,534
-
6,825
-
-
9,448
-
2.4万
-
-
89
-
139
-
-
614
-
221
-
-
614
-
1,144
-
-
1,301
-
8,782
-
-
6,681
-
2.9万
-
-
86
-
288
-
-
14
-
8
-
-
62
-
89
-
-
42
-
14
-
-
1,000
-
1,512
-
-
218
-
165
-
-
183
-
157
-
-
71
-
63
-
-
33
-
48
-
-
4
-
1
-
-
398
-
3,087
-
-
6,199
-
2.6万
-
-
6,237
-
3.1万
-
-
265
-
1,847
-
-
83
-
2,915
-
-
215
-
969
-
-
104
-
158
-
-
116
-
17
-
-
62
-
89
-
-
42
-
52
-
-
3,224
-
1.5万
-
-
2,860
-
4,949
-
-
23
-
3
-
-
7,474
-
1.5万
-
-
27
-
2
-
-
1,658
-
2,771
「ファンタジー」の人気作品
-
-
3万
-
4.9万
-
-
2.1万
-
7万
-
-
1.3万
-
2.2万
-
-
1.2万
-
4.8万
-
-
1万
-
2.3万
-
-
9,711
-
1.6万
-
-
9,545
-
1.1万
-
-
9,448
-
2.4万
-
-
9,173
-
2.3万
コメント