比翼の鳥

風慎

第64話 類は友を呼ぶ

 あれから俺は、クリームさんに連れられて奥の部屋へと来ていた。
 ちなみに、皆は、もう一つの部屋で、衣装合わせをしているようだ。時折、楽しそうな声が聞こえてくる。

 そんな俺のすぐ横には、俺の体に紐のようなものをあてがい、寸法を測るクリームさんの姿があった。
 彼女の白い毛並みが、俺の鼻先をかすめてフワリと揺れる度に、いい匂いが俺の鼻腔をくすぐる。
 時折、背中や腕に女性特有の柔らかさを押し付けられ、細くしなやかな手が優しく添えられる度に、俺の心拍が乱れるのを、自分でもヒヤヒヤしながら感じていた。

 平常心。平常心だ。でないと、今度こそ、この店は消えてなくなる。
 流石に、これからお世話になるかもしれない場所を、初日に吹き飛ばすのは俺の本意ではない。

 どうやら、俺の頑張り? がルナにも伝わっているのか、彼女も我慢してくれている感じを受ける。
 そもそも、俺の思考が駄々漏れなのは、どうなのかと思わなくもないが、何でかそうなってしまっている訳で。
 まぁ、心当たりはあるのだが、なってしまっているものは仕方ないので、甘んじて受け入れる。それに、ルナなら、知られても、困ることは……あるにはあるが、許容できるしな。

 そんな風に、天国とも地獄ともつかない時間を耐えていた俺だが、いつの間にか、クリームさんが俺の前に立ち、こちらを笑顔で見つめていた。
 しかし、その目の奥には俺を探るかのような、少しまとわり付くような光を湛え、俺をまっすぐに見つめてきている。

「あれ? 採寸は終わりですか?」

 何気なく口を開いた俺だが、同時に、ああ、そろそろかな? と何ともなしにそう思う。
 俺は、これから始まるであろう話を前に、少し気を引き締めた。

「はい。終わりました。時に……ツバサ様?」

「なんでしょうか? クリームさん。」

 クリームさんは、俺の受け答えを聞いて、一瞬俯くと……何故か服を脱ぎだした。
 綺麗に縫製され、滑らかな質感をもったその服から、衣擦れの音が響き、その度に彼女の綺麗な白い肌が顕になっていく。
 一瞬、顕になっていく綺麗な白い肌と、申し訳程度に生える淡い真珠のような光を放つ毛並みに思わず見とれてしまい……背中に冷気を感じた所で、俺は我に返った。

「って、ちょっと待ったーー!? 何、いきなり脱いでるんですか!?」

 遅まきながら、思わず叫び、俺は体ごと視線をそらす。
 そんな俺の行動を見て、彼女は驚いたのだろうか? 息を飲む音が俺の背に伝わってきた。

「やっぱり……見えているんですよね?」

 俺は、その言葉を聞いて、やられたと思いつつ、自分の額に手を置く。
 同時に、彼女が俺が思った以上に、自分の状況を客観的に理解していることを知り、結果的にではあるが、念の為にこの部屋を隠蔽状態にしておいて良かったと、胸をなでおろす。
 現在、この部屋は、例の障壁のお陰で外部から完全に遮断されており、中での情報は外に漏れることはない。
 勿論、部屋の中を調べた結果、他の怪しい反応もないので、ここで話したことが外に漏れることはないだろう。
 尤も、俺と繋がっているであろうルナ様にはバレバレのようだが。今も、不機嫌な波動が壁越しに感じられる。
 いや、男って、こんな馬鹿な生き物で、本当にすいません。

 しかし、こうも直接的な確認方法を取るとは思わなかった。

 勿論、彼女の問いに対して、今更、何が? とは、聞かない。
 そう、俺は見えている。
 獣人達が、人と変わらない姿をしているとわかっているし、実際、そのように見えている。

 そして、同時に、俺は知っている。
 普通の人族は、彼女が服を脱いだって、取り乱したりしない事を。
 物として扱われるだけでなく、人によっては、強烈な阻害によって服自体の認識も曖昧である人族は、そんな事は気にしないのだと思う。
 これは呪縛の作用している強度によるらしく、ボーデさんのように、服の存在その物を認識できないくらいに、呪縛が強烈に作用している例もある。

 まぁ、どうやら、ここの主人である変態ライト氏は、逆に服を認識できているようだ。
 でなければ、あんな可愛らしい服を着せるという考えにすら、辿り着かないはずだし。
 つまり、彼に対しては、呪縛の効きが明らかに鈍い。
 これは愛ゆえの事なのだろうか? 彼女の着ている服にもこだわりが見て取れるのも、そう考える要因の一つではある。
 それが、何処に向けられた愛なのかは、考えないでおこう。うん。

 ともかく、今の反応で、俺が彼女を真の意味で認識していると、気付かれただろう。
 これが、他の獣人だったら、変な奴と思われるぐらいで済んだのだろうが……ある意味、運が悪かった。

 まぁ、仕方ないか。こうなっちゃったら、開き直るしか無いかな。
 どの道、いずれは通る道だ。早くなっただけだと思えば、ある意味チャンスでもあるだろう。
 そう、俺は頭を切り替えると、ため息をついた後、大胆な行動を取った彼女に背を向けたまま口を開いた。

「そうですね。良いスタイルかと。特に、大きなお尻が素晴らしいと思いますよ?」

 そして、あっさり引っかかったまま……と言うのも癪だったので、仕返しに半分にセクハラまがいの嫌がらせを仕掛けてみる。
 一瞬、背中がひやりとするも、すぐに収まったのを感じ、心の底で、ルナの嫉妬は、俺が思う以上に根深いと改めて知った。

「!?」

 そんな俺の言葉を聞いて、自分のした事を改めて理解したのか、しゃがみ込んで、体を隠したであろう様子が伝わってくる。少し強化していた聴覚には、跳ね上がった彼女の心音が、痛いほど聞こえてきた。
 いやいや、そこまで恥ずかしがるなら、そんな手段は取らなければいいのに。

 そもそも、面と向かって聞いてくれれば、俺も素直に答えたのだが。
 あ、けど、それだとはぐらかされると思っていたのかな。考えてみたら、俺の見かけは人族だしな。そりゃそうだ。

 ちなみに、見てしまった彼女のスタイルは、先程の言葉通り、なかなかに良いものであった。眼福である。
 ただ、いかんせん、全体的に線が細すぎると感じた。もう少しだけ、ふくよかな方が、俺は好みである。
 やはり獣人ということで、食事にはある程度の制限があるのだろうか?
 もしくは、その辺りは、ライト氏の好みなのか、それとも、何か事情があるのか……今の時点で判断は出来ないな。
 いや、だから、ルナさん、変な圧力を飛ばさないでいただきたい。
 ルナさんが一番というのは変わらないわけです。はい。

「本当に……見えているんですね。皆さんのお話を聞いても半信半疑ではありましたが。」

 どうでも良い思考に没頭していた俺は、そんなクリームさんの声を受けて、彼女へと向き直った。
 なるほど、情報の最終的な出元は、彼女たちか。
 大方、俺のことでも話題に出た時に、普通にしゃべっちゃったんだろうなぁ。
 俺も、特にその件に関しては注意を促してなかったし。
 いや、実際、獣人とこんなに早く接点を持つことになるとは思わなかったからな。

 ちなみに、視界に入った彼女は、既に、服は身につけており、真剣な表情をこちらに向けている。
 残念なんて思ってませんよ? 死にたくないですし。

「ええ、バッチリと見えておりましたよ。ごちそうさまでした。」

 俺はにこやかに笑いかけつつ、再度追い打ちをかけておく。
 そんな彼女の頬に朱が差すも、我に返ったのか、すぐに真剣な顔になって、口を開いてきた。

「そ、それよりも、ツバサ様、お聞きしたいことがあります。」

「はい。答えられることなら良いですよ。」

「何故、私の姿が見えるのですか? 何故、私と普通に接することが出来るのですか? 何故……。」

 口を開く度に、徐々に彼女がヒートアップしていく姿を見て、俺は慌てて静止した。

「ちょ、ストップ! そんなにいっぺんに聞かれても答えられないですよ!」

 俺の言葉に、クリームさんは、我に返ると、口を閉ざしてうつむいてしまう。
 彼女の今の問いは、獣人族の状況を理解しているからこそ、出て来る質問であろう事は、想像に難くない。
 だが、この必死さはなんだろうかね?
 まるで、追い詰められているかのように、余裕が無い。

 そんな彼女の様子を観察しながら、俺は、彼女がここまで必死なである事が疑問に思えてしまい、心の中で首をかしげた。

「単純に、気になったので聞いておきたいのですが、何でそんな事を聞きたいと思ったのですか?」

 そんな俺の問いに、真っ赤にしていた顔から、色を抜くと、彼女は口を開く。

「そ、それは……ご主人様が、えっと、他のお方とは、違うからです。」

「獣人に対して、優しい? という事ですか?」

「え、ええ。と言うより、何と言えば良いのでしょうか? 獣人に対してと言うより、主に私に対して、感じ方と言いますか、それが他の人族の方々と少し違うようなのです。」

「その話、もう少し詳しく聞いても宜しいでしょうか?」

 そう言った俺の言葉に、答えた彼女の話は、俺の推測を裏付ける物だった。

 クリームさんが、最初におかしいと思ったのは、ご主人であるライトさんが、異常なまでにクリームさんの毛並に拘っていた点だと言う。
 彼女は、獣人族が隠れ住む村より拉致され、奴隷としてこの街に連れてこられた所を、ライトさんに買われたらしい。
 クリームさんが今迄接してきた人族は、自分の身体に触りたいと言ってきたことは無かったようだ。
 人族は自分の近くに獣人が寄る事すら嫌う。それは、一緒に連れてこられた獣人の間では、常識であり、共通の認識だそうな。
 もっと言えば、人族は、獣人に触ること自体、汚らわしいとでも言うような態度を取って来たという。

 獣人が人族に間違って触れてしまったら、触れられた箇所を、それはもう必死に拭うらしい。
 そして、そうなった場合、獣人は決まって叱責され、罰を受けるのが当たり前とのことだ。
 しかも、これは、人族の子供から大人に至るまで、例外なくそういった態度を獣人に対して取るとの事だ。

 そんな状況なので、獣人族は不用意に人族には近づかない。
 死にたくなければ、彼らを刺激する位置にはなるべく入らないのが鉄則らしい。

 そういう状況なので、獣人族は、実はあまり人族の事について、詳しくはないとの事。
 そりゃそうだ、近付けなければ、入る情報も多くはない。
 しかも、獣人の方も、死にたくないからなるべく、関わらないように仕事をこなすだけ。
 接点が少なければ、お互いの理解など殆ど無いに等しい状態だろう。

 だが、ライトさんだけは違った。
 むしろ、こちらが怖くなるほど積極的に、近づいてくる。
 出てくる言葉の端々から想像するに、他の人族と同じように、獣人の事を汚い物のように感じているのは、間違いなさそうなのだが、それを喜々として受け入れ、本人が望んで接して来るようなのだ。

 ちなみに、そんな接し方の内でも、特に激しいお時間の細かいお話や、具体的なお楽しみについても、聞いてもいないのに、クリームさんは話してくれたのだが、ここでは割愛させていただく。
 ただ、ライト氏は立派に変態だったと言っておこう。

 そんなスキンシップを経て、彼女は気付いたらしい。
 どうも、人族は、彼女たち獣人族の事を、違った形で見えているという事を。
 そして、彼女のご主人様であるライトさんも、例に漏れず、獣人たちを自分の見ている姿とは別の姿で見ていると気がついてしまった。

 通常、獣人達は、人族に化け物扱いされるらしい。最初は、それは人族には存在しない、耳と尻尾のせいだと彼女は考えていたそうなのだが、ライトさんとの語らいから、そうでは無いと気が付いた。いや、気が付いてしまった。
 彼は言うのだ。肌を触っても、何処を触っても、毛並みが……と。
 おかしいと思ったらしい彼女は、ご主人様である彼に思い切って聞いてみたらしい。
 その結果、彼女は、自分の姿が毛むくじゃらの化け物の様な姿として見えている事を初めて知ったのだ。

 俺はその話を聞いて、素直に感心していた。
 少し、俯きながらポツリポツリと話す彼女の額を見る。
 そこに、人族ならばあるはずの銀冠は無い。

 そう。獣人族には、叡智の輪冠は、はめられていない。
 つまり、彼女たち獣人族は、自分たちの本当の姿を知っているし、それが当たり前だと分かっている。
 対して、先程の例の通り、人族には彼女たちは化物のように認識させられている。
 そして、何より不幸なのは、両者が互いにその事を知らないし、知り得ないという事だ。

 人族に物以下の扱いを受けているはずの獣人達に、人族が積極的にコミュニケーションを取ることはない。
 それは、とどのつまり、獣人達にその事を知る機会がないことを示す。

 だが、ここに変態のやらかしたことから、例外が生まれていた。
 人族の状況に気がついた獣人が出てきてしまった訳だ。

 ふむ、案外、危ない状況じゃないのか? これは。
 こんなこと、教団にでも知られたら、あっという間に消されそうなんだが。
 そもそも、この方は、何故そんな事を、あんなに必死に聞きたがっていたんだろうか?
 そりゃ、気にはなるだろうが、知った所でどうにかする必要ってあるのか?

 だって、今までのライトさんとクリームさんのやり取りを見るに、主人と奴隷を超えた関係があるようにも見えるぞ?
 そもそも、彼女の身なりや教養から、彼女の置かれている状況は、他の獣人に比べれば、遥かに快適なものであると推察できるし、先程のライトさんとのやり取りだって、奴隷が主人にするような扱いじゃない。
 ……あれ? と言うか、この人奴隷なのに、主人に手を上げている?
 ということは、主人がそれを認めているって事になる。
 通常、奴隷を表すあの黒い首輪のような物体――奴隷輪と便宜上呼んでいる――は、奴隷が主人の意に反した事をすると、絞まるようにできている。その反し方によって、締まり方は変わり、殺意を持つ段階に至れば、首がちぎれ飛ぶはずだ。
 一瞬、その首輪に殺されかけた教え子の姿を思い出し、胸の奥からどす黒い感情が湧き上がるも、とっさに押さえる。
 俺は、そんなこびりつく気持ちを振り払うように、口を開いた。

「あの、お話を聞いていて、どうしてもわからないのでお聞きしたいのですが……結局、クリームさんは、どうしたいのでしょうか?」

 突然とも、或いは、核心とも言える俺の問いに、彼女は一瞬、目を逸らすも、少し考えた後、口を開いた。

「ご主人様に、私の本当の姿を見て欲しいのです。」

 そう口にした彼女の頬は、若干、朱に染まっていた。

 なるほど、そこまで聞いて、ようやく、俺はクリームさんが何を望んでいるか、何となく理解した。
 まぁ、考えてみたら、精神的苦痛はもしかしたらあるのかもしれないが、彼女からは、街で見た獣人からにじみ出ている、悲壮感や絶望感の様なものが無いのだ。それだけ、彼女は、ご主人様であるライト氏に大切にされているのだろう。
 むしろ、奴隷と言う立場でありながら、ご主人であるライト氏と――考えてみれば、変な話でもあるが――対等な立場を築いているかのようにも見える。

「そうか、クリームさんはライトさんに、好意を持っているんですね?」

 俺は、思わず口を開いてしまったのだが、俺の言葉を聞いたその瞬間、クリームさんは、驚いたように目を見開くと……顔から湯気が出る勢いで

「そ、そそそ、そぉんな事は! ……な、い……です。」

 と、爆発してから一気にしぼむように言葉を発し、真っ赤な顔を隠すように、俯いてしまった。
 ちなみに、尻尾も心と同調するかのように、壊れた振り子のように激しく揺れている。
 ビンゴだな。好意どころか、完全に恋する乙女のそれである。しかも、その様子が、リリーに通じるものがあって、推測が確信に変わった。

 ふむ。まぁ、実際ライト氏が、夜な夜な、彼女にあーんな事や、こーんな事をしている割に、彼女自身がそれを受け入れている所から見ても、そりゃそうだよね。ついでに、そんな事を普通は他人に話さないだろうが、それを俺に話すって事は、思った以上に彼女に余裕が無いのだろうか?
 そして、ちょっと下衆な言い方をすれば、男女の営みというには、その行為はあまりにも一方的だろうし。そうだとすると、色々と彼女に不満もありそうなものだ。
 いや、野暮なことは言いたくないが、とりあえず、ライト氏はぜろと思う。
 まぁ、そうは言っても、彼女があの変態に好意を持っているなら、それこそ野暮というものか。あえて何も言うまい。

 という事は、今の状況から考えると、先程から感じられていた彼女の焦りは、そう言った俗に言う恋愛に関するお話なわけで……何とも、平和な話である。

 だが、現実はそうは行かない。
 残念ながら、彼女が考えている以上に、彼女の存在は危ういのだ。

「あー、話はわかりました。では、結論から言いますね。まず最初に……貴女の本当の姿を、ライトさんに見せることは可能です。私はその方法を知っていますし、処置も出来る。そして、その原因も理解しています。」

 俺はあえて、最初に俺の立場を彼女に伝えた。
 本当はそんな事を言う義理もなければ、危ない橋を渡る必要も無かったのだが、そこは彼女の状況と、心意気に免じて、俺も誠意を示すことにしたのだ。
 そんな俺に、クリームさんは、すがるように視線を向けてくる。

「ですが、やめておいた方が良いかと思います。」

 俺のそんな言葉に、一気に絶望をつきつけられたように、目を見開いて見つめてくるクリームさん。
 その視線を、俺は真正面から受け止めながら、更に言葉を続ける。

「まず、ライトさんは、そんな事全く望んでないということが一つ。」

 いきなりの全否定に、彼女は口を開こうとして、そのまま悔しそうに歪ませながら、その口を閉じる。

 彼女もそんな事は分かっているのだろう。
 そもそも、ライトさんがクリームさんや獣人に向ける興味は、本当に変な話だが、呪縛あってこその物である。
 それが無くなったら、ライトさんが興味を失うのか、それとも更に突き抜けるのかは、俺にも読めない。
 けど、もしかしたら……という思いがあるのかもしれない。何より、好きになった人に、化物として見られていると知ってしまったら、流石に悔しいし悲しいだろうな。
 まぁ、案外、変態だから、どういう方向にでも修正してくるような気がするけど。
 そんな事は、本人のみぞ知ることだし、そもそも俺はそんな境地を知りたくない。

 そもそも、彼女は呪縛のことについて詳しくは知らない。呪縛をかけている元凶のことも分からない。何故そんなことになっているのかわからなければ、そりゃ不安だろうな。
 そして厄介な事に、何が元凶でどうしてそうなっているかを知れば、彼女の身の危険は更に跳ね上がる。
 やれやれ、困ったものだ。

「二つ目。今のライトさん、と言うより、人族全体の状況を改善する方法や、その原因について知ると……貴女だけでなく、ライトさんに……場合によっては他の獣人にも、身の危険が及ぶでしょう。」

 本当ならば、こんな脅しみたいな事も言いたくもないんだが……こればっかりは、はっきりと告げておかないとまずい事になる。
 いや、場合によっては、既に手遅れなのかもしれないが。
 俺のその言葉が以外だったのだろう。

「それは……本当です、か?」

 青ざめた顔を向けるクリームさんの様子を見て、既に誰かに話していることを、俺は悟った。

「ええ。残念ながら、今の状況は結構特殊なものでして。私の知りうる限り、この事を知っていると感づかれると、少々まずい事になるかもしれません。」

「そんな……。」

 そう言って、手に口をあて、言葉を失ってしまう彼女を、流石に可哀想だと思うが、俺はそのまま敢えて、追求をする。これは、もう既に俺達も巻き込まれているのだから。

「この事を、私以外の誰に話しましたか?」

「……ご主人様と、オリビア様です。」

 ライトさんと……オリビアさん? ああ、宿屋の女将さんか!
 って、もう既に外堀が埋まってた!?
 なるほど。なんとなく、宿屋の女将さんが獣人に対して寛容なのがわかった気がする。
 もしかしたら、女将さんも何かを気が付き始めてるんじゃなかろうか……。
 そこまで考えて、ふとギルドマスターのしたり顔が脳裏に浮かぶ。

 んにゃろ……そういう事か。
 つまり、俺にその辺りも含めて、全て丸投げにするつもりか!
 まぁ、実際、な訳だし……この辺りは、むしろ間に合って良かったと思うべきなんだろうな。
 俺はため息をつくと、不安そうにこちらを見つめるクリームさんに口を開いた。

「とりあえず、その方達ならば、大丈夫でしょう。不用意に周りに言いふらすような方々では無さそうですしね。ただ、ライトさんについては、早急に話し合った方が良いかと思います。女将……いえ、オリビアさんには、俺の方から接触してみますよ。」

 そこまで話して、顔を青ざめたまま頷く彼女を不憫に思い、俺は更に口を開く。

「後、もしも……これは、もしもですが、今の話を改めてライトさんにして、彼の同意が得られ……かつ、彼も貴方も全てを失う覚悟がお有りなら、ライトさんの呪縛を解きましょう。」

 その言葉の意味を理解できず、暫く方針したように俺を見つめていたクリームさんだったが、その意味する所を理解したのか、少し顔をこわばらせつつも、大きく頷く。
 ま、その位のご褒美はあっても良いと思う。
 とは言うものの、その辺りは、生半可な覚悟では厳しいだろうから、再度、本人も交えて確認するつもりだけどな。

 それから、俺達は後日、またこちらに伺う事を約束して、着付けに移った。

 俺が選んだのは、白一色のシンプルな貫頭衣だ。凝った刺繍も着色もない。
 一応、頭に巻くターバンのようなものも購入して、巻いてみたが、これがまた意外と難しく、何度かクリームさんに手伝ってもらいながら、着付けを覚えた。
 また、首に巻く柔らか目の布を何切れか購入し、マフラーのように首元に巻いて、さり気なく顔を隠すことにする。
 足元は、何かの革で作られた靴に、裏を柔らかい布で縫製された物を選んだ。今までは草履だったわけだが……これで、今まで軽く露出されていた肌は、完全に隠れることになる。
 そんな訳で、服を買いに来ただけだったのに、何故か、思った以上に大きな話に巻き込まれてしまったが、とりあえず、当初の目的を果たすことが出来て、ほっとした。
 そんな風に息をついた俺を見て、少し落ち着いたのだろうか? クリームさんが微笑みながら、「お似合いですよ。」と、声をかけてくれて、ふとした疑問が首をもたげてくる。

 そう言えば、人族に対してあまり近づかないはずの彼女は、最初から始終一貫して、何故か俺に対して、親しい対応をしていたな。
 もしあれが、俺でなかったら、あんな対応した時点で、問題が起こるような気がするぞ?
 なんでだ? もしかして、他の人から俺のこと聞いていたのか?
 一回、気になりだすと、俺達に対する彼女の振る舞いが、異常に思えてきた俺は、その疑問をぶつけてみることにする。

「あの、クリームさん? ちょっと不思議に思ったのですが、貴女は最初から俺に対して、親切な対応でしたが……もしかして、俺の事、前から知っていました?」

 そんな俺の質問に、クリームさんは、少し不思議そうな顔をすると、

「いいえ、今日、初めてお会いいたしましたよ?」

 と、極めて普通に返事を返す。
 あれ? 前もって女将さん当たりに聞いてたのかと思ったが……じゃあ、なんでだ?
 そんな風に、思わず首を傾げる俺を見て、クリームさんは、楽しそうに口を開いた。

「ふふふ。皆さんがお店にいらした時に、ツバサ様は、ライト様と同じように、獣人族に優しいお方だって、すぐにわかりましたよ。」

「なん……ですと。」

 俺は思わず絶句した。
 クリームさんに、ひと目でバレるほど、俺は獣人族と親しい雰囲気を出していた覚えはない。
 特にリリーとは、極めて不本意ではあるが、気をつけて距離を置いているはずだ。
 彼女もそれを理解しているからこそ、くっつきたいのを堪えて、俺の横で立つだけに止めている訳だし。

 じゃあ、何故だ? 何故、彼女にはすぐにバレたんだ?

 その苦労が全く実を結んでいない事実に少し焦る俺を見て、クリームさんは微笑むと、極めてあっさりとした真実を告げた。

「だって、ツバサ様の体から、皆さんの匂いがしてくるんですもの。ですから、ご主人様と同じ趣向の方なのだと、すぐにわかりましたわ。」

 そんな彼女の楽しそうな言葉を聞いて、俺は思わず頭を抱えて膝から崩れ落ちるのだった。

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