比翼の鳥

風慎

第18話:真意

「子作り~しましょ?…しましょ?…ましょ……」

 あまりの突然の言葉に、俺の頭は完全にフリーズする。その後、その言葉の意味を理解した瞬間…一瞬浮かんだ、桃色な妄想を俺はここにお見せすることは出来ない。
 くんずほぐれつとか言えない。そう俺のちっぽけな名誉と、この世界を守るためにも。これ以上、詳しく書いちゃうと色々問題あって駄目なんだぜ!きっと、『あーるじゅうはち』とかにしなきゃいけなくなるLVなんだぜ!もう自分で自分が何言ってるのかわかんないよ!!

「あ、あぁああ!あのですね!!ディーネちゃん?そ、そう言う事は、好きな人とすべきだと思いますよ!」

 俺は、冷静を装いつつ、ディーネちゃんにそう応える…。心は全部読まれてるんだから意味無いとわかっていても、言わねばならぬ時もある!…多分。
 そんなテンパる俺の様子が余程楽しいのか、ディーネちゃんは更にエスカレートしていく。

「も~。ツバサちゃん?わたしがぁ~好きでもない~人のぉ~子供を~欲しがるわけがぁ~ないでしょ?」

 人差し指で、俺の胸をウリウリしながら、そう枝垂れかかってくる。
 あのですね!腕にですね!!とてもいい感触がですね!!もぉおおー!!おっさんと言えど、そういうの免疫無いんだから!!
 わかるでしょ!?ちょっと!ディーネちゃん挟むな!!着やせするんですね!?ってだめぇ!!幸せな気分になるから!!やめて!おじさんのHPはもうゼロよ!!

 俺が、心で悲鳴を上げて抗議していると、ディーネちゃんは流石にやりすぎたと気がついてくれたのか、足を崩して座った姿勢のまま、少し離れて、俺の向かいにススーッと移動する。その無音ホバー高性能すぎるだろ…。

「もぉ~。ツバサちゃんのいけずぅ~。もう少しぃ~女心を~勉強した方がぁ~良いわよ?」

 そう言いつつも、ディーネちゃんは「んふふふ♪」と笑い。

「けどぉ、そうやってぇ~慌てるツバサちゃんもぉ~可愛いからぁ~許しちゃう♪」

 俺はそれを見て、ありがとうとも、なんとも言えず、非常に疲れた顔でディーネちゃんを見る。
 だってね?俺、ルナを抱えてるんですよ?ひざの上にルナの体があるんですよ?皆まで言わなくてもわかるよね?俺の息子にルナが反応したらどうしてくれるの!?この発言だけでNGかもしれないって、ドキドキしてるんだから!!

「ふふふふふ♪本当にツバサちゃんを見ていると、飽きないわね。けどね、私も遊びでそんな事言っているわけじゃないのよ?」

 ディーネちゃんは、本当に楽しそうに笑いながらも、小首をかしげて、そう言った。
 そして、初めから、真面目モードでの対応を本当にお願いしたかった。なんで戻ったし!

「それはね…。私だって、女の子ですから。流石にあんな大胆なこと、茶化さないと言えないわよ。」

 と、少し赤くなりながら、視線を逸らしてそう言った。

 おう…、その表情は反則ですよ…。ディーネちゃん。流石に俺もそんな事言われたら、鼓動が跳ね上がっちゃいますよ。
 そして、すいません。精霊は羞恥心とか持ってないのかと思いました。割と本気で。
 もしくは、子供を作ることが精霊の中では息をするのと同じくらい当たり前のことなのかと思いました。

「そんな事は無いのよ?ツバサちゃん。精霊にとっても、子供を作る行為はとても神聖で、相手も自分も、その事を本当に望んでいないと出来ないのよ?私だって…恥ずかしいに決まってるわよ。まぁ、私も照れ隠しであんな風に迫っちゃったのは失敗だったと思ってるわ。」

 そういった後、ディーネちゃんはちょっと拗ねたように。

「だって、ツバサちゃん、本当に真面目なんですもの。おねぇさんも、結構自身あったんだけどね。女性にここまで言わせるのも罪なことよ?」

 そう言ったディーネちゃんはとても可愛くて、最初から正攻法で来られたら危なかったと思った。

 まぁ、結局、何とか桃色空間を耐えられたのは、きっとルナが精神的にも物理的にもストッパーになってることが大きいかと思われる。そんな羨ましい事に対する免疫とか、ニートの俺にあるわけが無い。
 もし、ルナがここにいなかったら、俺もかなり危なかったと思います。はい。
 そこまで心で考えると、けじめとばかりに、俺はこう応える。

「それに、さっき会ったばかりですけど、俺、ディーネちゃんの事は結構好きですし。嫌なわけではないんですよ?あのホンワカモードで弄られるのは勘弁して欲しいですが。」

「ふふふ♪まったく、ツバサちゃんは本当にそういう所は上手なんだから。おねぇさんの負け。」

 ディーネちゃんはバンザーイと両手を上げると、困ったように俺を見る。

「けどね、だからこそ、やっぱり諦められないの。」

 そういうと、ディーネちゃんは、俺の正面に正座をし、

「お願いします。私とあなたの子供を作らせてください。」

 そう言いながら、三つ指を突いて、頭を深々と下げた。

 ここまでされて、理由も無く嫌と言える男はそうそういないだろ。
 けど、俺は同時に、その圧倒的なまでの執念と言うか情念に疑問を抱かずにはいられなかった。
 精霊と言う特殊なファクターを加味しても、俺はそこまでディーネちゃんが「俺との子作り」にこだわる理由が理解できなかったのだ。
 もし、好きなら一緒にいるのはやぶさかではない。付き合ってくれと言われれば、喜んでそうする位の気持ちはある。
 けど、子作りとなると、あまりにもステップが飛びすぎだと…俺の感覚では、そう思ってしまうのだ。
 子作りの行為そのものではなく、子供を作って育てると言う事実の方が俺の中で重要なのだ。
 そこが解消されないことには、俺はどんなに絶世の美女に誘われようが、巨万の富をもらえようが、手を出すことに躊躇してしまうだろう。

「そうね。そこまで読みきれなかったのはおねぇさんの間違い。普通の殿方なら先ほどの手で問題なかったと思うのだけれど、ツバサちゃんはとても真っ直ぐなの。だから、おねぇさんも、ちゃんと向き合うことにするわね。」

 俺の心の声を受けたのだろう。ディーネちゃんは顔を上げてそういうと、その表情に覚悟のようなものをにじませる。
 俺はその様子を見て、ルナを柔らかい芝生の上に優しく横たえると、ディーネちゃんの前に正座で向き合う。その様子を見たディーネちゃんは、ふっと微笑を見せるものの、すぐに真剣な眼差しへと戻る。

「まず、私は水の精霊。それも、人の形を取るほど高位の精霊よ。先ほど話したとおり、精霊と人は隣人の関係。人の姿を取るということはそれだけ、私は人に対して強い思いを宿していると言うことなの。だから、私も人の心に対して強く反応できるし、人に対してより多くの力を渡すことができるわ。」

 そこまで聞いて、俺は頷く。

「だけど、それは諸刃の剣でもあるの。強い感受性を持つと言うことは、それだけ強い影響を受けやすいということよ。つまり…それだけ、強い負の思いに引っ張られやすく、堕ちたときの反動が大きいの。」

 俺はそれを聞いて、ブルリと体を震わせる。
 それは、精霊にとっては、恐ろしいほどのジレンマなのではないか?
 人を助けたい。けど人間と接触する機会が多ければ多いほど…精霊が落ちる確率が上がる…。
 そうなると闇雲に人と接触するわけには行かない…。しかし、人の思いを得ないと精霊は存在できない。

「ふふふ♪ツバサちゃん。あなたは本当に素敵。私の話を聞いてその先を見る。その心。探究心。知るという事を恐れないその強い心。そして、大きく透明な意思。私は、そう…そんなあなたの心を食べて、一瞬で虜になったのよ?」

 少し頬を赤く染めながら、ディーネちゃんはそうはにかむ。
 その様子を見て、俺も少しドギマギするも、その意味を考えて一気に熱が冷める。

「つまり…俺の魔力を食べて、影響を受けた結果がそれ…と言うことですか?」

 俺は、そう言いながら、事の重大さを認識する。
 もし、俺の魔力を食らったがために、ディーネちゃんが無理やり影響を受けたのだとしたら。俺の魔力のせいで望まない思いにとらわれたとしたら…俺はどうやってそれを償えばいいのだろう…。
 その思考に触れたディーネちゃんは、音も無く立つと、俺の頭をそっと自分の胸へとかき抱いた。
 そして、ゆっくり優しく、

「ツバサちゃん。水の精霊は、慈愛と献身の衝動がとても強いの。確かに、ツバサちゃんの魔力を食べて、心を感じて、あなたの虜になったのは事実よ。けど、それは私がそう望んだ結果、なったことなの。人間だって、影響を与え合って生きているでしょう?精霊は人とは違って、影響が顕著だから大げさに反応しているように見えるかもしれないけど、本質は変わらないのよ?私はあなたの魔力を欲した。そしてあなたを求めた。ここにツバサちゃんが責任を取る要素は一つも無いわ。全部私が感じて、私が望んだことなのよ?だから、大丈夫なの。」

 そう諭すように、俺の頭を撫でながら言った。
 俺はその大きくも優しい心にふれ、不覚にもこみ上げるものがあった。

「ふふふ♪それにね、こんな素敵な気持ちになれるなんて、思ってなかったの。これが多分、人間で言う特別な人への愛情なんでしょうね?ここまで大きな感情に突き動かされたのは初めてなのよ?今、私は、精霊になって初めてこんなにも満たされているの。」

 それは…、俺の魔力に侵食されたせいでそうなっているわけで…。
 いや、違うな。それは逃げだな。
 つまり、いきなり俺のせいで心を縛られたと言う事実を、俺自身が感情的な部分で消化できていないだけか。
 考えてみたら、ゆっくりと交際を重ねて好きになっていたら問題無いのに、一目ぼれは駄目なのか?というのと状況は変わらない。どちらも、自分の影響と言う点は変わらない。変わったのは時間だ。
 魔力と言うファクターが入るから、論点が見えにくかったけど、今のディーネちゃんの話からすれば、単純に一目ぼれしたという話に過ぎない。まぁ、それでも十分に大事件なんだが…。

「そうね!いい表現よね。正に一目ぼれよね。」

 そう嬉しそうに言いながら、ディーネちゃんは更に俺の頭に素晴らしい2つの感触を押し付けてくる。
 いやいや、俺も煩悩の塊ですから、ちょっと自重してくださいって。せっかくシリアスな路線なんですから。
 そして、名残惜しいながらも気恥ずかしい俺は、ディーネちゃんの抱擁から脱出する。
 ディーネちゃんは、そんな俺をちょっと不満そうな顔で見ていた。そんなディーネちゃんに俺は問いかける。

「とりあえず、ディーネちゃんが俺の事を思ってくれている事と、その経緯は良く伝わりました。その件に関しては、個人的には小躍りして飛んでいきたい程に嬉しい気分ではあります。しかし、もう一つの疑問を解消してくれないと先に進まないのでとりあえずは、そちらを優先します。」

 ディーネちゃんは「もう…ツバサちゃんのいけず。」と少し不満な様子を残しつつも、頷いて話し始めた。

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